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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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2-20話 敬愛が故のトラジコメディ2

 

「そう言えば、風の噂でプランさんにとんでもない事があったと聞いたのですが……どうですか?」

 ティフリスの言葉にプランは渋い顔をした。

「……お隣さんが襲い掛かってきた事ならぶっちゃけ詳しい話わかんないよ?」

 アデン男爵領の事を尋ねていると考えたプランはそう言葉を返した。

 ちなみにその時のプランは難しい話を全てヨルンやハルトに任せ、敵味方かかわらず延々と怪我人の治療からリハビリを行っていた。


「いえそれについては何もありません。そちらの筆頭文官が詳しい資料を提出してくれましたのでほぼすべて把握しています」

 ティフリスがそう言葉を返すと、プランは首を傾げてリカルドの方を見た。

「……他に何かあったっけ? 貧乏なのは何時もの事だし、武官が増えたのはウチ的には大事だけどブラウン子爵領からすれば別に……」

「……何かあったっけ?」

 二人はそう言いながら、揃って首を傾げた。


 去年起きた最大の出来事と言えば前領主ダードリー・リフレスト死去なのだが、これについては色々な意味で禁句となっているのでそれを言い出すとは思えない。

 であるならば、二人は他に何かあったのか全く思い当たらなかった。


「んー。まあ噂ですからねぇ。人型の話す妖精なんておとぎ話そんなあるわけないですよね」

 そう言ってティフリスが微笑んだ瞬間、プランのポケットに入っていた石がガタガタと震えだした。

 ――あー。そっか……このことかぁ……。


 自分にとっては当たり前となっていた為、ティフリスどころかブラウン子爵にすら紹介することをすっかり忘れていた大切な友人。

 毎日夜にお話しするプランのお友達、プランの契約妖精、エーデルワイス。

 プランのポケット内にある妖精石の中からワイスは石を震わせ己の存在をアピールしていた。


 このアピールの理由は妖精の本能のようなもので、ぶっちゃけて言えばただの悪戯心である。

『今このタイミングで出ていけばきっと驚くだろう』

 たったそれだけの事だが、妖精にとってはこの悪戯心の割合が多く、悪戯という行為は妖精にとってとても大切な事だった。

 そんな友人であるワイスが何をしようとしているのか察した上で、プランはそんなお茶目な友人を解き放った。


 驚かせたい、悪戯したい。

 その気持ちはプランにとって良く知った馴染みの気持ちで、そしてプランも大好きな気持ちだった。




 エーデルワイスは普通の妖精ではない。

 妖精は賢い小動物くらいの知性があり悪戯をするのが好きというのが常人の見解である。

 それが人の言葉を理解して話すというのは妖精の領域から足を踏み出していると言っても良い。

 神様に対して少々不遜な言い方ではあるが、他の妖精よりも神に近いとすら言えるだろう。

 人と同じ肉体を持ち、言葉を解し膨大な知識を抱え持った上、元いた妖精界の事を全て覚えている。

 そんな存在はおとぎ話で英雄に従うよう書かれているくらいで、実際に見た者は誰もいない。

 そのくらい希少な存在だった。

 と言っても、たまたまプランと波長があっただけで別に英雄だとか伝説だとかそんな話は一切なく、ワイスがここにいるのは百パーセントただの偶然である。


 そんなワイスを、プランは魔力消費が多い『本来の姿』のままティフリスの目の前で召喚した。


 眩いばかりの白き光が部屋に広がり、部屋の中なのに渦のような風が巻き起こる。

 目がくらむような神々しい光の中央からバチバチと何かが弾けるような音が響き――光と風、音が消えたその場所には足が地面についていないふわふわと揺れながら浮いている美しい女性がいた。

 光のようなドレスを着てその上から赤いローブを羽織り、優しい微笑みを浮かべながら金色こんじきの髪を靡かせる。

 その姿はまるで、神のようだった。


 ちなみに、光も風も音もただの演出で赤いローブもただの箔付けである。




『初めまして人の子よ。私の名前はエーデルワイス。大いなる神、妖精神ベルの側近、神の代弁者です』

 妙に反響して響き渡る声が部屋中に響き渡り、ワイスは神聖さを溢れさせながら微笑んだ。


 ――やりすぎじゃね?

