24話 冬の到来
数日後、馬車によってアインの意味深な遊び相手の男性十一人が連れてこられた。
彼らのうち、商人と護衛の二名は別行動を取り、残った九人のうち二人と、最初に来た二人、合計四人の男性は館住みの兵士に志願した。
志願理由は「守れる男になりたいから」
それを聞いてリオは複雑な顔をした。
どう見ても騙されている様に感じたからだ。
ただプランには、アインがそんな悪い女だとはとても思えなかった。
これで兵士は十九人。ファストラの半農民十人に館住み九人となった。
人数が増え、リオは兵士の教導内容を三種類に分けることにした。
まず、新しく入った四人は、リカルド指導の下、兵士の練習をこなしながら、弓兵となってもらう。
そして今まで館住みの五人は、騎兵の訓練に変更した。
残り十人は、半農民で練習時間が限られる為、槍と盾に練習を絞り歩兵として活躍してもらう予定だ。
本来なら、兵士の役割で最も重要なのは騎兵となる。
戦場を限定するなら、最も広い役割を持てるのは槍、盾持ちの歩兵である。
防いで、槍を刺す。それが基本となるからだ。
これに、横から突撃できる騎兵と、遠距離の弓兵。
この三つが重要な兵種となる。
最も広く役割をもてる歩兵だが、防衛戦において実は騎兵より重要度が低い。
理由は単純だ。
機動力が無いと防衛する場所に移動出来ない。
この一点に尽きる。
事前にどこが襲われるのかわかれば別だが、そうでは無いなら、襲われてからその場所に急行するのが基本となる。
直線の起動力、直線の火力、離脱能力。
このあたりが優れている為、ファストラ領で言えば、騎兵の量産こそが、最も効率の良い部隊分けと言えるだろう。
他の理由としても、歩兵は優秀な武官を相手にするとすりつぶされるという理由もある。
例えばハルトが本気で戦うなら、槍、盾フルセットの歩兵五人相手にしても、圧勝出来る。
盾の上からまとめて腕力で吹き飛ばす。それだけで片がついてしまうからだ。
その条件は相手も同じだ。
武官相手では歩兵は役割が少ない。
だからこそ、離脱が出来て不意打ちが狙えると、武官相手にも役割がある騎兵を、兵士にするのが最も効率が良いとされる。
もちろん、例外は山ほどいるが。
今までは馬の数が足りず、訓練すら出来なかった。
持ってきてもらった馬三頭があるからこそ、騎兵の訓練が可能になったのだ。
ただ、馬は安い買い物では無く、リフレスト領の財政では増やせそうにない。
まだまだ実戦可能な兵をそろえることは難しそうだった。
ヨルンは事務室で報告書類を書く為に、リオを呼び、現状を報告させた。
「弓兵四、騎兵五、歩兵十に武官三人。それに食客一人が、今のうちの最大戦力です。弓も馬も練度不足ですが」
リオの言葉に、ヨルンが頷き書類に書いていく。
一年兵役の免除があるが、このままだと一年後の兵役には間に合わない。
全勢力を兵役として送り出せば、義務をこなしたと認めてもらえるだろう。
だが、その場合誰が領内を守るのか。
「報告ありがとう。下がって良いですよ」
ハルトの言葉にリオは頭を下げ、退室してた。
一年以内に、三十人の部隊を二つ。
これが出来たら問題は無くなる。
ただ、その場合は人数がネックとなるだろう。
一応、方法が無いわけでは無い。
ファストラの村人を徴兵すれば良い。
彼らは必要とあらば、文句も言わずに徴兵を受け入れるだろう。
先代と、プランに忠義を感じているからだ。
だが、その場合は農作業に深刻な被害が出て、後になって困るのは為政者である自分達だ。
徴兵以外にも問題はある。三季の税の免除だ。
冬に税払いは無い為、ちょうど一年。
税の内容は何でも良い。
収穫物でも金銭でも、何なら毛皮だっていけるだろう。買い叩かれるが。
理想は収穫物だ。
食料になる収穫物はそれなりに良いレートで税として受け取ってもらえる。
だが、今収穫物で税を賄えるだけの生産は出来ていない。
ヨルンは頭を抱えながら、現状を一つずつ、確認していった。
