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皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?  作者: 当麻月菜
基本無視させていただきますが......何か?

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9

 ──コトリ。


 リュリュが二人分の湯気の立ったティーカップを置く。続いて佳蓮の前にシュガーポットとハチミツ。ミルクとジャムが入った瓶も素早く並べる。


 望んだものはすべて用意したから、これ以上の注文はご勘弁を。そんなリュリュの気持ちがありありと伝わってくる。


 ヴァーリとシダナは、ずっと薄気味悪い笑顔を張り付けたままだ。


 皺一つない真っ白なテーブルクロスの上には、お茶以外にも果実や焼き菓子。サンドイッチやスコーンといった軽食が並べられている。


 どれもこれも美味しいそうだ。でも佳蓮はそれらに手を付けることはせず、お茶に砂糖とミルクをたっぷり入れる。


 アルビスといえばテーブルに肘を付き頬杖をついて、佳蓮の仕草を凝視している。まるで会話の糸口を見つけようとしているかのように。


 その視線を佳蓮は痛いほど感じている。感じていながらも、気にしていないといった感じでティーカップを持ち上げた。


「無理に飲もうとするな。まだ熱い。火傷をするぞ」


 子供じゃないんだから、そんなこといちいち言われなくてもわかってる。つまらないことで私に話しかけないで。ウザいんですけど。


 口から出かけた言葉を佳蓮は飲み込んだ。


 ムッとした佳蓮の視線を受けても、アルビスが目をそらさなかった。それどころか更に視線を強めて、佳蓮を見つめ続けている。


 アルビスの整いすぎた顔からは感情は読み取れない。けれど深紅の瞳は、何かを強く訴えかけるように揺らめいている。息苦しさを覚えるほどに。


(そっか。この人は必死なんだ)

  

 佳蓮は唐突にそう思ったけれど、それだけだった。


 だってアルビスが必死に訴えたいことがあるように、佳蓮もアルビスに訴えたいことがある。でもそれは却下され続けている。


 そんな状態でアルビスの心情を慮る義理はない。むしろ自分と同じように、もっと困ればいいのにという意地の悪い気持ちすら湧いてくる。


 そんな気持ちは口にしていないのに、アルビスは美麗な顔を歪めて佳蓮から視線を逸らした。


(ざまあみろ)


 ほんの少し溜飲が下がった佳蓮は、手にしたままのティーカップを今度こそ口元に運んだ。


 2口それを飲む。たっぷりと砂糖を入れて甘いはずなのに、どことなく苦い。砂糖一つとっても世界が変わると味が違うのだろうか。


 そんなことを考えながら佳蓮がもう一口お茶を飲んだ瞬間、アルビスは頬杖を解き、両手をテーブルに乗せて指を組む。


 それから迷いを振りきるように軽く頭を振ると、静かに口を開いた。


「10日後、夜会を開く。カレン、君にも出席してもら──」


 カシャン……!


 佳蓮は、音を立ててティーカップをソーサーに戻す。もう以上、この男の戯言なんて聞きたくなかった。


 あからさまにアルビスの言葉を遮った佳蓮は、再びカップを持ち上げてお茶を啜る。

 

「カレン、聞いているのか?」

「……」


 アルビスが問いかけても、佳蓮は無言を貫く。カップをソーサーに戻すこともしない。


 一刻も早くここを去りたい佳蓮は、お茶を飲み切ることだけに集中する。それに気づいたアルビスの相貌が鋭くなった。


「カレン」


 ぞっとするほど低い声で名を呼ばれ、カップを持つ佳蓮の手がピタリと止まった。


「……聞こえて()います」


 ぎこちなくカップを下ろしながら返事をした佳蓮に、アルビスは目を細める。血のように赤い瞳は、まるでナイフのようだ。


 佳蓮のカップを持つ手が震える。


 大っ嫌いで、憎しみの感情をこれでもかというほど向けてやりたいのに、この威圧的な声を聞くとどうしたって委縮してしまう。そんな自分が情けない。


(ズルいし、卑怯だよっ。こんなの弱い者いじめじゃん!) 


 そんな言葉が喉までせりあがる。でもやっぱり言葉にすることができない。今、自分にできるのはアルビスを視界に入れないようにすることだけ。


 顔を真っすぐにして彼と目が合ってしまえば、たちまち自分が怯えていることに気付かれてしまうだろう。


 そうすればアルビスはきっとこれから先、事あるごとに威圧的に命令をして、自分を意のままに操るようになるのだろう。想像するだけでも恐ろしい。


(前髪、もっと伸ばしておけばよかった……)


 俯き必死に表情を隠す佳蓮に、アルビスは残酷なほど柔らかい口調で言葉をつづける。


「夜会への出席は、お願いではない。命令だ」

「……は?」


 あまりの発言に、佳蓮は委縮する気持ちが吹っ飛んだ。


「命令?あんたが……私に?」

「そうだ」

「はっ」


 アルビスに即答され、佳蓮は鼻で笑った。すぐさまアルビスの眉間に皺が刻まれる。


(しまった。やり過ぎちゃったっ)


 これぞまさしく”覆水盆に返らず”状態。でも謝らなくっちゃいけないことは何もしていない。


 だから佳蓮は、一気にお茶を飲みほした。


「ごちそうさまでした」


 音を立てて乱暴にティーカップをソーサに戻すと、佳蓮は勢いよく立ち上がる。


 そしてドレスの裾を引っ掴むと、温室の外に飛び出した。すぐに侍女であるリュリュも後を追う。


「ちょっ、マジかよ。あのお嬢ちゃんっ。陛下、どうします?呼び戻しますか?」


 慌ててヴァーリは、アルビスに指示を仰ぐ。


「いい。離宮まで送れ」


 皇帝陛下に命じられたヴァーリは、略式の礼を執ると全速力で佳蓮の後を追った。

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