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『皇帝陛下におねだりをしたらいかがでしょうか?』
リュリュの提案は、あまりにくだらなすぎて、佳蓮は唖然とし、ルシフォーネは額に手を当てた。
まったくもって趣味の悪い提案だ。誰があんなやつに媚を売るもんか。
佳蓮はしなを作りながら、アルビスに物をねだる自分を想像して吐き気がした。こんな馬鹿馬鹿しい提案なら、聞く耳なんて持たなければ良かった。
そんなふうに佳蓮は猛烈に後悔しているが、リュリュはそれに気付かず再び口を開く。
「いつも陛下はカレンさまに一番似合うものをお選びいただいておりますが……やはり、似合うものと、欲しいものは違いますよね?」
最後に軽く手を叩いたリュリュは、笑顔で佳蓮に同意を求めた。
普段からリュリュはお花畑思考だけれど、こんなに馴れ馴れしい態度を取るのは初めてだ。
(……なんか、ちょっとおかしい)
不穏な何かを感じた佳蓮は身構える。対してリュリュは、ニコニコ顔を崩さず続きを語りだす。
「お部屋を彩る絵画も素敵ですよね?あと家具も、もっと可愛らしいものに入れ替えるのも良いですよね?それから寝具……というか、枕も自分好みにするとか。あ、あと本をねだったりとか」
どれもいらない。特に最後の本など、無用の長物だ。
佳蓮の趣味は、家計簿を付けることと節約レシピを開発すること。本を読むなど、課題図書がせいぜいだ。
(なんだ、私の勘違いだったか)
リュリュの様子がおかしかったのではなく、自分の神経がまいっているだけなのだろう。佳蓮はそう結論を下した。
でも、違った。佳蓮のすぐ傍に移動したリュリュは、さりげない動作で膝を折ると佳蓮の耳元に唇を寄せた。
「どうか本を読んで知恵をつけてください」
その囁きに、佳蓮は頬を叩かれたような衝撃が走った。
そうだ。リュリュの言う通りだった。知らなければずっと、このままなのだ。
無理矢理連れてこられたこの世界のことなんか、大っ嫌いだった。興味なんて持てないし、何かを知りたいとも思っていなかった。
だから、アルビスが元の世界に戻すことはできないと言った真意は、”できない”のか”したくない”のか、今の佳蓮には判断がつかない。
(でも自力で調べることができるようになったら、元の世界に戻れるかもしれない)
これはあくまで可能性だ。でもやってもいない状態で、不可能だとは言い切れない。希望は持てる。
「ふぅーん。ところで、ここにはどれくらいの本があるの?」
気のない口調で、佳蓮はあえてルシフォーネに問うた。
わざわざ小声であんなことを言ってくれたリュリュは、もしかして自分の味方なのかもしれない。でもまだ全面的に信用はできない。
夜会に出席させるためのデマカセだったら、さすがに心に受けるダメージは半端ない。
裏切られることも、憎しみを持つのも、アルビス一人だけで手一杯だ。
「帝立図書館ほどではありませんが、そこそこにございます」
苦々しい顔をしながらも、ルシフォーネは佳蓮の問いに答える。
「ふぅーん。本かぁ……あんまり興味ないけど、私が読みたいって言ったらどんな本でも貸してくれるの?」
「もちろんです」
リュリュが食い気味に、何度も頷きながら答えた。
今、リュリュは笑みをたたえている。
それは佳蓮が夜会に出席することに気持ちが傾いたからなのか、それとも自ら知恵を付けようとする姿勢を見せたことに喜んでいるからか。佳蓮にはリュリュの気持ちがわからない。
悩む佳蓮をどう受け止めたのかわからないが、ルシフォーネが小さく咳ばらいをして口を開いた。
「カレンさまが図書室に移動なさるのは、陛下は反対なさるでしょう。ですが、」
ここで一旦言葉を止めたルシフォーネは、息を吐く。なんだかんだ言っても、結局我が子のワガママを聞き入れてしまう親のように。
再び口を開いた時には、幾分か柔らかい表情に変わっていた。
「ここで読むということなら、許可が下りると思います」
言質をもらった佳蓮は安堵の息を吐くが、自分からアルビスにおねだりはしたくない。
「じゃあ、陛下さんにそう伝えてください。好きな時に好きなだけここで本を読めるなら、夜会に出てあげますって」
途方もなく上から目線の物言いに、ルシフォーネの眉間に皺をよる。
佳蓮は身体の位置をずらしてルシフォーネと向き合うと、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ねえ、女性の支度は時間がかかるんでしょ?なら陛下さんに、急いで許可をもらったほうがいいんじゃないんですか?」
背筋をぴんと伸ばしているルシフォーネが、母親の姿と重なり罪悪感が胸がチクチクする。
母親の美里ならここで、『生意気言ってんじゃないわよっ』と青筋を立てて怒鳴っただろう。けれど女官長のルシフォーネは綺麗な所作で腰を折ると、無言で部屋を出て行った。
しばらくしてアルビスから『条件を呑む』という言葉をもぎ取り、戻ってきた。




