3-5話 異文化コミュニケーション(物理)
ブリッツメイル領内にある空白地帯、周囲に炭鉱街との道くらいしかないその辺鄙な場所に、突如として人が現れ住みだした。
彼らはブリッツメイル領の人間ではない。
どういう事か話を聞こうとしたのだが……会話が通じなかった。
言語自体は通じていると思われるのだが、生き方が違うのかルールが違うのか、とにかく会話が通じないのだ。
おそらく国境先の遊牧民の一種……だと思われる。
国境先にいる遊牧の民達とノスガルド国は不可侵条約が結ばれていた。
これに例外はなく、複数の遊牧民族がいたとしても全てに共通された大切な条約である。
彼らにとっても約束とは契約であり、尊いものであるはずの為故意に破ったとはあまり考えたくない。
その為粘り強く交渉を持ち掛けたのだが……色々と困惑する事態になり、結論で言えば交渉に向かった文官と兵士達は逃げ帰ってきた。
武官を出せば話は早いのだが、ルツ平原を奪われた事もあり暇な武官は一人もおらず、八方ふさがりという状況になってしまっていた。
という事情により、リフレストの一同にその対処を依頼として任された。
正式に報酬も出る上、確かな名誉として記録される。
その代わりの条件として、彼らが国境先の遊牧民であった場合は最大限の敬意を払う事と、相手の身元が確認されるまで深い傷を負わせない事を厳命された。
国家も持たず自由に振舞う彼ら遊牧民を見下す存在は多い。
ただ独自の文化形成であるだけなのに、蛮族扱いする無礼者すらいるくらいだ。
あくまで、不可侵条約は対等な身として結ばれたので侵略者であっても相手への敬意を払い、極力死者の出ないようにし、無駄な犠牲者だけは絶対に出さないように。
オーギュはそう彼らに頼んだ。
そんなわけで任務の先行部隊として、リオとアインの二人は馬に乗り目的の場所付近に移動していた。
「んー。変ねー」
その道中にて、馬で走りながらアインが小さく呟き、リオは並走しつつ首を傾げる。
「何がでしょうか? 確かに、ブリッツメイル領が同時で二か所占拠されるというのは変な話ですが」
「んーん。そっちは、まあちょっと理由も思いつくわ。そっちじゃなくて、女には酷って言ってた理由がよ」
「……女性に手を汚させるのを避けたとか?」
「……私武官よ? しかも今度男爵の称号授かろうとするくらいの。さすがにそんな事……」
「女性に手を汚させないのがブリッツメイルの美徳なのかもしれません。職人と武官が多い場所ですから」
「んー。女性扱いは嬉しいけど、さすがに騎士としての実力を否定されてるみたいでちょっと悔しいわね」
「実力で見返せば良いんですよ。期待してます」
そんなリオの優しい言葉に、アインは嬉しそうに頷いた。
例え二人っきりであっても、仕事を挟めば問題なく接することが出来る。
スイッチが入り仕事に集中するとリオから拒絶する為の棘が一切出なくなるからだ。
しかし、それが本質的に二人の仲を改善したわけではない事くらいアインは理解していた。
――もう少し、私生活でも友人くらいに接することが出来たら良いんだけどなぁ。
そう思いつつも、マイナス感情の根が深く、アインは少しだけ悲しい気持ちを思い出した。
馬車がついていない馬の全力疾走にて三時間ほど移動し、馬を折りて目的の場所の山向かいに到着した事を二人は確認した。
この場に拠点を張り、現地の情報を仕入れるのが最初の仕事である。
続いて集めた情報を頼りに直接交渉をするか捕縛に向かうか、一、二日後到着予定の兵達を待つかを選択していくことになる。
拠点をこの場所に選んだ理由は幾つかあるが、一番の理由は相手が遊牧民である事を想定してである。
平地だとこちらより先に目視される恐れがある。
また、普段から馬の扱いになれた遊牧の民に馬で襲われたら逃げる事が出来ないと想定し、馬の機動力が活かせない山付近を選択した。
「……んで、こっからどする? 分担作業? それとも一緒に動く? 私はどっちでも良いわよ」
アインの言葉にリオは少しだけ悩み、そして後者を選択した。
「いざという時の事を考えて一緒に行動にしましょう。可能性は低いですが、私達二人よりも相手が強い可能性もゼロではありません」
「りょーかい。んじゃ最初に拠点を確保しましょう。私が指示だして良い?」
アインの言葉にリオは頷き、アインは山のふもとにあるくぼみを利用して簡易拠点を作り上げた。
迷彩を重視した為そこまでしっかりとした作りではないが、馬を隠しつつ雨風が凌げいざという時に避難出来る程度には仕上がった。
「お見事です。手際良いですね」
