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アクションホラーRPG「ROLE」の中で最もよく出てくる敵……墓から出てくる死者という説明でお察しではあるが、それは当然ゾンビである。
このマルコス学園は小島にある学園であり、島のほとんどの土地を学園関係に費やしてはいるが、学園になる前は、貴族たちの避暑地であった。
学園の建物の前身は高級ホテルであり、その周囲には様々な店や施設があった。先住民の墓地もその一つだ。学園に建て直す時、その墓をどうするか少々揉めたものの、古くよりそこにある、しかも墓という神聖なものを簡単に破壊することもないと、創設者がそのまま敷地内に留めたのだ。
学園の関係者、職員や使用人などの中には、身寄りのない者も多い。彼らが死去した場合、その小さな墓地に埋葬することはまれにあった。
そして、その小さな墓地は、この建物の控室がある場所の裏手にあった。つまり、今現在リーガンとダミアンがいる部屋の傍だ。
(嘘でしょ!?まだ早いわ!ゾンビが出てくるのは、パーティーが終わってからのはずよ!?)
舌打ちしてやりたいのを堪え、リーガンは杖を握る手に力を込めた。ゲームでどうだったであろうと、これは現実だ。もしかしたら、日本にいるゲームのやり過ぎた自分の夢である可能性もあるが(そうだったら早く覚めて欲しい)、世の中そう甘くはない。
ダミアンが、すかさずリーガンの前に立った。窓ガラスは無残に割られ、おそらく窓からゾンビが……入ってこなかった。
かわりに飛び込んできたのは、「うるさい!死ねクソ男!」という甲高い罵声だった。
よくみると、窓の下には割られたガラスの破片に紛れて、リボンのかけられた小箱が落ちている。窓ガラスが割れたのは、おそらくこれが投げつけられたからだろう。
「ティフ!俺は本気なんだ!どうか行かないでくれ!」
「あんたほんっと最悪!これで別れることになったらあんたのせいだからね!マジ死ね!」
窓の外では、一人の男子生徒が、女子生徒にすがりついているところだった。どう見ても、女子生徒は嫌がっており、射殺さんばかりに目の前の男を睨んでいる。
「え?なに?痴情のもつれ?」
「……僕にはそう見えますが」
拍子抜けした様子で、ダミアンが肩をすくめて見せた。
「あの人、隣のクラスの男子だわ。名前は確か……」
「……彼の名前はチャールズ・リーレイ・グッドガイ。愛称はチャッキーですわ」
「え!?」
いつの間に忍び寄ったのか、リーガンの後ろに少女が立っていた。アッシュブロンドの髪をお下げにした、どことなく幼さの残る顔立ちの少女だ。
「……アナベル、脅かさないで」
「ごめんなさい、リーガン様。彼の名前を知りたがってたご様子だったので」
表情を変えることなく、淡々とした口調で少女が謝る。その手には、彼女によく似た顔立ちと髪型をした、大きな人形があった。
彼女の名前はアナベル・ウォーリス。リーガンと同じクラスの女子生徒である。
「チャールズ・リーレイ?ミドルネームがあるということは貴族ですか?グッドガイという名前に聞き覚えはありませんが……」
ダミアンが首を傾げると、アナベルが答えた。やはり表情は変わらない。愛らしい顔立ちで、笑ったらさぞ華やかになるだろう彼女は、めったにその表情を変えることはない。いつも持っている人形と、どこまでもそっくりなのだった。
「彼は貴族ではなく平民ですわ。ただ彼の母親が隣国出身らしく、隣国の響きを持つ名前も付けたくてああなったようです」
「なるほど」
この国での貴族のほとんどがミドルネームを持つ。先祖の名前を受け継ぐことが多いので、一族に同じ名前が多くいるからだ。リーガンのミドルネームはテリーザであり、リーガンという名前は祖母から受け継いでいる。家族や身近な人間は、彼女をテリーザと呼ぶ。
アナベルは身分は平民だが、リーガンとは同じクラスということもあって、それなりに親しい。
この学園は、生徒である間はみな、平等であると謳っている。
実際教師は言葉遣いこそ敬うものだが、貴族であろうと平民の生徒と同じように扱うし、従者を連れることも禁じている。王族であるミシェルは、さすがにその立場上特例として認められているが、それもほんの数人である。だからこそ、騎士団長の令息を二人が、あくまで学友という立場で常に一緒にいるのだ。実際は、護衛に近い。
リーガンも、公爵家出身であり、王太子の婚約者という立場なので認められてはいるが、一人しか連れてきていないし、それも寄宿舎の中だけだった。その侍女も昨日のうちに帰している。今日のパーティーで婚約破棄されることを想定したリーガンが、何らかのトラブルに巻き込まれる可能性を恐れたためだ。
リーガン自身は、王太子にいいかげんうんざりしていたために、婚約破棄は受け入れるつもりではいたが、外野、主に宰相子息であるダミアンや騎士団長子息などが反対した時、あの短慮な王子様がとんでもないいいがかりをつけてくることがないとは言えなかったからだ。結局、ダミアンたちはあの場で何も言わずに、婚約破棄は滞りなく(?)行われたのだが。
学園内においては身分差はない。とはいえ、親しげに接してくる生徒は少ない。いかに平等とはいえ、そういった扱いを嫌う貴族の者も少なからずいるからだ。そんな中、アナベルは積極的に話しかけてはこないものの、こちらから話しかければ、物怖じすることなく接してくれる、数少ない生徒のうちの一人だった。
「ところで、あなたどうしてここにいるの。パーティーはどうしたのよ」
よく見れば、アナベルは卒業パーティーだというのに、ドレスを着ておらず制服を着ている。
「パートナーがいませんでしたので」
「……そう、私もよ。でも、別に一人で参加してはいけないなんて決まりはないのよ」
「……本当は人が多いところが苦手だったからです」
アナベルはそう言って、持っていた人形をぎゅっと抱きしめた。
窓の外では、チャールズとその恋人の口論はなおも続いている。
仲裁に入った方がいいかしら、と思いかけてリーガンは思い出した。そんな悠長なことをしている場合ではなかった。