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青年は途方に暮れる佳蓮を無視して、優雅に胸に手を当て礼を執った。
「セリオスと申します」
頭を下げた拍子に、セリオスの少し長い紺色の髪が肩から滑り落ちる。その一連の動きが完璧すぎて、佳蓮はつい魅入ってしまった。
そんな佳蓮に、セリオスは肩をすくめた。
「貴族の連中はここを出会いの場だと勘違いしているようで、こぞって出席したがる。けれど私は毎度のことながら退屈だし、騒がしくて仕方がない。それにこんな服も肩が凝るだけで息が詰まりますよ」
やれやれといった感じで紡ぐ言葉は、この世界に来て始めて共感できるものだった。
「……そう、ですね」
佳蓮は思わず頷いてしまう。セリオスは、意外そうに目を丸くした。
「おや?カレンさまもそうでしたか。てっきり女性はこういう華やかな場がお好きかと──」
「嫌いです」
ぴしゃりと言った佳蓮に、セリオスはぷっと噴き出した。
「よかった。なら私は、貴女様からダンスを申し込まれることはないですね」
「え?」
「この世界では女性からダンスを申し込まれたら、男性は断ることはできないのですよ」
「ふぅーん」
「貴女がいた世界では、夜会はなかったのですか?ダンスをすることも?」
「あるわけないじゃないですか」
佳蓮は淡々と返事をしながらも、自分が普通に会話をしていることに驚いている。
でも驚いてはいるけれど、理由はちゃんとわかっている。セリオスが元の世界に興味をもってくれ、質問をしてくれたからだ。
そんなふうに接してくれたのは、セリオスが初めてだった。
佳蓮は自分でも気付かぬうちに、中途半端に浮かしていた腰を椅子へと戻す。
セリオスがそれに気づいたかどうかわからない。ただ彼はのんびりとした口調で愚痴を溢し始めた。
「本当にこの制度やめていただきたいものですね。一度でも誰かと踊れば、次々に誘いが来る。そして断ることができないときたものです。私はダンスが苦手というのに。でも、貴女様がダンスを踊らないことを知ることができて良かった。ここにいれば当分はダンスの誘いに乗らなくていいですからね」
セリオスは、茶目っ気のある表情を佳蓮に向ける。
琥珀色の彼の瞳は一見冷たそうに見えるのに、今はとても親しみやすい。
「あの……なんか、ごめんなさい」
「え?」
「あ、あの……私、あなたと初対面なのに、なんか嫌な態度を……と、取っちゃって」
どもって、つっかえて。それでもなんとか佳蓮は言葉を吐き出した。
意固地がすっかりデフォルトになっていたけれど、この人はわざわざ自分の気を紛らわせる為に話しかけてくれたのだ。
気軽に上座に来ることができるということは、セリオスはそれなりの地位にいる人だろう。だからダンスが嫌なら会場から出ていけばいい。
それにすぐ隣でアルビスが露骨に不機嫌な表情を浮かべているというのに、くだらない話をしてくれているのは自分を気遣ってくれている何よりの証拠。
そのことに気づいた途端、むやみやたらに噛みつこうとした自分を佳蓮は恥じた。
みっともないとか、恥ずかしいとか……自己嫌悪になる気持ちはとうに無くしたつもりだったのに、自分の取った行動に顔を赤くしてしまう。
「気にしないでください」
クスクスと笑いながら気遣う言葉をかけてくれるセリオスの声音には嘲りはなかった。




