ある悪役令嬢の物語。
さらっと血みどろで、人死にがあります。ご注意ください。
「婚約破棄ですの?」
首をかしげるお嬢様。
私逃げたい。
なにも大勢の前でやらんでもええやないの。とどこかで移った方言が出てくる。
なんやの-。
死にたいの?
死ぬの?
王子様がどこぞの下位の貴族の娘を気に入っているのは噂で知っていた。お嬢様はもっと詳しく知っていたようだが、あらあらと笑っていた。
それが、婚約破棄。
解消でもなく、陛下も妃殿下も外遊で不在のこのときに、婚約破棄を夜会でやらかす。
ちらとお嬢様を見る。
仕組んだな。
うちのお嬢様は公爵令嬢。
当主様は辺境伯と兼任されており、まあ、要は隣国との戦争が起きた場合、食い止めるお立場です。
何代かごとに王家の血を入れ、同様な家から定期的に婚姻を結んでいる結構濃い目の王家の血を持っている。
むしろ王家の血が入ってない家とは婚姻してないくらい。
現王家よりも濃いくらい。
ということを踏まえて、第一王子の婚約者だったのですよ。うちのお嬢様は。
そのお嬢様との婚約を破棄する。
「わかりました。当主様に王都へ進むように進言しましょう」
にこりと武力行使を決定しました。むしろもっと前から決めてたでしょう。
いつ頃かは気がつかなかった。
「ねえ、そこの娘、あなたが原因で千は人が死ぬでしょう。抵抗すればもっと。街は焼かれ壊されるでしょう」
謡うように未来を語る。
王子の隣に立っていた娘はびくりとした。顔が青ざめていくことから事態は理解しつつあると思った。
お花畑だったら幸せだっただろうに。
王子は面食らったような顔をしている。当たり前だろう。婚約を破棄したら、どうなるか想像したことがない。
お嬢様が扱いやすいように、必要以上に教育を施さないように仕向けたのだ。
本人もちょっと褒めると調子に乗って遊びだす質だったのも悪い方に影響した。お嬢様は常に一歩下がって、褒めて褒めて褒めまくった。あなたには必要ないと色々な物を取り上げた。
王子は自分の選択だと思っているが、お嬢様の誘導である。
色々なやらかしもお嬢様は困ったものだと言いながらも正さなかった。ますますお嬢様が良く見られ、王子の株は落ちていく。
王家からも苦言を呈されているのだが、王子は聞く耳を持たなかった。
無意味な自信が、お嬢様に植え付けられている。
だから、他に好きな人が出来たからと別れてくれると信じている。
笑顔で譲ってくれると。
「義弟、早く戻ってきなさいな。それともソレの首を落としてくださる?」
くすくすと花を摘むように言うように首を要求する。
他家から養子に来た三番目のご子息は、王子の従者をしていました。天使のようなと言われる悪ガキであることを私は知っています。
「そんな血なまぐさいコトは、姉様にお任せします」
「ヒューイ、どうして?」
「え、僕はただの監視。お友達ごっこは楽しかったけどね。姉様がおしまいって言うならおしまい」
軽い足取りで、お嬢様の後ろに立つ。他の面々が困惑していることが感じられた。
裏切り者と理解するほどには賢くないのか。
「では、皆様、ごきげんよう。早々に領地に帰られた方がよろしくてよ」
お嬢様は優雅に一礼し、踵を返した。
ドレスを着ているとは思えない速度で、ホールを通り抜ける。それを遮る猛者はいなかった。
この場には王国騎士も近衛兵も警備に呼ばれた一般兵もいるのに、誰も。
扉にさしかかったときに思い出したように、付け加えた。
「娘、あなたの両親が、詫びていたからあなたは殺さないであげる。感謝してちょうだいね?」
それはきっと、優しさではありませんよね?
