4話 創造神クリア教の司祭、メーリア
宗教と言うとこの世界では六神教を意味した。
それはなぜかと言うと、今の世界を築いたのがこの六柱だからだ。
少なくとも、そう信じられていた。
四柱の世界を創造した神に、世界に楽しみの概念を作った二柱。
それら六柱の神は、意外にも身近な存在だった。
人を配下にする。ただし、たった一血統のみだが。
神託を残す。人を救うこともあれば、人に命令を下すこともある。
そして、偶にだが、熱心な自分の所だけの信者に、神は言葉や、道具、能力を託すことさえあった。
六神曰く、世界は創造神から始まった。
まず、創造神が地上を創った。それにより、世界は光で満ち、様々な生物が誕生した。
ある日、獣に襲われた人が救いを願った。
そこから狩猟神が誕生した。
そして、人は獣を狩る力を手に入れた。
ある日、人と人が争っていた。その争いは誇りも何も無く、ただ醜いだけの争いだった。そのあまりの醜さに見ている者が誇りある戦いを願った。
そこから闘争神が誕生した。
名誉ある戦いを人が知り、人は戦う力を手に入れた。
ある日、母が飢える子を救いたいと願った。その祈りから、豊穣神が生まれた。
人は、自然の恵みを受け取ることが出来るようになった。
この四柱の話が、世界創造の原点である。だからこの四柱が世界でも人気が高かった。
四柱は正義と考えられていた。純粋に人の為の神だからだ。
だが、残り二人はそうでは無い。邪で、ある意味神らしい遊びの部分が存在する。
だからこそ、世界に必要なのだが、それでも四柱に比べられると下に見られ多少ではあるが、差別もある。
『六神全て平等で等しく尊い存在である』
そう神託で言われたからこの程度の差別で済んだ。それでも、人である限り、差別は無くなることは無かった。
その中でも最初に出てくる、世界誕生の始まり、創造神クリア。
この神がリフレスト領のあるノスガルドという国では最も人気がある。
そんな、最も人気のあるクリア神の配下であるフィーネ。
その彼女は、教会を建てる費用を出し、その上司祭までリフレストに送ってくれた。
教会はまだ当分建つ予定は無かった。工事出来る余力も無いし、工事出来る技術も人も無いからだ。
それなのに、何故か司祭はフィーネが来てから一週間後に、リフレスト領に到着した。
そのまま、領主の館に住まず、挨拶だけしたらそのままファストラの村に移住し、今はボロ家に住んでいる。
ステンドグラスも無い、金属で出来たシンボルも無い。そもそも集団で話しをするスペースも無い。
そんな家に、宗教者として頂点に位置する人に用意していただいた人を住まわせる。
しかも、リフレスト領の状況なら一年以上教会は建てられそうに無い。
これは、創造神を大切にしていないと見られても仕方の無い状況と言えるだろう。
ここで、ヨルンはプランに領主としての仕事を頼んだ。
その内容は、わかりやすく言うと土下座で許しを貰うことだ。
来てくれた司祭に謝罪し、悪気は無いことをアピールし、お互いの望みを聞き状況をすり合わせる。
とても嫌な仕事だが、絶対に必要なことである。
司祭がファストラの村に来たのが一昨日。余裕が出てこちらに挨拶に来る前に、誠意を見せないとならない。
憂鬱な気持ちのまま、プランは司祭の家に行くことになった。
リフレスト領から片道一時間。遠くも無いが近いとも言えない。
ファストラはそんな場所に位置する。
プランは朝食を食べてすぐに出て、午前中のうちにファストラの村に向かい、目的の家の前に着いた。
村の入り口付近にある家。
ただの小さなボロ家。そこにはつりあわない看板が置かれていた。
『創造神教会』
その看板の隅に小さく、代理場所と書かれている。
それと、家の扉の上にクリア神の姿が書かれていた。
それ以外はこの村ならどこにでもあるただのボロ家だった。
本来なら絢爛豪華な教会で、優雅な時を過ごしているお方だ。
それがどれほどの屈辱で、どれほどの苦痛なのか想像も付かない。
申し訳無い気持ちで一杯になりながら、プランは小さくノックをする。
こんこんこんこん。
弱弱しいノックの音に、大きな声で「はーい」と反応があり、ドアがすぐに開いた。
「はい。クリア神の教会にようこそ。何か御用でしょうか?」