アインが来て、二週間が経過した。
兵士も増えた。
武官もひとまずそろった。
文官は、ミハイル一人の増加だが、それでもそれなりに回っている。
目下の問題の種だった冬支度だが、これもまた何とかなりそうだった。
それはアインのおかげ、というよりは、アインの連れてきてくれた商人のおかげだった。
商人のダグラス。少しガタイの良い中年男性の彼は、到着してから即座に行動を開始した。
セドリの村に行き、木材を食料と交換して集めたら、護衛と一緒に簡単な小屋をセドリの村の山の麓に建築。
それを拠点として、セドリの村とファストラの村を中継しつつ、両者の足りない物をうまく配分していった。
冬が終われば他所の領とも本格的に取引をしていくそうだ。
まだ会ったことが無いプランはヨルンにダグラスの評価を尋ねてみた。
「そうですね。一流に限りなく近い腕前と、人徳を持っています。商人にしては優しすぎるのが問題ですかね」
そう苦笑していた。
ヨルンが一流に近いと言ったのならば、その腕は一流と見て良いだろう。
実際、冬篭りの準備はダグラスのおかげでほとんど完了した。
更に、もう一人、冬篭りの準備で功績を残してくれた人がいた。
メーリア司祭だ。
彼女の作ったプチトマト。その生産力と環境適応能力は異常とも言えた。
具体的に言えば、四季全てで収穫出来る。
そして、収穫は半月単位で何度でも可能だった。
そのおかげで、ファストラの村はもちろん、セドリの村も、リフレスト領主の館も、全ての領民の夕食には、必ずプチトマトが出るようになった。
これから冬となり、野菜不足に苦しむ現状を考えると、まさに救世主とも言える。
リカルトが悔しそうに呟いた。
「俺が最初に食事情を改善しようとしたが、これには勝てん……」
ただ、準備自体は進んでいるらしく、雪解け後、本格的に食の改善に動くと、リカルドは改めてプランに誓った。
アインが来てから色々と良い変化が起きたが、悪い変化も一つだけ生まれた。
リオが一人で食事を取るようになったことだ。
皆で一緒に食べる食卓だが、アインと一緒には食べられないそうだ。
出来るだけ皆で食事を取りたいと考えるプランからしたら、それはとても悲しいことだった。
「ごめんね?私が別で食事を取ろうか?」
そうアインは言うが、それも違うと思ってプランは首を横に振った。
何が気に入らないのかわからないが、人がいたら好き嫌いが出るのはしょうがないことだ。
ただ、それでも、プランは少しだけ、悲しかった。
ミハイルも一緒に食事を取る様になったが、アインは何も言わなかった。
食事中常に手袋をつけた、プランに良く似た男性。
だけど、アインはそのことに触れず、日常会話以上の話はしなかった。
アインなら気付いていないことは無いと思う。
知った上で、スルーしてくれると思って良いだろう。
少し悲しいことも、とても嬉しいこともあり、そんな日々が続き、十一月の半ば。
プランは朝方、寒気と共に目が覚めた。
カーテンを動かし外を見ると、雪がちらほらと振り出していた。
プランが感じた感情は、喜びでも、悲しみでも無く、安堵だった。
――良かった。冬篭りの準備が間に合った。
よほどのミスが無い限りは、今年は餓死や凍死は無いだろう。
それは領主として、最も喜ぶべきことの一つだった。
プランは着替えて、朝食を取り、その後外に出た。
外は思った以上に寒く、この温度なら、すぐに雪がつもっていくだろうなとプランは予想出来た。
地面に降った雪はすぐに解けているが、積もるのは時間の問題だろう。
そんな時、ごとごとと揺れる妖精石を気付き、プランは妖精石を取り出してワイスを召喚した。
「ワイス。何かあったの?」
ふわふわと白い玉の妖精は、プランの回りにふわふわと飛びまわった。
「何も無いけど、プランこそ外に出てどうしたの?」
「ん。ちょっとファストラの方でお仕事があってね」
プランの言葉にワイスは納得したらしく、プランの肩に止まった。