お嬢様は王都を抜けて、直轄領の隣まで馬で飛ばした。
追っ手をかけるべき王子は腑抜けているし、外遊に伴い有能なものは引き連れている。
各大臣などは、なにか理由を付けて夜会には参加していなかった。
理由自体はありがちだが、こうも上位者が出席しない王家主催の夜会はおかしい。
本来は誰かが気がつくべきだった。
まあ、気がついていないから追っ手がかからず、余裕という状態で宿で寛いでいられる。
ゆったりと湯浴みを終えると髪の手入れをするように申し付けられた。
「本当にポンコツがポンコツになりましたのね」
お嬢様は感慨深そうに呟きます。少しは利発だった少年を堕落させたのは彼女ですが、指摘してもしれっと本人の資質ではと返される。
「お嬢様、当主様をお待ちしますか?」
「そぉねぇ。父様は待ってろと仰っていたけれど、少しは、動かしても良いのではないかしら?」
「でしたら、つやつやではお困りでしょう。手入れは後日にいたします」
「ええっ! ……そうね。やつれた感は必要だわ。顔色が悪いように明日はよろしくね」
軽く櫛を通すだけで、仕舞いにする。
夜に飲む香草茶を用意し、部屋に下がろうとした。
「愚弟にも伝えておいて。今のところ使用人はあなたしかいないから」
「承知しました」
あの悪ガキには良い思い出もないが致し方ない。
「疲れているところ悪いけれど、夜番も頼むわ」
「室内で良ければ」
「構わないわ。そこに転がっていてもよくってよ」
そこ。
床である。絨毯を敷いてあってもただの床。
……まあ、家具に等しいと言われる使用人に対してはお優しいのでしょうけど。
「寝ずにいろと言わないだけ優しいと思わなくて?」
「お嬢様以上にお優しい方は滅多に居られません」
そうでしょう。そうでしょうと肯いています。
変なところで優しいのが、玉に瑕というか、逃亡出来ない理由というか。
困ったお嬢様です。
ヒューイ様に伝言を伝えれば案の定、絡まれましたが、お嬢様ではないので物理的に黙らせました。
ぐったりしていたって知りません。
お嬢様の格別の計らいで、毛布までいただき床に転がりました。
気がつけば朝だった。
お嬢様はすやすやとまだ眠っている。何事もなかったのか、何かあってもお嬢様が対処したのかわからない。
……何もなかったのだと信じている。
お嬢様が起き出す前にお召し替えの準備をする。
この宿は1年前からずっと押さえていた。部屋には色々な私物が溢れている。
私の荷物も片隅に置かせていただいている。
全ての準備が終わり、お嬢様を起こす。
うぅんと可愛らしい寝言を口にしながら、ぱちりと目が開けばナイフを突きつけられる。
「あらぁ? ごめんなさいね」
普通に暗殺者にも狙われる立場に居られたので、条件反射のようなものだそう。これが原因で侍女が片っ端から実家に帰っているのですが、本人は悪びれていません。
で、育ちが悪い私が、お嬢様のお側に侍っているわけです。
「今日はとても鋭いですね。そろそろ天に召されそうです」
「それはこまったわね。誰が私の世話をしてくれるのかしら」
「お側に侍りたい者はいくらでも」
「手が滑っても避けてくれるかしら」
曖昧に笑っておくに限る。
顔を洗い、髪を軽く整え、夜着から化粧前のガウンに着替える。
食事は先に済ませておかないとコルセットを締めるときに問題がでてくる。
「ああ、今日からは絞めなくても良いわ。あんなもの、廃止すべきよ」
王子の婚約者であった手前やっていたことも放棄するらしい。
それを意見する立場にないので、黙って下げる。
いつもは軽かった朝食も今日はゆっくりたっぷり召し上がった。
腸詰めとゆで卵、パンを二つも。フルーツを搾ったジュースと新鮮なミルクも飲み干し満足そうだった。
「いつもお腹が空いていたのよね」
つやつやで元気良さそうです。
喪服かと言わんばかりの暗い色のドレスを着、青ざめた顔の化粧を施していく。
「あらあら。幽鬼のようではないの?」
「お嬢様の溢れる色気が、隠れないので諦めください」
そう。口を尖らせる仕草が少女めいている。
「始めましょう」
まず、この領地の領主に面会を申し出ます。良く来ているので、顔見知りですが、昨日は尋常ではない手段で訪れ宿に引きこもったので何かあったことは知っているはず。
すぐに迎えが出される。
こちらに都合の良いように情報提供する。
まずは同情。
次は利を。
最後に裏切った場合の制裁について。
