第二十九夜★ 『星との語らい』
私は見ていることしか出来ない
今夜もずっと見届けよう
そこに生きるものたちを…
私は 月明かりだけが頼りのような暗い山道を
散歩するように眺めていた
ゆっくりと山頂を目指すように見ていると
大きな杉の木が私を迎えてくれた
千年は越えているだろう
他の木々を取りまとめるかのように
威厳のある姿をした杉の木は
夜になっても山を見守っていた
『たいした木だ これほど立派な木はなかなかお目にかかれない』
私はすっかり感心しながらその大きさに
しばらく見惚れていた
「なんじゃ?先ほどからずっとワシを見おって」
三日月に腰かけた老人が不意に話しかけてきた
驚いた私は 老人に向けて話しかけた
『立派な杉の木と思い 眺めていたのだよ』
老人は ほっほっほと 長い髭を撫でながら
笑った
「そうじゃろ? もう月日を数えるのが面倒になるくらいにな 昔からワシはここにおる」
おおっ この老人は杉の木の化身なのか
私はきらりと瞬いた
「ワシはこの山の神社の御神木じゃ 気づけば人や木々に崇められるようになったのじゃよ」
「ここからは昔話じゃ 」
そう老人は微笑むと
着物の袖から枝を取り出し
くるくると回し始めた
「ワシの近くの土を見よ」
そう指差す先には小さな木の芽があった
「ワシもはじめは 小さな芽じゃったよ 仲間と我先に我先にと 太陽の光を浴びては競争したものじゃ」
「大きな木に成長した頃には 仲間は病に倒れたり 雷に打たれたりでな どんどん少なくなっていったんじゃよ」
老人はどこか寂しそうな顔をしながら話を続けた
「それからも周りの仲間よりワシはどんどん成長していってな 気づけば一番大きな木になっていたのじゃよ」
「しばらくして一人の童がふらりと山にやってきてな 迷子だったのじゃろう ワシは木の精として姿をとることができるが人には見えない存在じゃが 童には見えておったか ワシを見るなり笑っておった 」
「童が無事 里に帰れるようワシは手を繋ぎ 山道まで送ってやったのじゃ 嬉しかったのう 人の子と話すのは」
老人は遠い目をしてその頃を懐かしんでいるようだ
「それからまたしばらくして 一人の男がやってきてなぁ ここに神社を築き ワシはこの神社の御神木となったのじゃ」
「あの時の童が成長して 助けられたお礼として築いたのじゃよ その頃にはワシの姿は見えなくなっていたがのぉ」
「そうして御神木となったワシは今日に至るまで訪れる人々に祈られ 崇められるようになったのじゃ」
ふぅ と息を吐き少し悲しげに老人は言った
「ワシは崇められたり 祈られても むず痒いだけなんじゃがな 丁寧な言葉を並べられ 祈る作法まで出来てしまった ワシは窮屈な気持ちなのじゃよ」
「あの頃の童と話したような同じ目線での会話が懐かしくてたまらんわい ワシはただ ここで育ち ここの土に還るだけのものじゃというのにのぉ」
「それでも 訪れる人はみなワシの子のようなものじゃ これからも見守っておるよ」
「さて星よ お前も同じじゃろう? 長く生きていると人は崇めるものじゃ お前はどうするのじゃ?」
私は少し考えてこう答えた
『私は見ていることしか出来ない ただこれからも営みを見届けよう』と
ほっほっほ
老人は笑うと大木の葉が踊るように揺れた
「また 会おう」
そういうと 老人はふわりと風に消えた
大きな杉の木に向けて
『また 会おう』
そう思いを込めて きらりと瞬いた
お読みくださいまして ありがとうございます。
夜な夜な星と神さまたちはこうしたお話をしているかもしれません★