「最近は魔力にも余裕が出てきたし、私が出ている間は少しは暖かいと思うから、お仕事終わるまで一緒にいましょ?」
確かに、ワイスを中心にほわほわと温かい何かを感じる。
ワイスが温かいわけでは無いのに、確かにその周囲は温度が高い。
不思議な感覚だった。
「そうね。それじゃあ、一緒に行きましょうか」
プランはそう言いながら、ファストラの村に走った。
「それでお仕事ってなーに?」
ファストラに着いた時、ワイスはプランにそう尋ねた。
プランはそっと水車の方を指差した。
「頑張ってくれたお友達を休ませてあげないとね」
そこには、正座して待機している二体のパンがいた。
「ああ。そのゴーレム達か……そうだね。ゴーレムだから腐ったりカビたりは無いけど、凍るかもしれないしね」
ワイスの言葉に、プランは頷いた。
パンゴーレムの背中につけたオーダーコアを外し、プランは二人?二個?二匹?二体?呼び方のわからないゴーレムを両手に抱え移動した。
外から見たら両脇にパンを抱えている様にしか見えないだろう。
少し近くから見たら、パンに手足生えてるけど。
村の入り口に戻ると、アインが呆然とした様子でこっちを見ていた。
「何その……それ……何?」
意味がわからないとばかりに、アインはパンを指差して呟いた。
「え?パンゴーレムのこなじろー君です。反対はこなたろー君」
プランの言葉に、わなわなと震えながら、アインは呟いた。
「何それ……可愛い!」
アインの言葉に、プランは満面の笑みを浮かべた。
「だよね!可愛いよね!こなたろー君とこなじろー君」
そう言って二人で盛り上がるアインとプラン。
「……おかしいのは、私だけなのだろうか。パンに手足が生えてる様にしか見えないんだけど……」
二人で喜ぶプランとアインを見て、ワイスは小さく呟いた。
巡回帰りのアインは、そのままプランと一緒に館への帰路についた。
こなじろー君を抱えて。
「それで、このこなじろー君は何が出来るの?」
アインの質問に、こなたろー君を抱えたままプランは答える。
「ライ麦パンのゴーレムこなじろー君は、ライ麦パンに関することなら何でもお願い出来ます。今までは製粉をしてもらってました」
「へー。さすがゴーレム。優秀なのねぇ」
そう言いながらアインはぎゅっと、こなたろー君をだきしめた。
ふわっと、こなたろー君の香りがアインの鼻に届いた。
「……パンの香りがする……」
アインの呟きに、無表情でプランが答える。
「だって、パンですもん」
良くわからないが、何か無性に面白くなって、二人は笑い合った。
「ところでプラン。微妙に気になるんだけどさ、どうしてこなたろー君とこなじろー君って、大きさ違うの?」
「え?」
そう言われ、プランはこなたろー君とこなじろー君の大きさを比べて見た。
確かに、一回りほどだが、こなじろー君の方が大きい。
「あれ?同じ大きさで作ったはずなんだけどな」
それどころか、こなたろー君の大きさも少し大きくなっている様に見えた。
「ワイス。理由わかる?」
肩に止まって暖房器具の役割を果たしていたワイスは、その質問に困惑したような声色で答えた。
「ううん。わからない。というか、パンでゴーレム作るとは思ってなかったし作れるとも思ってなかったから」
「うーん。ワイスがわからないなら私もわからないなぁ」
ワイスとアイン、プランが考えた結果、一つの結論に達した。
『仕事をこなせばこなすほど、成長する』
ライ麦の方が多いから、こなじろー君の方が大きくなったと考えたら、つじつまがあうだろう。
ゴーレムが成長する事態、つじつまとかそういう話では無いのだが。
一体どこまで大きくなるだろうか。
花を育てるような感覚にも似ていて、プランはとても面白いと思った。
館に戻り、ワイスを石に戻して、プランは自分の部屋に戻り、二体のゴーレムをテーブルに飾った。
こうして、あまり飾り気の無いプランの部屋にオブジェ兼非常食が誕生した。
ありがとうございました。




