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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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30話 終わらない後始末

 

 戦闘終了後、武官と兵は、急いでアデン男爵領の敵兵の装備を引っぺがし、重たい物は全てその場で放置して、慌てて館に戻った。

 急いでいる理由は非常に単純で、重傷者が多い為だ。

 腕を切り落とされたくらいならまだ良いだろう。

 胴を切られ、今にも死に絶えようとしている人も中にはいて、一刻の猶予も許されない。

 敵兵を助ける理由は無い。

 無いのだが、リフレストの兵も、武官も、リカルドも、皆敵である兵を助ける為に行動した。

 なぜならば、うちの領主ならば、きっとそう望むからだ。


 こちらの兵もだが、相手の兵の方が重傷者が多い。

 むしろ、相手の場合は死んでいないのが奇跡だった。

 鎧の隙間に槍を突っ込まれたり吹き飛ばされたりと、即死攻撃のオンパレード。

 だったのだが、重装鎧の出来がよかったからか、誰一人、死亡していなかった。




 先行した騎兵五人により、プランは勝利の知らせ受け取った。

 最初は喜ぶが、怪我の事情を聞き、その表情は一変した。

「んでどうするよ。敵兵の治療」

 ハルトはわかりきったことを、プランに尋ねた。

「判断する場所が違うわ。敵味方で体の作りが違うの?判断すべきは、怪我の重度よ。重傷者から優先的に、館の客間に運んで。私はメイド達と共に、受け入れの準備をするわ」

 正門を全開にしたまま、走り去るプランを見て、ハルトは腹から笑った。

 ――まったく勝てる気がしねぇわ。

 大声で笑いながらハルトは、残った騎兵をつれて元の部隊に戻った。


 プランは館の受け入れ準備が終わると、メーリア司祭含むファストラの村人に治療の協力を頼んだ。

 もし教会があれば、重傷者の治療も出来たのだが、あいにく教会は無い。

 それでも、怪我の治療も神官の仕事の一つだから、慣れていると思い、プランはメーリアにも頼んだ。

「プランさん。領主に提出する予定の聖水。まだ溜まっていませんが、使いますか?」


 それは教会から領に払う税の様なもので、領主の命綱でもある。

 これの為に、教会を設置する領主もいるくらいだ。

 文字通り神の水である聖水には、魔物避けに魔物特攻。健康長寿に治療と、非常に効果の幅が広い。一種の万能薬だ。

 だけど、プランの答えは決まっていた。

「治療に使えるなら何でも使って。払えるものなら後から払うわ!」


 一瓶の半分少ししか溜まっていない聖水。

 満タンにならないと効果は最高にならないが、それでも止血や痛み止め、化膿留めに栄養代わりにはなる。

 それを持って、メーリアとファストラの村人達全員は、戦場に行くつもりで館に向かった。


 重傷者は館の中で治療し、軽傷の者は外で治療しつつ、手伝いに回った。

 走り回るメイドと兵士。

 怒鳴り散らすメイド長に悲鳴をあげる患者達。


 阿鼻叫喚の地獄絵図は数時間以上続き、皆が静かになる頃には、既に日が暮れていた。


 水や布運びから、患者の移動まで、手伝いをしてくれたファストラの村人は、全員疲労でダウンしていた。

 帰る体力も無くなるほどこき使ったのに、さあ帰れはあまりに失礼なので、プランは適当な空き部屋を用意して休んでもらうことにした。

 ベッドの数が足りず、ほとんどの人が雑魚寝となってしまうことは申し訳無く思った。


 重傷患者の治療を延々と続けたメーリアも疲労困憊の様子で、気付いた時には地べたに寝転び寝息を立てていた。

 今はプランの部屋のベッドに寝かせてある。


 兵も、村人も、武官もメイドも、皆が頑張り、皆が苦労した。

 しかし、その成果は確かにあった。

 重傷者は誰一人、その命を途切れさせず、峠を越した。

 プランはそのことが、今日、一番嬉しかった。


 部屋に戻り、椅子に座りながら、嬉しさで微笑みながら、小さく呟いた。

「ふふ。今日私どこで寝よう」

 ベッドには、メーリアは気持ち良さそうに寝息をたてていた。

 一緒に寝ようと思い、アインの部屋に向かったのだが、本人はいなく、山ほど武具がちらばって置かれていた。緊急用の武具置き場にしたらしい。

 そんなことを悩んでいたら、小さなノックが聞こえた。

「どうぞー」

 小声でプランが反応すると、音を立てずにドアを開け、ヨルンが入って来た。

「お疲れの所失礼します。本日の報告についてまいりました」

 プランは頷いて、ヨルンと共に静かに客間に向かった。


「それで、どんな感じ?」

 二人っきりの客間で、プランは疲れた声でそう尋ねた。

「重軽傷者多数、いえ、敵味方あわせて重軽傷者多数。数の確認はまだ取れていません。両兵合わせて七十九人。全員生存は確認しました。ただ、重量者の中には欠損のある者もいて、今後の生活に不安が残ります」

