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ホラーゲームですから!  作者: うばたま
第二章 男爵令嬢は慄きながら戦う
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 「控室……まあ、リーガン様はわかる。荷物をここに置いていたのなら、それ持ってお帰りになるよな。あんなことがあったのだから……」

 フレッドは、ようやくついた控室のドアを開け、誰もいないことを一応確かめた。部屋には、誰かがいる様子はない。不自然な位置に箪笥が置かれていたが、あれは割れた窓からゾンビが入ってこないようにという、応急処置だと言われて納得した。あの重量感のある箪笥なら、相当力を込めて押さない限りビクともしない。こういう時、集中力のないゾンビはありがたかった。

 フレッドは、今更ながら主君がやらかした、あの茶番劇を思い出し、深いため息をついた。横ではエスターもまた思い出したのか、小さくだが、短い舌打ちが聞こえてきた。

 「エスター様、今舌打ちした」

 アナベルの耳のも入ったのか、小さな声で彼女が指摘した。

 「舌打ちくらいするわよ。ったく、あのクソバカ王子のこと思い出しちゃった。あー、気持ち悪い」

 「さすがに不敬ですよ」

 感情のこもらない声で、フレッドが一応咎める。「あと、仮にも令嬢なら、舌打ちも品のない発言もお控えください」

 「だから敬語はいいって。伯爵家のご嫡男様に、そんな風に話されると体がむず痒くなる。あ、アナベルもよ」

 「それ、アッシュも言ってたな」

 フレッドが、同僚のことを思い出しながら呟いた。

 アッシュは男爵家の出だ。しかも、かなり実家の経済状態は良くないと聞く。そんな彼だが、剣術の才能が誰よりも秀でていたため、その才能を買われて王太子の従者になったのだ。

 彼と最初に会ったのは十二歳の時。今から六年前だ。

 当初は反発した。騎士団長の子息としての矜持もあった。期待を一身に背負って、自らも切磋琢磨していた彼にとって、突如現れて天才だともてはやされるアッシュの存在は、幼い彼には受け入れがたかった。

 そんな彼と王太子の護衛として同じマルコス学園に入学するとわかった時は、口には出さなかったがかなり不愉快だった。

 だからこそ二人の関係は、もともと、あまりいい方ではなかった。いや、表面に出さないだけで、最悪だったと言ってもいい。

 彼は自分がフレッドにあまりいい感情を持たれていないと感じていただろうに、やたら馴れ馴れしかった。今思えば、彼にしては遠慮していたのだろう。慣れない敬語を懸命に使い、自分の立場をわきまえ、それでいて、彼は自分にも主君にも、媚びたり卑屈になることはなかった。

 彼は、眩いばかりに単純で、破天荒で、自由な男だった。そう知るのに時間はかからなかった。

 共に扱いづらい主に仕え、互いに武術の技を競い合い、主の我儘に揃って頭を抱えていくうちに、気付けば気を許し、互いに笑い、心の内を何でも語り合えるようになっていた。気付くと、彼は何よりも代えがたい友人になっていたのだ。

 彼は、フレッドが丁寧な口調で話しかけるのを嫌がった。

 「そういう話し方されるとっすね、何か体がむず痒くなるんで」

 そう言われて、なぜ痒くなるんだと疑問に思ったものだった。

 「エスター嬢、一体なぜ痒くなるんだ?」

 至極真面目に尋ねたのに、彼女は答えてはくれなかった。



 「控室にリーガン様たちはいない。じゃあ、まずは跳ね橋の様子を見る?」

 エスターの言葉にフレッドは頷いた。

 「そうだ。さっき言いかけたが、リーガン様達が控室に行ったのはわかるが、アナベル嬢はなぜ控室にいたんだ?パーティーにも参加せず」

 「……パートナーいなかったし、ここから跳ね橋近いから、すぐに帰れるし。広いから昼寝にももってこい」

 アナベルの言う通りだった。パーティー会場は、校舎から少し離れた別棟である。そこから渡り廊下を使って校舎に入り、すぐの大部屋が控室となっている。控室の近くには玄関ホールがあり、その大扉の前は跳ね橋だ。

 本来、従者や使用人を連れてきていれば、控室に彼らが待機するのだが、リーガンは連れてきた侍女を一足先に帰らせているし、ミシェルの従者はアッシュだ。この学園は、使用人を連れてくるのを本来認めていない。これは、貴族の子息や令嬢にとっては不便ではあるが、自分のことを自分ですることで、自立心を芽生えさせたり、下の者の苦労を知ることができる。そこに賛同して、自分の子供をこの学園に通わせる貴族は、案外多い。あのミシェルの進学先をここにしたのも、そういった理由があったのだろうとフレッドは思った。

 「昼寝……」

 卒業パーティーを楽しみにしている生徒は多い。とはいえ、パートナーが決まらないというのは、特に女性には屈辱的なのかもしれない。フレッドはちらりとアナベルを見た。卒業パーティーで、パートナーがいない人間といえば、大抵見目がかなり悪い者か、よほど性格が悪くて嫌われている者だ。アナベルは、そのどちらにも当てはまらないと思うのだが。

 自分が見られていると感じたのか、アナベルが人形を抱きしめて、身を縮めた。

 「私、変わり者だから。不気味だし」

 「そう?私はそう思わないし、リーガン様もそう思ってなかったと思うわよ」

 軽い口調でそう言ったエスターは、「それより」と声を潜めた。

 「跳ね橋の様子を見てみる?そこから逃げられそうなら、あのボケナス王子を連れて、とりあえず奴は安全な場所へ行かせる。で、救助を要請するよう言いつけて、私たちは、リーガン様たちを探すのと、あの幼体が成長するまでに何とか見つけて、倒す。それでいいわね?」

 「だから不敬だって。あと、俺は戻るけど、エスター嬢、あなたはアナベル嬢も、殿下と一緒に安全な場所にいてもらう。ここは危険だ。女性をいつまでもいさせるわけにはいかない」

 フレッドがそう言うと、エスターは不服そうに唇を尖らせた。

 その顔があまりに幼くて、フレッドはこっそり笑った。

 (ああ、彼女はアッシュに似ているんだ。さすがにアッシュは俺を室内履き(スリッパ)ではたくようなことはしなかったけど)

 こみ上げる笑みを抑えつつ、彼は控室のドアを閉じた。

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