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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-14話 春宵一刻な夜の席

 

 合計二十の宿泊用小屋に、人を呼ぶ為に用意された客間用小屋と調理用の小屋。

 それらの集合体がフレイヴ領の館替わりになるものだった。

 会議室も政務室もないだけでなく、領主専用の部屋も武官、文官部屋もないという防犯意識のぼの字もないなかなかの傾奇っぷりである。

 

『まあ何もない場所だけど、夕食だけは満足させてみせるから楽しみにしておいてくれ』

 そんなラステッドの言葉を楽しみにして、プランは時間潰しにリカルドと共に村の中を歩き回った。

 村から出る事なく多くの動物が見て触れ合えるというのはプランにとって幸せ以外の何ものでもなかったからだ。

 そして自分でも知らなかった事だが、自分は相当動物に好かれる体質らしい。

 何もなくとも寄ってくるリスや小鳥に喜びながらプランはそう思った。

 リカルドはそんなプランを邪魔しないよう一切話しかけず、後ろに付いて歩きながら楽しそうにプランの方を見ていた。




 すっかり日も落ち、夕食の時間が差し迫ってきたプラン達は案内された場所に移動した。

 夕食の場所は室内ではなく、屋根が設置されただけの野外での食事となっていた。

 ここしか大勢で食事がとれる場所がないそうだ。


 ラステッドの()()()()()という言葉の意味は料理の事を言っていると思っていたが、それは大きな勘違いだったのだとプランは思い知った。


 圧倒され……言葉が出てこない。


 乙女心とかそう言った物に鈍感なプランでも、この空間に魅了されときめくほどで――。

 あまりに美しくて胸が痛くなるほどだった。


 周囲の森からフクロウやミミズクの声が鳴り響き、優しく風が吹き、葉が散る様を月明りが照らす。

 それはまるでこの世ではないような幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 今世界にある明かりは美しい月より照らされる儚げな光と、テーブルの上で揺らめくキャンドルのみ。

 そんな昏くも優しい世界の中でも小鳥達はテーブルに寄ってきて、足元に狐や羊が群がる。

 それはまさにおとぎ話のような世界ですらあり、プランは何の言葉も言えずただただ一身に震えるような感動を受けていた。


「綺麗でしょ?」

 ラステッドの言葉にプランはぽーっとなった表情で頷いた。

「ええ。これだけで、ココに来て良かったって思うくらいは」

 プランの言葉に満足そうに頷いた後、ラステッドは液体の入ったグラスをそっとプランの前に置いた。

「ありがと。これは?」

「果物のジュース。何の果物かは良くわからんけど美味いぞ」

 にかっと笑うラステッドに頷いた後、プランはそっとグラスを傾けた。

 甘さは控えめで爽やかな酸味とほのかな苦みの混ざるそれはグレープフルーツに良く似ているが、グレープフルーツほど苦みはなくコクも強い。

 何より、グレープフルーツとはとても思えないほどそのジュースの色は赤かった。


「リカルド。あんたイケるかい?」

 そう言いながらグラスを見せつけるラステッドにリカルドは苦笑いを浮かべた。

「プランちゃん。飲んで良いかな?」

 心配そうに尋ねるリカルドにプランは優しく微笑んだ。

「悪酔いしない程度にね」

 リカルドが頷くとラステッドはガッツポーズを取り、グラスを持って横のテーブルに移動し何かの飲み物をグラスに注いで慌てたように乾杯をした。


「アルト。貴方は参加しないの?」

 その言葉にアルトは、プランと同じ飲み物を見せながら苦笑いを浮かべる。

「俺は酒よりジュースの方が美味いと思う。なんでわざわざ苦いもん飲まないといけないんだろうね」

 その言葉にプランは微笑んだ。

「同感ね」

 そう呟きながら二人は同じ飲み物が入ったグラスを軽く当てて鳴らし、出て来る食事をゆったりとした気持ちで待ちわびた。



「食事前の約束があるんだけど、ラストの馬鹿――御当主様があの様子だから俺が説明するわ」

 アルトははしゃぎながら酒を飲むラステッドを見て舌打ちをし、プランにそう話し始めた。

「約束っていうのは、民族の行事とか宗教的なの?」

「いや。もっとシンプルだ。やったらいけない事とやるべき事が一つずつ。まずやったらいけない事だけど、味の濃くて熱い物を動物達にあげたらダメってルール」

「まあそれは当然ね」

「うん。当然だ。ちなみに皿の側面に動物の印が付けられている奴はその動物にあげても大丈夫ってサインだから」

「なるほどね。オッケー。気を付けるわ。というか、普段から食事をあげてるから皆寄って来てるのね」


「んでもう一つのルールなんだけど、これはさっきのルールより上として覚えて絶対に守って欲しい。『狐が食事を欲しがったら絶対にあげる事』例え自分が食べたくても狐を優先する事。繰り返すけどこれは守って欲しい」

