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短編集

婚約破棄はお遊びではなくてよ?

作者: 神山 りお



 高等部の卒業パーティーの後、短期の休暇を経て貴族達はそれぞれの職に就く。だから今だけは、この大切な時間を名残惜しそうにしたり、新しい場に行ける事を喜んでいたり、人それぞれ……思いを馳せていた。


 そう……名門中の名門のこの学園では、今まさに華やかなパーティーが催されていたのだ。

 令嬢達は、色とりどりのドレスをその身に纏い、蝶の様に舞い踊り、端にあるテーブルにはカラフルで豪華な軽食が、奥には生演奏で場を盛り上げていた。



「お久しぶりでございます。エレクトーン様」

 そんな華やかな席とは、少し離れている処に座る公爵令嬢に、マリンは声を掛けた。

 隅にいる女性を、壁の華と揶揄する者は多くはいるが、彼女は本当の意味で華であり美しい女性だった。

「久しいわね。お元気だったかしら?」

 一人掛けソファーに座り、肘掛けに腕を乗せ、気だるそうにしているエレクトーン。

 ただ、そこにいるだけなのに、彼女は誰よりも美しかった。

 蒼い髪が波を打ち、アイスブルーの瞳はキラキラとしている。紫色のドレスは、最新式のドレスを纏っていた。

 周りの令嬢達の様に、フワフワとしているドレスではなく、スラリとしたシャープなドレスだった。その美しい肢体を、さらに引き立てている。



「……はい。最後に……エレクトーン様にお会いでき、とても光栄にございます」

 マリンはポッっと、頬を赤らめた。

 卒業パーティーで、彼女に会えたのは本当に嬉しかったのだ。会えないと思っていただけに、あまりにも嬉しくて涙が目に浮かんでいた。

「わ……私も! お会いでき嬉しく思います」

 エレクトーンを見つけた令嬢達が、次々と最後の挨拶をしたいと自然と集まっていた。彼女は令嬢達の憧れの的だった。

 強きを挫き、弱きを助ける。そんな令嬢だったからだ。




 皆がエレクトーンに集まりだし、楽しそうに歓談をし始めた――――――そんな時だった。




「こんな処にいたのか、エレクトーン!」

 金髪碧眼の美貌の男性が、令嬢をかき分ける様にして、椅子に座るエレクトーンの前に立った。

 令嬢達は彼に気づくと、一斉に頭を下げ慌てる様に去って行った。

「あら。殿下、ごきげんよう」

 そう、目の前の男性は……この国の第1皇子。ケインズ皇子である。次期皇帝になられる御方である。

「ごきげんようではない!! お前はまず、この私に挨拶をしに来るのが礼儀であろう!!」

 ケインズ皇子は不機嫌そうに言った。

 自分に挨拶をする訳でもなく、何もする訳でもなく座るエレクトーン。しかも、この皇太子である自分が目の前に来ても、椅子から腰を上げもしない不敬に苛立っていた。



「礼儀……ねぇ。失礼致しました?」

 エスコートもせず、手紙1つで呼んだ礼儀知らずは誰かしら?