お嬢様は全く容赦がありません。
悲しげに微笑みながら。
ある領地に起きた出来事を語る。
婚約者のある男に言い寄った娘の両親が、首をくくった話。
その男の婚約者は、何度もやめるように忠告したが無駄だったと嘆いた。どのように教育したのだと両親に問い、その家と領地とのつきあいを一切絶つと宣言した。
あとはもう転落の一途。
娘は言うことも現状も理解せず、殿下が良くしてくれると新しいドレスを宝石をもらったと嬉しげに手紙を寄越す。
そして、ある晩、首をくくった。
娘はまだ知らない。
世の中には手を出してはいけない人というものもいる。
お嬢様が一歩引いていたから、侮ったと見られるだろうけど、舞台裏はもっとひどい。
燃え上がるように、盲目になるように、定期的にイベントを差し込んで恋物語の台本を演じさせた。
情報を閉鎖させ、二人以外には周知のことでもわからないようにした。
人徳のなさですわねぇと目を細めているお嬢様が恐ろしい。
恋物語は市井にも流し、同情的な雰囲気や世論を作った。
これが、これから反転する。
「わかっていただけて、嬉しいわ」
涙をこらえて微笑むお嬢様はお美しいけれど、美しいだけでは次期王妃になれるわけがない。
ハンカチに仕込んだ玉葱がきつかったと後ほど文句を言われた。
それは申しわけございませんでしたと謝りましたけど。日頃の憂さ晴らしとかじゃないよ。
自力で泣く演技力がないことを怨めばよいよ。
二日後に当主様がいらっしゃいました。
尚、公爵家は代々女公爵。
何代か前に他の男の子を当主の子だとして産んだ女がおりましてね。後に明るみにでるのですが、顛末がとても血なまぐさいものでした。
当時既に当主になっていたことも本人の意志が介在していないこともあり、偽当主の子は喉を潰され、子が出来ないようにされてから病気ということで幽閉されました。
本人は権力に嫌気が差していたとして、大量の詩編と小説と戯曲などを製作し亡くなられました。
案外才能あったみたいで、時々公演されます。
で、その女の一族は皆殺し。
最後は心臓が止まって死んだ、とでも言えば良いのでしょうかね。
そして、何代かさかのぼって養子に迎え、当主は女、その子が産んだ女の子が次期当主ってことに。
「お母様っ! お久しぶりです」
「まあ、元気そうね」
普通の親子に見えますが、恐ろしい女傑が二人もそろって、王都殲滅作戦敢行されるのかと思うと寒気がします。
息つく暇もなく、攻め込む作戦を練っているところにお茶を持っていくとかなんの苦行かね。
あら、ありがとう、と二人とも言うのがなんとも。
そう言うところは使用人にも関係なくしているんですよね。
その唇が、国民に王子と娘を差し出させるようにする作戦を練る。
王が帰るまでが勝負。日程通りならば、どうあがいても間に合わない。
人はこらえ性がない。
王都を囲んで閉鎖して一週間も持たない。都市というものは、自己で生産はしない。ほぼ全て、外部から調達する。
それなりに食料はあるだろうけれど、末端までは届かない。
金の問題でもあり、恐怖の問題でもある。
まず、食料の値段が暴騰するだろう。十分あったところで、権力や金のあるものが買い占めていく。
食べきれないほどの食料をため込んで、恨みを買う。
飢えた者が食料のある場所を奪い始める前に、書簡を投げ込む。
この苦境は王子が不貞を働いたせいだと。恋に歪んだ王子が、非のない婚約者との婚約を破棄し、王都から追放したと。
そして、恋する娘を新しい婚約者に据えた。
制裁する理由は我々にあると、堂々と宣言する。
中々にえげつない。
敵意が高まっていく最中に、良い燃料投入だ。こうして王家に怒りを向ける。
「開門はどうしようかしら」
「私が出れば勝手に開くのでは?」
「危険よ。せっかく戻ってきた娘なのですもの」
「……そうですね」
中々に複雑な同意。
せっかく戻ってきた、子供も産んでくれる、良い手駒の、娘なのですもの。
と理解するくらいには我々はつきあいが長いのです。残念なことにこの長さは今後も更新される見込みです。
「囲んでからあとは考えましょう」
問題は先送りになりましたが、何か考えてはいるんでしょうね。
そして、囲んで一週間程度で想定された展開になりました。囲むといっても完全に包囲は難しく、各門の前に布陣していました。
使者がやってきて、和解交渉したいと。
署名は宰相となっていましたが、王子がでてきませんね。
