8話 よくある領主の一日
睡眠時間をリリースして書いてますので更新が多少遅れるかもしれません。
その時はお許しくだされ……
「どうして……どうしてこう……貴方という人は……」
ヨルンはそう呟きながら、酷く悲しい瞳でプランを見つめていた。
「え、えへへ。……ご迷惑おかけします……」
苦笑いをしながら、プランは誤魔化す様に頬を掻いた。
何時もの様に、ヨルンが領主の仕事と常識について講義をしている時。
プランはヨルンに質問した。
「ねぇ。武官と文官って何?」
その時のヨルンの顔は、信じられない物を見る顔だった。
そして、あの呟きが出た。
ヨルンはため息を吐きながら、紙に書きながら説明した。
「武官は武力に関わる事、文官はそれ以外の領地運営に携わる者ですね。武官も文官も共に国に認められた官職です」
その説明に、プランは首を傾げていた。
わざとらしく、盛大にため息を吐くヨルン。
こういう嫌味な行動が多いのがヨルンだよなぁ。プランは教わりながらもそんなことを考えていた。
「国に決められた領主の部下が武官と文官です。それで、暴力に関わることが武官、それ以外が文官って覚えてください」
あ、それならわかる。プランはこくんと頷いた。
「よろしい。ただ、うちの領地の場合、武官も文官もそれ以外の仕事が山ほどありますけどね」
それはプランも何となくわかる。文官の人が掃除をしているのを見たことあるし、昔は武官の人が網持って湖に行っていたこともあった。
「さて、切り替えて講義に戻りますよ」
ヨルンの言葉に、プランは元気に手を上げてはい!と答えた。
「とりあえず、周囲の地理の話をしましょうか」
ヨルンの言葉にプランは頷いた。難しい書類の話や、複雑な税の話よりも、何倍もわかりやすい。
「まず、このリフレスト領の南はどなたの領ですか?」
ヨルンの質問に、プランが答える。
「ブラウン子爵様の領だね」
それにヨルンは頷き、更に尋ねる。
「では、ブラウン子爵領の特徴は何でしょうか?」
「漁業を中心にした交易だね。海に面したメリットを最大限に生かした商業中心の領地で、私達リフレスト領の保護者的存在でもある」
「結構。言い方は減点ですが、内容は正しいです。私達の領を庇護して下さる、直接の上司です」
国にお伺いを立てる時もリフレスト領から直接中央に意見を出すよりも、ブラウン領を経由した方が早いのだ。
距離的にはリフレスト領の方が近いが、立場の問題と、道の問題、その他色々な問題の所為で、そうなっていた。
「んでさ、私ブラウン子爵様しか知らないんだけど、他に接触している領地って無いの?」
プランの言葉に、ヨルンは渋い顔をした。
「あれ?私また駄目なこと言った?」
その言葉にヨルンは首を横に振る。
「いいえ。地理や外交はプランさんに問題はありませんよ。ただ……あなたの父上は……」
あー。プランは思い出した。
父は、人付き合いが苦手な人種だった。
「ミハイル様がいたから何とかなりましたが……」
言いにくそうにするヨルン。
流石に仕方無いとは思う。
「でさ、どんな人の領地とうちは接触しているの?」
プランの言葉に、ヨルンは説明を始めた。
まず、北にまっすぐ行くとアグリア子爵領に繋がる。
ただ、リフレスト領とアグリア子爵領の間はかなり広い。
領地には明確な境界線があるわけでは無い為、わかりにくいが、かなりの空白地帯がある。
もちろん。相手が何もしていない土地なら好きに開拓していい。その分税金が増える為、リフレスト領では無理な選択だが。
時々中央に行く時に通るだけの関係で、縁はほとんど無い。その為領内の様子はわからない。
そして、リフレスト領の東はフレイヴ男爵領。西はアデン男爵領に繋がる。
ちなみに、両者とも全く付き合いが無い為、内情はさっぱりわからない。
「あー。何もわからないのね……」
「ええ。せめて貢物でも用意出来たら、アグリア子爵様に挨拶できるのですが……」
予算的にも、軍備的にもあらゆる意味で割としんどいと思ったが、外交でもしんどい状態らしい。
ブラウン子爵が良い人で、本当に助かった。
「最後に、ディオスガルズについてお話しましょう」
ヨルンの言葉に、プランは頷いた。
ディオスガルズはプランでも知っていた。
ノスガルドの隣国に位置し、今現在ノスガルドと戦争中の国である。
今は小競り合い程度で済んでいるが、徐々に戦場が深くなりつつある。
軍事関係ではディオスガルズの方が優れ、補給でノスガルドが優れる為、大体の戦場では拮抗した状態になっている。
ヨルンはここまで説明し、こう言った
「そして、私達にはあまり関係の無い話でもあります」
それにプランは頷いた。
