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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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29話 戦闘

 

 翌日朝、遂にアデン男爵領部隊の姿が見え出した。

 重装備の長期移動にもかかわらず、まったく隊列の乱れが見えず、また疲れも見えないその様子は、屈強であることの何よりの証拠となっていた。


 発見前に、こちらの部隊もリオの指示通りの隊列を組んではいるのだが、その実力差により兵達も、リオ以外の武官も不安になっていた。

 ただでさえ不安要素の多い戦いに加え、こちらの配置は、誰が見ても頭のおかしい配置としか言えない配置だった。



 先頭は十人の弓兵。その指揮をリカルドが執る。

 そのすぐ背後に、歩兵十人とリオ、アインを配置。

 この十人の歩兵は、志願兵を中心に、練度の低い兵を集めただけだ。

 事前に教えた技術もたった一つ。横にそろって逃げる。それしか出来ない見せ掛けの兵だ。

 ここまでが前衛である。


 もっとも優先したのは、兵の中で馬が得意な四人を選出することだ。

 その四人とハルトが騎兵となり、別働隊として後方左側に待機。


 残った十一人。フルプレート含む、装備も質の高い物を優先して持たせてあり、実質これが本隊だ。

 一番優秀な兵士と装備を揃えた部隊なのに、何故か予備兵として右後方に待機していた。


 リオ以外、誰もその意図をわかっていない。

 わかっているのは、ここにいるのはほとんど戦争未経験者で、あちらの方が強く、そして、負けたら帰る場所が無くなる。

 それだけだった。


 こちらの様子を見ても、アデン男爵領部隊の様子は一向に変わらず、だた、正面からまっすぐ歩いてくるだけだった。


「弓兵、構え……射て!」

 リカルドの叫び声と共に、十人の弓兵は一斉に、射撃を開始した。

 バラバラに飛ぶ石の鏃の矢。

 その威力は低く、黒金の兵達に当たるが、傷一つ付かない。

 相手もそれがわかっているからか、立ち止まりもせず、急ぎもせず、同じ速度でこちらに進軍してくる。

 それでも手を止めず、射ち続ける弓兵達。

 そして、その隙を突くように、リカルドが炎の矢を、相手の正面中央にいる武官に、射ち込んだ。

 漆黒の鎧を着た武官は、炎の矢を手甲の部分で軽々と叩き落した。

「魔法防御も完璧ってか。はは。笑うしかねーわ」

 そう言いながらも、リカルドは炎の矢を、延々と相手武官に射ち続けた。

 リオにそう命令されたからだ。

『例え効いてなくても、ギリギリまで射ち続けて欲しい』

 その言葉に、後に続く何かがあると信じて、弓兵とリカルドは無意味な攻撃を続けた。


 相手兵がその巨体をのっしのっしと前進させ、そろそろ相手と接触しようというタイミングで、リカルドは叫んだ。

「撤退!」

 その言葉と同時に、弓兵は弓をしまい、前衛の後ろに下がった。

 乱戦になった時に、相手だけに矢を当てる技量は、弓兵達には無い。

 さっさと撤退させ、弓兵は最後方に移動させて、リカルドはリオ、アインの横に付いた。


 接触する直前、相手の背後にいるアデン男爵と思わしき男が、声高々に叫びだした。

「聞けぃ!我がアデン領の兵達が、悪しき盗賊を討伐するこの名誉ある戦いを闘争神グリンに捧げる!盗賊共よ!覚悟せよ!」

 その言葉と共に、相手の兵と、こちらの兵が、一瞬だけ光り輝く。

 馬に乗り、貴族の服を着た痩せ型の中年。ごくごく普通の見た目だが、今その顔は酷く下卑た笑みを浮かべていた。


 この世界には、神に力を借りることが出来る。

 それは魔法であったり、契約であったりと、方法は様々だ。

