2-18話 ジョーカー混じりのトッカータ
……思いつく事は全て試した。
レタラ中を回り切る事は出来なかったが、それでも主要箇所は大体回った。
冒険者ギルドや漁業組合など大手の施設から交易商人など広く情報を集めている人に話しかけていった。
疑われる事も覚悟で天秤伯ガディアにも再度話を聞きに行った。
笑顔で了承してくれたが、特に目新しい情報は得られなかった。
ブラウン子爵だけは裁判の準備で護送されており会えなかったが、それでも思いつく限りの手段を持って情報をかき集めた。
だが、新しい情報は何一つ得られなかった。
裁判まで――残り五日。
プランの中にある募りに募った焦りは現状への不満に変わり、珍しくイライラした様子を見せていた。
リカルドの方もそんなプランに安易に声をかけられず、二人いるのに無言の時間が増えていく。
いつぞやの快適な時間とは違い、ピリピリした見てる方の胃にダメージを与えるような、そんな無言の時間――。
そんな二人を見て、限界に達しブチ切れた男が一人、ここにいた――。
「あんたらがドンだけ真剣にがんばってくれてるのか、それはわかるけどよぉ……楽しく飯も食えねぇようになるほど苦しいんだったら、全部止めちまえ!」
突然、館の通路で説教を始めた男の名前はラウ。
ブラウン子爵お抱えの料理人で、この館の料理長である。
ラウにはこの館内限定で、宮廷道化師と同等の特権が与えられていた。
つまり、何を言っても何をしても、彼を罰則する事を出来る者はいないという事だ。
権力に対する完全なフリーパスを持つ代わり、ブラウン子爵と侯爵以上の者は法律関係なく、彼をその場でたたっ切る事が許されている。
つまり、侯爵とブラウン子爵を除くとラウは誰とでも対等な話をすることが出来た。
「……すみません料理長」
リカルドの謝罪に合わせてプランも申し訳なさそうに頭を下げる……が、ラウの怒りは収まらない。
「俺に謝ったって意味がねーだろーがよ! 大切な事はたった一つ、飯が美味く食えるかどうかだ。それ以外はどうでも良い些事でしかねー。飯が美味いなら何でも割とうまくいくし、飯が不味く感じるなら何をしてもダメダメだ。わかるか?」
無茶苦茶な理屈のようであるが、ラウの場合はあながち間違いではない。
料理に命を賭けているラウの料理を美味しく感じないほど切羽詰まって追い詰められてしまったならば、それはもうどんな事態でも好転することはないだろう。
そんなラウの叱咤に更に落ち込む二人。
それを見て、ラウは溜息を吐いた。
「だからさ、落ち込む前にすることがあるだろ。今日の夕飯は特別なメニューを出してやるからさ……気持ちを入れ替えとけ」
そう言ってラウは一人、厨房に戻っていった。
「……ごめんねイライラして」
プランの謝罪にリカルドは首を横に振った。
「いいや。俺こそ、何もしてあげられなくてごめん」
「ううん。というか私がイライラしたり八つ当たりしたら怒っても良いからね?」
「――難しいなぁ。俺はちょっと弱みがあってねぇ……」
そう呟くリカルドに、プランは何も言い返さない。
何の弱みなのか尋ねるほどプランは野暮ではなかった。
二時間後、主が不在となった食堂に招かれ何時もの様に夕食を頂く二人。
多くのメイドにより厨房から届けられる熱々のメニュー。
今回は何時ものようなコースと違い、最初に全てテーブルに並べられた。
スープとパンにサラダ、そして分厚いステーキ。
このメニューを知らない者はここにはいない。
料理長ラウが最も気合を入れるメニュー、それはブラウン子爵が最も気に入っている食事メニューである。
「あー。そうだよな。料理長にとって一番特別なメニューだよなぁ」
リカルドの呟きに配膳しているメイドの一人がにっこりと微笑んだ。
「はい。ちなみにこれを出す時は私達も裏で同じ物を食べています。その代わり、御当主様ご自慢のお話を聞かせていただかなければならないですが」
そう言ってメイドは苦笑を浮かべた。
皆が知っているブラウン子爵の好物であり、皆がその自慢話を耳にタコが出来るほど聞いているメニュー。
目の前に並べられた料理を見てを見てプランは満面の笑みを浮かべた後、はっと気づいた表情を浮かべ、酷く真剣に料理を睨みつけた。
「……どしたプランちゃん?」
「――リカルド。前のメモ出して」
「いや、食べた後で――」
「今すぐ! ハリー!」
「はい!」
怒鳴るプランの声に反応し、リカルドはダッシュで部屋に戻り二人でいた時に書いたメモを全て持ってプランに差し出した。
