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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-8話 異文化コミュニケーション(決闘)2


 ふざけているとしか思えない恰好とは裏腹に、その戦法は非常に合理的だった。


 速攻。


 攻撃は最大の防御なりを地で行き、格上であっても倒しきるラッシュを繰り返す超短期決戦戦法。

 疾風怒涛の大連撃は文字通り格上であるリオとアインに十分に食らいついていた。

 兵士レベルの二人が武官を倒すというジャイアントキリングすら、十分以上にありえたのだ。


 とは言え、本来ならばリオもアインももう少し戦える。

 今回はとある二点が足を引っ張っていた。

 一つは、武装の差。

 リーチのないナイフとガントレットという装備に対し相手は槍と盾。

 相性という意味でも最悪としか言いようがなかった。

 もう一つが、アイン。

 下半身を見ないという事は、相手の足捌きが見えないという事になる。

 今はリオの指揮で何とか戦えているが、一瞬でもリオが判断ミスをすればアインは即座にやられるであろう。


 リオもアインも――その時は知らなかった。

 知る由もなかった。

 この者達がどうしてここまで攻撃的な戦いをしているのか。

 そしてこの戦法に二人がどれだけの覚悟を込めているのか……。

 文字通り命を燃やしながらの戦いの理由を……二人はその戦いが終わるまで気づけなかった。




 苦戦しているのはアインだけでない。

 リオの方も槍と盾の連続攻撃に圧倒され、切り返すチャンスを探すような戦いを強いられていた。

 槍だけなら技量差でごり押せる。

 多くの武具相手に戦いぬいたリオは対槍の戦い方も熟知している。

 問題なのは、盾の方だった。

 炎を灯した盾という類を見ない装備リオに戦い辛さを感じ、自分の戦い方が出来ず相手の良いようにされてしまっていた。

 ナイフの攻撃を盾で受けられるとナイフが折れる。

 しかも刃渡りが短い為手が焼けてしまう。

 例え盾の攻撃を避けても槍のカバーリングで距離を取られる。

 そんな状況では捌ききれないのはしょうがないと言えるだろう。


 それでも、リオ、アインの二人は針を縫うようにチャンスを探り、カウンターを狙い続けていた。

 相手の手数が多い攻撃では必ず隙が生まれるはず。

 そのチャンスを、二人は待ち続けた。


 それは明らかな失策と言えるだろう。


 待てども待てども隙は生まれず……むしろ相手の表情は険しく、それに合わせて攻撃はより激しくなっていた。

 それはまさに……格上殺しと呼ぶに相応しい戦いだった。


 フル装備で視界が塞がれていないリオとアインであったとしても、防ぐのに手いっぱいとなるだろう。

 猛攻としか呼べない雷のようなラッシュ。

 そうでありながらも、一撃一撃は魂が乗っているのだと錯覚するほど重たく鋭い。

 そんな無茶を、二人は十分以上も続けており受けているリオ、アインの方に疲労が見えるほどだった。


 もう、防げない。

 それがわかっていても、攻勢に出れず二人は防ぎ続ける事しか出来なかった。


 金属のぶつかり合う音が幾つも響き渡る。

 ガントレット越しでもアインの手は痛みを覚え、リオのナイフは刃こぼれが酷く鋸のようになっていた。

 額の汗を拭う暇すらない。

 そんなお互いに極限状態となった戦いも、終わりを迎えようとしていた。


 ドゴッ。


 鈍い音とともに、リオが吹き飛ばされる。

 男の攻撃は、盾でも槍でもなく、蹴りだった。

 生真面目すぎると言われるリオの戦い方は相手の戦い方を見て、それに合わせ戦い方を変える。

 だからこそ、盾を警戒しすぎたリオはキックを回避する事が出来なかった。


「リオ!」

 アインは後方に跳んでいくリオを見て叫んだ。

 そう、リオの方を見てしまったのだ。

 その隙を――相手は決して逃さない。


 アインと相対する男は軽快なステップで一歩近づき、腰を入れ打ち上げるように盾を突き出す。

 いわゆるアッパーカットの要領で叩きつけられる盾を見て、アインは慌てながらガントレットを盾に合わせた。


 ガイン!


