22話 収穫祭
そして夜が明け、収穫祭当日となった。
祭りの日には、政治に携わる者を村に置く決まりがある。
トラブル防止はもちろん、極稀に神が降りてくることがあるからだ。
そんな時に、領民に代わり、神に意見を尋ねる役として村に誰かが残らないといけない。
ファストラの村は、ハルトに任せた。
慣れ親しんだ村なら多少の事があっても問題ないだろうし、村人が酒に酔って問題起こしても力ずくで解決できるからだ。
セドリの村はリオに任せた。
ついでに、食客だけどリカルドもセドリの村に行ってもらった。
村人にとってリカルドは無くてはならない存在だ。
ならば、リカルドが行かないと村人も楽しめないだろう。
そうプランは考えたからだ。
為政者として、皆の喜ぶ祭りにしようと考えたプランだが、当日、プランのすることは何一つ無くなっていた。
『今日は忙しいので学習の時間はありません。適当に祭りに参加してください』
ヨルンはそう言いながら、忙しそうに去って行った。
気を使われたのだろうとプランは感じた。
ただ、そういうことならと、今日一日は好きにしようとプランは決めた。
「ローザさーん」
プランはそう言いながら、メイドの一人を呼び止めた。
ローザさん四十二歳。
オールワークスメイドのまとめ役をしてもらっている人だ。
そして、この館内にいるメイドは全て、オールワークスメイドである。
その上、ローザさんは他のメイドと同じお給金で、人の倍働きながらメイドの教育もしてくれる。
つまり色々な意味でこの領内の母と言える存在だ。
父ですら頭があがらなかったローザは、今では領内で誰も逆らえない存在として認知されている。
「はいはい。今日は当主様?プランちゃん?」
領主としての話と、プラン個人としての話を、ローザは分けて聞いてくれる。
本当に人には恵まれていると思い、プランは嬉しくて微笑んだ。
「プランで!パン作りの手伝いしたいんだけど良いかな?」
「良いとも!嫌と言ってもやってもらうけどね!」
ローザはプランの背中を叩きながら、豪快に笑った。
プランはパン作りが得意だった。
その理由は単純に、人手が足りない時はメイドの代わりにパンを作っていたからだ。
その技量は本職並で、メイドの中で一番上手いローザに並ぶ。
『惜しいねぇ。あんたが領主じゃなければキッチンメイドを任せられるのに』
そうローザに言われる位には、プランはパン作りの素質があった。
一番必要な領主としての才能を全て兄に回した分、プランは他の事は割と器用にこなせた。
この事を、神様の致命的なミスなんじゃないかと、プランは常日頃から思っていた。
延々とライ麦粉を混ぜた物を捏ねるプラン。
今日は特に沢山のパンを焼く必要がある為、人手が足りない。
特に、力仕事の捏ねる作業に時間がかかっている為、プランは他のメイド達と共に、ライ麦粉を捏ね続けていた。
「プランちゃんのおかげで、最近パンが美味しくなったわ!ありがとうね」
周囲のメイドは、にこにこしながらそうプランに話しかけてきた。
「え?何かあったの?」
「ふふ。粉に混ざり物が減ったし、粉もより細かくなったからパンが良い感じに焼ける様になったのよ」
――ああ。ゴーレムのことか。
プランはそう理解して、メイドたちに微笑み返した。
「そっかー。それは良かったわ。やっぱり美味しい物食べないとね」
メイドたちはうんうんとしみじみ頷いていた。
――もっと皆に良いモノを食べさせたいな。
プランはメイドたちの笑顔を見て、そう思った。
二時間ほど手伝って交代の時間と共にプランは自由になった。
『こっちは良いから他のとこで楽しんできな』
ローザの言葉に、プランは頷いて、ローザに抱きついて部屋に戻った。
せっかくだから村の方に行こうとプランは思いついたからだ。
エプロンを脱ぎ、外出用の服に着替え、いざ出かけようと思った時、ふと気になることが出来、足を止めて妖精石からワイスを呼んだ。
「どうしたのプラン。遊びに行くんじゃないの?」
出てこなくても中から楽しんでいたワイスはプランにそう尋ねた。