 その中でも、闘争神の場合だけは非常にわかりやすい。

 戦いの前に【闘争神グリンに戦いを捧げる】

 これを証明するだけで良い。


 そうすることで、両者共に名誉ある行動を強いられる。

 別に正面から戦い合えということでは無い。

 市民のフリをした不意打ちや、一騎打ちに誘っての暗殺。

 その醜いとも言える行為を闘争神は許さないだけで、不意打ちや奇襲、伏兵を禁止しているわけでは無い。


 それを見て、こちらの武官全員と、リカルドは確信した。

 ――ああ。こいつただの阿呆だったのか。

 皆の気持ちは、それ一つになった。


 まず、仲間の領への侵略行為を行い、敗者を皆殺しにして口封じが相手の目的だ。

 その時点で、名誉ある戦い、名誉ある行動から程遠い。

 神との誓いとは軽いものでは無い。かならずその行いに報いが訪れる。


 どうして神の誓いを立てたのか、その予想は付く。

 自分を安全圏に置くために、護衛を付けずに誓いを立てたのだろう。

 相手の格好が貴族風なのもきっとその為だ。

【領主同士の一騎打ち以外、俺は受ける気が無い。お前らが来たら卑怯者で名誉ある戦いにならないからな】

 アデン男爵と思われる男は、そう言いたいのだろう。


 この時点で、アデン男爵と思われる男が神の怒りに触れることはわかりきっていた。

 ただ、そんな男の誓いでも、誓いは結ばれてしまった。

 わざと負けたり、逃げ出してしまったら、今度はこちらが神の怒りに触れる可能性もある。

 神と人とは思想も思考も違う。

 こちらが泣き言やお願いをしても届くとは思えない。

 ただし、一つだけわかってることはある。闘争神の望みは【名誉ある戦い】ただそれだけだ。

 それならば、相手がどれだけ愚か者で、神を利用する不届き者だろうと、こちらのやることに変わりはなかった。



 リオとアイン率いる歩兵の前衛と、相手の前衛が接触した瞬間、リオは叫んだ。

「後退!」

 相手から逃げる様に、じりじりと後ろに下がりながら盾を構える歩兵達と、リオ、アイン。

 その傍で、リカルドは矢を構え武官を狙っていた。

 それに相手は一矢乱れぬ動きでこちらを追うが、距離が詰まることは無かった。


 正面から勝てないのは最初からわかりきっていた。

 だが、重装歩兵にも幾つかの弱点がある。

 そのうちの一つが、移動速度だ。

 相手の装備が素晴らしいのは一目でわかる。

 こちらのフルプレートよりも、更に厚く、力強く黒金の鎧は、間違いなく値打ち物だ。

 見るだけでわかる質の良い鉄をふんだんに使ったその装備は、間違いなく非常に重い。

 その速度は、こちらの後ろ歩きよりもなお、遅かった。


 最初から、前衛の作戦はこれだった。

【誰が戦っても勝てないから、戦わずに退こう】

 ただ、それだけだった。


 これは思った以上に効果的で、こちらを囲う様に追いかけてくるが、後退する速度の方が速くてトラブルは一切起きていない。

 後方に行けば行くほど、練度の高い兵にしているのもその理由の一つだろう。

 しかし、思惑通りに行かない存在もいる。

 相手の中央にいる武官だ。

 他の兵達の黒金の鎧よりも、更に厚く、重たい漆黒の鎧を身にまとっている。

 しかし、他の兵士とは違い、重量装備とは思えない速度で移動し、身の丈よりも大きな両刃斧を、こちらに叩き込んできた。

 その重たい斧は轟音と共にこちらの兵士達に襲い掛かる。

 それを、リオは両手剣で受け流した。

 地面に叩き込まれた斧は、その衝撃で大地を揺らし、大きな衝突音を出す。

 当たれば誰であれ、即死だとその音だけで理解出来た。


 リオは振り下ろしきった隙に反撃に出ようとするも、手が動かない。

 完璧なタイミングで受け流したのだが、それでも手は痺れ、支えきれなかった足に痛みが走る。