「ああ。別に良いし沢山あげる予定だけど。なんで?」

「狐が危機を教えてくれるって話あったでしょ。あんな感じで何度も領の危機を助けてもらっているからその恩返し」

 そうアルトが言うとプランは小さく微笑んだ。

「本当に素敵な場所ねココは。私に帰る場所がなければ住みたいくらい」

「……二つの領が一緒になるという手もあるけど?」

 その言葉にプランは首を横に振った。

「素敵な物同士だからって、一緒になったらもっと素敵になるとは思わないわ。むしろダメになりそう」

「丁寧で優しい断り文句ありがとう。まあ俺も無理だろうなとは思ってたけど」

 アルトの顔には余り残念そうな表情は浮かんでいなかった事から、それが冗談だったとプランは理解した。


「おう。待たせたな坊主共! 飯が出来たぞ!」

 この場には似つかわしくないような野太い声が響き、同時に肉の焼けたような食欲そそる香りが漂いだした。


 プランがその方向を見つめると、ある意味幻想的な男性が皿を大量に乗せた板を持ってのしのしと歩いてきている。

 その男性の外見を一言で言うと、おとぎ話に登場するドワーフのような外見だった。

 真っ白く長い髪と髭を蓄えた背の低い男性。

 他に例えようがないくらいドワーフっぽくこの場には似つかわしくはないが幻想的な人物だと思ったプランだが、失礼だろうからそれを口には出さなかった。


「えっと、あなたは?」

 プランがそう尋ねると、ドワーフっぽい男はテーブルに料理を置き、破顔した。

「嬢ちゃんがウチの馬鹿共に迷惑を受けた領主様か。本当にすまんな。俺のい――」

「命で償うって言葉なら聞き飽きましたし別にいらないので他の物で代用してください」

 話を遮るプランに目をきょとんとさせた後、男は豪快な笑い声を出した。

「あははは! こりゃウチのボン共にゃ勝てないな! そうさな。とりあえずはうまい飯で俺からの詫びという事にしてくれや」

「良いじゃない。他人の命より美味しいごはんの方が皆欲しいでしょ」

「そりゃそうだ」

 そう答えた後、男は再度豪快に笑った。


「俺は筆頭武官兼文官……まあこの辺りの事情は知っているじゃろ。二人しかいない官職の片割れのアイアン、『鉄』のアイアンじゃ」

 その言葉にプランは驚いた。

「え!? 二つ名持ちです?」

 それに対し、アイアンはいたずらっ子のように小さく笑った。

「自称じゃ」

 そう呟くアイアンの顔が、少しだけ悲しそうな事にプランは気づいたが気づかないフリをした。

「アイアンさんね。よろしく。リフレスト領主のプランです。礼儀とか敬語とか省略して良いわ。それがココの流儀でしょ」

「いんにゃ。流儀なんて上等なもんじゃなくて、礼儀とか誰も知らんだけだ。馬鹿ボン含めて誰一人覚える気がないわい」

 そう言って握手をした後、アイアンはまた豪快に笑ってみせた。




 食事は鳥肉をふんだんに使った料理が主体のフレイヴ領の日常である食事を用意しつつ、詫びと客へのもてなしとして特別なご馳走である羊のステーキが用意されていた。

 野菜類は何かわからない小さな木の実や葉野菜がそのまま皿に盛り付けられている。

 ドレッシングなどを使わない自然的な調理方法の理由はおそらく、動物達にそのままあげる為だろう。

 どうしても草食の動物が多いのでその手の食事が余分に用意されているようだった。

「ところで、羊さんは何あげたら良いの?」

 プランがそう言うとアルトは下の方を指差した。

 その場所、テーブルの下を見てみると羊が地面の草をむしゃむしゃと食べていた。

「あ、そりゃそっか」

 プランは小さく微笑み、もしゃもしゃと無心に食べている羊の毛をもふっと撫でた。


 ちなみに、キツネは数匹訪れてきたが、その全てが羊のステーキを要求していった。

 どうやらここの狐は相当なグルメの様である。

 当然全ての狐にステーキを振舞い、プランの食べる分は本来の三分の一程度になっていた。

 他の人達よりも多く懐かれている分、プランの元から消える食事が多く、プランは少しだけしょんぼりしていた。

