第三十五夜★『湖畔の夜』
私は見ていることしか出来ない
今夜もずっと見届けよう
そこに生きるものたちを…
季節がうつろいかけた今夜
虫たちの僅かな鳴き声と水面を撫でる風の音
湖畔はただ静かな時間が流れていた
湖畔には青白い光をまとった月と
それをひそやかに引き立てる
私たち星の姿がゆらゆらと映っていた
おだやかな夜だ
私は小さくつぶやくと湖畔の浜から
煙が昇ってるのを見つけた
おや こんな時間に人がいるのか
よく見るとひげをたくわえた男性が
1人湖畔で過ごしている
私は月明かりの隙間からそれを覗いてみた
ぱち ぱち と薪の爆ぜる音が辺りを包み
暖色の火があたたかさまで伝わるようだ
男性は焚き火で暖まりながら
鍋を火にかけ 豆を挽きながら
湯が沸くのをじっと待っていた
しばらくすると 湯が沸き
手製なのか 使い込んだカップの上に
紙を敷き湯を注いだ
ゆっくりとしたたる琥珀の雫の音が
男性の心を躍らせているように見えた
どのくらいの時間待っていたのだろう
男性のカップに湯気が立ちこめ
琥珀で満たされていた
男性はゆっくりと口に運び
鼻に抜ける香りと味を堪能していた
私には分からないことではあるが
あれほど待って出来上がったそれは
きっと深い味わいがあるのだろう
男性の顔を見たら十分に伝わった
ふぅ とほっとしたため息をつくと
湖畔に映る私の姿を見て
それから夜空を見上げてほほえんだ
男性は この時間 この空気 この環境
そして淹れたての飲み物を
存分に味わっているのだろう
私は 男性がこれから先もこの時を
大切に 楽しみにしてもらえるように
月に負けないように うんと瞬いてみせた