31話 敗戦の将
プランは、ヨルンに連れてこられた場所が地下だった事に大変驚いた。
薄暗く、石作りの壁に鉄の檻。
地下にある部屋は、全て牢屋になっているからだ。
今まで使ったことは無いし、下手したら一生使わなかったかもしれない場所だ。
「牢屋に押し込まないといけないくらい、危険人物なの?」
プランの質問に、ヨルンは首を横に振った。
「いえ、他のアデン男爵領の兵達と同じ様に、監視つきですが、普通の部屋をご案内しました。しかし――」
言いにくそうにするヨルンの様子から、プランはその先を察することが出来た。
相手の武官が自ら、牢に入ったのだろう。
後悔か懺悔か、理由はわからないが――。
「こちらになります」
地下に降りて、すぐ手前の部屋の前でヨルンが立ち止まると、その牢屋の奥に一人の男がいた。
茶色い口髭とあご髭が凄く、顔の半分以上が隠れている。
髪も、髭と同じく同じく茶色で、くせ毛なのか若干パーマ気味なっていた。
眉毛と顔は非常に濃く、体型も筋肉質な大柄。
その男は、トロールか何かかと見間違うほどの巨体だった。
その男は、こちらをちらっと見た後、深く頭を下げ続けていた。
「頭をあげてください」
プランの言葉にすっと頭をあげ、こちらを見続けるその男の瞳は、恐怖も、後悔も感じず、ただただ、力強かった。
その所為か、その男が今何を思っているのか、プランには全くわからなかった。
その眼差しに加え、堂々とした態度も含めると、とても敗戦の将兵とは思えなかった。
「初めまして。リフレスト領の領主、プラン・リフレストです。あなたの名前を教えてもらえますか?」
男は頷いて答えた。
「騎士ガドラ・フォートレス・シュタインリールです。リフレスト領主様」
――えっ、ミドルネーム持ち?
プランは顔に出さない様にしながらも、心の中はパニックになる寸前だった。
この国にミドルネームを持つ人は割と多く、ミドルネームが付くこと自体は、良くあることと言って良いだろう。
例えば、フィーネの様に、神に認められた、神直属の配下の場合だ。
他にも、名誉ある役職や仕事をしている場合、由緒ある家柄の場合、そして大きな功績を出したことによる褒賞などがある。
色々な方法でミドルネームは手に入るが、その全てに一つだけ共通点がある。
それは【国が認めた人材である】ということだ。
「ヨルン、このシュタインリール様とは有名な方なのですか?」
驚愕した態度を誤魔化しながら、プランはヨルンにそう尋ねた。
ヨルンは頷いた。
「はい。今より十五年ほど前、この国の砦に、突如ドラゴンが襲撃をしかけてきました。その理由は今でもわかっていません。ドラゴンは周囲の地形を破壊しながら暴れまわりましたが、それでも砦を破壊できず、その上砦の兵に負け、逃げ帰っていきました。その時、その砦を指揮していたのがこのシュタインリール様です」
故に、付いた名前は【難攻不落の鉄壁ガドラ】
防衛戦においてのスペシャリストとして、今でも国内での大きな知名度を持っている人物だった。
プランは納得した。
だからヨルンは、プランにリフレスト領に来るよう、説得をしてほしかったのだろう。
「シュタインリール様。無知で申し訳ありません。そんな英雄とは露知れず」
そんなプランの言葉にガルラは首を横に振る。
「いえ、俺など、ただの同じ国を襲った反逆者です。もし、許されるのならガドラとお呼び願えませんか。祖先に申し訳が立たないのです」
力強くまっすぐな瞳だったが、その時だけは、ガドラの瞳に若干の悲しみが見えた。
「わかりましたガドラ様。それで、今後の事を相談したいのですが、何か要求はありませんか?」
保釈にしろ、中央に引渡しにしろ、どうなるかわからないが希望だけは聞いておきたいと考えたプラン。
ただ、あまり期待はしていなかった。
自ら牢屋を望む様な武人に、何か要求があるとは思えないからだ。
しかし、ガドラは口を開いた。
