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ホラーゲームですから!  作者: うばたま
第一章 公爵令嬢は生き残るために戦う
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 「あそこにもゾンビが!リーガン、アナベル、下がって」

 ホールに続く廊下で、ダミアンが叫んだ。背後から忍びよる何かの存在に気付いた彼は、剣を抜き二人を庇うように身を乗り出した。彼はここを歩いている間些か乱暴にチャールズを引きずっていたのだが、その手をさっさと離した。チャールズは無様に尻もちをついたが、それに構う者はいなかった。

 「あれは……ティファニーの新しい恋人」

 アナベルの言葉に、初めてチャールズが顔を上げた。

 「彼、ゾンビ化してるわ。ゾンビに遭遇したってことね」

 リーガンは痛ましい物を見るように目を伏せた。彼の恋人であるティファニーは、既にこの世にない。それを知る前にあのような姿になったのは、お互いにとって不幸中の幸いなのかもしれなかった。

 リーガンは両手を突き出した。その前に、赤い魔方陣が浮かび上がる。

 「私が」

 ゾンビの弱点は頭部の破壊か、火である。狙いにくい頭へ攻撃するより、彼女の魔法の方が倒しやすくはある。しかし、ダミアンは難色を示した。

 リーガンは公爵令嬢である。破棄されたとはいえ(しかも、この婚約破棄は、国に正式に受理されていない)この国の王太子の婚約者でもある。そんな高貴な人物に、戦いの真似事をさせるのは、王家に仕える宰相家の一族としては、できれば避けたいところだった。

 しかしリーガンはダミアンの咎める表情に気付かないふりをして魔法を放った。炎は哀れな生ける屍を正確に捕らえたが、それより素早い動きで男は炎を避けた。

 「避けた!?」

 ダミアンが驚愕の声を上げた。アナベルが人形を抱きしめた。

 ゾンビの動きは鈍い。よたよたと頼りなげに歩くことしかできない上に、頭も鈍い。何しろ、もう死んでいるのだから。だからこそ、ゾンビはおのれの食欲を満たすことしか頭になく、危険を素早く回避するなんて芸当、とても無理なはずだ。

 だが、彼はそれをやってのけた。リーガンが軽く舌打ちし、もう一度魔法を放った。もしかしたら、偶然足がもつれて避ける形になっただけなのかもしれない。今度は、先ほどよりもっとしっかり狙いをつけ、炎を放つ。

 しかし、それも彼は避けた。それどころか、リーガンを獲物と捕らえたのか、彼女を睨みつけ、よたよたと歩き出した。その歩みは、確かに人間に比べれば緩慢ではあったが、ゾンビとは思えないほどの速度だった。

 「まさか!バブか!」

 ダミアンが剣を構えながら叫んだ。

 バブとは、彼がかつて読んだ書物に載せられていた、あるゾンビの呼び名だった。

 死霊魔術師(ネクロマンサー)によって生み出されたゾンビに噛まれた者はゾンビ化する。そのゾンビは、どれも同じ特徴を持っている。緩慢な動きで、意志も知能もなく、ただ食欲によってのみ動き、人肉を求めてさすらう哀れな死者。よって、単体で現れた場合は、その対処は簡単だ。戦闘経験がなくとも、落ち着いて弱点の頭部を攻撃すれば簡単に倒すことができる。

 恐ろしいのは集団で襲い掛かってきた時や、相手のゾンビが近しい者だった事態だ。少し前まで共に生き、笑いあっていた大事な存在が、人肉を貪り食うだけの食人鬼になる。その事実を認められず、殺すことしか相手を救う術はないと知りつつも、情に引きずられてとうとう武器を振り下ろせない。それこそがゾンビの真の恐ろしさなのだ。

 けれど、そういった要素がないにも関わらず恐ろしいゾンビというものがある。それが「バブ」である。

 「バブ」とは、かつて存在した一体のゾンビだった。何の変哲もないゾンビのはずが、そのゾンビは、他のゾンビにはない知性のようなものがあったのだ。当時の研究者が偶然その個体を見つけ、連れ帰り、後に名付けたのが「バブ」だった。

 「バブ」は他のゾンビと違い危険を回避する場面が多々見受けられた。通常、ゾンビは生きた人間を見つけると、本能に突き動かされるままにそちらへ移動する。たとえ、獲物の前に大きな落とし穴があったとしても、鋭い棘罠が張り巡らされていても、身を傷つけようが構わず、わき目も振らずに人肉を求めて進む、それがゾンビだ。

 けれど、バブはそういった場合必ず迂回して身の安全の確保を優先した。それだけでなく、他のゾンビより明らかに身体能力に優れていた。

 バブを保護していた研究者の出した結論としては、ゾンビによる突然変異である可能性が高いということだった。ゾンビの研究自体、時代と共に廃れたためにその説を裏付けることはできなかったが、今回のあのゾンビは、まさにその証明となるのではないだろうか。


 しかし、今はそれどころではない。ダミアンは後ろのアナベルをちらりと振り返った。彼女は人形を抱きしめながら小さく頷いた。リーガンも気を取り直して杖を再び構える。

 奴の存在は危険だ。

 「リーガン、アナベル。一斉に攻撃しましょう、必ず仕留めますよ」

 三人の魔力はそれなりに高い。学園の設備への被害が少々心配だが、もともと生徒の魔力の暴走を懸念し、学園自体が、対魔法仕様の造りになっている。おそらくそれほどの被害はないだろう。それに、そんなことを言っていられる状況でもない。

 ダミアンの合図をもとに、リーガンとアナベルが魔法を放つ。例え避けられたとしても、相手の動きを、ダミアンがしっかりと見極め、剣で首を刎ねる手はずだ。

 リーガンとアナベルが、示し合わせたように魔法を放った。しかしゾンビは、二人の前に魔法陣が浮き上がった時点で、くるりと背を向け、脱兎のごとく駆け出した。

 「な!?」

 避けることは想定していたが、こうもあっさりと獲物に背を向けて逃げるとは思っていなかった。彼は、相手の力量を完全に把握していたということだ。予想以上の知能だった。

 「待て!」

 ダミアンの声に焦りが含まれた。ただでさえ、相手と十分な距離があったのだ。おまけに、相手の足は常人とそれほど変わらない。

 「あいつを逃がすわけには!」

 リーガンの声に、今までしゃがみ込んでいたチャールズの肩がピクリと動いた。彼は唐突に立ち上がった。さっきまで惚けていた弱々しい姿は、既にどこにもなかった。

 「あいつは殺す!元はといえば、あいつのせいでティファニーが!」

 そう叫ぶと、その空色の瞳に強烈な憎悪炎を宿しつつ、チャールズは駆け出した。完全な逆恨みである言動だが、そのことを指摘できるほどの余裕は、三人にはなかった。

 「殺してやる!」

 「チャールズ!」

 リーガンは叫び、咄嗟に止めようと彼を追いかけた。チャールズの身も案じていたが、何よりあのバブ化したゾンビが増やすであろう被害が心配だった。それに、奴を仕留めそこなったのは自分だという罪悪感もあった。

 「リーガン!」

 ダミアンは逡巡し、ちらりとアナベルを振り返り、しかしリーガンの背を追った。

 「ホールには、私が」

 心得たというようにアナベルが短く応えた。ダミアンは走り出しながら、感謝と謝罪と伝えようと片手を上げた。アナベルが意を汲んでくれたことに安堵し、安堵したことに罪悪感を覚え、しかし今はあれこれ迷っている時間はないと彼はリーガンを追った。


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