23話 三人目の騎士
フィーネに頼んでいたもう一人の武官が、今こちらに向かっていると連絡があった。
何でも、冬篭りが手伝えるかもしれないからと急いで準備をしてくれたらしい。
フィーネ枢機卿の知り合いで、クリア神信者の女性の武官。
「一体どれほど素晴らしい騎士なのでしょう」
騎士を特別視するリオは彼女を待ち遠しそうに呟いた。
その数日後、馬に乗ってこの館にその騎士が訪れた。
プランにリオとハルト、ヨルンで出迎える為に、館の外に出ると、馬に乗った騎士らしき人物が三人いた。
女性の周囲にいる二人はごつい装備をしているが男性ということから、この女性が来てくれた武官ということだろう。
「初めまして。騎士アイン・シュートラ。少々遅れましたが参上いたしました」
アインと名乗る女性は、そう微笑みながらプランに敬礼した。
プランが最初に思った印象は、凄い美人な大人の女性だった。
短く黒い髪はキューティクルが輝いていて、ふわっとしたボブカットの様な髪型だが、毛先は外側に跳ねていて可愛らしい。
拘りがあるのだろう。
髪型は可愛らしく見えるが、顔はかなり大人びていて、妖艶さすら感じるほどだ。綺麗。それ以外の言葉がプランには思い浮かばない。
女性が好きな女性、女性が憧れる女性。プランはそんな印象を持った。
格好は軽装で鎧すら着けておらず、マントからでもボディラインがわかる。
自分と比べると、差がありすぎて嫉妬する気にすらならない膨らみ。
いややっぱり少しだけ……かなり妬ましい。
そんな風にまじまじとアインを見ていたら、アインの方も馬から下りて近寄り、プランをじーっと見ていた。
「……あなたは大丈夫そうね。ふふ。強い子も私は好きよ」
意味深な発言を残し、プランから離れるアイン。
傍に寄ると、香水らしき香りがふわっと漂った。
「この人なんかやばい人だ!」
プランはそう叫んだ。
「あら?どうやばいの?」
アインはそう尋ねると、プランは怒鳴る様に答える。
「女性なのに色気でころっといきそうになった!なんか同じ女とは思えない!」
アインの方を見ながら、頬を赤らめるプランを見て、ヨルンとハルトは顔を押さえて溜息を吐いた。
「ところで、そのお二人はどちら様?」
プランはそう尋ねた。
重層鎧を着込んだ、騎士にも見える男性が二人、直立したままで待機していた。
「ふふ。私の大切な遊び相手よ」
妙なアクセントを残しながら、アインは二人の男性の肩に手を回し体をおしつけていた。
「ハルト、緊急退避!」
ヨルンがそう叫ぶと、ハルトは頷き、プランを抱えて館の中に入っていった
「あら?何かあったの?」
首を傾げるアインに、ヨルンは答えた。
「教育的によろしく無さそうでしたので」
それを聞いたアインは、両手を広げておどけて見せた。
この時、リオは呆然としながらその光景を見ていた。
クリア神の枢機卿と繋がる、女騎士。
神にも認められた、素晴らしき人格者。
リオの中では高潔で、尊い、自分の憧れの様な人物が来ると信じていた。
実際にきたのは、妙に卑猥な女性だった。
――どうしてそんな適当なことが出来るんだ。
八つ当たりに近い怒りの感情がリオの心を支配していた。
「ああそうそう。私近いうちに騎士から階級上がって男爵になるけど、気にしないでただの武官として扱ってね」
そう微笑むアイン。
そんな彼女に、リオはどうしても、仲良くなれると思えなかった。
「文官筆頭のヨルンです。何か要望はありますか?」
ヨルンがそう言うと、考えるような仕草をした後、笑顔で答えた。
「この二人合わせて、十三人分。住む場所を提供してもらえないかしら?館の中じゃなくて村でも良いし、何ならテントでも良いわ」
「それはどの様な方々でしょうか?」
ヨルンの質問に、アインは妖艶な笑みを浮かべた。
「みんな私の大切な遊び相手よ」
ハルトに連れられ、しばらく部屋に待機することになったプラン。
途中から耳を塞がれていたから何となくしか聞こえなかったが、あまり良くないことを言っていたのだろう。
自分が若いからそういう事から逃がされる。
それがプランには不満だった。
領主になることが決まり、性的なことも学んだ。
娼館の必要性も理解している。
男性に対して色々と知っているんだから、問題ないだろう。
そうハルトに愚痴ると、ハルトは溜息を吐きながら答えた。
「俺もヨルンも、お前にああなってもらったら困るんだよ。場合によったらこのまま送りかえすことになるかもしれん」
そう言って、ハルトは部屋から出て行った。
プランはその後、妖精石からワイスを召喚し尋ねてみた。
「あの人、そんなに悪い人かな?」
ワイスはふわふわと浮きながら、プランの質問に考え、若干の間の後に答えた。
「んー。さあ?人の善悪って良くわからないし。でも、私はあの人好きになれそうよ?」
ワイスの言葉に、プランは頷いた。
「そうなのよね。私にはアインさんがそんな人に見えないのよね」
プランは一緒に来た二人の男性の顔を思い返した。