「王子も娘も逃亡しようとしたから軟禁したのですって」
「あら、嘘つきさんねぇ」
「首で満足するつもりだと安くみられたものね」
「王都の外なら良いと返事を出しておくわ」
当主様の決定ですが、良いんですかね。
お嬢様は思案顔です。
「つれてくるかしら」
「半々ね。条件を付ける?」
かわいい娘のおねだりくらい聞くわよという。
おねだりの内容が恐い以外は普通に仲が良さそうに見える。
お嬢様は首を横に振る。
「前菜にもなりません」
ふふふと笑いあう美女二人。寒気がしてきます。
二日後に会談の場所はもうけられました。
平原に天幕が張られ、机とどこから持ってきたか豪華な椅子が用意されてました。
なぜかこの場にも侍女としてお茶だし要員で同席しています。残念ながら、王子のみ同伴してました。
やつれていますが、お嬢様を見ればぱっと顔を輝かせています。
なにを期待しているのか。
「行き違いだと説明してくれよ。彼女を愛人にした方が良かったならそう言ってくれれば良かったのに。俺が好きだったんだろう?」
土下座してきたら頭踏んで主が誰か教え込んで許してあげようと思うの。
とお嬢様はいっていました。
不可能な未来だとわかっていての冗談。
憐れみの視線を向けてしまったのは私だけではなかった。
「我々の要求は無血開城です。それの処理は、そちらでどうぞ」
当主様は華麗に無視して、宰相ににこやかに話しかけます。
王家の血というのは特別とされています。
その血統に出る銅色の髪、闇色の瞳。当主様やお嬢様はどちらも備えていますが、王子は金髪碧眼。
王家はその血統を保つよりも国外の血や有力貴族の血を入れすぎました。
どちらがより王の血統に近いかといえば、お嬢様たちになるわけで。
「これに王の不在を埋める能力はありません。なぜ、私の娘が婚約者にされたのかと理解しない愚か者です。嘆かわしい」
……まあ、どちらかといえば、わからないように育てたのはお嬢様で。独断とは考えがたいので、おまえが言うな、状態です。
宰相もぐっと言葉に詰まる。
「例外事項を取れば、それよりも王位に近いのは私たち。譲ってあげたでしょう?」
あー、私は聞かなかった。
確かに現王も金髪碧眼。王妃は銀髪。辛うじて黒いと言える目を持ってますが、恋愛結婚とかいってましたね。
「約束を違えたのはそちら。開けてくださる?」
宰相は渋々同意してましたがね。最初からそのつもりだったのではないかと思うわけです。
お嬢様も自分の天幕に戻ってきて珍しく愚痴ってましたからね。
「あのオヤジだけは気に入らん」
……山猿時代が顔を覗かせてます。宰相は三十半ばくらいで、お嬢様とは十とちょっと違います。
ああ、そうか。
気に入ってるのか。
ぽんと手を叩いた私が睨まれます。
「とりあえずは、おめでとうございます?」
「そぉねぇ。母様は、どうするつもりかしらね」
ああ、王冠とかいう文字がちらつきますが、気にしたら負けです。そうなったら失業ですかね?
翌日には速やかに王都へ入り、国民の歓声を聞くと現金なものだと。
恋物語に熱狂し、お嬢様を悪役として語っていたというのに。
「あら、ご機嫌斜めね」
にこりと笑い返し、返答はしませんでした。
「あなたくらいよ。私たちに心があると思っているのは」
「光栄です」
「これからもこき使われなさい」
「はい」
えー、それはちょっとーと思ったんですがね。
言葉通り、ずーっとお仕えしましたよ。死ぬまでね。
ああ、その後の事ですか?
戻ってきた王、以下のものを拘束。
王位を譲る書類を作り、幽閉。
皆殺しにしないだけありがたく思えとのお言葉でした。
王子は幽閉先でちょっとは賢くなったようで、謝罪の手紙がやってきました。
笑顔でお嬢様が焼いてましたが、何が書いてあったのでしょうかね。
娘の方は、僧院に行き祈りの生活だそうです。
こちらの謝罪文は丁寧に保存され、僧院に大層な寄付を送りつけたそうです。
当主様は旦那様が恋しいと嘯いて、領地に戻り、王冠はお嬢様が預かることに。
女王様へ戴冠と同時に婚姻し、今や男ばかり3人産んで頭を抱えています。
私は、某ご子息様に絆されて結婚したものの、別居しております。お嬢様の側を離れるわけにはまいりません。
乳母もやってますし。
都合が良かったから結婚したわけじゃないですよ。
昔から私にだけ意地悪なの、知ってましたからね。
最強、あるいは最凶。
ちょっと反省している。