 ふぅーと、気だるそうに煙を吐いた。

 そう―――エレクトーンは、気だるそうに魔電子キセルを吸っていたのだ。

 彼女はここで、皇子がいるにもかかわらず、のんびりとキセルを吸っている。

「貴様は礼儀を知らないのか!」

 それには皇子ではなく、取り巻きの1人である侯爵家の子息が声を荒げていた。無礼にも程があると。

「ふぅ~」

「げほ……ごほっ」

 そんな子息に向かって、興味無さそうにエレクトーンは煙を吐いていた。

「「貴様っ!!」」

 息巻いたのは、皇子の脇を固める取り巻き2人。

 無礼にも程がある……と殴りかかりそうな勢いだった。


「よい!」

 それを手で制したのは、他ならぬ皇子だった。

 しかし、と取り巻き達は言ったものの、押し黙っていた。


「そんな不敬も、今日……これまでだ!!」

 ケインズ皇子はそう言うと、後ろに控えていた少女を胸に寄せ―――高々とこう言った。

「今をもって、お前との婚約を破棄する!!」

 人指し指を、エレクトーンに指し実に気分良さそうに言い放ったのだ。

「……ふ~」

「げほっ……ごほっ」

 エレクトーンは面白そうに、煙を吐いた。

 当然、ケインズ皇子に向かってである。



「一応訳を、訊いてもよろしくて?」

 薄々気付いてはいたが、本当にこのためだけに、ここに呼びつけたのか……と内心呆れていた。

「ふん。いいだろう」

 エレクトーンがいつまでも座っている事よりも、上から見下ろしている事が気分が良いらしかった。


「まずは、このコリーにした嫌がらせについてだが――」

「コリーとおっしゃいますの? その浮気相手は」

 ケインズ皇子の話を、エレクトーンは最後まで聞かなかった。

 面倒くさいからである。

「浮気ではない! 本気だ!」

 話をぶった切った事など、これからやろうと企んでいる断罪からしたらどうでもイイらしい。

「浮気でも、本気でもよろしいですけど……この場で高々と不貞を宣言して恥ずかしくはありませんの?」

 とエレクトーンはスラリとした美しい脚を組み、かったるそうに魔電子キセルを吹かしていた。

 その気だるそうな仕草は、実に艶っぽい。男性も女性も関係なく一瞬惚けてさせていた。



「不貞などしてはない!」

 正気に戻ったケインズ皇子が、払拭する様に声を上げた。

「身体の関係なんて、どうでもよろしくてよ? 問題は私という婚約者がいるのに、他の令嬢に現を抜かすその非常識な行動ですわ」

 プラトニックだろうと、なんだろうと最早そこは問題ではないのだ。イチャコラするのは、婚約を解消してからにしろって話。

「行動について、お前に言われたくはない!!」

 そこだけは、至極まっとうな返答だった。

 皇子が話をしているのに、立ち上がろうともせずキセルを吸っているのだ。あり得ないのだが、何故か許せる自分もいる。



 やっと立ち上がったエレクトーンは―――

「浮気を許すのですから、相殺して下さる?」

 ふふっ……とケインズ皇子に近付くと、その耳元に囁き彼の首をゆっくりと舐める様に指を滑らせた。



「……ぐっ……」

 あまりの妖艶な仕草に、ケインズ皇子は腰を抜かしかけていた。

 下半身が持たない……と、生唾をゴクリと飲み込む音が、そこかしこでしていた。

「ケインズ様!」

 コリーは、ケインズ皇子を必死になって支えた。

 婚約の破棄の話をしに来たのに、このままではやり込められてしまう。

「そ……そんな、げ……下品なドレスで恥ずかしくはないの!?」

 コリーは、とにかく何かを言い返したいと必死に返していた。

「隣の国の最新ドレスでしてよ。まぁ、お子様には着こなせないですわね?」

 そんな言葉など、まったく気にもしないエレクトーンは、コリーの淋しい胸を見て悲しそうに微笑んだ。

「む……胸があればイイってものじゃないのよ!!」

 自分の胸を見て笑われたと、感じたコリーは胸を押さえて言い返す。

「私。胸の事など一言も言ってませんわよ?」

 お子様とは言ったけど。エレクトーンは気だるそうに椅子に座り直した。

「ケインズ様!」

 自分では勝てないと思ったのか、ケインズ皇子の腕にしがみついた。涙目が庇護よくをそそる。

 

