2-7話 ふぁーみんぐ1
プランにとって帰るべき場所。
それこそがリフレスト領主館である。
辺境の地であり、周囲の建物と比べたら豪華だが、領主の住む場所と考えたら非常に質素な建物。
会議室や客間など見た目だけは豪勢な場所もあるが、そう見せてるだけで高価な家財はほとんど置いていない。
だけど、プランはそんな帰るべき我が家が大好きだった。
来賓用の場所だけは礼節の為に整え、後は質素にして領民達の生活を少しでも豊かにしようとする。
そんなリフレスト一族の思いを感じるようで、この館の中はプランにとっていつも居心地のよい場所だった。
ただし、今を除く。
金はないけど仕事は多い。
そんな状況で一番忙しいのは誰だろうか。
そう――文官である。
文官達は絶賛最悪の修羅場と戦っていた。
ヨルンとミハイルを含めて五人。
たった五人で国政を全て行っている上に資金繰りまで行う。
それはもはや修羅場という言葉すら生ぬるく、地獄絵図という言葉が適切ですらあった。
日に日に痩せていくヨルン。顔の青くなるミハイル。走っている時以外みかけない文官達。
それは館内全員の心に罪悪感を宿すには十分な状況だった。
口と態度は悪いが根が素直なハルトは真っ先に心が折れ、盗賊退治で外資を稼ぐ為に周辺警備に向かった。
これは外資稼ぎと呼んで良いのだろうか。プランは悩んだ。が、気にしない事にした。
続いてリカルドがセドリの村に向かった。
あちらでは弓を作る施設が用意されている為、製作に協力し余った分を売ってこちらに資金を回してくれるそうだ。
――私も何か仕事をしなければ!
という事でプランは領主としての仕事のハンコ押しを終え、早々にファストラ村に向かう事にした。
全員、鬼気迫る文官達から逃げ出したわけではない。たぶん……。
「なかなかに似合ってるでしょ?」
プランは自分の恰好を見せつけながらメーリアにそう尋ねた。
「え、ええ。とてもトレンディで素敵です……わ……」
それを見てメーリアは何とも言えない愛想笑いを浮かべながら悩み、そう答えた。
確かにトレンディであるし似合ってもいる。
ただし、その恰好は農民、しかも男の恰好である。
非常に良く似合う麦わら帽子を頭に被り、白っぽい茶色かかったチュニックを来て、裾が広がらないように腰位置で紐を巻き、ズボンは革製で粗悪としか呼べない物を身に着け、ブーツはボロボロで薄汚れたロングブーツ。
ザ、動きやすい恰好!別名ファーミングスタイル!
ぶっちゃけて言えばただの農家さんスタイルだ。
手には石の鍬を持ち、わくわくとした様子でプランはメーリアの方を見つめていた。
その恰好は非常に可愛らしくはあり、村娘にしか見えない。
事前に知らずにこの方が領主ですと言われても、メーリアは信じない自信があった。
そんな気合全開の領主に対して扱いに困り、メーリアは頬を引きつらせながら愛想笑いを浮かべた。
数人の村人と兵士は何時もの事である知っている為、揃って苦笑いを浮かべていた。
知識というものは非常に高価な資源である。
むしろ、金を出して手に入るなら楽な方だ。
今回で言えば農業の知識や技術。
これは国が制限をかけ管理している為知っている人は非常に少なかった。
もちろん、決して国が知識を独占して悪さをする為ではない。
悪用すればキリがなく、他国の侵略に利用される可能性すらあるからだ。
種や作物をコピーされる程度なら全然問題ない。
国の食料事情を他国に知られたり、異国のスパイに劣化した種を混ぜられ産出量が減少したり、最悪の場合はその作物の弱点を付かれて枯れさせられたりする恐れもある。
ノスガルドは完全なる武闘国家の為搦め手に持ち込まれる割合が多い。
なのでそのような対策はきつめにしており、作物の情報は厳重に制限にかけられていた。
ただ、何事も例外は存在する。
例えば国の認めた農業研究者。
例えば中央に近い防衛防諜が出来ている農村群。
そして、六神教関係者で地位の高い者。
六神教従事者の地位は貴族にも並び、枢機卿ともなると下手な王族よりも高くなる。
そして王とは言え神を蔑ろにすることは出来ず、その結果六神教関係者に対しての知識の制限はほとんど課されていない。
メーリア司祭ともなると多少の機密も含めて知る事が出来、当然農作業の知識はがっつりと完璧に身に着けてきている。己の趣味嗜好、そして夢の為に。
つまり、メーリアは誰にも知られていないがこの国でも稀有と呼べるレベルの農業研究者である。
