第三十夜★『波の音と夜』
私は見ていることしか出来ない
今夜もずっと見届けよう
そこに生きるものたちを…
小さな島の小さな町
東西南北 波の音が絶えないこの町
夜は静かに ただ聞こえるのは波の音
私は寄せては返す波の音を楽しんでいると
浜辺から六弦の音色が聴こえてきた
夜のしじまに合う ゆったりとした弦の音に
澄んだ女性の歌声が重なった
透明で伸びるようなその声は
少し気温の上がった夜に なんとも心地よい
しばらくすると六弦の音は止み
辺りを静寂が包んだ
広い夜空で 目の合った私を見る顔は
透き通るような歌声とは裏腹に切なく
瞳の奥に影を落としていた
言葉にしなくとも伝わる
なにかがあったのだと
大切な人を失ったのか なにかに失望したのか
邪推してしまいそうになるのを抑え
彼女のことを見守った
ふたたび彼女は音楽を奏ではじめた
先ほどより 軽やかな旋律を
そして心の全てを吐き出すかのような歌には
彼女の中でなにかが固まったのだろう
力強さを感じた
私は受け止めるように ただ聴いていた
彼女の想いは 夜風に乗り 波に流れ 海に落ち
やがて地球に溶け込むのだ
人間は何かを想うことを歌や音楽に乗せ
遠く彼方まで届かせようとする
たとえそれが 空の先であろうと
文明がはじまり 時代が大きく変化しても
それは変わらない
人間の根本には 自然に想いを乗せ
届けと願うものがあるのかも知れない
大丈夫 あなたの想いは空まで届いているよ
と 私は彼女の歌声に応えるように
瞬いてみせた
夜の海って不思議ですね
色々な想いが溶け込んだ感じがします。