第二十四夜★ 『星と鍵盤』
私は見ていることしか出来ない
今夜もずっと見届けよう
そこに生きるものたちを…
冬の寒さが人びとの衣服を厚くさせ
紛らすように町には暖色の光に包まれてた
とある夜のこと
小さな町の列車駅から
ピアノの音が奏でられていた
切なくとも美しい ゆっくりとした旋律が
通り過ぎる人びとの足を止めた
私はピアノを奏でる若い男を見つめていた
彼は 旋律に合わせ 柔らかく体を揺らし
想いを乗せるように一音一音奏でては空を見上げ
誰かに届くよう祈るような顔をしていた
遠く離れた場所に 彼の想う誰かがいるのだろう
真剣な眼差しは私を見つめていた
彼の想う人へ 愛情や会えないその悲しさを
音に乗せて 届くように祈っているのだろう
その切ない旋律が 物語っていた
彼の演奏は 列車を降りる人たちを惹き込み
演奏に心を打たれては 拍手を送った
列車も最終となり 駅は人気もなく
ピアノの音と 月明かりに包まれていた
彼が最後の音をそっと鳴らし
星たちが見守る冬空をゆっくりと見上げ
鍵盤を撫でながら立ち上がると
ひとりの女性がピアノの前にいた
彼は 涙を流し 彼女の瞳を見つめ
嬉しそうな顔を浮かべ微笑んだ
彼女は 優しく髪をなびかせ 彼に近づき
鍵盤に指をすべらせた
ふたりで奏で合った時間を思いだすように
彼女は後ろを向き そしてもう一度振り返り
彼に微笑んだ 純粋無垢な微笑みに
彼も釣られて微笑んでいた
彼を抱きしめるようにふわっと包み込み
最後の時間を惜しむような顔で その体を離した
彼はそっと頷くと 彼女はすっと光に包まれ
そして光とともにそっと消えていった
優しい微笑みを残しながら
彼は涙を止めることなく 空を見上げ
ひとことつぶやいた
“ありがとう”
彼の想いが旋律に乗り
遠く離れた星へと届いたのだ
彼はこれからも彼女への想いを鍵盤に乗せ
奏でていくだろう
月明かりに照らされた彼の顔がそう思わせた
冬の夜に起きた奇跡の時間に
私は小さな慈しみを込めて そっと瞬いた
最後まで読んでくださいまして
ありがとうございます。
良くある奇跡の物語です。
冬は小さな奇跡に包まれる季節だなと思ってます。