「メイドさん。料理長呼んでくださいませんか?」
メモを繰り返し読んだ後プランはメイドにそう尋ね、メイドは頷いた後厨房に消え入れ替わりにラウが姿を現した。
「はいはい。追加注文で?」
忙しそうな様子のラウに、プランは微笑み一つ、お願いをした。
「すいません。料理長の好きなメニューの解説を詳しくお願いできませんか? 出来たらブラウン子爵の良く言っていた自慢話風に」
そんな良くわからない質問を、ラウは胸をドンと叩いて快諾した。
ラウによるブラウン子爵っぽくねちっこくながったるい料理談義を聞きながら食事をする二人。
どうしてこんな事を頼んだのかわからなかったリカルドだったが、その理由はすぐに理解出来た。
以前軟禁されていたブラウン子爵が言っていた自慢話と今回の話で大きな差異があったからだ。
出来の良い場所を調べて取り寄せるシンプルなパンとサラダ。
国の中央、侯爵領にある肉の最高級品を取り寄せる。
それに上質な黒コショウを自分の手でミルを使いたっぷりかけてから食べるのが好きだと。
「……黒コショウがお好きなんですか?」
プランの質問に、ラウは軽く黒コショウをプランとリカルドのステーキに掛けながら微笑んだ。
「俺としてはこれくらいがベストだと思うんだけどね、当主様はがっっっっつり黒コショウをかけるのが好きだったぜ。拘りと言っても良いなアレは」
それを聞いてプランとリカルドは微笑んだ。
「ああなるほどなるほど、あの時はわざとコショウの話をしなかった。つまり、クロだったという事か!」
リカルドは大口を開けてステーキを乱暴に食べ、そう口にした。
「おっ。良い食いっぷりだね。当主様そっくりだ」
ラウの言葉にリカルドは微笑み、そしてプランはソレを真似しないよう小さく切って口に運び、ゆっくりと咀嚼する。
「ねね。他にない? 料理について」
「あん? ステーキに関してはこれだけだな。パンとかサラダについては毎回違うからなぁ……」
そう言ってラウが首を傾げていると、厨房からメイドの一人がグラスとワインを持って現れた。
「もう一つあるじゃないですか。御当主様の話で肝心の部分が」
そう言いながらメイドは、リカルドの前にグラスを用意しワインを注いだ。
「ありがとう」
そう言ってメイドに微笑みを向けた後、リカルドはそっとワインを一口喉に流し込む。
そのしぐさが妙に絵になっている事実が、プランは何となく悔しくて腹立たしかった。
「……んー。んん? なあ、確かに美味いんだけどさ。前俺が貰ったワインの方が美味くなかった?」
その言葉にメイドは頷いて満面の笑みを浮かべた。
「お見事。その通りです。こちらの物は前渡した物よりも熟成が進んでいませんからね。ですが、それこそが御当主様が愛した物そのものなんですよ」
そう言った後、メイドは咳払いをしてブラウン子爵の物真似を始めた。
『そしてこの最上級のステーキに合わせて私が飲むのは、この都市で生まれた五年物のワイン。確かに肉に比べたら相当格落ちする。しかし、この五年間、ここで何があり、どう皆が生きたかがこのワインには込められている。そしてもう一つ。この五年で中央の肉にどれだけ追いつけたか。そしてあと何年で中央と同等なまでに皆を豊に出来るか。そんな思いを馳せるには、この都市生まれの五年物ワインが最も適しているのだよ』
そんなメイドの言葉に、プランは領主としてはるか上にいるブラウン子爵の言葉の深みと、そして軟禁中内密に伝えたかった事を正しく理解した。
黒コショウを避けた話題に加えて暗号を作った意味、つまりクロであるという事。
誰がというのは無粋な話だろう。
そして五年物ワインの話題を避けて話したその意味、つまり五年という年月を伝えたかったという事。
ただ、まだその意味まではわからないが――。
プランは考えるのを一旦止め、真剣に料理に向き合った。
考えるのは後でも出来るけど、出来立ての料理は今しか食べられないからだ。
プランを見て同じように食事に集中するリカルド。
そんな二人を見て、ラウは満足そうに頷き二人がやる気になるよう、二人に未来を託すようデザートを用意しに厨房に戻った。
「個人的な感想で言えば……これは全ての頂点だね。今まで食べたデザートの頂点をはるかに超えた味だわ」
プランは用意されたデザートのアイスを幸せそうに食べながらそう呟いた。
とろんとした表情で満面の笑み、そして幸福オーラを吐き出し続けるプラン。
ほっぺたが落ちそうな顔というのはおそらくこういう顔だろう。
「……確かに美味しいけど……俺的には前のミルクアイスの方が美味しかったかな」