「一つだけ、もしよろしけば一つだけ、恥ずかしながら願いがございます」
ガドラは、石の床の上に頭を付け、土下座しながら言葉を続けた。
「兵達を、彼らに何卒、ご配慮を願います……。俺の事は好きにしてくださって構いません。ただ、彼ら兵達だけは何卒……」
プランはヨルンの方を向いて尋ねた。
「これが英雄なのね?」
ヨルンはそっと頷いた。
「そうです。これが我が国の誇り高き英雄です」
最初からどうにかするとは別に考えてはいなかったが、プランはガドラを処刑してはならないと理解した。
この男は、自分達よりも間違いなく、我が国にとって価値のある人物だからだ。
「頭を上げて下さい。私は、貴方にも、兵にも、どうこうするつもりもありません」
プランの言葉に頭をあげ、プランの方を見ながらガドラ言った。
「ありがとうございます」
ガドラは兵達がよほど気になっていたらしく、ガドラの目は涙を流していた。
一旦落ち着いてもらおうと、牢屋の中に紅茶と硬いクッキーを用意した。
「美味しい紅茶をありがとうございます」
ガドラはそう言いながら、パッサパサの硬いクッキーを困惑した表情で食べ、紅茶で流し込んでいた。
――うん。そのクッキー、食べなれないと口の中の水分大変だもんね。
別に牢屋用の食事というわけでは無い。
リフレスト領にとってクッキーとはこれになる。
小麦粉を安定して使えない、悪い意味でのリフレスト名物である。
「ということで、マトモなクッキーも出せないほどうちの領は貧乏なのよ。だからね、何とかそっちの領からお金、こっちに渡せないかな?兵の治療費が欲しいの」
プランの頼みごとに、ガドラは難しい顔をした。
「出せる物なら、何でも出したいですが、領主様がああなっては……」
闘争神に戦いを捧げると、神が名誉ある戦いを望む代わりに、人間にも大きなメリットがある。
それは、その国の闘争神の教会にその戦いの記録が贈られる。
戦いの記録は本の様な形状をしていて、本を開くと立体的に映像が飛び出し、戦いの様子が流れる。
続きがみたいならページをめくり、戻りたいなら前のページに戻れば言い。
これを人は【ムービーブック】と呼んだ。
もちろん、今回の事も完全に記録され、今頃中央政府にも話がいっているだろう。
国内で侵略行為を働いた上に、逃げ出して神の怒りに触れた人物として。
「今回の事で、アデン男爵領は間違いなく没収となります。なので、支払いは難しいでしょう」
ヨルンの言葉に、ガドラは頷いた。
「それに、もし支払えても、今のアデン領にその余裕は無い。自分達の兵すら治療は出来ないだろう」
そんなガドラの言葉に、プランは首をかしげた。
「えっ。あんな鎧もっていて、装備も良くて、ついでに言えばまだまだ兵士いるんでしょ?」
他の兵に聞いた所、弓兵や騎兵合わせたらあと五十人ばかりの兵がいるらしい。
「……例え領主が不名誉な死を遂げ、俺が情けで生かされていても、俺はまだアデン男爵領の武官なんだ。済まないが、これ以上事情は話せない」
そう言ってガドラは口を閉じた。
その言いづらそうな表情で、よほどアデン男爵領は困っているとプランは察することが出来た。
恐らく、ヨルンならどうなっているのか正解を知っているだろう。
「……もう行きましょうか。あまり邪魔をしても悪いし」
もう得られる情報も無いだろうし、ガドラにも良い話が出来ないだろうと思い、プランはヨルンにそう言った。
「わかりました。ではガドラ様、失礼します」
ヨルンはガドラに頭を下げ、先にその場を離れた。
「……アデン男爵領の兵は私の出来る最大限で何とかするし、あなたも悪いようにならない様に努力するわ。だから、あまり自分を責めないで」
プランは悲しい表情をガドラに向けた後、牢屋を立ち去った。
プランの言葉は、己の領主を止めきれず、不名誉ある死に方をさせたガルドには、背負いきれぬほど重たい言葉だった。
ありがとうございました。