「いやちょっと気になってね。ワイスにとって収穫祭ってどうなの?」
豊穣神と狩猟神を祭る行事は、妖精神の仲間の妖精から見てどう思うのか、聞いてみたかった。
もしかして、あんまり好ましくないのではないか。
そう考えたからだ。
「んー。正直に言うとね。もっと甘い物が出るお祭りの方が楽しそう」
「ありゃ。他の神に捧げ物とかどうも思わない感じ?」
その言葉に、ワイスは「別に」とだけ答えた。
本当に関心が無いような口ぶりだった。
「というか、人が生きてるのは神様達のおかげだから、感謝するのは当たり前だと思うわ。出来たら、ベル様にも感謝して欲しいけど、あの人することがわかりにくいからなぁ……。強制しても意味無いから私の方からは何も言わないけど」
ワイスの言葉にプランは「なるほど」と答えた。
「色々教えてくれてありがとね」
そう言いながら、プランはワイスの頭……といっても白い玉だから頭かわからないけど、玉の上の方を撫でた。
それで正解だったらしく、ワイスは嬉しそうにプランに頬ずりした。
ヨルンにファストラの村に出かけるとプランは一声かけた。
ただ行くだけではもったいないと思い、パンを村に運ぶ手伝いをしながら、メイド達と共にプランはファストラの村に向かった。
村に着くと、住民達がうろうろしたりそわそわしたりと楽しそうにしていた。
彼らが楽しみなのは、神に捧げる祭りでは無く、捧げ終わった後の残り物の処理の方だが。
プランが歩いていると、村の見回りをしているハルトを見かけた。
「ハルト。どう?何か変わったことあった?」
こんな辺鄙な村で、全員知り合いだ。
特に無いだろうと考えながらプランはそう尋ねた。
だが、ハルトの様子は予想とは違い、困惑した様な表情を浮かべていた。
「何も無いっちゃあ無いんだが……いや良いことなのだが、」
歯切れの悪そうなハルト。
説明が難しいらしく、ハルトはプランを目的の場所に案内した。
そこはメーリアさんの家だった。
「何かあったの?」
プランの質問に、ハルトは難しい顔をした。
「何も無いってわけじゃあないが……いや問題では無い。ただ、びっくりしただけというか……。まあ、裏にメーリア司祭がいるから行ってみろ」
ハルトの発言に頷き、プランは家の裏手、メーリアに頼まれた畑に向かった。
そこにあったのは、何とも言えない赤い植物だった。
「ああ。プランさん。見て下さい。何とか間に合いましたよ」
そう言いながら、メーリアは真っ赤な植物から小さな赤い実を収穫していた。
「あの、メーリア……この植物は?」
まだメーリアが着てから二月経ったか経っていないか程度の時間しか経っていない。
だが、この赤い植物は既にプランの身長を超えるほど高く育っていた。
良く見たら支柱がついていて、緑の茎が見えた。真っ赤ではなかったらしい。
「私が前いた所でもらった種を植えたんですよ。好きなんです。プチトマト」
確かに、メーリアが収穫しているのはプチトマトだ。
だけど、この植物からプチトマトが出来るというのは、プランの常識から少しかけ離れていた。
畑から二メートルを超える高さにまであがり、その植物の色の大半は真っ赤に染まっている。
どうして真っ赤なのか理解した。みっっっっちりとプチトマトが隙間無く生っているからだ。
プランの知っている、プチトマトの苗や茎とは、量も大きさも異なっていた。
「畑、得意なんですね」
プランはメーリアに、そう言うしか出来なかった。
メーリアはその言葉に、照れながら喜んでいた。
「畑仕事好きなんですが、ずっとさせてもらえなかったんですよ。司祭様の仕事じゃないって言われて。でもこの村は誰も私を止めず、水やりや草むしりを手伝ってくれたんですよ。本当、この村が私は大好きです」
あははとしか、笑って返せないプランだった。
ただ、豊穣神の捧げ物が豪華になるのは、とても良いことだった。
「そろそろ捧げ物の時間だってさ」
ハルトの呼び声に、プランとメーリアは頷いて、そちらに向かった。
メーリアは大量のプチトマトをカゴにいれていた。