リカルドは困惑した表情でそう呟いた。
用意されたのはほのかに緑色が混じった半シャーベット状のアイスクリーム。
つまりペパーミントのアイスである。
それに線状のチョコがかけられた見た目鮮やかなチョコミントアイスに、プランは大変感動していた。
「んー。この味がわからないなんてリカルドっておこちゃま舌なのねー」
子供舌の癖にプランはそんな事を呟き、リカルドは苦笑いを浮かべる。
「はは。味覚はどうやら保守的らしくてね。といっても、美味いのは美味いんだけどな」
そう言ってリカルドは口にスプーンを放り込む。
味覚が困惑する感覚とすーっとした感覚が広がり、アイスの優しい甘さとチョコの濃厚な甘さが順に広がる。
確かに美味いのは確かなのだが、どうにも受け入れにくい味だった。
「んでさ、メイドさん。五年前って何か変わった事あった?」
リカルドはスプーンを口に加えながらメイドにそう尋ねた。
行儀作法に関してはもはや誰も咎めない。
美味しく感謝して食べるという事さえ守ればそこまで口煩く言わないのがブラウン子爵流マナーである。
「……えっと。この領では特に変わった事はなかったですよ」
メイドは酷く言い辛そうにそう口にした。
「……えっと、何かあった?」
プランがそう尋ねるとメイドはびくっとした様子をしながらそっと目を反らす。
「えっと、まあ……その……」
そんなあからさまな様子を見てから、プランはぽんと手を叩いた。
「あー。そっかそっか。ごめんそりゃ私の恥を私の前で言えってのは非常に言い辛いよね」
「あん? プランちゃん、何かあったの?」
リカルドの質問に苦笑いを浮かべプランは頷いた。
「うん。というか、ウチの領が今以上に危機になってガチで滅びかけた」
そうプランはメイドに申し訳なさそうに言った後、詳しい話を始めた。
五年前、ノスガルド内で様々な事が同時に起こった。
元々隣接していた二国と戦争をしていたノスガルドだが、ディオスガルズとの戦局の悪化が原因となりもう一国戦争をしていた国家と停戦を結んだ。
それによりノスガルドとの戦局が更に悪化し、他様々な要因がぐちゃぐちゃに交わり内乱だったり横領だったり権力争いだったりが表に一度に出てきた。
と言っても侯爵領は依然権力を誇示し、内乱や反乱を全て武力を持って封殺し、戦局を固定化までさせた為大きな問題にはならなかった。
その代わり、国家にとって末端と言える木っ端貴族の貧弱領主であるリフレスト領はその混乱に大いに巻き込まれた。
国にとっての手足とも言える辺境の弱小領は、ゴタゴタにかかわってないにもかかわらず巻き込まれ、財産難、食料難となった。
更にタイミングが悪い事にその年は異常なほど食料が不作だった。
中央からの支援も期待出来ず、今年一年過ごす食料の半分も満たない生産量となったリフレスト領。
端的に言えば、詰んでいる状態である。
それも、今のように来年、再来年に怪しいという次元ではなく、二季後には大量に餓死者が出るという一刻の猶予すらないという緊急事態である。
当時は今ほどブラウン子爵領と密接な関係でなかった為、リフレスト領の領主ダードリーは、酷く悩んだ。
ブラウン子爵くらいしかこの辺りで援助してくれそうな人も、援助出来そうな人もいない。
だが、その為に用意する捧げものが思いつかない。
自分の命と、最悪息子であるミハイルの身柄や命までは出せる。
だが、それだけで援助を引き出せるとは到底思えない。
だからこそ、何か差し出せるものはないか悩んでいる時、当時十一歳だったプランが呟いた。
『じゃあ私を差し出せばいんじゃない? 若いし女だし何かに使えるでしょ?』
自分の身がどうなるかわかった上で、プランはそうアドバイスした。
確かにプランは領主としての教育はちゃんと受けていない放蕩娘ではあった。
だが、自由に暮らし村人と共に生活したプランは、領民と多く接してきたが為に領主が何をすべきで、どれだけ覚悟を持つべきかを正しく理解していた。
領主とは、領民を生かす為の道具であり、領主の娘である自分も道具の娘であり道具そのものである。
その考えに乗っ取り、プランは自分の身が女で幼いという価値を見出しそれを利用しようとした。
ダードリーも他に選択肢が思いつかず、プランの提案を受け入れた。
その時ダードリーは、己のあらゆる感情を殺し無表情となっていた。
ダードリーはブラウン子爵領に向かうと土下座してブラウン子爵に事情を話し、己と息子、娘の身を全て自由にするから領民を助けて欲しいと願った。