 そんな事を考えながらプランはワイスの方に目を向ける。

 優雅な笑みを浮かべながらティフリスの方を見ているが、プランにはその顔はただのドヤ顔にしか見えなかった。


 ……。


 …………。


 ……………………。


「……ねぇプラン。この人、気絶してない?」

 全く動かず一向に反応を見せないティフリスに対してワイスは気取った演技を止め、ティフリスの頬をぷにぷにと突くが、ティフリスは一切反応を示さない。

 目は開けているのだが焦点はあっておらず――それ以前に瞬きすらしていなかった。


「……これが普通の反応なのかな?」

 プランの呟きにリカルドは両手を開きお手上げのポーズを取った。

「わかんね。きちんと教育を受けた人にとっては凄い事なんじゃね?」

「なのかなー」

 そう呟き、プランは何と言って謝ろうか悩みながらティフリスを揺さぶった。




「うん。事情はわからないけど歴史の生き証人になれたのはわかった」

 目を覚ました後事情を説明したプランに、ティフリスは若干興奮した様子でそう答えワイスの方を見つめた。

「大した事ないんだけどなー。あ、魔力もったいないから戻るねまた何かあったら呼んで。あとそこの人、やりすぎてごめんね。お詫びは今度必ずするから」

 そう言ってワイスはさっと引っ込んでいった。


「……それで、伝説たる存在の特別な妖精を私に見せに来て下さったのでしょうか?」

 ワイスが去ったことが残念だったのか、少しだけしゅんとした表情でティフリスはそう尋ねた。

 その瞬間、プランとリカルドは忘れていた本題の用事を思い出した。


「あ、ううん! これは本当に何も関係ない事なんだけど……今起きてるブラウン子爵の事、どのくらい知ってる?」

 プランの言葉にティフリスはまゆをひそめ、周囲をきょろきょろと見回した後カーテンを閉めた。

「失礼、監視があるかもしれないので……。さて知っている事なのですが、我が敬愛すべき父グルジア・ブラウン子爵が脱税、横領等の容疑で捕まった――のですが、父は間違いなく無実でしょう」

 その言葉に二人は頷いた。

「はい。その高潔なる精神に加えて尋常じゃない手腕、そして中央との直接のコネクション。横領などする必要がないのです。なので誰かの罠にかかったと考えるのが普通でしょう」

 その言葉に二人はガディアの事を思い浮かべながら――確かに頷いた。


「ここまでが私の知っている事で、ここからが推測が混じるのですが……まず無罪になるという事はないでしょう」

「えっ。どうして?」

 プランの質問にティフリスは残念そうにつぶやいた。

「私がもっと早く気づいていれば別だったのですが……。相手は誰かわかりませんがとにかく迅速に行動されてしまい……正直に言えば既に手遅れで取れる手段がありません」

 黒幕の思い通りに事が運んでおり、抵抗する手段であるブラウン子爵と財政を管理していた文官全員が捕まってしまっている上に、日数の猶予がもうほとんどない。

 そして今はいないがティフリス自体にも監視がついているらしく、ティフリスは領主代行という立場ながらブラウン子爵救助の行動がとれていなかった。

 ティフリスが行動出来るようになるのは最短でも、裁判が終わってからだった。


「というわけで死刑になる事はないので私は裁判が終わって有罪になった後悪あがきをしようと考えているところです」

 若干諦めたような表情でティフリスはそう呟いた。


「……あんまり希望を持たせるのは何だけどさ……もしかしたら……もしかしたら無罪を勝ち取れるような逆転の方法があるかもしれない……って言ったらどうする?」

「領民と領地、父への名誉以外でしたら、私が出せるものは全て出しましょう」

 ティフリスは無表情で間髪入れずそう答えた。

 その様子は文字通り、何でもやりそうな決意に満ちた表情のようにプランは感じた。


「いや可能性がある……ってくらいなんだけどね……。確証も何もないし」

「それでも、一筋の光に命を賭けるくらいは今私は困ってますよ。私に何をして欲しいんですか?」

 ティフリスは二人の事情もその内容も聞かず、最初に二人が要求したい事は何なのか尋ねた。


「……酷く残酷で……無茶な願いだとわかってるの……」

 プランは険しい表情で、そして若干顔を歪ませながらそう呟いた。

「構いません。父の為ならどれだけ苦痛であろうと、どれだけ恥を掻こうと、私は構いません」

 最初から覚悟を決め切っているティフリスはそう答え、プランはその『無茶な』お願いを伝えた――。

「リフレスト領に文官を……五……いえ四人派遣してほしいの」

 そんなプランの言葉を聞き、リカルドは苦悶の表情を浮かべた。




 逆転の一手、そのキーを握っている者の名前はヨルン・アイス。

 リフレスト領の筆頭文官である。

 プランにとっては身内自慢のようになるが、ヨルンの能力は非常に高い。

 並の文官であるなら十人分くらいの仕事は軽くこなす。

 そんな彼が、正しくは彼が用意する書類が逆転の一手にはどうしても必要不可欠だった。


 その為にヨルンに仕事を止めてこっちに来てもらう必要があるのだが、現在ヨルンが抱えている仕事を代行してくれる人がいないと、今度はリフレスト領が悲惨な事になってしまう。