「そうね。北が主戦場になるから私達の領には関係無いし、もし負けても先に落ちるのは中央。食料などは中央にまだ余分があるから補給も問題ないし、何より防衛戦争が主だからこちらの方が士気が高い」
プランはそう言うと、ヨルンはため息を吐いた。
「あれ?私変なこと言った?」
ヨルンは首を横に振りながら答えた。
「いいえ。その察しの良さを、僅かでも領主の仕事の覚えに回してもらえないもんですかね」
二桁の足し算を間違えたプランには、何も言うことが出来なかった。
午後は気分転換の時間だ。
そう、気分転換に外で領主の仕事をしないといけない。
悲しいけど、仕方が無かった。
今回の仕事は、兵士の練度の確認。
プランが見ても、何かがわかるわけでは無いが、領主が視察したという事実が大切だから、これも立派な仕事、らしい。
今日は兵士十人による模擬戦だった。
彼らは全員、木の盾と先に布がついた棒を持っていた。
「全員横一列。こちらからは動かず、撃退に集中して下さい。無理しないで、退きながら戦っても構いませんが、退く時は横も合わせて退いてください」
リオは、自分陣営にいる五人にそう声をかけた。
「こっちは突撃だ。今回はほぼ負けが決まった演習だが、それでも突っ込む練習は大切だ。お前ら気合いれろ」
ハルトの声にあわせ、頷く五人の兵士達。
攻撃五人、守備五人での練習らしい。
少し離れた位置で、プランはそれをぼーっと見つめた。
そして、演習が始まった。
ゆっくり前進するハルト側の五人の兵。
そして、相手の兵と接触した瞬間、わちゃわちゃと乱戦になりだした。
なんと言うか……正直微妙……。
わちゃわちゃしていて作戦も何も無く、盾を前に出しているが大して防げず棒でお互いの顔を押し合う。
なんとも言えないぐっだぐだな展開のまま、順当に守備側が勝利した。
とりあえず、プランは拍手をしておいた。
ハルトとリオは気付いていたが、兵士達は気づいていなかったのか、プランの方を見て敬礼をしだした。
「いいよいいよ。お疲れ様」
プランがそう言うと、兵士達は体を休めだした。
「プラン。どうだった?」
こそっとハルトが近づいてきてプランにそう尋ねた。
「いや、私良くわからないから何とも……」
ハルトは難しい顔をした後、プランに話しだした。
「技量は悪くない。騎士リオの指導のおかげで確かに戦える様になった。ただ。やっぱり乱戦になるとなぁ……」
ああ……さっきのわちゃわちゃな……。人がいる横で戦うのって難しいからなぁ……。
「ですが、順調ではありますよ。この様子なら近いうちに模擬戦として成立するレベルになるかと」
と、横からリオは話しかけてきた。
「そうだな。そうなると……今度は俺の問題が出てくるな」
そう、悔しそうにハルトが呟いた。
「問題って?」
プランはそう尋ねた。
「ああ。俺の指揮能力の低さだ。個人戦なら多少は戦えるが、指揮は俺に向いてない」
「こればかりは向き不向きですからねぇ」
「だな。少なくとも、今は指揮とかそれ以前の問題だからな」
二人はそんな感じで、真面目な話をしていた。
プランは別に、ハルトなら大丈夫だと思うが、軍事のことはわからないから極力触れないことにした。
むしろプランはさっきの攻防戦の方が気になっていた。あの兵士達。まだ何か出来そう。そんなことを考えていた。
「ねぇねぇ。私に指揮官やらせて?」
「は?」
リオは素っ頓狂な声を上げた。
「あーあ。始まった」
ハルトは顔に手をあて、ため息を吐いた。
領主命令に断ることが出来ず、兵士達には不幸なことに、もう一度の模擬線が決まった。
ルールはさっきと同じ、防衛側と突撃側に分かれ、正面からぶつかる。
また、兵士が命令を聞く余裕が無い為、何も覚えられないし。
一旦模擬戦が始まれば指揮官は何も出来なくなる。
つまり、高確率でさっきの結果の焼きまわしになるだけだった。
「騎士ハルト。これ、わざと負ける様防衛側に提言した方が良いでしょうか?」
リオは、横で一緒に見ているハルトにそう尋ねた。ハルトは微笑を浮かべながら、首を横に振った。
「うーん。どうして領主様はこんなことに興味を持ったのでしょうか」
「俺達が情けなかったからじゃないか?」
ハルトはにやにやした顔をしながら、リオにそう言った。
「それは一体……」
「あいつはさ、得意なことと苦手なことが極端なんだよ。暗算出来ないわけじゃあないのに大きな数字を見たらめまいを起こす。歌は曲によって音痴になったり巧くなったりと変な癖があるし逃げ足は速く体力はあるが争い事は何であれ苦手。おまけとばかりに貧乳だ」
聞こえていたら即処断されそうなことを続けるハルトに、リオは苦笑した。
