表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

 北西の地、大蛇連合国に属する白銀月国のお城。


「すみません、今夜は旅疲れで足が痛みまして」


 舞踏会会場で、アンリエッタ・ハフルパフは柔らかな微笑みを浮かべて踊りの誘いを断った。

 肩甲骨が隠れるほど長い、艶々、ふわふわとした赤みがかった金髪が揺れる。

 背が小さくても、地味なデザインの紺色のドレス姿でも、彼女はその髪色と甘ったるくて可愛らしい容姿ゆえにとても目立つ。

 ホールにいる招待客達の幾人かが「今夜もルビーは誰の誘いにも乗らない」と噂話を始めた。


「足が痛むとは、すぐに医者に診せましょう」


 誘ってきた貴族青年ではなく、別人の声が背後からして、アンリエッタはゆっくりと前へ進んだ。

 無視された青年が、ひょこひょこ歩く彼女の後を追う。


「アンリエッタ令嬢、ほら、足が痛むようですので私が運びます」


 背後から何かが迫ってくる気配がする、とアンリエッタ令嬢はケンケン、と片足で跳ねてさらに前方へ移動。彼女には声の主が誰なのか分かっている。

 なぜなら、何度も聞いたことのある声だから。幾度も会ったことのある人物だから。

 アンリエッタはまたケンケン、と片足で跳ねて体の向きを変えた。彼女の予想通り、声を掛けてきたのは白銀月国の第二王子エルリックだった。


 国の名前のような月色の髪に、夜明け色の瞳をした穏やかな顔立ちをした王子様。

 今夜は国王が彼のために開いた「花嫁候補を探す舞踏会」だ。つまり、彼はこの場の主役。

 2人は会場中の視線を集め……ることもなく、招待客達は男女とも噂話や歓談に個人的陰謀のための会話を繰り広げている。


「ご心配には及びませんエルリック王子。鍛えていますので、このように片足だけでも歩けます。ステップを踏むのは無理ですけれど」


 うふふ、と肩を揺らすアンリエッタにエルリック王子は頬を赤らめ、元々垂れている目尻を更に下げた。


「無視されると思ったのに振り向いて顔を見せてくれて嬉しいよルビー。私の顔を見たかったなんて相変わらず君は可愛らしいな」


 その発言で、アンリエッタ令嬢の笑顔の仮面が剥がれた。


「いい加減にして下さい。何度もお断りしていますよね?」


 アンリエッタ令嬢は憤怒の表情を繰り出した。しかし、エルリック王子には効果なし。むしろ彼は照れ笑いを浮かべ、頬を赤く染めた。


「ならどうして今夜の舞踏会に来てくれたんだい?」

「それは……。へ、変態王子のお嫁さんなんて止めた方が良いって、親しい素敵な姫君やご令嬢達に忠告するためです!」


 両腕を広げてジリジリ近寄るエルリック王子と、後方へケンケンと片足で下がるアンリエッタ令嬢。


「ああ、ルビー。怪我をしていないのにその足の動き、私に抱き上げて……。いや、私の背中を踏んでマッサージしてくれるつもりなのか? 実に気持ちよさそうなヒールの形に……」


 ふわふわと舞い上がったドレスの裾と床の隙間をエルリック王子の両眼が注視していると気がつき、アンリエッタ令嬢は小さな悲鳴を上げた。

 アンリエッタ・ハフルパフは西の地、大蛇連合国各国で絶大な力を持つ一族、ハフルパフ公爵家に属するお嬢様のうちの1人。

 ハフルパフ公爵家は本家以外に分家が沢山あり、どの家も32か国ある大蛇連合国の中で高い地位を有している。白銀月国にはハフルパフ公爵家と並ぶメルダエルダ公爵家のテリトリーであるが、アンリエッタ公爵令嬢は連合国内で地位の高い白銀月国よりも格上である流星国の王家と親しくするハフルパフ公爵の跡取り娘。

 エルリック王子のように王太子ではない、いわゆる婿入りして権力を得るべき立場の男なら、彼女の容姿や性格がどうであれ、喉から手を出してでも手に入れたい人物である。加えて彼女はとても愛らしい容姿を兼ね備えている。

 しかし、会場内にいる王子達や御曹司達の誰1人として彼女を助けようとはしない。アンリエッタ令嬢の友人達も同様。

 白銀月国といえば32ヵ国ある大蛇連合国の国々において、最も古い時代から存在する強国の1つ。王太子ではないがその第2王子のエルリック王子の権力はそこらの国の王太子よりも強い。

 そして——……。


「こ、この変態王子! 向こうへ行って!」

「踏んでくれないならせめてビンタ……」

「いやあああ、来ないで!」


 色男が台無しな恍惚とした表情のエルリック王子が早歩きになり、アンリエッタ令嬢が身を竦めてドレスの裾を持ち上げ、両足で走り出す。

 ベランダ方向への追いかけっこが始まる。

 追いつけそうで追いつけない。捕まえられそうで捕まえられない。アンリエッタ令嬢はヒラヒラと蝶のようにエルリック王子から逃げ回っている。

 「また始まった」と誰かが告げる。すると「今夜も痴話喧嘩ですね」と誰かが微笑む。もしくは苦笑い。

 そう、アンリエッタ令嬢とエルリック王子といえば大蛇連合国社交界では有名な「公認カップル」だ。

 痴話喧嘩に加えて釣り合いのとれた地位に、お似合いの容姿。

 横入りしようと思う者は、西の地には殆どいない。そして、今夜の舞踏会会場に限れば皆無である。ただ1人を除いては。

 

「へえ、あれが噂の……。レティア様から聞いた通りのようですね」


 壁際で談笑していたアンリエッタ令嬢の幼馴染み、カール令嬢が呆れ声を出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