 ヨルンの言葉に、プランは顔をしかめた。


 治療にすぐれた魔法使いか、教会と優秀な神官がいれば、この問題は解決する。

 魔法使いでも、教会でも、四肢の欠損程度なら治療出来るからだ。

 ただ、魔法使いは希少で、教会は建築に時間がかかる。

 どちらも万能では無い。無いのだが、どちらかがいたら、今の問題が解決するのも確かだ。

 リフレスト領で用意する為に、現状で出来ることは、教会が完成するのを待つことだけだった。


「まあそれでも、死者が一人も出なかったことを喜ばないといけないね」

 わざと明るい声でそういうプランに、ヨルンは軽い口調で答えた。

「え?一人出ましたよ?」

 その声に、プランは顔が青ざめた。

 兵士は全員生存ということは、もしかして……。

 しかし、プランの聞いた名前は予想外の名前だった。

「アデン男爵らしき人物です。後で確認を取ったところ、アデン男爵本人と確認出来ました」

「……えー。なんでぇー?」

 一気に気が抜け、プランは力なくそう尋ねた。

「私もまた聞きですが、どうも逃げたから、みたいですねぇ」

 ヨルンはそう言いながら、戦闘が終わった時のことを話しだした。


 武官と兵士が武器を捨てたのを見た瞬間、アデン男爵は迷わずその場を逃げ去った。

 神は、よほどのことをしないと直接何かしない。

 後で神託で文句を言ったり、周囲に言葉を授けたり、または、自分の信徒に代理で何かをさせたり。

 そういうことは良くあるのだが、直接天罰を下したり、人を殺したりということは、本当、めったにあり得ないことだった。

 それが神という存在なのだが、どうやらアデン男爵はそのよほどに相当したらしい。


 馬に乗り、逃げさるアデン男爵の上から、雷が落ち、アデン男爵は声も無く絶命した。

 億に一つ、兆に一つの、偶然の雷という可能性は無い。

 乗っていた馬には全く被害が無かった。

 きょとんとする馬と亡骸を回収し、棺桶に入れた。


「おおう……亡くなったことは非常に申し訳ないんだけど、全く同情できねぇ……」

 プランの小さな呟きに、ヨルンは苦笑した。


「次の報告は、朝を待ちましょうか。きっと吉報ですので」

 そう良いながら、ヨルンは頭を下げて退出した。

 一人になると、急激に体のだるさが沸いてきた。

 さすがに疲れたプランは、もう何かを考えるのも面倒になり、このまま客間のソファで夜を明かすことにした。


 プランは朝目を覚まし、体を起こした。

 ふぁさっと、体にかかっていた毛布が落ちた。

 どうやら、寝ている時誰かがかけてくれたらしい。

 プランは嬉しい反面、少々困惑する。

 誰かわからないが、寝顔を見られたことを考えると、流石に恥ずかしかった。





 気持ちを切り替え、吉報は何かなーとヨルンを探すと、満面の笑みのハルトと数人の兵士が裏庭の傍にいた。

 よく見ると、全員眼の下に隈があり、顔が少し青い。

「おはよう、ってあんたらどうした?寝てないの?」

 ハルトは笑顔のまま、親指で自分達の後ろを指差した。


 そこは館の庭で、大量の黒い鎧と金属の盾、そして綺麗な槍が置かれていた。

「これでこの領の武力は三倍くらいにはなったんじゃねーか。ふふふふふ」

 ヨルンの昨夜いっていた吉報が、プランにも理解出来た。

「あー。これを一晩中、往復で運んでたのね。お疲れ様」