美しい女性が、ニコニコと満面の笑みでプランの方を見ていた。
「はい。すいません。領主の方から来ました……」
領主です。それだけが言いにくく、良くわからない言葉になってしまったプランに、女性は驚いた後家の中に招待した。
事前に見た資料によると、女性の名前はメーリア・ダルジーナというらしい。
腰まである長い金髪に整った顔立ち。宗教用の礼服の上に白いローブを羽織ったその女性は、同性であるプランから見ても、文句無しの美人だった。
村に来た瞬間、若い男が喜び駆け回った姿が目に浮かぶ様だ。
まあ、どうせこの村の男陣はビビりでチキンだから誰も口説いてはいないだろう。
「それで、領主様の関係者様でしょうか?」
椅子に腰掛けたプランに、お茶を出しながらメーリアは尋ねた。
メーリアはまだ一度も領主の屋敷に来ていない。だからプランのことも知らないのだろう。
「いえ。すいません変な言い方して、領主のプランです。ごめんなさい」
小さくなりながら、プランはそう呟いた。
「まあ。領主様でしたが。失礼しました。フィーネ枢機卿に紹介していただいたメーリアと申します」
にこにこと嬉しそうに、自己紹介をするメーリア。どことなく、独特の雰囲気がある。ぽやんとしていて、なんと言うか、見てるだけで癒されるような雰囲気だ。
「本題ですが、教会も建てられず、こんな小さなボロ家に押し込んでごめんなさい。少しでも生活を戻すことを希望するなら、私の館に来ていただいても構いません」
たとえ館に来ても、贅沢が出来るとはとても言えない。ベッドはあるしメイドもいるが、それ以外は村人と大差無いだろう。主に食事情とか。
それでも、プランには、他にメーリアにしてあげられることは何も無かった。
メーリアはきょとんとした顔のあと、元のニコニコ顔に戻った。
「ふふ。大丈夫ですよ。信仰に場所は関係ありませんし、それに、私この村好きですよ?だって皆優しいんですもの」
メーリアの言葉は真意かお世辞かわからない。それでも、プランはちょっとだけ嬉しかった。
「そうですか?全く贅沢出来ませんけど」
僅かに感じた嬉しさを隠しつつ、そう尋ねるプランに、メーリアははっきり言った。
「たとえ館に来いと言われても、別の領地で教会もあるし贅沢も出来るから来いと言われても、今の私はここから離れる気はありません。フィーネ様に言われたらどうしようも無いですけどね」
それはお世辞では無いらしい。メーリアから、確かな強い決意が感じられた。
「ですが、何が気に入ったのか教えてもらって良いですか?」
「良いですが、無理に敬語使わなくても大丈夫ですよ」
メーリアはふふと笑いながらプランにそう言った。
プランは少し恥ずかしそうにしながら、それに頷いた。
「ごめんね。敬語とか苦手でね。それで、どうしてこんな村気に入ったの?私は好きだけどさ」
「皆がですね。とても優しいんです。年齢も、性別に関係無く、来た瞬間から、私を村の一員として扱ってくれたのですよ?これって本当に嬉しいことですよ」
プランには、その気持ちが痛いほどわかった。領主の娘なのに、自分を村人と同じ扱いをしてくれたこの村が、プランは大好きだからだ。
「同じ理由だ。私もそうだったからこの村が大好きなの」
「ふふ。じゃあ、私達は似た者同士かもしれませんね」
見た目と態度と仕草は正反対だけど。プランはそう思ったが言わないでおいた。
全部が負けてることを、改めて口に出すのは少々空しすぎる。
「ただ、若い男性の方々は私の顔を見ないのですよね。私と話す時はそっぽを向くか上を見るんです。まあ、いやらしい視線を向ける人がいないのでそれだけで嬉しいのですが」
きっとこの村に来るまで、相当そういう視線を受けたのだろう。
メーリアの胸には、とても立派な二つの膨らみがあった。プランですら視線が行くくらいだ。
男なら視線が集中しても仕方が無いのでは無いだろうか。
そんな中で、無理やりとは言え視線を胸に集中させない村の若者を、プランは褒めたかった。
「うん。ごめんね。悪気は無いから許してあげて。私ですらつい見ちゃうもの。ちょっと、というかかなり妬ましいわ」
自分の少々かなしい胸部と比べ、プランは持たざる者と持つ者の差に苦しんだ。
「領主様はそのままで十分に可愛いし、これからまだ大きくなるじゃないですか」
