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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-11話 文明人なき会合


「あー……。リカルドさんや。この見事な土下座をかましていらっしゃるお方の名前をもう一度お願いしまできませんかね」

「ラステッド・フレイヴ男爵様でございます」

 聞き間違いと信じたかったプランの耳に再度同じ名前が繰り返された。


「えっと……。アルト。マジでこの人当主様?」

 檻の中にいるアルトはプランの質問に頷いた。

「マジマジ。我らが敬愛するフレイヴ領ご当主様ですとも」

「……まじかー。……そうか、まじかー」

 プランはそう呟く事しか出来なかった。


 ラステッドはすっと立ち上がり、プランの方を見つめた。

「俺の名前はラステッド。皆からはラストって呼ばれてるから良かったらそう呼んで欲しい。んでお嬢ちゃん。この領の当主様に詫び入れたいんだけど、どこにいる?」

 額に土を付けながら、ラステッドはプランに優しく微笑んだ。


「……そうかー。貴方もかー。フレイヴ領だとリフレスト当主ってどんな人だと思われてるんだろう……」

「んー。敏腕凄腕で軍事指揮も取れるバリバリ武闘派有能当主って噂が流れてるぞ」

 そんなラステッドの言葉に、プランは何ともいえないやるせなさを覚えた。


「期待をさせてごめんなさい。敏腕でも凄腕でもないし軍事指揮も取れない庶民派無能当主のプラン・リフレスト男爵です。ラスト男爵」

 プランの言葉を聞いた後、ラストはアルトの方を見てアイコンタクトを取り、アルトが頷いたのを確認した後、すっと座り込み、さきほどまでと比べて三割ほど美しさが増した土下座を披露する。

「ラストで構いませんプラン様」

 それはそれは見事としか言いようのない完璧な土下座だった。




「それではラストと呼ばせていただきますので私の事もプランとお呼びください。そしてとりあえず謝罪は結構ですので頭を上げてください」

 ぴょんと跳ぶように起き上がったラステッドはプランの方を見て怯えた様子を見せた。

「えと、つまりそれは『ごめんで済むと思うんじゃねーよタコが!』という意味でせうか?」

「……とりあえず、手紙読んで」

 プランはあまりにも貴族らしくない相手の対応に苦笑しながらそう言葉にする。

 と言っても、リフレストはいつもこんな感じなので、彼らのフランクな対応にプランは悪い気がしなかった。

 言葉にするとしたならば、実家のような安心感である。


 ラステッドはリカルドから手紙を受け取った後封を切り、読み始めてすぐにアルトに手紙を渡した。

「すまん。頑張って読もうとはしたが言い回しが難しくてよくわからん! というわけでアルト、俺でもわかるよう翻訳して伝えてくれ」

 プランの一晩かけた努力が悲しい理由で無駄になった瞬間だった。


「……えっと『アルトには手出さないから安心して』と『怒らないからどうしてこんな事をしたのか教えて?』と『大げさにしたくないからちゃんとごめんなさいして払う物払ったら許してあげる』って内容」

