5話 二人目の騎士
領主としての勉強、の前に一般常識の勉強をヨルンに教わりながら、ヨルンの目の前で書類の判子押し。
そんな日々をひぃひぃ言いながら過ごしている時、遂に待ち望んでいたことが起きた。
フィーネに頼んでいた二人の武官の増援。そのうちの一人がこちらに到着したと、メイドから報告があった。
今はまだ門の外に待っているらしいから、歓迎の意を示す為にも、プランとヨルン、ハルトは館の入り口に走った。
二人の武官のうち、一人は女性でクリア神の信者。もう一人は男性で特定の宗教に加入しておらず、生真面目な性格と聞いている。
館の扉を空け、外に待っていたのは馬を連れた男性だった。
その男性は、三人に気付くと、プランの前まで来て、跪き、話し出した。
「ご当主様初めまして。私の名前はリオ。姓は捨てました。故にただのリオ、または騎士リオとお呼び下さい」
丁寧な対応。これにどう対応したら良いかわからないプランは、とりあえずそれっぽく頷いておいた。
「ではこちらも自己紹介を。まず、ご当主のプラン・リフレスト様。そして私が文官筆頭のヨルン・アイスです。最後に武官筆頭、あなたの一応の上司に当たるハルト・ゲイルです」
ヨルンの言葉に、リオの前にハルトが反応した。
「は?俺が筆頭!?なんで!?」
リオがいることを忘れ叫ぶハルトを見て、ヨルンは頭を抱えた。
「騎士ハルト様。私の様な外部の雇われに筆頭を任せたら駄目だからでは無いでしょうか?」
ある程度事情を知っているのだろう。リオの正論に、ハルトはぽんと手を叩いた。ヨルンはまた、頭を抱えた。
「まあ、うちってこんな感じで軽いノリとか多いから、あまり上とか下とか無いゆるーい感じなの。仕事量以外は」
最後にぼそっと小さい声で呟くプラン。
「なるほど。了解しました。私も出来るだけそうなれる様、努力してみます」
難しい顔をしてそうリオは言った。どうもうまく伝わってないらしい。
「そんなに深く考えないで、適当に自分が一番良いと思うようにしよ?」
リオは跪いたまま、首を縦に動かした。
「とりあえず、中に入って詳しい話をしましょう」
ヨルンの言葉に、頷き、四人は中に入った。
中に入り、客室でプランはリオと二人っきりになってしまった。
ハルトは巡回に行き、ヨルンは軍備の資料だけ置いて、仕事に戻った。
そしてリオは、ヨルンに渡された書類を見て、冷や汗を掻いていた。
「馬は一頭、いえ、私が連れてきたので二頭ですね。兵士は十五人。常備兵無し。武官は一人。私を含めてあと二人予定。兵士の兵種は特に無し。兵士長無し……」
軍についてわからないプランだが、それが無い無いづくしなのはわかる。
「やっぱり厳しい?」
そう尋ねるプランに、リオは厳しい顔をすることしか出来なかった。
「どうしても無理なら、私が首にしたってことにするよ?もちろんこっちが悪者になって」
その言葉に、リオは首を横に振った。
「いえ。私は騎士でありたいのです。真の騎士なら最悪の逆境でも、逃げることはありません」
つまり、最悪の逆境と思っているらしい。プランは喜んで良いのか悲しんで良いのかわからなくなった。
「正直に言うと、荷が重いですね。全てに手を出すのはちょっと出来ません」
リオの言葉に、プランは頷く。
「大丈夫だよ。出来ることをしていけば、きっと何とかなる」
根拠も無いことを言うプラン。それにリオも頷いた。
「では、私に何をして欲しいでしょうか?私に何を期待しているのか、教えていただけませんか?」
その言葉に、プランは質問で返した。
「騎士リオ。あなたは逆に、何がしたい?」
微笑みながらそう尋ねるプランの姿に、何故かリオは目が離せなかった。
リオは騎士でありたいと願っていた。
騎士道とは、領主が間違っていない限り、領主に尽くす。
たとえ自分の命がなくなろうともだ。それがリオは騎士道だと思っている。
何でもする覚悟はあった。どれだけきつくても、どれだけ非道なことでも、それが命令なら実行する覚悟があった。
だけど、まさかしたいことを聞かれるとは思わなかった。
「何が出来るでは無く、したいことですか?」
リオの確認にプランは頷いた。
「うん。あなたが何を望み、何がしたいかを領主である私は、知る義務があります」
ふんすと偉ぶってそう言うプラン。
「私は、騎士道に殉じたいと願っています。忠義の騎士となり、誰かに仕え続けたいです」
それが自分の原風景だと、リオは思っていた。
「あなたの騎士道って何をすることか教えて?」
プランの質問に、リオは答えることが出来なかった。
確かに自分の中に騎士道はあるはずだ。だけど、聞かれても言葉に出来ない。