 アインはそんなリオの様子に気付き、リオの代わりに相手武官の目元をレイピアで狙い突く。

 勢いのある、鋭い突きだが、武官はフルプレート装備とは思えぬ俊敏な動きで、それを軽々と避けた。

 防がれるとは思っていたが、躱されるとは思っておらず、アインに一瞬の隙が生じた。


 その隙を消す様に、リカルドは矢を射る。

 顔、胴の継ぎ目、足を狙った三連射を、相手は斧を振り回して全て弾いた。

 その間に、リオとアインは体勢を立て直し、再び後退を開始した。


 相手武官は列を乱さない程度しか攻撃して来ない。

 単身になって囲まれるのを恐れてだろう。

 それは三人がかりで防ぐのがようやくなこちらから考えても、ありがたいことだった。


「騎士ハルト!後は任せました!」

 その言葉と同時に、後方左側で待ち飽きていた、ハルト率いる騎兵部隊が即座に行動を開始した。

 五頭の馬は、左側に走り、相手の端の更に奥に向かい、相手の後方に回った。

「騎兵達、突撃!俺に続け!」

 そしてそのまま、相手後方の端から、馬に乗ったまま強襲をしかけた。

 馬に乗ったまま、ハルトは黒金の兵達を蹴散らす様に吹き飛ばしていった。

 それはハルトにも予想外のことだった。

 正面からあれほど脅威に感じた黒い鎧の兵達が、背後からだと驚くほどに弱く感じた。


 相手が歩兵ならここまでうまくいかない。

 相手に予備兵がいたら、防がれて終わりだっただろう。

 フルプレートの為、視野が狭く、その上反転行動が難しい重装兵だった為、強襲は綺麗に決まり、騎兵による一方的な蹂躙となった。

 相手からみたら右側、つまり槍を持つ手な為、本来左から相手攻めるという行動は難しい。

 だが、後ろに回ったらそんなことは関係無い。


 その上、相手の指揮官である後ろの男は無能で、未だにこちらをニヤニヤと見ているだけだった。

 有能そうな武官は、三人掛りで足止めしている為、事態を把握仕切れてないだろうし、把握してもここから動かす気は無かった。

 この武官を足止めするだけで、バックアタックに対処する方法が、相手には無くなった。


 追撃に時間差で、右側歩兵も走らせ右側後方を強襲する。

 馬ほどうまく強襲は出来ないが、それでも側面攻撃の時点で、相手の注意を引くには十分な効果があった。


 あくまでメインは、ハルトと四人の騎兵だ。

 相手がうまく反転したら撤退し距離を開け、後ろのままの別の相手を狙う。

 更に、反転によって隊列が崩れた場合、そこを重点的に襲い、また距離を開けて相手の弱い部分を狙う。

 背面でのヒットアンドアウェイという最悪の状況が繰り返され、更に右側と正面にも目が向けられての三方向による挟撃。


 黒金の鎧でもそれには耐えられず、兵の数はじりじりと減っていく。

 一方こちらも無傷ではない。

 正面の武官の戦闘に巻き込まれた者や、右側の本隊と黒金の兵の争いは苛烈で、こちらも数を減らす。

 それでも騎兵による攻撃とあわせたら、相手の兵の方が消費が早い。

 特に、ハルトの腕力と馬の速度を利用した剣の振り下ろしで、何故か相手の兵が文字通り吹き飛び、それが動揺を誘い騎兵の追撃が決まる。

 相手の兵が半分以下になったあたりで兵達は撤退を試みようとするが、指揮官は頼りなく、三方向からの挟撃で逃げ場も無い。


 ガランと大きな何かが落ちる音の後、相手の武官が両手を挙げて声高らかに叫んだ。

「降伏する。同胞よ!命が惜しくば武器を捨てよ!」

 戦場に沈黙が流れ、その言葉の後に、黒金の兵達は武器を捨て、全員が両手を挙げた。

 呆然とする相手の背後にいる男を除き、全員が終わったことを理解した。


 両陣営で重軽傷者多数。死者一名の内乱は、こうして幕を閉じた。


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