第十七夜★ 『音に洗われて』
私は見ていることしか出来ない
今夜もずっと見届けよう
そこに生きるものたちを…
地球が太陽の周りを
ちょうど一周しようとしていた
私は この時期になると とある島国を
いつも眺めていた
これで もう何回目だろう
思いを馳せていると 龍の咆哮のように低く
それでいて風の流れのように
清らかな鐘の音を聴いた
山の中腹にある 朱色の鮮やかな
屋根瓦の寺から僧侶が法衣を身につけ
一撞き 一撞き 丁寧ながら 力強く
町中へ その音を鳴らした
108回 撞かれるという この鐘は
人間の煩悩と呼ばれる 欲の数なのだそうだ
これから終わる年への思い
新たに始まる年への期待を
人びとは多様な表情をしながら
鐘の音に想いを乗せていた
ふと見下ろした町の長屋の窓から
娘と姉弟と呼ぶには少々年の離れた
小さな弟の姿が見えた
娘は 弟が眠い目をこすりつつ
鐘の音を一生懸命聴いている姿を見守っていた
弟が頑張って起きていられるよう
話しかけては 背中をトントンと叩いたり
頬をつついたりしながら あたたかく やさしく
私はそんな姉弟の姿を見下ろしながら
遠い昔からの人の営みを思い出していた
人は欲があるからこそ 活発になり
成長をしていったものだ
ただ その反面に 欲に身をまかせ
多くの問題を起こすものもいた
それは古くからずっと繰り返されていて
今もそれは変わっていない
不思議なものだ
人は多様な成長をしているように見えて
根元は変わっていない
それがこの地球へもたらすものは
良いものなのか 悪いものなのかは私には
判らない
そんなことを考えていると
小さな弟は ついには娘の膝で
眠りに就いてしまった
無垢そのままの姿ですやすやと
この表情の姿こそ 煩悩の無い
無垢なものなのだろう
可愛らしくも美しいものだ
娘もその姿を見て微笑み
そっと布をかけてやった
眠る弟の頭を撫で 除夜の鐘に耳を澄ましながら
娘は窓から私のいる 夜空を見上げた
雲ひとつない静寂の闇
冬の空は 清く澄み渡り 小さな星まで見渡せるようだ
娘は私を見つけ やさしい顔でほほえんだ
幼くとも母のような慈愛に満ちたほほえみだった
私は娘に向かい ほほえみを返すように 瞬いた
また地球が一周するこの瞬間
どんな二人を見られるか楽しみにするとしよう
町中が鐘の音に耳を奪われていると
そっと新たな年が明けていた
終わりと 新たな始まりのしじま
想いはいろいろあるものです