蝶よ花よと育てられ教団の偉い人達に畑から遠ざけられていたメーリアにとって、今回の機会はまたとない絶好の機会だった。
と言ってメーリアの知識が必要なのはもう少し後の話となる。
今から行うのは単純作業による開拓だからだ。
事前に大きな石なのは除けている為、今から行うのはクワを使って畑を耕すのみである。
あまり耕しすぎるのは良くないのだが、何分土が砂のような乾いた土地の為、多めに耕さないと話にならないのだ。
リフレスト領はほぼ未開拓の領である。
その為、土地自体はうんざりするほど余っていた。
村二つに館一つしかないのに、隣接する領に付くには馬で十数時間走る必要がある。
その間の土地の半分がリフレスト領のもので、全くの手つかずとなっていた。
あまりに土地が余ってしまっている為、盗賊がしょっちゅう住み着くほどとなっていた。
そんなわけで、今回は交通の便を考え、村の傍にある荒れ果てた土地を開拓することに決まった。
村周囲の土地は大きくわけて二つに分類される。
ひとつは、土の栄養が豊かな畑にとって理想的な土地。
もう一つは、乾いた砂のような土で栄養も少ない貧しい土地。
今回開拓するのは後者である。
理想的だとわかっている前者の土地を開拓しないのには簡単な理由がある。
前者の土地の傍には森が茂ってあり、害獣が非常に多く出るのだ。
現状、害獣対策に手を回すほどの余力は村にも領にも残されていなかった。
さすがにハルトやリカルドに『んじゃ徹夜で見張りよろしく!』というのは酷な話である。
リカルドならやってくれそうだが、さすがにプランもそこまでヒトデナシではなかった。
メーリアはプランを見て、ハラハラとした気持ちになり深く心配する。
領主であり、非常に若く、そして女の子だ。
ようやく十六になったばかりの女の子に、体力と力が必要な耕すという重労働をさせるのは――。
いくら石がないとは言え、土の状態が悪く本職の農民でも苦しむような土地なのだ。
それ以前に領主に開拓させるというのはどうなのだろうか。
確かに、メーリアも汚れて良い恰好を着てはいる。
白いローブのようなラフな格好に厚手の手袋。
だがそれは土いじりで汚れる事を想定しての衣装。
畑を耕すという重労働の為、本家である若い農家の男性と力自慢の兵士を集めてきた。
そんな人達に自分が混じると、足を引っ張るの事が目に見えてるのでメーリアは最初から畑を耕すのに参加するつもりはなかった。
だからこそプランの事をメーリアは心配していた。
鉄ですらない石のクワを持参して参加するプランにメーリアは心配せずにはいられなかった。
「プランさん。私達はこの後お手伝いして、耕すのは若く逞しい彼らに任せませんか?」
直接するなとは言えずそう尋ねるメーリアにプランはニコニコと微笑む。
「大丈夫だよ。何とかなるって!」
――どうしてそんなに自信があるのですか……。
領主様の前に女の子。そんな子の手をボロボロにしたくないと考えたメーリアは必至でプランを説得する方法を考える。
そんな時、メーリアはおかしな雰囲気に気が付いた。
オロオロしている自分とは対称的に、場の空気は微笑ましいような、ほんわかしたものと化していた。
そしてその雰囲気の正体にメーリアは気が付いた。
兵士も農民も、誰もプランの心配をせず、むしろ暖かい目でメーリアの方を見ているからだ。
「あの、皆さん。領主様を止めなくても良いのですか?」
そんな言葉に兵士と農民は全員で顔を見合わせ、きょとんとした後思い出したように手をぽんと叩いた。
「ああ。そういえば領主様だったわ。忘れてた」
一人の農民がそんな事を口に出した。
「大丈夫。今は領主じゃなくてファストラ村のお手伝いさんのプランちゃんだから!」
プランはそういってクワを持ちくるくるとその場で回った。妖精っぽさを出そうとしているのだろうか。
そんな和やかな空気の中で一人おろおろしているメーリアに、別の村人が話しかけた。
「安心していいですよメーリアさん。プランちゃ――いや領主様の事はアレだよ。この手に関してで言えば俺ら以上のプロって奴だから」
「ふえ?」
素っ頓狂な声をあげるメーリアは、言葉の意味をすぐには理解出来なかった。
兵士三人に農民三人。
これが今回集まった開拓班である。
彼らはそれぞれ同じ職業のまま、二手に分かれ土を耕し始めた。
普段接していない同士だと連携が取れず、足を引っ張り合う恐れがあるからだ。
だが、一番の理由はそうではない、競争する為である。