プランの質問は、興味本位やからかう為で無いと、リオはわかった。
本気で、自分のことを知る為に聞いてくれている。
だから答えないといけない。騎士道は何なのか。
だけど、その答えは考えるほどわからなくなっていた。
「先に私の願いを言って良いかな?」
困っていると判断したプランは、話を無理やり切り替えた。それにリオは頷く。
「ありがと。私はこの領地が大好き。だから皆に笑顔になって欲しいの。それが私の願い。もちろん、今度うちの武官になるあなたも含めてね?」
プランの言葉は、リオには衝撃的だった。
これまでの放浪の旅の中、色々な領主に会って来た。
民の命を願う人がいた。領地を大きくすることを願う人がいた。色んな領主がいて、それぞれ皆正しく、どれが悪いというわけでもなかった。
だけど、民を一括りにしない領主を見たことは、今まで一度も無かった。
その上、その守りたい人の中に迷わず騎士である自分も入れる。
それはリオの常識を軽く壊した。
言われて見たら当たり前だ。民は一人一人皆違う。
だけど、領主という立場になると、どうしても民を数字として見てしまう。
確かにそうすると発展するだろう。確かにそれは成功するだろう。
だけど、それは民を見ているとは言えない。
「だからね、あなたの好きなことを教えて。それを貴方に任せるから。その上で、他の人を笑顔にしてくれたら言うこと無し!」
リオは気がついた。目の前の笑顔の可愛らしい小さな令嬢は、天性の人誑しだと。
その手の人間には何度かあったことがある。その人なら、凄いことをしてくれるのでは無いか。その人についていきたい。
そんな気にさせる人種だ。
「私は、騎士道に殉じたいと思います。ですが、自分の騎士道が何なのか未だに見つかりません。なので、私のしたいことは私の騎士道を見つけることですね」
言葉にすると、すとんと胸に落ちた気がした。
騎士道がわからない。それを認められなかったのが自分だったのだ。何も変わらないが心は少しだけすっきりした。
「なるほど。カッコイイね!」
冗談でもふざけても無く、本気で言っているのがわかり、リオは少々照れくさくなった。
「あー。でもうち騎士っぽくない仕事多いんだよね。どうしよ?畑仕事とか大丈夫?」
リオは頷いて答えた。
「もちろんです。民の生活の要の畑、それを用意するのも騎士です。体を鍛えるのにちょうど良いですし」
「なるほど。後、建築とか町の修理とかは?」
「だ、大丈夫です。防壁貼りなど修理までは出来ます。流石に建築はちょっとわかりませんが。民の為の仕事なら覚えるのも吝かではございません」
プランはリオの答え一つ一つに、ぱーっと輝かんばかりの笑顔になっていく。
「じゃさ、じゃあさ、森林伐採したり漁業したり領地内歩き回って産業になりそうな物探したりとかどう?」
若干後悔しそうだが、リオは頷いた。
「その全てが民の為ならば」
プランは満面の笑みを浮かべ喜んだ。
「では、騎士リオ。あなたをリフレスト領の騎士に任命します。異存はありませんか?」
その言葉に、跪いてリオは答えた。
「この命に代えましても」
そうして、プランの手の甲に口付けをした。
「ふふ。もう少し雰囲気のある場所でした方が良かったかしら?中庭とか」
嬉しそうに言うプランに、リオは微笑んで返した。こうしてみると、年相応にしか見えない。
そんな中で、リオは一つある事実に気付いてしまった。
「あの。さっき言った内容が武官の仕事ですよね?」
プランは頷いた。
「あの、それを二人でするのですか?十人いても足りないと思うのですが?」
その言葉に、プランは首を振る。リオは安堵した、そりゃあそうだ。こんなに仕事があるわけが無い。
「二人じゃないよ。今度来る人と合わせて三人でするんだよ?」
プランの言葉に、リオの表情が固まり、徐々に青くなる。
「地獄も生ぬるい仕事の山にようこそ。あなたの活躍を期待します」
プランの笑顔は、リオには別の意味に見えた。
今までの天真爛漫な笑顔と同じはずなのに、その笑みは地獄に誘うような。酷く冷たいものに感じた。
「ところで質問、よろしいでしょうか?」
リオのその言葉に、プランは頷いた。
「良いですよ。何?仕事は減らないよ?」
「いえ。そうでは無く、兵士がいるではないですか?」
プランは頷いた。
「その兵士達に、知識を教えて、いくらかの業務を任せるのってどうでしょうか?私ある程度は教導出来ますよ?」
その言葉に、プランはリオの肩を強く掴んだ。
「我々は、君の様な人材を待っていた!」
そのプランの言葉は、今までのどの言葉よりも実感がこもっていた。
ありがとうございました。