4-3話 遊牧民の土地奪還計画2
「ごめんね。私の所為で」
豪雨の音が響く中、傷だらけのアインは横になりながらぽつりと小さく呟いた。
「いえ、もとをただせば私の不注意が原因ですので。それより、雨が止めばすぐに移動します。少しでも休んで体力を回復させてください」
リオが優しくも厳しくもない口調で、淡々とそう口にした。
アインはそんなリオに微笑みながら頷き、そのまま目を閉じた。
そのすぐ後に、アインは苦しそうな寝息を立てだした。
無理もない。
本来なら安静にしないとならないような体調なのだから安らかに眠れるわけなかった。
怪我と疲労に加え雨による体温低下。
その結果だろう、アインの体は明らかに発熱していた。
状況は最悪で、アインの体調関係なく一刻の猶予も許されないのが現状である。
だが、今のアインには雨が降る中でここから脱出する体力は間違いなくない。
アインの前では表情は出さなかったが、リオの内心は焦りに焦っていた。
今は誰にも発見されていないが、いつまでここが見つからないかわからない。
いや、それ以前に、ここがどの辺りかも把握できていなかった。
敵地で遭難し、体調が悪化し続ける重傷者共に離脱する。
それがどれだけ困難か……いやどれだけ無理難題かを理解している。
だが、そんな状況でも今は待つことしか出来ない為、暗い洞窟の中でアインの看病をしながら、リオは焦りと戦っていた。
数日前、ブリックメイル領の主都、メイルタウンは慌ただしい人々による喧騒に飲まれていた。
最近メイルタウンは毎日忙しなく動き回る武官、兵士達の姿を良く見るが、今日はそんないつも以上に慌ただしく、そして喧しかった。
そんな喧騒の声に従い、五十人ほどの武官達と馬が野外に集められていく。
その中にはリオとアインの姿もあった。
何の説明もなく突如として集められた彼らだが、これが出兵直前の状況であるという事くらいは理解出来ていた。
ただ……どうやら人以外の準備が間に合っていないらしく、武官達は揃ったようなのにあちらこちらで悲鳴のような叫び声と怒声が響き続けていた。
「食料の備蓄が足りないぞ!」
「今はそれしかありません!」
「うるせぇ! だったら民家に頭下げて集めて来い!」
「その上でそれしかないんですよ!」
「だったらここにいる武官達で余ってる奴からかき集めろ!」
「りょ、了解!」
そんな叫び声を聞いたリオはアインの方を見つめた。
「……私らの食料を分けましょうか。うちはまだまだ余裕ありますから」
「そうね。うちの子達が優秀で良かったわ」
アインが嬉しそうに自領の兵士を褒めるとリオもそれに同意した。
「ええ。実際の兵士としてはまだまだですが、そういった生存能力という面で見ればリフレストの兵士達は非常に優秀です。このペースで成長して頂けますとサバイバル能力特化型として何人か武官になれるかもしれませんね。……では、私は食料が余っている事を報告してきます」
そう言ってリオは去っていくと、アインは優しく微笑みながら手を振って見送った。
リオ。
リフレストの筆頭武官であり、変人かつ偏った人材の多いリフレストにしては非常に稀有な真面目で幅広い優秀な人物である。
そして物語のような名誉、誇りの為に生きる騎士に憧れを持ち、清廉潔白を地で行くような人種でもあった。
苗字を誰にも伝えていないが、リオが名家の出である事はリフレストの皆が周知の事実である。
なぜなら、リオは秀才という意味で非常に優秀だからだ。
きちんと筋道を立てた説明と分かりやすくかみ砕いて伝えるリオは教育者、指導者として大きな適性を持ち、兵達の訓練を一人で引き受けている。
また、文官としても仕事もこなす事が可能であり、その書類作成能力も一流。
これらは才能だけではどうにかなるものではなく、高度な教育を受けていない者には不可能な事だった。
だからこそ、リオはそれなり以上に良い家の出であるとわかるのだが、それを追求する者はいない。
