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ホラーゲームですから!  作者: うばたま
第二章 男爵令嬢は慄きながら戦う
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 アッシュは手に持ったストロベリーパイを放った。そのパイは非常に甘酸っぱく、シェフ会心の出来ということは、身をもって知っていたが、もはや口に入れる気にもならない。中身の苺のフィリングや潰した苺が、飛び散った血や肉片でない保障など、どこにもないのだから。

 会場は悲鳴に包まれていた。想像を絶するほどの凄惨な死の現場を、多くの生徒が目の当たりにしたのだ。血をたっぷりと浴びたキャリエッタ・ブラックは卒倒するような勢いで、血まみれの自分の体とドレスを凝視している。

 「殿下!」

 フレッドがミシェルに駆け寄り、腰の剣を抜いた。アッシュもまた、慌ててミシェルの下へ走る。

 アッシュはミシェルの従者ではあるが、その剣の腕を買われたからこそ従者として側にいられたのだ。

 「な、何だ!何が起こっている!?」

 ミシェルは慌てふためき、倒れた男子生徒を凝視している。

 「何かが、あの生徒から……何か生き物?みたいなのが出てきたように見えた……」

 エスターが顔を青ざめさせながら言う。アッシュにもそう見えた。何か、蛇にも似た黒い生き物が、彼の体を食い破って出てきたのではないかと思った。

 「そんなことが可能なのか?」

 「……不可能じゃない。禁呪の中に、そういったものがあると聞いたことがある。ダミアンがいればもっと詳しくわかっただろうが」

 「禁呪?」

 物騒な言葉に、アッシュは眉を顰めた。しかし、今はそれどころじゃない。あの生徒の体から出てきた蛇のような生き物は、そのままどこかへ行ってしまったのだ。あれだけ大きければ、もはや誰かの体に再び入るとは思えないが。

 「あんな蛇みたいな体だ。不気味だけど強そうには見えなかった。見つけたらすぐに斬り殺せばよくないっすか?それか、魔法で」

 「可能だとは思うが、確か禁呪で呼び出した化け物はかなり強いと聞くぞ」

 「今は強くないわ。あれはこれから成長するはずよ」

 遮るように言ったのはエスターだった。

 「以前本で読んだわ。あれは恐らくゼノと呼ばれる禁じられた魔法で作り出された魔物。奴らは他の生物に産み付けられ、やがて体を食い破って出てくる。けれど、あれはまだ幼体。あれから急激に成長するはずよ。そうなる前に止めなければ!成体となったゼノは、騎士が束になっても敵わないほど強いそうよ!」

 「おい!ホールのドアを開けるな!黒い蛇のような化け物を見つけたらただちに知らせろ!そいつを放っておくと恐ろしい化け物になるぞ!」

 アッシュが慌てて大声を上げたが、ミシェルが身を乗り出した。

 「おい!ホールを開けるなだと!?僕がここにいるのだぞ。こんなところ、一刻も早く出ないといけないではないか!僕をあんな化け物と一緒にさせる気か!?お前たちの役目は僕とエスターを守ることだろう!」

 「けれど、あれを外に出して、見失ってしまうことがあったら、被害は甚大になります!奴がまだ幼体であるうちに仕留めておかないと!」

 「それは警備の仕事だ!お前たちは僕とエスターを安全な場所に連れていけ!」

 そう言ってミシェルがエスターの手を掴み、ずんずんと前に進んだ。フレッドとアッシュが慌てて追いかける。

 「殿下!外が安全だという保証はどこにもありません!その点ここはまだあの幼体だけしかいません。闇雲に外に出るより、ここで奴を仕留めて救助を要請する方が遥かに安全です!」

 フレッドがそう叫ぶが、ミシェルは聞く耳を持たない。

 (このっ……バカ王子!)

 アッシュは頭を掻きむしりたくなった。フレッドの言うことは尤もだし、ここでうかつにあの幼体を逃がしてしまえば、被害がどれほどになるか。大体、王太子ならいざ知らず、確実に廃嫡されるこの男のために危険を冒したくはなかった。とはいえ、確かにミシェルの言う通り、フレッドとアッシュの任務はあの幼体を倒すことではなく、馬鹿王子の護衛なのだ。

 その時、再び悲鳴が上がった。遠くにいた男子生徒の体を、再び黒い何かが食い破って出てきたのだ。

 「もう一体!」

 エスターが顔を覆って叫んだ。アッシュは咄嗟に走り、剣を抜き、飛び出た蛇のような幼体を斬りつけた。ぐにゃぐにゃした、手応えのない感触だったが、それでも幼体の体は真っ二つに斬り裂かれ、アッシュはふうと息を吐いた。しかし。

 「う、嘘だろ……?動いてる!」

 斬られた幼体は、真っ二つにされたというのに、未だぐねぐねと動いているのだ。それどころか、お互いを探そうとするかのように左右に揺れながら動き、やがて片方を探り当てたと思ったら、ぴたっと密着し、そのまま一つに戻った。

 「さ、再生する!?」

 「いけない!」

 エスターが駆け寄り、意識を集中させた。彼女の前には青い魔方陣が浮かび上がり、強烈な冷気が幼体を包み込んだ。白い霧が巻き起こり、アッシュは何が起きたのかわからなかったが、次の瞬間に、エスターが魔法で幼体を凍らせたのだと気付いた。

 「やったか!?」

 「どうかな。凍らせた魚が、解凍された瞬間動き出したって話もあるし、本当は、燃やしてしまうのが一番だと思うんだけど」

 残念なことに、アッシュは風属性だ。しかも、魔力はかなり低い上に、使える魔法も限られている。フレッドは土属性だが、やはり魔力自体はそれほど高くない。エスターは魔力は学年トップクラスだが、属性は水だ。

 アッシュは周りを見渡した。多くの生徒が、体を食い破られた生徒の死に悲しみと恐怖でパニックを起こしている。ほとんどの生徒が逃げ出そうとホールの入り口に走っていた。

 「確か殿下は火の属性だったと聞くが……」

 ミシェルの属性は火だ。ミシェル自身はそれほど魔力はないものの、それでも、この場では大いに役立つだろう。しかし、当のミシェルの協力を仰げる可能性は低い。

 そしてミシェルの頭には、自分とエスターがここを逃げ切ることしかないかった。

 「とにかく、誰か火魔法が使える人。さっき逃げた幼体を燃やさないと……」

 フレッドが言った瞬間、何人かの生徒が、逃げ出そうとホールの巨大なドアを開けた。

 その時アッシュは見た。あの、男子生徒の体を食い破った忌まわしい黒い幼体が、天井にへばりついていたのを。そしてそいつが天井からドアへ、ドアの向こうへとその細い体で逃げ出すのを。

 開いたドアに、多くの生徒が殺到している。おぞましい怪物が、この学園のどこかに解き放たれた瞬間だった。


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