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カール令嬢といえばアンリエッタ令嬢と対をなすような青みがかった金髪をした、長身でキリリとした美人。アンリエッタ令嬢が「流星国のルビー」なので、幼馴染の彼女はサファイアと呼ばれている。
流星国宰相令嬢の彼女はドレス嫌いで有名でいつも男装。
今夜も白銀月国に因んだ銀刺繍をあしらった白いブラウスや紫紺のブレザーに、スッとした黒ズボン、レザーブーツを合わせていて、おまけに帯刀している。なので何も知らない者が見ると「どこぞの王女護衛。女騎士」である。
しかし知っている者は、彼女が女騎士ではないと知っている。
流星国宰相の娘。祖父は大蛇連合国と休戦している東の大国煌国で強い権力を持つ貴族。それも皇帝関白。おまけに祖父に大変愛でられている。
彼女の背中に乗っているのは、小さな国の第一王女や第一王子以上の権力だ。
「そうでしょう? カールさん。花嫁募集の舞踏会なんて名ばかり。今夜の主役はエルリック王子ではなくお客様達だそうです。ミラ姫、どなたか気になる方はいます?」
カール令嬢が現在仕えている異国の姫レティアが楽しげに笑い、隣に立つ友人、黄昏国のミラ姫に声を掛ける。
「レティア姫、私よりも皆さま貴女を……」
「ご安心下さいミラ姫。レティア様は私がお守り致します。そしてレティア様の大親友、ミラ姫にも素晴らしい男性を見定めます」
カール令嬢は、ミラ姫がほらと示した先にいる王子達に向かって破顔し、思案し「あいつらは却下だな」と心の中で舌を出した。
更に彼女はレティア姫とミラ姫の腰に手を回し、彼等から隠すように移動。可憐な笑みなのに、目は獲物を威嚇するような鋭さだ。
「ったく既婚者のレティア様に鼻の下を伸ばし、ミラ姫の可憐さに涎を垂らすような男なんて却下。お二人とも、向こうを見てはいけません。目が腐ります」
「まあカールさん、鼻の下や涎なんて方……」
「レティア様は男性の機微にとても疎いので心配です。常に私の意見を聞き入れるように」
「それはまあ、そうですねカール令嬢。レティア姫は鈍いです」
カール令嬢とミラ姫が顔を見合わせてクスクスと笑う。レティア姫がぷくっと頬を膨らませた。カール令嬢が拗ねかけたレティア姫にスパークリングワインを渡そうとして、視線を彷徨わせる。
逃げ惑う幼馴染みがチラチラ、チラチラ目に入って気になってしまうのだ。
「それにしてもアンリエッタの奴、流星国の恥さらしめ。仕方ない、助け舟を出してやるか」
「カールさん?」
カール令嬢が肩を回したので、レティア姫は不思議そうに首を傾げた。
「今夜も仲良しそうなのに、助け舟ですか?」
彼女達の周りにいる姫君達も、うんうんと首を縦に振る。そのうちの一人、ミラ姫がカール令嬢の腕にそっと触れた。
「カール令嬢、恋路を邪魔すると馬に蹴られて死にますよ」
「いいえミラ姫。一応親友の痴態をこれ以上さらす訳にはいきません! カール、参る!」
男装衣装のカール令嬢が、凜然とした姿で歩き出すと、ホール内に拍手が巻き起こった。
お転婆を通り過ぎた破天荒令嬢のファンは、連合国各国どの国でもそこそこ多い。
「きゃあカール様!」という姫やご令嬢達の黄色い声と「うおおおお、カール様!」という白銀月国の騎士やカール令嬢の故郷流星国の騎士達、それに彼女が現在暮らすアストライア王国の騎士達の歓声が巻き起こりる。
踊ってもらおうとカール令嬢へ向かって幾人かの男女が移動を始めた。
その一方で、一部の王子や貴族男性はカール令嬢に背を向けたり、遠ざかったりする。
ルビーが売約済みなら未契約のサファイア狙いという者は多いが、既に袖にされたり痛い目に合わされている者は多い。
「エルリック王子! 覚悟!」
エルリック王子に向かって駆け出したカール令嬢はトンッと跳ね、更には抜剣。
瞬間、ホール中の人々の首が斜めに動く。
(か、覚悟?)