 文官が一手ミスをすると領が崩壊する。

 そんなことが毎日のように起きて、それが何年も続いているのが、リフレスト領の文官事情だった。


 リカルドとプランは自分達の生活から知っている事がある。

 文官という生き物は非常に稀有な生き物でなかなか見つからない。

 そして、彼らが地獄を経験してくれているおかげで今の生活が出来ているという事を――。

 だからこそ、『文官を貸して欲しい』という願いが非常に恐ろしく、そして浅ましい願いであるとプランは理解していた。

 そして、そんなプランの願いを聞き、ティフリスはそっと首を傾げた。


「…………へ?」

 素っ頓狂な声を挙げるティフリスに、プランは余りに辛くなり目を背けた。

「くっ! わかってるわそんな驚いた反応をしなくても無茶な頼みだって事くらい……でも、そうでもしないとウチもマズイの……」

 そんなプランの様子にティフリスは更に首を傾げた後、立ち上がって背後にある赤い背表紙の本を取りめくりながら呟いた。


「――そうですね。現在七名の文官が今フリーになってますね」

 その言葉にプランとリカルドは首を傾げた。

 文官がフリーという言葉の意味がわからず脳がフリーズしかけているからだ。


「あと休暇中の文官が八名いますから、そちらも父の為なら動いてくれると思います」

 プランとリカルドは文官の休暇という今まで聞いた事のない状況が受け入れられず困惑していた。


「えっと……結局どゆこと? ごめん聞き慣れない言葉が多くてよくわからない」

 プランがそう尋ねた後、プランとリカルドは二人仲良く首を傾げながらティフリスの方を見つめた。

「……十五名の文官を派遣させられるという事です」

 その言葉を聞き、リカルドはあまりの格差に涙を流し、プランは自分の常識とこの領の常識とのギャップの違いに脳がオーバーヒートしていた。


「えと……ここで土下座すれば十五名送ってくれちゃったりしますかね?」

「あ、俺も土下座した方が良い? 軽い立場の人間だけど」

 そんな二人を見て、ティフリスは自分の領がいかに恵まれているのか、そしていかに父が偉大であるかを再確認した。

「いえ……文官は明日にでも派遣させる手続きを取っておきますので詳しい事情をお願いします」

「はい!」

 プランはびしっと片手をあげた後、今まであった事……ブラウン子爵の暗号の事から五年前の書類がヒントであると読み、それがリフレスト領に残されている事を説明した。

 ついでに、リフレスト領の文官の合計数が五人という事を聞き、ティフリスは哀れみの目を隣の領に向けた。




「裁判まで五日……いえもうすぐ今日は終わりますから実質四日ですね。ウチとリフレスト領は往復で大体二日から三日。ちょっと間に合いませんねコレは」

 ティフリスの言葉にリカルドは首を傾げた。

「間に合わないか? 日数に余裕はないが急げば全然問題ない範囲に聞こえたが……」

「はい。こちらから迎えに行って、文官ヨルンが書類を用意し戻ってくる。普通なら確実に間に合うでしょう。ですが……」

「ですが?」

「逃走防止という事で、現在この領から他領に向かう馬車は全て監視、管理されております……天秤伯に。なので確実に間に合いません」

 つまり、馬車の手配などは全て天秤伯の手の者が行う手筈になっているのだ。

 自分達は疑われていないし注目されていないから大丈夫だろう。

 そう言おうと思ったリカルドだが、街中でごろつきに襲われた事を思い出したら何も言えなくなった。


「せめてあと三日、いえ二日でも早ければ……あちらのしてくる遅延工作を含めても往復が間に合うのですが……」

 どんな妨害が来るか粗方予想出来るティフリスはぼやくようにそう呟いた。


 プランかリカルドが領に戻って説明し、ヨルンを連れて戻ってくる。

 妨害がなければ明日早朝で十分間に合う範囲ではある。

 だが、妨害がない事を想定するほど三人は愚かではなかった。


 悩んでいるティフリスを横に、リカルドはプランの方を見た。

「んで、何かあるでしょ? プランちゃん」

 プランは驚きながらリカルドの方を見た。

「え? どゆこと!? 何もないよ私」

 そんな手を横に何度も振って否定するプランを、リカルドは優しい瞳で見た。


「こういう一手足りない部分ってさ、いつもプランちゃんが何とかしてくれたからさ」

「……期待が重い」

 プランがそう呟くと、リカルドはウィンクをして見せる。

「信用の証だよ」


 その言葉にプランは苦笑いを浮かべ、小さく溜息を吐いた。

「私には作戦とか悪だくみとか、そんな難しい事は無理よ。でも、悪戯だったら案外得意なのよね。あ。砂糖とか借りて良い?」

 そう言いながら、プランは足りない日数を解消する悪だくみを二人に説明した。



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