第十一夜★ 『少年と町』
私は見ていることしか出来ない
今夜もずっと見届けよう
そこに生きるものたちを…
鳥のさえずりが町に響く少しまえ
まだ紺色の夜空がひろがってるころ
少年は走っていた 町中を野ウサギのよう軽く
大きなカバンにはたくさんの紙の束が入り
それを一軒一軒 ポストに入れていった
新聞と呼ばれたこの紙は町で起きた出来事
天気 物語など 文字で埋め尽くされていた
人々はこれを毎日楽しみにしていた
とある一軒の家の前で 老婆はゆっくり身体を
伸ばしながら少年を待っていた
そこに いつものように駆けてくる少年が
やってきて 老婆に新聞を手渡した
老婆は嬉しそうにそれを受け取り
少年にパンを渡し そっと頭を撫でた
少年も嬉しそうに笑い パンを受け取り
大事そうにバッグのポケットにしまった
少年は手を振り また野ウサギのよう
町を駆けていった
そのあとも少年は一軒一軒に新聞を入れ
夜明けを過ごす人たちに挨拶をしながら
町を駆け回っていた
最後の一軒となった 港に近い家の前で
深夜の漁から帰ってきたばかりの老人に
最後となる一部を手渡した
老人は嬉しそうに受け取り 大きなカゴの中から
獲れたての魚を袋に入れ 少年に渡した
少年は目を輝かせ ぴょんぴょん飛び跳ね喜んだ
老人は喜ぶ少年を見ながら穏やかな顔をしていた
新聞を作る工場に戻った少年は 金貨をもらい
元気よく帰っていった
私は小さな少年がなぜ こんな夜明け前に
町中を駆け 新聞を届ける仕事をしているのか
と思い 少年の家を見ていた
家には母親が一人 少年の帰りを待っていた
病弱で 働きたくても働けないのだろう
優しい顔をしているが とても細かった
母親は少年を抱きしめ 帰りを喜んだ
少年は嬉しそうに母親に甘えた
バッグからもらった魚を取り出し
母親に渡した 母親は手を合わせて喜び
再び少年を抱きしめた
少年は 病気の母親を助けたくて 朝から働いていたのだ
今では 小さな少年は町の人々からも愛され
朝を過ごす人々の楽しみになっていったのだ
こうした懸命な姿は人々にとって
優しい気持ちになり その気持ちはいずれは
大きな輪になって 手を取り合っていくのだろう
この町の人々のように あたたかく
もう 夜は明ける 私はそろそろ眠る時間だ
暖色の陽がゆっくりと世界を染め
あたたかな空気を世界に届ける
少年は窓を開け 夜明けの空を楽しみながら
もらったパンを食べていた
私は眠る前にそっと瞬いてみせた
少年の瞳に写るように
読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、人のあたたかさと懸命さがテーマとなる物語でした。
あたたかさはやっぱり人として機能していくには大切なものだろうと思っています。