言いたくない事は言わなくても、そんな事で信頼が削れるような事はないし、なにより生真面目なリオなら問題になりそうな事は必ず伝えてくれると信じているからだ。
リフレストの筆頭武官であり、いつも真面目な仲間のリオ。
プラン達にとってそれ以上に重要な事はなかった。
アイン・シュートラ。
プランの友人であるフィーネ枢機卿より送られてきた女性武官。
日曜日に必ず礼拝するという情報からきっと真面目な人が来ると思っていたのだが、実際リフレストに訪れた際には数人の男性とイチャコラしつつ侍らすというダイナミックな登場をしでかした。
非常に艶のある色気を持った人物であり、プランはちょっとセクシーな大人のお姉さんとしてアインを慕っている。
アイン自身もプランは当然としてこの領自体を非常に気に入っており、こっそりとリフレスト領に骨を埋める覚悟を決めていた。
二人共後からリフレストに所属した存在であるが、共に危機を乗り越えた同胞である。
一つだけ問題を言うとするならば、皆が仲の良いリフレスト領所属だが、例外的にリオとアインの仲だけは非常に微妙な関係となっていた。
険悪というほどでもないが、ネガティブな関係である事は間違いないだろう。
仕事にソレを出すほど愚かではない為表だって仲違いすることはないが、私生活では出来るだけ顔を会わせまいとする程度には仲が悪かった。
理由は単純で、清廉潔白なリオにとって、男を複数人はべらすというアインの不純な行為に納得出来ないからだ。
クリア教の熱心な信者であり枢機卿に認められた友人だという前評判の後で、実際にみた淫らな様子。
その落差によりリオの期待は一気に落胆というマイナスに堕ちていた。
それでも、共に同じ領の仲間であり苦労を分かち合った事は変わりないのだが、どうしてもリオはそれを素直に受け入れる事が出来ていなかった。
武官達が集まってから三十分ほどしたことろで、叫び声はぴたっと止まった。
その瞬間に、武官全員が背筋を伸ばして正面にいる男性に意識を集中させた。
男の歳は四十手前くらいで、筋肉に恵まれた体形をしていながらどことなく高級そうな服を着ていた。
その表情はやたら硬く、挙動不審かつおどおどとした、そんな情けない様子を披露している。
おそらくだが、緊張しているのだろう。
「えー。あー。私の名前はブリックメイル・ガイアス。ここの領主である。えー。……ああもう無理だ。残念ながら私は軍人ではない。私は職人である。君達に勝てる武器を授ける事しか出来ん。恰好良い演説も、勝てる策も、私には無理だ。というかここに立つのは私よりも適した人物がいるだろうに」
そう言葉にすると、ガイアスは数歩横にどけ、一人の男に頭を下げた。
「という事で、後はお願いしますフォートレス卿」
そう呼ばれた男は、困った表情でおずおずとさきほど領主のいた位置、皆の視線が集まる場所に移動した。
その人物に、リオとアインは見覚えがあった。
見覚えどころか、非常に苦戦した記憶が今でも強く残っている。
ガドラ・フォートレス・シュタインリール。
リフレスト領に良くわからない理由で攻め入り、臆病風に吹かれて天罰を食らって死亡したアデン男爵領の武官だった男である。
「この方を知らない者はいないと思うが、一応紹介していこう。この方の名はガドラ・フォートレス・シュタインリール。難攻不落の鉄壁ガドラと言い、現在は領ではなく国に仕える武官である」
「正しくは国の治安を乱した罪として労役を課せられているだがな」
「だまらっしゃい! どうせ領主様の罪を自分が引き受けたのでしょう」
ガイアスは叱責するようそう声を露わにした。
――凄い。当たってる。
リオはガイアスの予想に感心し感嘆の声を漏らした。
「ちなみにこのお方は、十五年前に出現したドラゴンとの遭遇戦にて絶対に死ぬと言われる生贄同然の殿を少人数で務め、その僅かな人数と一つの砦だけでドラゴンと戦い、なんと追い返す事に成功した奇跡としか言えない実績を持っています。つまり、フォートレス卿は童話やおとぎ話の作り物ではなく、本物の英雄である!」