 それを見たリカルドはすっと自分の食事をプランに分け与え、ラステッドから子供のような茶々を受けた。



 そんな美しくも楽しい食事を堪能する最中、ガタガタとプランのポケットが強く暴れだした。

 そう、楽しい物を()()が無視するわけがなかった。


「……あー。リカルド。ワイスだして良いと思う?」

 プランの呟きに鶏肉をつまみに酒を飲んでいるリカルドは微笑んだ。

「彼らと敵対する予定があるなら止めたら良いんじゃない? ウチの最高峰の秘密で切り札だし」

 その言葉にプランは微笑み頷いた。

「そうね。敵対する予定ないから出しちゃいましょう。というわけで、もう一人食べる人呼んで良い?」

 プランとリカルドの会話に首を傾けながら、ラステッド、アルト、アイアンの三人は不思議そうに頷いた。


「んじゃ。呼びましょう」

 そう言ってプランは妖精石を取り出し、握りしめて念じると、その場にふわりと、白い花が幾つも舞い落ちる。


 月光を背景にふわりふわりと宙に浮かびながら荘厳な雰囲気を漂わせ、白いドレスを着た女性がいきなりその場に現れた。

 金色の髪がサラサラと零れ、月明りを受けて眩しく輝くその様子は、女神と言っても何ら失礼ではないほどだった。


 さきほどこの景色に目を奪われたプランとは反対に、フレイヴ領三人はその美しさに目を奪われ、茫然とした様子で彼女を見ていた。


「……初めまして。私の名前はエーデルワイス。妖精神の側近、エーデルワイスと呼ばれる者です」

 そう言って優雅な姿勢でスカートを軽く持ち上げ頭を下げる様子にフレイヴ三人組は口をあんぐりあけて驚いていた。

 プランとリカルドは……共に苦笑いを浮かべていた。


 どんな見た目であっても彼女の基本は普通の妖精である。

 つまり……これはただの悪戯だった。

 妖精神の側近と言うが、全ての妖精が妖精神の傍にいるので側近のようなものであり別段彼女に特別な地位があるわけではない。

 ただ、人の姿をして人の言葉が話せる妖精というのは非常に珍しい上に、長い間妖精界で蓄えられた知識を伝えられるという意味では、間違いなくワイスはリフレストの切り札ではあった。


「……ワイス。もう良いでしょ」

 プランの言葉にワイスはちょこんと地面に着地し、にぱーっと笑って鶏肉をフォークで刺した。

「いただきまーす!」

 満面の笑みで鶏肉を頬張るその姿はさきほどまでの女神とは程遠く、白いドレスに染みを作らないか不安になるようなおてんばっぷりだった。


「……プラン。この美女さん誰?」

 ラステッドがそう尋ねると、プランは小さく苦笑いを浮かべた。

「私の契約した妖精、エーデルワイス。人型だけどちゃんとした妖精よ」

 その言葉の後、ラステッドはワイスの方を向き微笑みながら手を伸ばした。

「一目惚れだ。俺の嫁になってくれ!」

「え? 無理」

 ワイスの一刀両断にラステッドはしょんぼりした様子で元の席に座り酒を飲み始めた。


「……断ってまずいって事はないよね? 私妖精だし」

 少しだけ不安になって尋ねるワイスにプランは微笑んだ。

「そりゃ、嫌なら断ったらいいし良いと思ったら付き合ったら良いんじゃない? 私はどっちでも良いわよ」

「んー。悪いけどパス。妖精と人が一緒になるってよっぽどだと思うわ。全くそんな気起きないもの」

 そう言いながらワイスは満面の笑みで鶏肉をもぐもぐと食べ続けていた。


 リカルドとアイアンは酒飲み席でラステッドを慰めていた。

 どうやら冗談ではなかったらしく、ラステッドは普通に落ち込んでいるようだ。

 アルトは自分の主人の失恋を全く触れず、動物達を愛でながら食事を分け与えていた。

 食事の時間もそろそろお開きとなるだろう。

 祭りの終わりみたいな寂しい空気でもあるが、それはそれでプランは美しいなと思い、この寂しさを肴にしてジュースを楽しんだ。


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