21話 収穫祭準備中
文官は悲鳴をあげながら駆け回り、武官と兵士は武器を磨きながら気合を入れる。
急な予定変更は、文官の仕事を激増させ、村人達は、嬉しそうにパンを捏ねる。
とにかく文官の苦しみが増えるが、誰一人文句は言わない。
彼らだって、住民の喜ぶ顔が見たいからだ。
だから無理やり予定を変更し、収穫祭の準備を始めた。
住民の年に一度の楽しみの収穫祭。
豊穣神と狩猟神に、今年一年生きられた感謝と、冬を越し、来年も生きられる様に願いを込め、祈りを捧げる日だ。
ただ、今年は中止する予定だった。
武官は一人を残して皆いなくなり、兵士も大半を失いそれどころではない。
そしてなにより、先代領主の喪に服すということで、今年はつつましく行こうと決めていたからだ。
それだけ先代はファストラの村の人達に、愛されていた。
その予定を、十月という収穫祭が行われる月に、プランは変更の命令を下した。
「父がそんなことで、喜ぶとは思えない。父を喜ばせるなら、喪に服すよりも、盛大に行こう!」
父は住民の笑顔の為なら全裸にもなれる男だ。プランはそう思っていた。実際に全裸になられたら他人のフリをするが。
忙しくなるのはわかっているが、その通りだとヨルンも思い、それに了承した。
「良いですよ。ただし、盛大には駄目です。例年と同じ様にしましょう」
「えー。なんでー?」
口を尖らせて文句を言うプラン。
「それはですね、お金が無いからです」
悲痛な声で現実を語るヨルンに、プランはしょんぼりしながら頷いた。
そんなわけで、収穫祭の準備で皆てんてこ舞いとなった。
文官は一週間位ベッドで寝られず、武官と兵士は見回りと村の準備の協力。
そして二つの村の村人は、大慌てで飾りつけの準備を始めた。
豊穣祭と言っても、特別何か変わったことをする日では無い。
ただ食べ物を大量に用意して、それを神に捧げる。
その後、大麦で作られたエールを片手に、眠るまで外で騒ぎながら飲み食いをする。
ただそれだけの祭りだ。
そして、その為に必要な物がある。
豊穣神に捧げるパンはすぐに用意出来る。
プランがあの後、毎日の様にヨルンにせかされ、作らされたライ麦パンゴーレム『こなじろー』君と、前の小麦のパンゴーレム『こなたろー』君の二体。
これのおかげで、製粉事情は大きく変わり、ただパンを食べるだけなら相当楽になった。
ただ、小麦自体はそれほど多く取れないから、ライ麦パンに小麦を混ぜる形になるが。
必要な物は狩猟神に捧げる肉だった。
こうして、兵士と武官に最重要任務が託された。
祭り前日と当日の午前中のうちに、二つの村人が満足行くまで食べる量の肉を確保すること。
狩猟神に捧げる肉だから、保存加工した肉は適さない。
つまり、兵士達の狩猟の技術を試されているわけだ。
だからこそ、兵士と武官のやる気は最高潮に上がっている。
一種の神の挑戦でもあるからだ。
そんなこんなで、祭りまであと一週間と差し迫った頃、プランとハルトはセドリの村に向かっていた。
プランは馬に乗って走り、ハルトはその横で己の足で走る。
「後ろに乗らないの?」
とプランは尋ねるが、
「トレーニングも兼ねているからな」
とハルトは拒否し、馬に並走していた。
馬の速度に追いつき、走る凄さはわかるが、仕事の時くらいは休んだら良いのに。
プランはそう思った。
セドリの村に二人が来たのは祭りの準備の手伝いの為だ。
今まではただの隠れ里で、村になってまた一月程度しか経っていない。
その為、祭りに必要な道具などがわからず、プランが手伝いに来ることになった。
プランが選ばれたのは、祭りの道具に詳しい人物の中で、一番暇だからだ。
為政者側として、道具の詳しい絵柄等を覚えているのは、文官三人と、ミハイル、プランだけだ。
その中で、一番暇なのが領主のプランだった。
プランとしても、判子押したり書類書いたりよりは、よほど気楽な為喜んで行くことに決めた。