その言葉と同時に武官達は全員でガドラに歓迎と尊敬を合わせて拍手を送った。
「ねぇ。よく私達あの人の部隊に勝つ事が出来たわね」
アインはアデン男爵領が襲ってきた時事を思い出し、小さな声でリオに呟いた。
「大きな理由は二つですね。一つは、騎士ガドラがアデン男爵領で邪魔者扱いされていた事。だから部隊編制や作戦に一切かかわれず、しかも防衛戦にすら持ち込めなかった。そのおかげですね」
「まあ、見栄え重視の隊列だったもんねぇ。んでもう一つは?」
「我がリフレスト御当主様のその優しさの心です」
「ん? どゆこと?」
「敵であっても出来るだけ傷つけなくない。そんな優しいお方だからこそ、我々も出来るだけ相手の兵士を傷つけないように立ち回り、その結果、部下が大切な騎士ガドラは身動きが取れず負けを認めざるを得ない状況に追い込まれました」
「ふーん。もしプランちゃんが優しくなかったらどうなってたの」
「そうですね。まず、合理的かつ効率的な作戦と考えますと……アデン男爵領の騎士ガドラ以外全員を皆殺しにしていたでしょう。少しでも有利にするために」
「うん。数を減らすってのは基本よね」
「そうして、解き放たれた怒りを恨みを抱える騎士ガドラにより、領ごと滅ぼされていたでしょう」
「……冗談よね? 流石にこっちは武官三人に武官相当一人で兵士までいるのよ。それがたった一人相手に――」
「ドラゴンは一頭で国を滅ぼしかねない厄災ですよ。それを十数人で追い返した人が、私達と同じ存在だと思いますか?」
「……予想よりも凄まじい綱渡りだったのねあの戦いって」
「そう言う事です」
アインの疲れたような表情に、リオは同意し頷いた。
「えー。というわけで、作戦の総監督兼第二陣の陣頭指揮を務めるガドラ・フォートレス・シュタインリールだ。作戦の前に一つ、私事だが大切な事を言わせてもらいたい」
ガドラがこほんと咳払いをし、全員をじっと見つめた後、ぽつりと呟いた。
「えー。やんごとなき理由で、俺は金がなく……そして大金が必要な状況となっている。だからこそ、恥を忍んで金稼ぎに走った。というわけで、俺のドラゴンを追い返した時の事を出来る限り思い出しそれを本にした。少々高価だが良かったら買って欲しい」
その言葉に、武官達は今までもない動揺を見せ騒ぎ始めた。
ドラゴンの話と言えば大まかに分類すると二つになる。
一つは、ドラゴンを退治したおとぎ話。
実話か作り話かわからない大昔の話である。
もう一つは、ドラゴンにより被害を被った記録。
コレは確実に実話であり、故にドラゴンをゆるすなという後世への教訓話である。
だが、今回のガドラの話はそのどちらにも分類されない。
それは実際に在った話でかつ、ドラゴンを追い返す事に成功した、貴重な成功例だからだ。
それは、正しい意味で情報の宝庫であるので、間違いなく貴重な書物という事になる。
もちろんそれだけでなく、現代の英雄が語る物語である為武を志す武官として見れば喉から手が出るほど欲しい一冊という事でもあった。
「……どうにか買えないかしら」
アインの呟きにリオは非常に渋い顔をしてみせた。
「買いたいですが……リフレストの財政的には……」
「私達の持っているお金を合わせ……た程度じゃ無理でしょうね」
アインがそう呟き、大きな溜息を吐いた。
横を見るとリオもアインと同じタイミングで同じように溜息を吐いていた。
そしてその後、二人は目があって苦笑を浮かべた。
「静かに! 静かに!」
そう言って叫び声をあげるガイアスの声を聴き、武官は全員黙り込んだ。
「ちなみに我がブリックメイル領は武具の町で、特にここは鎧の町と言われるほどである。つまり、防衛戦のエキスパートであるフォートレス卿の事は心から信頼しており、俺も憧れを持っている。何が言いたいかと言うと……俺はもう持っている」
そう言って一冊の本を見せ自慢してくるガイアス。
何を言っているのか誰も理解出来なかった為一瞬だけしーんとなった後、その本が件の本である事を理解した武官一同は、一斉にガイアスに怒鳴るようなブーイングを発し始めた。