リオがそう呟くくらいには、拠点確保はうまくいっていた。
「んー。次は調査任務だけど……どうする?」
そう言いながらアインは空を指差した。
空は赤みが増し、日が落ちかけ若干薄暗くなり始めていた。
今から調査を始めれば夜になる。
行くにしろ止めるにしろ中途半端な時間であった。
「……そうですね……。翌日に……。いえ、多少危険ですが夜に調査を開始しましょう」
出来るだけ早めに情報を仕入れる事が重要と考え、リオはそう提案する。
そんなリオの言葉にアインは頷き、二人は夜に備え拠点奥に隠れて干し肉をかじり始めた。
拠点内で簡単な作戦を立て、数時間ほどが経過した。
日はすっかり落ち、月と星に世界は照らされ、ほーほーとミミズクのような鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。
耳に残る音はそれだけでなく、山の茂みが揺れ動く音もあちこちに響き、動物達の活動が活性化している気配が溢れていた。
そんな時間帯、夜更け前といった時間にアインとリオは荷物を持ち見つめ合っていた。
「最終確認をします。良いですか?」
小さく話すリオの言葉にアインはそっと頷いて見せた。
「まず装備」
「金属のこすれる音がしないよう最低限の鎧装備。ただし胴部と肩だけは金属着用。武器は……ナイフだけ用意したわ」
「次、道具類」
「包帯と血止め、それと相手が友好的だった場合用の食料」
「最後に馬」
そうリオが呟くとアインは眠っている二頭の馬の手綱をそっと確認する。
「……よし。大丈夫。簡単に抜けるようになってるわ」
その言葉にリオは頷いた。
動物に襲われた場合や盗賊や山賊に見つかった場合の事を考慮し、長期間離れる場合は馬が逃げられるようにしておくという暗黙のルールがノスガルドには存在していた。
「最後にダミーとして保存食の一部を見えやすい位置に置き、残りの食料、救命道具、武具等は……綺麗に隠されてますね。完璧です、行きましょう」
アインは頷き、リオの後ろに並び隊列を組んだ。
リオとアインは山の麓、草原との境目辺りを隠れながら移動していた。
草原だと見つかる可能性が高いが動物の多い山の夜道を通るのも色々不安が残る。
そういった理由で草原寄りで茂みがあるがあまり動物の気配がない間部分をルートに選択した。
当然隠密行動である。
言葉は一言も発さない。
リオは後方に控えるアインにハンドサインで状況を伝え、アインはリオの背中や頭部などをタッチして触れる場所や触れ方で状況を伝えていく。
相性という意味では決して良くない二人だが、公私を使い分ける性格と武官としての経験豊富さがそれを補いしっかりとした連携を取れていた。
そう……仲が良くないとは言え二人の行動には問題には何一つ問題はなかった。
悪かった部分をどうしても一つ上げなければならないとすれば……運くらいだろう。
リオは音を立てず、優しく茂みをかき分けていく。
そして、茂みの先に行こうとそっと顔を近づけるリオの目前に……男がいた。
顔に緑の迷彩をし、革防具に身を包んだ槍を持った男と見つめ合うリオ。
どうやら同じように茂みをかきわけていたらしい。
のれんを両側から開けたような、よくわからない対面にリオと男はきょとんとした顔のまま、意味もなくじっと見つめ合っていた。
「……………………」
「……………………」
沈黙が続く。
「…………こんばんは」
沈黙に耐えきれなくなったリオがそう呟いた瞬間、目の前の男は突然大声で金切り声を上げだした。
「キィエエエエエエエエエエエエ。■〇×b■〇■■■!」
言葉にならない言葉、というよりは完全に違う言語を使いだし、男は慌てたような、怒ったような表情のまま後ずさり槍を構えた。
「リオ!」
アインの叱咤を聞き、展開に追いつけず茫然としていたリオははっと我に返り男から距離を取ってナイフを構える。
その横にいるアインは既にナイフを構え男の方を睨みつけていた。
男は両手で小さな槍を持ち、背中に盾のような物を仕舞っている。
頭には王冠のような形状をした刺々しい兜を被り、全身には茶色を中心とした迷彩が施されていた。
睨み合う両陣営、一瞬即発の空気、そんな中目前の男は無言で槍をこちらに向けた後、ジリジリと足を運び斜め後ろに移動する。
突然の遭遇で何も考えていない為、逃げてくれるならそれに越した事はないと考えリオもアインもそれを追わず、ただじっと見つめるだけだった。
そして十メートル以上の距離があいた時……男は突然槍を地面に突き刺した。
場の空気は張り詰めたままで、まるで引き絞った弓のようであった。