「そう、極端なんだよ。先に言っておくが、あいつに指揮は出来ない。あいつ自身は戦いを拒否しているからな。だけど、面白い物が見れると思うぞ」
ハルトの言葉には自信の表れが見え、リオはその言葉を信じ、模擬戦が始まるのを待った。
「それじゃあ、がんばるよー!」
プランの楽しそうな掛け声に、五人の突撃側の兵士は鼓舞する様に雄叫びを挙げた。
そして、戦闘が始まった。
「は?」
リオは目を疑った。横一列が限界だった兵士達が、前三後二の陣形を組んでいるのだ。
そんなことを教えてもいないし、教えてすぐに出来る物でも無い。
そのまま全速力で雄叫びを上げながら突っ込み、防衛側に食いついた。
そのままごり押しで、防衛を突破しようとする突撃側の前衛三人。
さっきまでと動きは同じでも、速度と突破する意思は全然違った。
防御側も気合が入ったのか。必死に止めようとする。だが、突撃側の勢いはそれ以上だった。
後衛二人は、防衛側の弱った一人を二人で突き、崩れた所を突破した。
その後を追うように三人も突っ込み、防衛を食い破り、そのまま叫びだした。
「よっしゃー!」
五人は後ろでガッツポーズを取った。それを見たハルトは爆笑していた。
リオには理解出来なかった。
自分が一番兵達の練度を知っている。あそこまで連携が取れる訳が無かった。
だが、現実には連携も取れ、不利な突撃側で、正面から誰も落ちずに食い破っていた。
しかも、プランが一言も発さずに、途中から後衛が動きを変え、弱い所をたたき出したのだ。どんなサインを使ったのだろうか。
「お見事です。その采配、どなたに学んだのですか?」
リオはこちらに来るプランにそう尋ねた。
「ん?采配って?」
「またまたご謙遜を、見事な指揮でした。どう兵士に伝えたのか、教えて頂けたら今後の参考になります」
リオの言葉に、プランは首を傾げていた。
ハルトは笑いながら、リオに言った。
「その言い方じゃわからないぞ。こいつは指揮とか出来ないからな」
その言葉に、リオも首を傾げた。
「プラン。さっき兵士達に何を言ったんだ?」
ハルトの言葉に、プランが何をしたか説明した。
「まず、怪我が重そうな二人に後ろに行ってもらったよ。出来そうな時とか、前が危ない時だけがんばってって」
プランは別に隊列とか考えていなかった。プランのしたことは、非常にシンプルだった。
「それでもう一つは、防衛の裏方に着いたら、今度の食事に肉のメインをつけるって約束しただけ」
ハルトもリオも、「あー」と口で言って納得した。
難しいことはしていない。指揮を執るのでは無く、兵の士気を上げただけだった。
「なあ騎士リオ。この作戦は邪道って思うか?」
リオは首を横に振った。
「いいえ。見事な正道ですね。出来ることを出来る範囲でする大切さを、改めて思い知りました」
「ん?褒められてる?馬鹿にされてる?」
良くわかっていないプランは一人でおろおろとしていた。
リオは視野が広がった様な気がした。
たったそれだけの誰でも出来ること。
それをするだけで、絶対に勝てないと思っていた戦いを逆転させたのだ。
プランを見習おうと、リオはそう考えた。
「ということで、ハルト悪いんだけど、何か大きな肉取ってきてくれない?」
「ん。ああ。そういう約束したもんな。良いぜ。森借りるな」
プランとハルトの二人の会話に、リオが待ったをかけた。
「すいません。ここは任せてくれませんか?」
二人はリオに注目した。
「いえね。防衛側の兵士にも、チャンスを上げるべきだと思うのですよ」
リオの提案に、二人は気付き笑った。
「お、良いね。じゃあ任せて良いか?」
ハルトの言葉に、リオは頷いた。
「防衛側の五人。今すぐに石槍を持って森前に移動!頑張った分だけ、夕食が豪華になるぞ!」
さっきまで寝込んで痛がっていた防衛側の五人が、声を上げながら立ち上がり、石槍を持って走って集合した。
その後ろで、突撃側の五人が石槍を持った兵士達を鼓舞していた。
「なるほど。チームワークも生まれるのですね。思った以上に効率的ですね」
リオは現金な兵士達に笑い、そのまま森林に連れて行った。
石槍のみでの訓練を絡めた獣狩り。隠密も入り、武器の質も良くない状態でのサバイバル。
だが、彼らの士気は最高潮に達していた。
その日、五人の戦果を合わせたらハルトに匹敵するほどの量を取っていた。
ありがとうございました。
結構読んでくれてる人いるけどどういう人だろう。
あっちの方を読んでくれてる人かな。
純粋にこれだけ読んでるのかな。
どういった人に読んでもらえてるかわかりませんが、これからも読んでいただけたら幸いです。