「うう。その慰めが痛い……」
本気で言っているだろうから、プランはそれ以上何も言えなかった。
「それと、領主様って呼ぶのも大変でしょ?プランで良いわ。正式な場以外だと軽く行きましょう」
「いえいえ。領主様にそれは恐れ多いです」
プランの提案に、メーリアは首をブンブン振った。立場で言えば、フィーネと繋がりのある司祭のメーリアの方が上だが、一応は貴族だからだろう。
プランは少し寂しそうな顔をしながら、言い直した。
「敬語を使わない。親しい関係になりたいの。優しくて、素敵なあなたにプランと呼ばれたいの。駄目かしら?」
メーリアはそんなプランを見て、プランの頭を撫でながら答えた。
「はい。私もあなたみたいながんばりやさんで可愛らしい人にメーリアって呼ばれたいです」
プランの顔はぱーっと笑顔に変わり、嬉しそうに強く頷いた。
「うん!よろしくメーリア!」
「はい。こちらこそ、プランさん」
二人は嬉しそうに握手を交し合った。
「それでメーリア。何か不満とか無い?今までそれなりに贅沢な暮らししてたと思うんだけどしんどいこと無い?」
そんな質問に、メーリアは首を横に振った。
「いいえ。まったくありませんよ。ただ、村の人達に食料を貰うのが心苦しいので何か仕事を手伝いたいくらいですかね」
メーリアの言葉に、プランは驚いた。
住宅地に教会が建った場合、食料などの援助は住民の義務である。それがこの世界の常識だ。
その代わり、教会にいる人は、冠婚葬祭に加え、相談事の受付、神託の伝達、場合によっては領主と住民の仲介人になることが求められる。
そんな教会の司祭が、村の仕事を手伝うというは前代未聞である。プランは首をぶんぶんと振った。
「いやいや。村の人も恐れ多くて困るってそれ。いるだけで役に立つから大丈夫ですよ」
そう言うとメーリアはしゅーんと落ち込んだ表情をしていた。
「迷惑ですよね。畑仕事とかしたかったのですが……」
まるで捨てられた子犬の様な仕草。それを見たら、とても駄目とは言えなかった。
「じゃあ、この家の隣に小さな畑を作るからそれを自由にしていいよ。村人に手伝ってもらったら風土さえあれば大体の作物は出来ると思うから」
捨てられた子犬はどこかに行き、ぱーっと笑顔になるメーリア。ぶんぶんと首が取れそうな程、縦に繰り返し頷いていた。
「ああ。クリア様に感謝します。こんな素晴らしい村に出会えただけで無く、こんな理解ある領主様と友達になれました……」
天に祈るよう、手を組むメーリアに、プランは苦笑した。
「そんな大げさな」
だけど、メーリアは真面目な表情で首を横に振った。
「ああ。ですが一つだけ謝らないといけないことがありました」
メーリアは申し訳無さそうにそう言った。
「うん。よほどのことでない限りは大丈夫だけど、何かあった?」
「その……。やはり教会が無いといくつかの業務に差し支え、あまりお役に立てないです……」
申し訳無さそうにそういうメーリアに、プランは首を横にふる。
「それはこっちの責任だから謝らないで。だけど、どういったことが出来なくなるの」
「色々ありますが、やはり聖水の製作がちょっと……」
「あー。それは残念だけど、しょうがないね。少しでも早く教会が建てられる様がんばるわ」
「はい。お互いがんばりましょう。ちなみに、一応聖水作れなくは無いです」
そう言いながら、メーリアは小さな手のひら大くらいの小瓶を見せた。
「それが聖水?」
プランの質問にメーリアは頷いた。
「はい。これに水が全て満ちたら完成になります。これがこちらに住んでから、つまり二日分の増加量ですね」
プランはその小瓶に目を凝らした見た。底の方に水が僅かに溜まっていた。大体二ミリくらいだろう。
このペースなら、一月くらいで一本溜まれば良い方だろう。
「なんと言うか、ご苦労おかけします」
プランの言葉に、メーリアは笑顔で返す。
「いえいえ。畑、楽しみにしていますね?」
プランはその日のうちに、ハルトと兵士に頼み、メーリアの家の横に小さな畑を作ってもらった。
次の日、メーリアは小さな種を数個、いつくしむように抱きしめ、そっと土に埋めた。
メーリアはしたいとしか言っておらず、経験が無いとは言っていなかった。
それをプランが知るのは、大分後になる。
ありがとうございました。