冷や汗を拭く暇も、喉の渇きを自覚する事もない緊張の瞬間――男は行動を開始した。
男は着ていた革の鎧に触れ――いきなりそれを外し始めた。
何を考えての行動かわからない為動きが停止する二人。
そのまま男は革鎧を地面に捨て……そしてインナーも脱ぎ捨てる。
月明かりに照らされマッチョな上半身が露出された。
「ぴゃっ!?」
アインの口から謎の奇声が飛び出る。
それでも男は脱ぐのを止めず、更に下半身のズボンにまで手を伸ばす。
「ひ、ひぃ……」
驚きつつも赤面し必死に顔を背けたいが敵から顔を背けられず、赤面しながら困惑するアイン。
――男性慣れしてるのに不意打ちには弱いんですね。
リオはそんな事を考えていた。
そんな照れながら困惑するアインと思考回路がフリーズするリオを我関せずと言わんばかりの態度のまま、男は己の己自身を露出された。
慌てているのもあるが、男の行動が予想外すふる所為でリオは何も行動出来ずにいた。
後になって考えたなら、脱いでる途中に殴り倒すか一気に逃げるかすればよかった事に気づいた……が、もはや後の祭りである。
男はヘルメット以外の全て、手甲もブーツも全て脱ぎ、槍と盾を持ちながら満足そうに何度も頷いた後……リオに槍を向け謎の言語を叫びだした。
何か怒鳴っているような挑発しているような雰囲気の叫び声だ、何を言っているのか全く理解できない。
雰囲気と怒鳴り方で、恐らく戦う事を宣言しているのだろうという予想は付くが答え合わせは出来ない。
そもそもの話……股の間にあるタクト(比喩的表現)が左右に自己主張する中で深い思考を張り廻らせろというのは無理な話だった。
「……女性に酷という理由は良くわかりました。……アイン、大丈夫ですか?」
「――だいじょばない」
アインはそうとだけ呟き、真っ赤な顔で涙目のまま目の前の男を睨みつけていた。
それでも相手から目を離さないのは、武官として、騎士としての誇りである。
「……戦う時は私が戦います。その時は周囲警戒を」
「ありがと。お願いします本当に……本当に……」
そうアインが返した瞬間、目の前の男は何かに頷く動作をし、そして槍を持ったまま……突然踊りだした。
謎の原始的な踊りはくるくるとその場で回りながら躍動的な踊りを見せつける。
ただ……踊り以上に男のシンボル(直接的比喩)がやたら立体的に暴れまわり目について仕方がない。
何とか顔や武器に視線を集中させようとするのだが、その予想外な踊り方のせいでどうしても視線のロックオンが最悪の位置に行ってしまう。
リオですらそうなのだから、アインにとっては地獄絵図となっているであろう。
「……うぷ。私ちょっと吐きそうになってきた」
「奇遇ですね。私もです」
二人は顔を背けたいのに背けられない地獄を味わいながら、謎のダンスを見続けさせられていた。
妙に長く感じたが、実際の時間は十秒そこらだった。
そして踊り終わった後に、おそらくダンスの締め部分なのだろう。
男は野太い声で叫びながら盾を振りまわす。
そして次の瞬間、男の盾と兜がぼっと音を立て突如として燃え上がった。
「は?」
「え?」
茫然とする二人を前にして、男は槍と燃え盛る盾を天に向けた後叫び声を発し、そして槍と盾を構え――一直線に襲い掛かってきた。
迷彩模様のメイクをした顔、燃える兜と盾、そして聳え立つ股間のモニュメント……。
そんな男が甲高い奇声を上げながらリオに襲い掛かってきている。
自分にではないとわかっていも、それでもアインの脳内は絶叫を上げ、悲鳴を上げ狼狽えていた。
処理できない情報量と羞恥、そして恐怖により――アインは混乱の限界に達し現実でも悲鳴を挙げていた。
「いやああああああああああああああああああああああああ!」
叫びながらアインはリオの背中を引っ張り、その場から一目散に逃げ出した。
一瞬でも早く男から逃げる為に、そしてその光景を忘れる為に……。
「キィエエエエエエエエエエエエエエエ!」
「ぎゃあああああああああああああああ!」
追い掛けて来る男の奇声に対抗しアインも女を捨てた悲鳴を上げ逃げる。
リオが静かなのは単純に混乱しすぎて何をして良いのかわからなくなったからだ。
今は引っ張られた事が影響し、アインの横で逃げるという選択肢を取っていた。
逃げ続ける二人に追いかける変態。
その結果、夜中の山をにぎわす最低の鬼ごっことなってしまった。。
結果だけを言えば……アインは昼間にリオの鬼ごっこ講座を軽くでも聞いておいて本当に良かったと……心からそう思った。
ありがとうございました。