「まじか。天使かな」

 ラステッドの言葉にリカルドは同意するように頷いていた。


「そういう事なら。ほい。これで」

 ラステッドはやたら大きなバッグの中からボロボロの分厚く大きな本を十冊くらい取り出した。

 色褪せたり染みや汚れが目立つが、そこまで古いというわけでもなさそうである。

「ん? これは?」

「ああ。フレイヴ領の資料。ぶっちゃけいくら払えば良いかわからないし財政とか俺には良くわからんからそれ見て好きに決めておくれ」

「――は?」

 慌ててプランは手元にある一冊を手に取り開いて見た。


 そこには確かに、昨年の収支が全て領印付きで記されていた。

 それ以外にも武官や兵士の数から畜産の飼育数の推移など、機密としか言えない内容がゴロゴロと転がっていた。

「……あのさ、コレ。どして持って来たの? 隠せって文官の人に言われなかった?」

 プランの質問に、ラステッドは首を傾げアルトの方を見た。

「隠せって、言った?」

「いんや別に。隠すほど立派な物でもないし」

 アルトがそう答え、フレイヴ領の二人はゲラゲラと笑いあった。


「……あのさ、ちょっと良い?」

 リカルドが手を挙げて尋ね全員の注目を集めた。

「なんだ?」

 ラステッドがそう尋ねるとリカルドはアルトの方を見た。

「その檻にいる捕虜。文官なの?」

「ああ。そうだが?」

 ラステッドは堂々と言い放った。

「……文官は何人いる?」

「二人」

 堂々と言い放つラステッドにリカルドが怒鳴りちらした。

「なんで二人しかいない文官をスパイに使ってんだよ!」

「だよな……最初は違う予定だったんだ」

「……誰が行く予定だったんだ?」

「俺」

「領主が密偵なんてしようとすんじゃねーよ!」

「だよなぁ。俺だと聞いても理解出来ない可能性が高かったからなくなく諦めたんだよ」

「そこなの。理由そこなの?」

「というわけで我が領で一番頭の良い筆頭文官直々に託しました。失敗したけど」

「筆頭文官なのコイツ⁉ しかもこの程度で筆頭なの⁉」

 ちなみにアルトの文官能力はハルトやリカルドに毛が生えた程度である。


「ちなみに筆頭文官を決める時は二人でくじ引きでした。俺の方が少しだけ優れてたけどぶっちゃけ大差なかったので」

 アルトの言葉にリカルドは大きく溜息を吐いた。


「……やべぇわこれ」

 リカルドの呟きにプランは頷いた。

「ええ。やばいわね。私達が常識寄りの立場になるなんて思いもしなかったわ。そして、私達二人でこの十冊ほどの分厚い資料を読まないといけないのも地味にやばいわ」

「ミハイルに頼めないか?」

「無理ね。大分マシになったとは言えウチも仕事はまだ山ほどある。私が言ったら助けてくれるけど、その分後で無理するからもう頼れないわ」

「……一緒にがんばろ?」

 リカルドの呟きに、プランは悲しそうな顔で頷いた。




 フレイヴ領の極秘情報だらけである機密文書の山を読み解くのに相当時間がかかった。

 内容自体は、不思議な事に全く難解ではなかった。

 むしろプランでも内容をたやすく理解出来るほど簡単である。


 問題なのは字が汚く書き方が恐ろしいほど雑な事だった。

 書き間違えた場合でもぐちゃぐちゃと上から塗りつぶしてそのまま提出した決算報告書など見た事がない。

 明らかに何か食べながら書いたであろう油シミがついていたり畜産の報告書には字は汚いのにやたら可愛いデフォルメした羊の絵が描かれていたりしている。


 そんな色々な意味で脱力する資料を読みこみリカルドと二人で話し合った結果、一つの結論が導き出された。

 それは……フレイヴ領が滅んでいない事が有り得ないという事だ。


 奇跡的にとか将来的にとかそういう次元の話ではなく、最初から財政破綻しきっていた。

 どこでどう賄っているのかどうして国の中央はこれを放置しているのか、何もかも理解出来ない。

 領としての定期収入が零で、ちょくちょく気まぐれで現れる商人との取引で税金を払っているという百パーセント自転車操業という有様。


 他にも、羊を山ほど飼っているのに羊毛はほとんど出荷していない。

 羊の数の増え方が明らかにおかしい。

 など、突っ込みどころを挙げたらキリがない。

 ぶっちゃけた話、領としての体を成していないのだ。

 これはもはや集落……というよりも、むしろ蛮族や盗賊の住み家の方が近かった。


 そしてもう一つ重要な事、それは賠償についてだ。

 見ての通り定期収入がなく、館の調度品なども一切存在していない。

 というか金になりそうな物は当然のように全て売り払っている。

 そんな状態で、何を取れというのだろうか。

 強いて言えば……羊くらいだろうか。

 

「なあ。一つ疑問なんだが、武官が二人ってなってるなココ?」

 リカルドの質問にアルトは頷いた。

「ああ。二人だ」

「んでさ、文官も二人だな」

「ああ。二人だ」

「ならなんで領主含めて合計三人になってるんだ」

「ああ。二人とも武官兼文官担当だからだ。相方が筆頭武官で俺が筆頭文官になった」


「……なんで密偵なんてしてるのよ」

 プランは嘆くよう小さな声で呟いた。


 密偵に対する調書は二行で終わった。

 密偵を出した理由は『隣が豊かそうだからちょっち調べてみるか』という程度の内容。

 謝罪は終わり、賠償は『民に被害がなければ命でも何でも払うつもりはあるが、ぶっちゃけ何もない』

 ちなみにラステッドの持っている名剣は前領主である亡き父より受け継いだ剣で、国王より直々に賜った剣である。

 二重の意味でそんな剣を受け取る事は出来ない。


「リカルド。選択肢頂戴。何も思いつかないわ」

 プランの言葉にリカルドは頷いた。

「まず、二人のうちどっちか、または両方処刑する。正当性あるぞ」

「却下。わかってて言ってるでしょ?」

「当然。続いて賠償金代わりにアルト自身を貰う。文官能力は低いが武官としては見る限り結構優秀だぞ」

「却下。ハルトもヨルンも絶対にリフレスト以外で働かないように、アルトも間違いなくフレイヴ領から鞍替えしないわ」

「もちろん俺もプランちゃん以外の元では働く気もないしな。んじゃ、最後の手段だ」

「やっぱり畜産関連? 私としてはそれが一番嬉しいけど……連れて来るの大変そうよね……」

「いや。もっと良い手段がある」

「おー。何何?」

「いやさ。もう俺らだけじゃ判断できない内容でしょこれ。時間をかけてヨルンに手紙を出すか、ミハイルの睡眠時間を削って相談するかの二択だと思うわ」

 確かにと思ったプランは悩んだ挙句、忙しさで目が回っているであろうヨルンに手紙を出す事に決めた。


「というわけで手紙が返ってくるまでラストもしばらく我が館で滞在していってください。部屋も用意しますので」

 丁寧に頭を下げるプランに対し、ラステッドはアルトを指差した。

「俺もアレに入りたい」

 目を輝かせるラステッドに、プランは何も言わず笑顔のままもう一つ猛獣用の檻を用意した。




 数日後、ヨルンに出した手紙が返って来た。

 想像の何倍も忙しいのか、手紙にはヨルンにしては珍しく短く乱雑な文字でこう書かれていた。

『プランさん視察してきてください。話はそれからです』

 そんなわけで、おそらく羊の楽園であろう秘境、フレイヴ領に向かう事が決定してしまった。


ありがとうございました。

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