「おうよ。相手領の残りの兵に取られるのも、盗賊とかのハイエナに取られるのも嫌だったからな。というわけで俺達は寝る。おやす」

 それだけ言って、ハルトは自分の部屋に向かい、兵士も敬礼を忘れふらふらとどこかに去っていった。


 プランが部屋に戻ると、既にメーリアはいなくなっていた。

 ファストラの村に全員帰ったらしい。


 することがわからず、部屋のベッドで、ぐでーとしていると、ノックの音が聞こえた。

 ノックの音で誰か大体わかるプランは、その格好のまま返事をした。

「どうぞー」

 ベッドの上でごろごろしながら、プランが答えると、頭を下げてヨルンが入って来た。

「失礼します。……大分お疲れですね。日を改めましょうか?」

「ううん。いーよー。気が抜けただけだからー」

 ごろごろごろごろ。

 ベッドの上でくつろぎきったまま、話を聞く気持ちだけ見せるプランに、ヨルンは溜息を吐きながら答えた。


「……まず吉報は、もう知っていると思いますが大量に武具が入手出来ました。正式に神の誓いの上での戦いだったので、何の問題も無く、書類もいらず、合法的に所有出来ます」

「おー。いいねー。これでちょっとは強くなるねー」

 プランは嬉しそうにベッドの上のままそう答えた。

「……それと、あまり良くない報告ですのでこれを」

 そう言いながら、ヨルンはプランに書類を渡した。

 その書類は、兵の損害報告だった。

 弓の破損の矢の消費、武具の損傷。そんなことはどうでもよかった。


 腕の切断や、足の麻痺など、魔法か教会が無い限り、治療出来ない人が結構な人数いた。

 敵味方合わせて十三人。

 重傷者の中でもそれだけの人が、今後、まともに生活が送れない。

 プランはベットから立ち上がり尋ねた。

「これ、どうにかならないかな?」

 ヨルンは無言のまま、首を横に振った。


「……。だよね。ヨルン、領主として、今回の騒動でやるべきことって、何がある?」

「はい。目下で行うのは、敵武官の尋問ですね。別にこれは誰でも良いですが」

 プランは首を横に振った。

「ううん。私がやるよ。そのつもりで話を持ってきたんでしょ?」

 ヨルンは頷いた。

「はい。その武官は相手の領主と違い、立派な人物でしたので、暴れる心配はありません。こちらが領主を出して、相手を尊重する姿勢を見せることで、うちに引き込めないと考えまして」

「……そんなんだから腹黒いって言われるのよ」

 プランの言葉を、にやりと笑いながら、ヨルンは聞き流した。


「それで、まだすることあるんでしょ?目下以外で」

 プランの質問に、ヨルンが頷いた。

「はい。最後の総纏めとして、中央、つまり我が国ノスガルドの中央政府より外務官が訪れます」

「……つまり、その人と話し合って、相談しろということ?」

 ヨルンはにっこりと微笑みながら頷いた。

「はい。アデン男爵領をどうするか。うちの被害は誰が受け持つのか。中央は何を支援してくれるのか。その辺りをお話下さい」

 プランは溜息を吐いて、憂鬱そうに呟いた。

「またフィーネが来てくれたら良いんだけどなぁ……」

 その言葉に、ヨルンは顔を青ざめた。

「交渉は良いのですが、あの方が来るのは、天上人すぎて胃がつらいです……」

 そうヨルンは呟き、二人で同時に溜息を吐いた。




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