 金属同士がぶつかる鈍い音が響く。

 無理やりな姿勢で受け止めたアインは体制を保つ事は出来ず、バランスを崩しその場で尻もちをついた。


 股間がーとか見たくないーとか、そんな甘い事を言っていられない状況だった。

 腰を落としたアインは槍を振り下ろす男の姿を見上げた。


 そして……そこでアインは決定的な物を見てしまった。


 半ば燃えかけた兜からぽろっと火種が飛んだ。

 その火種は万有引力の法則に従い垂直に落下し……男の男自身に――。


「ヌオッ!」

 じゅっという焼ける音と同時に、汚い悲鳴が響く。

 人間の出来る表情をはるかに超えた変顔を見せ、男は地面に蹲った。


 流石にこれは、やばい。


 想定の斜め上な事態になり、混乱の極地にたどり着いたアイン。

 目の前でごろごろと転がる男を見て慌てながら、アインはすがりつくような瞳でリオの方を見た。

 そっちはそっちで大惨事になっていた。


 焼けてるのだ――頭が。

 兜から直接燃え移り、焼けた髪のまま慌てる男。

 そして必死に消そうとリオは慌てた様子のまま男の頭部をぺしぺしと叩いている。

 二人とも、完全にテンパっているのが見てわかるほどだ。


「……あーもう! 何よコレ!」

 アインは半切れになり、自領の兵士達から飲み水を奪い取って二人の男にぶっかけた。

 肩で息をしながら涙目のアインに、誰一人言葉をかける事が出来なかった。







「……さて、これからどうしましょうか!」

 リオは満面の笑みを浮かべながら、アインと兵士にそう尋ねた。

 本来のリオは生真面目で、むっつりとした顔をいつもしているような男である。

 そんな彼だどうしてこんな楽しそうに笑っているかと言えば……対処出来ない事態にもう笑う事しか出来ないからだった。


 五人の男達は全員、鎧を脱いで薄着になり、正座をしてこっちを見ていた。

 基本、リオは生真面目な性格である。

 つまり、不慮の事態に非常に弱かった。


「……とりあえず、一つ試したい事があるんだけど良いかしら?」

 アインは酷く疲れた顔でそう呟き、リオはそれに満面の笑みで表情を固めたまま、頷いた。


「えっと、とりあえず確認だけど、貴方達私達の言葉わかるわよね?」

 そうアインが尋ねると、男は五人そろって首を縦に動かした。


「……え?」

 リオは目を丸くしていた。

「……やっぱり。貴方気づいていなかったのね……」

 アインは苦笑いを浮かべ、もう一つ質問を重ねた。

「というよりも貴方達、言葉しゃべれない?」

 その言葉にも、男達五人は揃って首を縦に動かした。

「んじゃ、どうして話さなかったの?」

 その言葉を聞いた後男達はお互いに顔を見合い、何かを押し付けるような動作をもたもたと長時間繰り返した後、最初に出会った男が蚊の鳴くような声で呟いた。

「だって……他所の人と話すの恥ずかしいし……」

 その言葉に、アインとリオは信じられないものを見るような目のまま首を傾げた。




 ――そんなのわかるわけがないじゃない!