「そっ……胸はともかくとして! コリーを苛めた所業は許せん!!」

 何とか立ち直ったケインズ皇子は、再び指を指す。

「所業とは?」

 あくまでも、自分を貶めたい皇子達に辟易(へきえき)としていた。

「階段から突き落としたり、彼女の部屋を荒らしたり……色々だ!!」

 最後は、色々でまとめている辺り大雑把過ぎる。

「何時、どこの階段ですか?」

 階段なんて、学園ならそこかしこにある。なんだったら、自宅にもあるだろう。

「先月3日東棟の階段だ!! 目撃者もいる!」

 これでどうだ……とでもいわんばかりに、いきり立てていた。



「先月3日……東棟の階段ねぇ?」

 エレクトーンはさらに、気だるそうに魔電子キセルを吹かしていた。東棟というのだから、この学園の東棟なのだろう。

 そこで、私が彼女を突き落とす? それも、目撃者いるとか。訊いて呆れていた。

「弁解は出来まい」

 目撃者もいるのだ……と言いたい様である。

「ここの警備が、王宮並みに厳重なのは知ってまして?」

 冷めに冷めた珈琲を、優雅に一口飲んだエレクトーン。

 ただ、珈琲を飲むその姿に、その動く喉もとに、妙な色気を感じて皆は息を飲んだ。


 この学園は自分も含め、王族・貴族が通っているのだ。警備は王宮並みに厳重に厳重だった。


「勿論知っている!だが、いない隙を狙って落としたのだろう!!」

「無理でしょうね」

「門扉や棟の周りならまだしも、学園内なら警備はそこまで厳重ではない。その隙を―――」

「無理ですわよ?」

 どうしても自分を貶めたいのは分かるが、外堀が全く埋まってない。なんなら建築、設計からなっていない。

 断罪したいのなら、もう少し楽しませて欲しかった。



「目撃者もいるのだぞ!」

「この際、今日がコリー様と初対面だとか、目撃者は誰なのかは置いとくとして、私が何時どのようにして、学園の東棟の階段に行ったのかが問題ですわ」

 大体、今日が初対面なのだ。顔も知らない彼女を、どうやって探して突き落とすのか。

「そんなもの――――」

 どうにかした……とでも言いたい様だ。だが、そこではない。

「そんなものっておっしゃいますけど……そもそもが、私……この学園を5年も前に卒業しておりますので、用もなくこの学園には入れませんの」



「「「「…………っ!」」」」

 そうなのだ。ケインズ皇子はまだ18歳だけど、私は2○歳。

 爵位は勿論のこと。未来の王妃として皇帝を支えられる、聡明で美しいエレクトーンが年上ながら選ばれていたのだ。



 そして彼女は、この学園はとうの昔に卒業して、いつでも王妃として動ける様、王宮に暮らしている。なのに、何故どうやって学園にいたのか。

 今日はケインズ皇子に招待されたから、学園に入れたのだ。卒業生とて、用もなく学園には入れない。



 入りたいのなら門扉の警備を、まずどうにかしなければならない。そして、嫌でも目立つこの姿をどうやって隠すのか。

 そんなリスクを背負ってまで、良くも分からない彼女を階段から突き落としたりするとでも……?

「「「………………」」」

 正論を言われ、ぐうの音も出ないらしい。



「申し訳ありませんが……。学園内での出来事なら、学園内で処理して下さいませ」

 疲れた様にエレクトーンは立ち上がった。

 卒業した私をなんのために呼び出すのかと思えば、とんだ茶番劇だった。

「「「「…………」」」」

 そうだった……。エレクトーンは学園にはいないのだ。

 ケインズ皇子達は、根本的な間違い勘違いを犯し、計画を立てていたのである。断罪どころか論破も出来なかったのであった。



「ねぇ、ケインズ殿下」

 エレクトーンは帰る前に、ケインズ皇子の目の前にゆったりと立った。流し目で彼を見つめながら、彼の頬や顎を、長く美しい指で弄ぶ。

「そして、皆様も―――」

 吐息が漏れそうな艶っぽい口調で、取り巻きや皆を見る。

 尚も可愛いがるかの様に弄ぶ指を、キスでもするかの様に触れては離れる指先に、ケインズ皇子は惚けてなすがままであった。



「おイタは……ダ・メ・よ?」

 と小首を傾げて、艶やかに微笑んだ。



「「「「……は……はい!!」」」」

 エレクトーンの美しい過ぎる冷笑に、誰も何も言い返せなかった。皆、腰砕けだったのだ。

 全員が、フニャフニャと何処までも、幸せそうに堕ちていった。


 

 そして、皆は心に従うだけだった。




 ――――どこまでもお供致します!!



 


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