結論で言えば、その提案にブラウン子爵は非常に困った。
ブラウン子爵はドが付くほどの善人だからだ。
悩んで、悩んで、必死に悩んだ結果ブラウン子爵の中で一つの結論が出た。
『そうだ。うちの息子とプランちゃんが婚姻関係になればリフレスト領に正式でかつ公的に援助する事が出来るしプランちゃんの覚悟も無駄にならないぞ』
ブラウン子爵はそう思い、急遽自分の息子にプランとのお見合いの場を用意した。
そして、身命の賭していったプランの覚悟は、ブラウン子爵の息子による『趣味じゃない』の一言により、軽々と粉砕されることとなった。
そこから、ブラウン子爵の苦労の日々が始まる。
当然の話だが、リターンもないのに他者に無償の支援をする領主など存在しないし、いたとしてもそんな人物は領主として生きる価値はない。
その領の財産は領民の財産でもあるからだ。
それを何も考えず他所にばらまくような選択肢など、あるわけがない
だからこそ、ブラウン子爵がリフレスト領を助ける為に使えたのは己の肉体と、ポケットマネーだけである。
ブラウン子爵は自分のポケットマネー全てを使って自分の部下である文官を雇い、共にリフレスト領に向かった。
直接的な食料支援が出来ない代わりに、文官としての仕事働きで問題を解消しようとしたのだ。
ブラウン子爵に見捨てるという選択肢はなかった。
隣の領が危機で、領民が大量に死ぬからほっとけないというのもあったが、一番の理由はプランである。
あんな小さな少女が、己を犠牲にする決意を――覚悟をした瞳をしていた。
それがブラウン子爵にとって、何よりも我慢が出来ない、絶対に許してはならない事だった。
たったそれだけの理由で、ブラウン子爵は一年のうち三季以上もの間リフレスト領の文官として過労死寸前まで働き……そして見事一年で問題を全て完全なまでに解消した。
そして今後似たような事があった場合の為に、リフレスト領の保護に近い同盟関係を結んだ。
強い感謝を思い出したのか、言葉を紡ぎながら若干涙ぐむプラン。
己の領主の素晴らしい点を聞き嬉しそうに微笑むメイドと胸を張って自慢げな料理長ラウ。
そして、首を傾げるリカルド。
「ガチの偉人である事は理解したよ。んでさ、ブラウン子爵は軟禁されていた時、結局何を伝えたかったんだ?」
…………。
そんなリカルドの一言に全員が顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「もう少し考えてみよう。ね?」
リカルドがプランに叱るようにそう言うとプランは頷き、まゆをひそめながら難しい表情でうなりだした。
「んー。んんー……うーん。んんんー」
考えて、考えて、必死に考えて……何かを閃いた表情を見せるプラン。
「あ……。あーもしかして」
「ん?」
「いや、五年前、ずっとウチに居てくれたじゃん。ブラウン子爵」
「ああ。そういう美談で、偉業の話だったな」
「だからさ、ウチにブラウン子爵がずっと滞在したって記録残ってるのよ」
「ああ。そりゃ領主様が他所に滞在した場合記録くらい残るよな」
「んでさ、ウチに滞在して文官の仕事をしながらでもさ、領主としての仕事もしないといけないじゃん?」
「そりゃそうだ。領主の書類仕事ってたくさんあるもんな」
「領主の仕事を他所の領でするのってぶっちゃけありえない事態なのよね。中央も想定していなかったのか、めっちゃ沢山の手続きがいるの」
「俺にはわからんがわかった。それでつまり?」
「だからその時、他領の領主がウチにいたという記録からソコでどんな書類を書いたかの使い書類、更に実際の書類は提出用を含めて写しで合計四部用意しないといけなかったの。つまりさ……その当時の写し、全部ウチの領に保管してあるのよね」
その言葉にリカルドは頭を抑えて困惑したような表情を浮かべた。
「……すまん。簡潔に頼む」
「ブラウン子爵の伝言は、五年前の写しを持ってこいっていう可能性が非常に高いです」
「おっけー」
そう返し、リカルドはメモに追加の記述を書き足し始めた。
・黒コショウを隠しての話の為ブラウン子爵の伝えたい事、ガディアは黒である。
・五年前の事を隠しての話の為ブラウン子爵の伝えたい事、五年前の資料をこっちに持ってきて欲しいという可能性が高い。
おそらくだが、これが答えだろう。
二人はミントアイスを完食し、両手を合わせて頭を下げ、メイドと料理長に感謝を告げた後移動した。
目的は、現在この領で最も権力の高い人の元である。
ありがとうございました。