狩猟神に捧げる肉を、台の上の毛皮の上に置き、豊穣神に捧げるパンとプチトマトと豆を、台に置いた。
あのカゴ一つでは無かったらしく、プチトマトのカゴがこれでもかと大量に縦に重ねられていた。
パンより高く積みあがったプチトマトの山は、それはそれは迫力ある光景だった。
村人が絶句する程度は。
そして捧げ物の準備が終わったら、全員で直立したまま、下を向いた。
神は呼ばれない限り、見てはならない存在だからだ。
そうしていると、天が光り、柔らかい風に体が包まれ、空気が暖かくなる。
独特の浮遊感と共に、さきほどまでいなかった誰かが傍にいる感覚がした。
大体五分ほどすると、その感覚が無くなり、神は貢物を受け取り去って行かれた。
捧げ物台の上から、僅かに食べ物が減っていた。
肉はふた切れほど。パンは三個程度。実は神の取り分はそれほど多くない。
大切なのは気持ちである。ということだかららしい。
のはずだが、今年は少し違った。
山ほどあったプチトマトが、一つ残らず消えていた。
「豊穣神って、プチトマトが好きだったのかしら」
プランはそう呟いた。
メーリアも知らなかったらしく、驚きながら呟いた。
「まあ。豊穣神様も私と同じ嗜好だったのですね」
そんなことを呟きながら、メーリアはまたプチトマトを収穫に向かった。
全て消えたプチトマトに村人も呆然としていたが、切り替えて、大声を出して騒ぎ始めた。
村人にとって、今からの宴が本番だった。
貧乏な領内の貧乏な村。
だから領民の彼らは普段非常に節制して生きている。
だけど、今日だけは別だ。
好きなだけ飲んで食べて良い。
それが収穫祭だからだ。
彼らはエールを片手に焼きたての肉を齧りだした。
ほとんど盗賊の様な風景だ。
だが、それが一番美味しい食べ方だと、彼らは知っていた。
食べるのに夢中になり、盛り上がっている中で、プランはそっと村を退出した。
こっそりと館に戻り、プランは裏庭に向かった。
裏庭の隅に、隠される様に作られた名無しの墓。そこが目的地だった。
まるでペットの墓の様なこれが、父の墓だった。
アンデッドになり、領主としての功績も、死後の名誉も全て父は失った。
もちろんそれには、墓を建てることの禁止の意味もあった。
それでも、何とか形を残したいと皆で考え、せめて父の好きだった館の中に墓を隠して建てることにした。
それでも、プランは良いと思った。
兄を救う為に、己を犠牲にした父は、確かに誇り高く、素晴らしい父だった。
墓が無かろうと、裏庭に雑に建てようと、文句など言うわけが無い。
そんなことよりも、兄が生きていたことの方を、父は間違いなく喜ぶ。
尊敬でき、皆に愛され、立派で、自慢の父だ。
もし一つだけ言うとしたら、無理だとわかっていても、出来たら生きて帰って欲しかった。
プランは手を合わせながら、小さく呟いた。
「私、父さんの代わりになれるかな。がんばれるかな」
答えは無い。だけど、父ならきっとこういうだろう。
――お前に領主としての能力は無い。だから、他の人に頼れる領主になれ。父さんみたいにな。
プランは似なくて良いところが似た自分に苦笑した。
「おや。出遅れたかな」
そう良いながら、ミハイルが入ってくる。
両手に皿を持ち、皿の上にはパンに切り込みが入っていて中にスクランブルエッグが入っていた。
「わあ。何とも贅沢な」
「父にも捧げ物がいるかなと思ってさ」
そう良いながらミハイルはプランにウィンクをした。
父に二皿ささげ、手を合わせるミハイル。
プランもそれにあわせた。
「父上。私達の今後を見守り下さい」
もう、魂も消滅し、存在も抹消されている為何も残っていない。
だけど、そう願わずにはいられなかった。
「さて、ちょうど偶然二皿あるんだ。そして私には二皿はちょっと多い。手伝ってくれないかな?」
プランは満面の笑みを浮かべ、答えた。
「もちろん!」
二人は無名の墓の前で、笑いながら食事を食べた。
二人だけの声しかしない、静かな空間だが、二人は不思議と寂しく無かった。
ありがとうございました。