名前を呼ばれたエルリック王子も首を傾げ、目を丸めた。
エルリック王子の生存本能が働く。彼は腰に下げている飾りの剣の柄ではなく、白いジャケットの内側の短剣に手を伸ばした。
「皆様を演舞で楽しませましょう!」
カール令嬢は不敵な笑みを浮かべて叫び、ヒュッと剣をエルリック王子の喉元目掛けて突きだした。
「ちょっ、おっ、おい!」
「うおらぁ!」
キン、キィン!
カール令嬢の剣捌きで、エルリック王子の短剣が天井へと弾かれた。カール令嬢がサッとエルリック王子の背後に周り、彼の首に右腕を回す。
彼女の左腕が弧を描くように動き、落下してきていた短剣の刃を指で挟む。
その直後、ピシッとカール令嬢の左足が床に対して水平に伸ばされた。
「どうでしょう! エルリック王子! 強くて足が美しいのはこの私もです!」
同じくらいの背丈のカール令嬢とエルリック王子。カール令嬢の顔はエルリック王子のすぐ真横。
「踏んで欲しければ今夜……」
カール令嬢の右手がエルリック王子の顎をそっと掴む。更に彼女の艶やかで肉厚的な唇がエルリック王子の口元へと向かっていく。
「私は美しい足に踏まれたいのではなく、唯一愛しいと慕うルびぃ……うおえっ……」
「美女なら誰でも良いのね! デレデレ鼻の下を伸ばして!」
怒り顔のアンリエッタ令嬢が投げた靴が、エルリック王子の鳩尾を強襲。
「ヤ、ヤキモチとは……可愛い……。我が一生に悔いなし……」
腹を抑えて崩れ落ちていくエルリック王子を、カール令嬢が横抱きにした。
「よしっ! 雨降って地固まる。アンリエッタ! 看病しろ!」
カール令嬢はエルリック王子をアンリエッタ令嬢に向かってポイッと投げ捨てた。
アンリエッタ令嬢が慌てた様子で走り、エルリック王子を両腕で抱き止める。可憐な容姿とは真逆で、アンリエッタ令嬢は鍛えているので余裕綽綽だ。
「ちょっとカール! 主賓になんて……」
「ルビー! 愛しのルビー。ようやく捕まえた。今宵は私と……」
「いやあ! どこ触っているのよ!」
「ゔおえ」
アンリエッタ令嬢に抱きついたエルリック王子の頬が、彼女の左手で押された。
「騎士団! 両者を確保! 寝室へぶち込め! アンリエッタ令嬢は煌国の戸籍も有している! 煌国では異性と三日三晩同じ部屋で過ごしたら婚姻成立だ!」
カール令嬢は号令と共に、腰に巻いていた飾りベルトをほどき、縄代わりにしてアンリエッタ令嬢とエルリック王子を捕縛。
アンリエッタ令嬢とカール令嬢の父親はここより東の大陸中央にある煌国出身。
煌国の貴族層には、3日3晩添い遂げて3日目に共に餅を食べると婚約もしくは結婚という習わしがある。
「イエスレディ!」
白銀月国の騎士達がカール令嬢の指示に従い、二人を運び始めた。
「よしっ! 1件落着!」
カール令嬢は両手を腰に当てて、にこやかな笑みを浮かべた。自慢げな笑顔をレティア姫とミラ姫へ向ける。
実に美麗な笑みに加え、さららと青みがかった金髪が揺れて、より輝きを放つ。その屈託のない笑顔は舞踏会会場中の者達の視線を釘付けにした。
おまけに彼女が「いやー! めでたい!」と発言し、ほれほれと指揮者のように手を動かしたので、拍手喝采まで巻き上がる。
その裏で、ルビーはめげないドM王子と監禁。
彼女の叫び「ふざけないでカール! 親友を助けるどころか谷から突き落とすなんて!」は拍手と喧騒にかき消された。