武官が領主に対しこんな大規模な不満をぶつける事など絶対にありえないし、最悪無礼打ちとなる状況でもあった。
だが、ガイアスにそんな気はなく、むしろその嫉妬に塗れたブーイングを心地よい歓声のように受け止め鼻を高くして胸を張っていた。
ブーイングにはアインもこっそり参加していた。
「……静かに!」
ガドラの声に反応し、ガイアスを含むその場全員が静かになり背筋を伸ばし姿勢を正す。
「俺の所為でおかしな空気になった事は謝る。故に、これからは真面目な話しかしない。集中してくれ」
そしてガドラは自分から少し離れた位置にいた一人の男性を横に移動させる。
「今回の作戦は第一陣と第二陣にわける。第一陣は武官のみの騎馬部隊で編成する。作戦内容は速やかに侵略し相手の拠点、または拠点相当の土地を確保。その時の陣頭指揮が……」
さきほど横にいた男が一歩前に出た。
二十台前半、下手すれば十台後半くらいの若い男。
小柄な体格の為ガドラと並ぶと子供と大人と呼ぶだけで足りず、オーガと小人というような印象になっている。
八重歯の見える少年のような笑顔を浮かべながら、男は息を吸い、全力で声を張り上げた。
「鉄壁ガドラに命を受けた第一陣特攻隊長のぉ! バンカー! バンカー・ダッシュ。【猪突猛進】のバンカーって二つ名を持ってますけど、これぶっちゃけ失敗の多い俺に対するただの悪口だ!」
そう叫んだ後、バンカーは一人でゲラゲラと笑った。
「特攻隊長じゃなくて陣頭指揮だからな?」
ガドラの言葉にバンカーは更にゲラゲラ笑った。
「対して変わんないですよ。ね? というわけで、お前らの頭になるバンカーだ。ぶっちゃけ俺の作戦はシンプルだ。突っ込め。敵は殺せ、それ以外は助けろ。それ以上命令する気はない」
バンカーは真面目な顔でそれだけ言うと、ガドラは溜息を吐いた。
「俺の真逆で速攻の侵略に優れた武官だ。ただし、その性格に問題があって使いにくく、しかもカウンターに弱い」
「そして頭も悪い」
ガドラの説明にバンカーは自分で補足を足しゲラゲラ笑った。
「だが、俺の知っている者達の仲でも一、二を争うほどの爆発力と短期決戦能力を持っている。だから第一陣に選ばれた者はどうかバンカーの面倒を見てやってくれ」
そう言ってガドラは困った顔で頭を下げた。
「部下に対して上官の面倒を見ろってのはなかなかにロックな状況だよな。あ、敬語とかいらないから好きにしろ。俺が気に入らないなら俺に殴り掛かれ。俺より強ければ陣頭指揮変わってやる。誰かいるか?」
獰猛な笑みを見せるバンカーだが、その挑発に乗る者は一人も現れない。
ガドラに認められた者に勝てると思うほど思い上がった者はこの武官達の中にはいなかった。
「いないっぽいな。残念だ。じゃあ、俺が頭だな。俺達が攻めて奪う。鉄壁ガドラがそれを護る。な? 最強だろ? だから俺に付いて来い! 英雄ガドラの一番槍こそが、俺達最大の名誉で報酬だ!」
そう言って腕を振り上げるその姿は、誰もが皆無性に目を惹かれ、胸に熱くなる何かを感じずにはいられなかった。
それは忘れていた少年の気持ち、というよりは、内に秘めた野獣のような闘争心を引き出されているようだった。
「第二陣の陣頭指揮は俺が取る。第一陣が奪った土地を防衛している間に乗り込み、防衛を引き継ぎ補給線と戦線を共に維持していく。そして引きついだ後は第一陣が進軍し前線を押し上げる。それが基本となる」
そうガドラが言っている横で、バンカーが並んでいる武官達に指を差していた。
「あれとあっちと。あれも良い感じ。あれもそこもこれもと……。こんなもんかな。今指を差されたと思った奴。全員第一陣な。というか差してなくても馬に自信ある奴は来い。自信なくても来たい奴は来い。はいすぐ左に移動!」
リオとアインもバンカーから指を差された自覚があった為、横に移動していく流れに乗って移動を始めた。
ありがとうございました。




