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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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3-6話 異文化コミュニケーション(逃げたい)

 

 どうやって逃げたのか、いつ振り切る事が出来たのか。

 それすら覚えていない。

 あらゆる意味での危険人物から無我夢中で逃げ回った結果、拠点に戻る事に成功していた。

 相当長い距離を走ったらしく、息切れをしているリオと心労がたたり寝込むアイン。

 怪物の定義とは、人の理解が及ばないものだと聞いた事があるが、そういう意味ならアレは間違いなく怪物と言って良いだろう。

 そうリオは思った。


 ――だから、これは仕方がない事ですね。

 そう内心で考えながらリオはアインをそっと寝床に寝かせ自分は寝ずの番に入った。

 ただ、やはり心のどこかで……ほんの僅か、アインに対しリオは落胆の感情を覚えた。

 それは倒れた事にではない。


 二桁単位で男性を侍らし楽しんでいる存在が、あれだけ慌てふためく様子を見せた事に対してだ。

 男性の裸など見慣れているだろうに……どうしてそこまで慌てるのか。

 不慣れな事態に冷静になれない事も、混乱することも理解出来る。

 だが、男性を侍らすアインが羞恥に頬を染める事だけは理解出来なかった。

 ――女性に誇りある騎士は難しいのか。

 その思想自体が完全な色眼鏡であると、思い込みと軽い苛立ちを抱えたリオでは気づく事が出来なかった。




 翌日の朝、アインが目を覚ましてからリオが仮眠を取り、二人は昼食を終えた。

 二人はゆっくりと冷静に事態を飲み込み、これからの事を考える。

 そんな中、最初の発言、アイン提案は……。

「手に負えないから帰りましょう」

 という全力で後ろ向きな答えだった。


「……気持ちはわかりますし理由も理解します。ですが……残念ながら駄目です。ギブアップにはもう少し早いですね」

「ですよねー。言ってみただけ……うんわかってた」

 アインはそう呟きしょんぼりとした表情を浮かべる。

「ええ。ただ、手に負えないという部分は良く理解出来ます。あれだけの奇行に紛れてわかりにくいですが……非常に戦い慣れた様子を感じました」

 リオの言葉にアインもそっと頷いた。


 ただの変人であるなら、対処はそこまで難しくない。

 問題なのは、変態的ながらそれが戦法として成立しており、また本人にもそれを使いこなす実力があることだった。


 片手でも持てる槍と盾という個人戦、軍団戦ともに鉄板の兵装を持ち、それを完璧に使いこなしている。

 更に、その立ち振る舞いと好戦的な戦法も考慮すると対人経験が豊富であるという事も示唆されていた。

 狩猟中の遭遇という要素も加えれば、狩猟も得意という事になるだろう。


「ごめん。ぶっちゃけ慌てすぎて詳しく探れなかったわ。騎士リオは相手の実力がどの位か探れた?」

 アインの言葉にリオは少しだけ難しい表情を浮かべる。

「……私も少し混乱していて自信はないですが、我々よりも格下なのは間違いないでしょう。具体的に言うと武官候補くらい。武官になれそうでなれないくらいだと予想しました」

「なるほど。私も探れていたらその検証が正しいのか考察出来たのだけど……ごめんなさい。相手の策略に乗ってしまって」

 あれは本当に策略だったのだろうか。

 部族の伝統とか……最悪ただの男の趣味である可能性も存在する。

 それはわからないが……もしそうだとしたら余りにアインが可哀想なのでリオはその可能性を忘れる事にした。


「私の武官に届かないけれど並の兵士よりもはるかに優れているという実力評価が真実だと仮定した場合……私達二人では手に負えないと見て良いでしょう」

 リオの言葉にアインは頷いた。

 相手が彼一人でこちらが冷静に対処出来たら、リオどころか羞恥まっしぐらなアインですら彼に勝つだけなら問題ない。

 武官になるという事はそういう事だからだ。

 ただし……彼が一人ならという条件がつく。


 あの時の彼が食料調達の狩猟をしていたと想定した場合、彼の実力が相手陣営のトップである可能性は限りなく低くなる。

 つまり、彼以上の実力者が相手の住処にいるという事だ。

 知性が乏しく連携が取れないなら何人いても何とかなるが、槍と盾という集団戦も想定した装備である以上その可能性も限りなく低い。

 彼と同程度の実力者が三人いて連携を取ってきた場合、リオは完封される自信があった。

 そう考え、二人は自分達では手に負えないと結論付けていた。


 情報が乏しい為全て可能性、仮定の話である。

 しかし、可能性があるならば最悪を想定して動くのは当然でもあった。

 敵だと判断した者を特に意味もなく弱者として見下し侮るというのは、愚か者のすることである。

 リフレスト領内でも作戦立案を担当する二人は常にそう思っていた。


「では、今この場で私達がすべき事は何でしょうか?」

 リオの言葉にアインは少し考え、指を二本立てた。

「一つ、作戦開始となる明日の為に余分に食料を調達しておくこと。二つ、明日合流する兵士達に説明する内容を纏めておくこと」

 アインの説明にリオは首を縦に動かした。


「一つ目はわかりますが、二つ目の説明とは?」

「……私一つ分かった事があるの」

「何です?」

「どうしてブリックメイルの依頼に詳しい事が書いていないかよ」

「ほぅ。どうしてです?」

「【突然服を脱ぎ、火を灯しながら襲い掛かっている全裸部族と平和的に語り合え】って依頼が来たらどう思う?」

「……まず、依頼人の頭を心配しますね」

「でしょ? そして、私達はそんな説明を明日自領の兵士にしなければなりません」

 その言葉で、リオはアインの言いたい事を理解した。


「――しっかりと説明する文を、一緒に考えましょう」

 リオがそう呟いた後、二人は盛大に溜息を吐いた。




 翌日の昼前にリフレスト兵十八人は誰一人欠かさず合流し、二人は彼らを陣地に案内した。

 そしてリオとアインの二人は酷く険しい表情をしながら作戦会議へと移り、リオとアインは真剣に聞くようにという命令を下した。

 その様子から何かただことではない事態が起きている事に気づき、兵士達は皆緊張した面持ちで頷いた。


 

 深夜の調査中に至近距離で不法占拠民らしき人物と接触。

 革製の装備一式に顔に土、植物色の迷彩塗装からおそらく狩猟中だったと思われる。

 男は接触した瞬間に奇声を発し、その直後に服を脱ぎ兜と槍、盾だけとなり――そのまま謎の踊りを披露して兜と盾に火を付けこちらに襲い掛かってきた。

 何とか逃走することに成功した。


 そんな説明を聞いた兵士達は脳が受け付けず首を傾げ、二人が何度も繰り返し真面目に説明して、全員の理解が追い付いた瞬間、笑い声が響いた。

 ただし、その笑いはわずか十秒程度で終わりを告げる。

 それが真実であると理解したならば、兵士達はもう一つの残酷をも理解しなければならなかったからだ。

 そう、これから自分達もその謎の奇行を行う場所に向かうのだから……笑いごとでは決してなかった。


「というわけで、これからその彼らの元に向かい説得を試みます。――皆、覚悟を決めておいてください。戦闘も……それ以外も」

 それが嘘や冗談であると兵士達は思いたかった……。

 だが、リオの隣にいるアインの青い顔が真実であると残酷なまでに物語ってしまっていた。



ありがとうございました。

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