兵士は力があり連携に優れ、農家は作業に慣れており持久力が高い。
そんなある程度拮抗した状態で軍人と平民が争える機会など早々ない為、陣営にわかれてゲーム感覚で競争を始めた。
ちなみに、勝負事のお約束である罰ゲームとして、勝った方は負けた方に何か要求を出して良いという事になっている。
兵士三人と農民三人。
事前の予想通り実力は同じくらいで耕す速度はほぼ拮抗していた。
強いて言えば兵士の方が早いのだが、慣れと体力は農民の方が多い為まだまだ逆転の目は残っている。
足腰を酷使する力仕事であり非常に負担が大きく、両陣営は休み休み全力で畑を耕した。
罰ゲームを避ける為、男のプライドを見せつける為、そして何より、美しいメーリアに自分達の雄姿を見せる為に、六人は必死にクワを振るっていた。
だがしかし、当の本人である彼女は彼らに全く目を向けていない。
メーリアは茫然とした様子でプランの方を見つめていたからだ。
プランが気合を入れ、笑顔で楽しそうにクワを振り下ろす。
振り下ろした部分に綺麗にクワが刺さって土が耕され、そして器用に引っこ抜く。
引き抜く時にも何故か前方の土が耕されていた。それはまるで魔法のようだった。
その恐ろしいまでの速度の上に、疲れを見せず止まらない動きは普通とは考えられないほどで、六人が耕した合計よりもプラン一人が耕した場所の方がどう見ても広かった。
本人の望む能力と才能は一致しない。プランはその最たる例だった。
『お前は何でも出来るのに、算術や地理など領主にかかわる事だけ全くできないな』
プランが幼かった時、生前の父が苦笑いを浮かべながら告げた言葉である。
そこから三時間、兵士と農民の争いは苛烈を極め、一進一退の攻防を見せる。
が、メーリアは既に見てもいなかった。
テーブルとイスを外に用意し、メーリアは一仕事終えたプランの為に水を入れたグラスとタオルを用意して待ってくれていた。
「お疲れ様でした。休憩してください」
メーリアが椅子に座り、微笑みながら席に座るのを促すと、プランは嬉しそうに座り、タオルを受け取って顔についた泥を拭った。
その際メーリアはこっそりとプランの両手を見た。
一見綺麗な手だが、手の表皮が相当分厚くなっている。
それは洗い物や力仕事、そして農作業に慣れた手だった。
「お見事です。としか言えませんでした。本当に圧倒されました」
メーリアの言葉にプランは後頭部を掻きながら恥ずかしそうに微笑んだ。
「いやー。小さな頃から村の手伝いをしてたら自然と覚えてねー。村の人に何度も言われたよ。『なんで領主なんだ。違ってたらうちの家に嫁いでもらうのに』って」
「まあ……それはそうなりますよねぇ」
メーリアはちらっと六人の様子を伺った。
現在目標の五割進んだくらいである。
現在五割という事は、プランは六人分の耕す速度よりも早かったという事だ。
しかもプランは一度も休憩を挟まなかった。
おかしい事は他にもある。
石のクワは作りが雑な上に脆い為、大体一回の作業で一人につき三本くらいはダメになる。
だが、プランは最初から最後までごく普通の石のクワを一度も壊さずに掘り進めていた。
土に愛されているとしか思えない才能である。
ただ、その事に対して何となく納得する自分もそこにいた。
まっすぐで明るくて、笑顔で人の為に行動出来る。
そんな皆が愛するプランであるならば、土にも自然にも愛されても不思議ではないだろう。
メーリアはそう思えた。
プランはメーリアが用意したグラスを一気に仰いだ。
汗を掻き疲れた体には何よりもそれが心地よく、流れ込んでくるひんやりした液体が体の疲れをねぎらってくれるようだった。
「ぷはー! うん! 休憩なしはダメだね。メーリア、彼らに水用意したいんだけどグラス他にある?」
「……ふふ。はい。用意していますので一緒に運びましょうか?」
メーリアは驚いた後に満面の笑みを浮かべ、プランと一緒に立ち上がり水さしとお盆二つ、人数分のグラスを用意した。
兵士の方はプラン、農民の方はメーリアがグラスを手渡したが、兵士からはブーイングが起こり、農民からは雄たけびと兵士をあざ笑う声が聞こえた。
――あれ? これ間接的に私貶されてない?
そう思ったプランだが、メーリアと比べたらスタイルという意味でも色気という意味でも負けている事を自覚している為、何も言えなかった。
代わりに足は出た。六人全員に対して――。
ありがとうございました。