アインと一緒にいられて、とても嬉しそうな顔をしているように見えた。
ただ、その顔は男女のソレには見えず、信頼を寄せている、強いて言うなら、男二人の顔は、母を見るような表情だった。
そして何より、プランはアインが顔を近づけた時の表情を思い浮かべた。
心配する様な表情のまま近寄り、何かを確認したら安堵の表情に変わった。
その顔は、とても慈愛に満ちていた。
アインはあの時、純粋にプランを心配していた。
プランはそう確信していた。
しばらくすると、ノックの音の後、ヨルンは入って来た。
「当主様。改めてアイン様の挨拶にお越し下さい。客間で全員待機しています」
その顔は、驚くほどすがすがしい笑顔になっていた。
客間に行くと、にこにことしながら手を振るアインに、無表情のハルトとリカルド。
苛立った表情のリオ。最後に、にこにことご機嫌なヨルンが入って来た。
ミハイルはこの場に出ない。
ミハイルではなく、一緒になった場合、プランがボロを出しかねないからだ。
「それではアイン様、当主様に改めてご挨拶お願いいたします」
丁寧に頭を下げるヨルン。その顔は終始笑顔だった。
「ねぇハルト、ヨルンに何があったのよ」
ひそひそ声でハルトにプランは尋ねた。
「連れてくる男の中に凄い人がいたらしいぞ。良くわからん」
ハルトはひそひそ声でそう返した。
「それじゃあ、あらためまして。騎士アイン・シュートラ。特技は色々な人と繋がりが深いことかしらね」
そう言いながら、アインは微笑んだ。その一言に、リオの片眉があがった。
「とりあえず、連れてきた馬三頭のフルプレートメイル二着はそちらのご当主さまへの捧げ物よ。受け取ってくれる?」
その言葉に呆然とするプラン。
背中の方に、誰かの肘が刺さり、そちらを向くと迫力ある笑顔でヨルンが見ていた。
「はい。よろしければ受け取らせてイタダキマス」
「はい。よろしく受け取って下さい」
そうにこにこしながらアインはそう返した。
「あと、あの二人いれて男のツレが十三人来るわ。そのうち十一人は村人志望だから、村に入れてくれないかしら?」
「ヨルン。パス」
プランの言葉に、ヨルンは頷いて前に出た。
「既にアイン様からお話を聞いております。十一人のうち、希望者は兵士に、そうでない方にはどちらかの村の所属を選んでもらおうと思っています」
その言葉にプランは頷く。
「わかった。ヨルンが良いならそうして」
ヨルンは頷いた。
「残り二人はどうするの?」
プランの言葉に、アインは答えた。
「ああ。商人だから勝手に店を建てて拠点にするから放っておいて良いわ。もう一人は護衛だし」
その言葉で、プランとハルトは、ヨルンの対応が急に丁寧になった理由を知った。
商人とは金のなる場所に住み着き、取引を通じて金銭を稼く職業だ。
本来なら、こんな辺境の地に住み着くことなどありえない。
商人が一人いるだけで、村にも資源がいくし、その商人のツテ次第では、領内の軍事もマシになる。
あと、溜まった毛皮を買ってくれるだけでも、相当予算に余裕が出るだろう。
「ちなみに、十一人の男性は一般の方々ですが、建築が出来る人も混じっています」
ヨルンの言葉に、ハルトとプランはもう断る選択肢が無くなったことを理解した。
「アインさん。領主をやっているプランです。好きに呼んでください」
にっこりと微笑み、プランはアインに手を伸ばした。
「あら。じゃあプランって呼ぶわ。だから私もアインって呼んで。フレンドリーが良いんでしょ?」
そう良いながら、アインはプランの手を握り握手をした。
「よろしくアイン。でも、アインって呼ぶのなんか悪い気がするわね。年上のお姉さんだし」
「ふふ。ならアインお姉様って呼ぶ?」
そう笑うアインに、プランは笑って冗談めかして抱きついた。
「アインお姉様ー。ああ。やっぱり良い香りがするわー。落ち着く」
「はいはい。よしよし甘えん坊の領主さまね」
微笑みながら、アインはプランの頭を優しく撫でていた。
「おおお……撫でるの上手だ」
驚くほど気持ち良い手の感触に、プランはごろごろ喉をならしてアインの胸元に顔をこすりつけた。
「まあ、なんと言うか、うちらしい人材が来たな」
ハルトはそう呟き、ヨルンとリカルドは頷いた。
一癖あるけど、フレンドリー。たしかにリフレストの人員らしい人だった。
ただし、リオだけはやはり、アインの事を良く思えず、そっとその場を後にした。
夜になり、アインは一人でこっそり館の外に出た。
別に何か悪いことをしようとしてでは無い。
ただ、外に出て月が見たくなっただけだ。
思ったよりも強い月明かりに照らされながら、アインは一人地面に座り空を見上げた。
大きく丸い月がこちらを見ていた。
今日は満月だったらしい。どうりで明るいわけだ。
アインは胸元にしまっていたペンダントを取り出し、握り締めながら、また満月を見る。
その顔は寂しそうで、まるで泣きだしそうだった。
ありがとうございました。