 アインの心からの叫びだった。

 時間をかけて説得し、宥めながら会話をして聞いた答えにリオとアインは溜息を吐く事しか出来なかった。

 彼らの部族は非常に賢く、言語なら三つくらい軽々と習得するらしい。

 この里なら子供でもノスガルド語どころかブリックメイル訛りすら完璧にマスターしているそうだ。

 そんな賢く能力もある彼らが遊牧の民の一つとして暮らし、他国と極力距離を取っていた理由。

 それは……ドが付くほどのシャイな事が原因だった。


 話すのが恥ずかしい。

 顔を見ると赤くなる。

 まともに会話が出来ない。

 思春期の初恋時以上にシャイであるのが、彼ら部族の特徴だった。


 ちなみに、その恥ずかしいという感情も我々の感じるものとは大きな差異があった。

 例えば身内である里の仲間同士では異性であっても羞恥の感情は目覚めないそうだ。

 そして最大の相違点、それは全裸になる事は恥ずかしい事ではなく、むしろ全裸でない方が恥ずべきという感情を持っていた。


 つまり、一昨日の夜の事実はこうである。

 突然の接触により緊張と羞恥が限界に達し、つい誇りある部族の戦いをしかけてしまった。

 そんな事、理解出来るわけがなかった。


 現在、少しでも話せているのは、その誇りある部族の戦いを終えたからである。

 誇りある戦いを終えれば『見ず知らずの他人』から『少し話した事がある知り合い』くらいに関係がランクアップするらしい。

 もっと友好的になるには、誇りある儀式から、誇りある祭り、誇りある部族の大会等色々とややこしい行事が必要になるそうだ。


 その辺りの話を聞いたリオとアインは、異文化コミュニケーションの難しさを大いに理解した。


「……会話が出来るのなら後は任せてください」

 いつものきりりとした表情になって答えるリオにアインは力なく頷き、兵士の傍でへたりこんだ。

 アインは限界まで疲れていた。

 体以上に心が……。

「ちょっと……休むわ」

 兵士にそう告げ、アインはそのまま目を閉じた。




 とんとん。

 肩を優しく叩かれアインは目を覚ます。

 そこには申し訳なさそうにしているリオがいた。

「すいません。遅くなりました」

「んー。ああ……。ごめんなさい仕事中なのに寝てしまって。どのくらい経った?」

「いえ。それは良いんです。今は二時間経過したところで話は全て終わりました。彼らの事情も聴きましたし侵略も彼らに悪気がなかった事も確認出来ました。後は彼らの密書をブリックメイルに届ければ依頼終了となります」

「そっか。んじゃ今から帰る感じ?」

「そうですね」

「そか。んじゃ帰りながら事情を説明して」

 その言葉にリオは頷き、アインに手を伸ばす。

 アインはその手を取って支えにし、眠い体を無理やり起こした。


「んじゃ。帰りましょか」

 その言葉にリオと兵士達は頷き、その場を後にした。







 リフレスト領の者達が去っていく背を、一人の男はじっと見つめていた。

 男の名前はルグ。

 発声方法が違う為、リフレスト式の名前を止め正しく唱えると名前は『ル=グ』となる。


 ルグは彼らに相当の迷惑をかけたと自覚していた。

 まず、一昨日の騒動。

 ルグは緊張と羞恥から襲い掛かった事を恥じていた。


 次に、彼らの国に意図せず侵略し不法占拠していた事実を聞き……ルグは酷く恥じた。

 契約を破ったのにその対価も求められず、今後も対等な存在として見てくれると言われたのだ。


 最後に、それら今後も部族を助けてくれると約束された事を……ルグは心から恥じた。


 対等であるはずの立場は崩れ、一方的に助けられる立場というのは恥以外の何ものでもない。

 相手の好意を受け、一方的に恩恵を受けるだけの立場というのは対等でも何でもない。

 マシな言い方でひな鳥である。

 誇りを求める部族として恥以外何と呼べば良いかわからなかった。




 それと同時に、ルグは彼らに大恩を感じていた。

 ディオスガルズに住処を奪われた我らを助け、その住処を取り戻してくれると誓ってくれたのだ。

 恩を感じない訳がなかった……この身全てを捧げて返すべき大恩を――。


 故に、ルグは決意した。

 緊張する癖をなくし、この国の事を学び――部族の立場を捨て騎士になる。

 部族を抜けるという事は、これまでの人生を全て捨てる事に匹敵する。

 それでも、ルグはそれをやらねばならぬ事、己の為すべき事であると見出していた。


 ルグは深い決意を胸に秘め、着ている服を全て脱ぎ捨てありのままの姿で草原を走り回った。


ありがとうございました。


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