そして、一応領主だから護衛が必要だろうと用意されたのが、ハルトだった。
決して暇では無いが、兵士の鍛錬の主なリオと、狩猟の得意なリカルドに比べたら、優先度が落ちたため白羽の矢が立てられた。
プランは持ってきたトンカチを住民達に渡し、ハルトに鋸を渡して周囲の木を伐採させる。
山の中に作った隠れ家が元な為、周囲は木々に囲まれている。
そして、木をうまく削り、形を整えて、捧げ物の台を作る。
それと、住民達が外で食べる為の椅子とテーブル。
簡単な物で構わない。というか簡単な物しか作れない。
この時注意しないといけないのは、捧げ物台は正しく作らないと、神が捧げ物を受け取れないことだ。
狩猟神用の捧げ物台は、正方形に近づけた台の裏側に、骨を砕いて粉にした物で専用の模様を書く。そして最後に、四方に脚をつける。
豊穣神用の捧げ物台は、正方形に近づけた台を、脚をつけず、地面にそのまま台を置く。
それだけ作ったら、後は各自自由で良い。
多少楽する為に、ハルトを働かせて椅子とテーブルを余分に作らせる。
行きの時にトレーニングするようなアホだ。
きっと鋸で切って加工するのもトレーニングになるだろう。
「これで一通り祭りの準備は終わりましたが、何か祭りでも、それ以外でも困っていることは無いですか?」
プランは椅子を組み立てている老人の男性に尋ねてみた。
この村のまとめ役のリカルドが、セドリの村の意見を纏めてはくれるが、生の声も大切だとプランは知っているから、こういう機会があれば出来るだけ意見を求める様にしていた。
「うーん。そうさねぇ。もう一つの村と、もう少し連絡が取れたら嬉しいねぇ」
物々交換か貸し借り等、必要なことではあるが、如何せん距離が悪い。その上ここは山の上だ。
早歩きでも四時間はかかり、両村の距離では、馬が無い限りは連絡は取りあうのは不可能だ。
そして馬は領内全てで二頭しかおらず、兵士にもまだ回せないほど貧窮している。
「ごめんなさい。しばらくは難しいです」
せめて平地だったら、または商人がこの領内に住んでくれたらもう少し環境は変わるのだが、それは難しいだろう。
普通に考えたら、この領内に商人が来てもメリットはほとんど無い。
「いやいや、わがまま言ってごめんねぇ。嬢ちゃんに言ってもどうしようも無いのにねぇ」
……。
プランは、領主と思われていないことに気付き、少しだけ悲しくなった。
「おじいちゃん。私、それなりに偉い立場の人だから多少の問題は何とかなるよ。何か他にお願いある?」
「おお。そうかいそうかい。それなら、みての通り開拓に不便だから、伐採に助けが来ると嬉しいねぇ」
老人は信じているのか信じていないのか、わからない態度だった。
「わかった。ファストラ村の余っている人連れてきて、鋸はこの村に貸したままにしとくね」
プランはそう言って、老人の所は離れ、他の人に話しを聞きに行った。
一通り話を聞き終わったプランは、ハルトを回収してセドリの村を出た。
村にいる間ずっと木を切り続けてたハルトは、流石にくたびれたらしく、馬に乗っているプランの後ろで一緒に馬に乗った。
「つかーれたー」
ハルトはそれだけ言ってプランによっかかってきた。
「はいはいお疲れ。ちゃんと私にしがみつかないと危ないわよ。ああ、でも胸触ったらぶん殴る」
「はっ。どこが胸がわからないしそこには壁しかないから安心しろ」
わなわな震えながら、プランはハルトの頭を叩いた。
帰り道の途中で、ハルトが突然プランに質問してきた。
「なあ、あの村って弓矢あるよな?」
「あるわね」
「あれってどうしてるんだ?」
ハルトの質問に、さっき聞いた話をプランは話した。
「作ってるんだって。お年寄りだけど弓が作れる人がいるから。弓はその辺りの木の中と皮を加工して、弦は動物の腸とか麻とか草とかある物でがんばってるって」
ハルトは非常に感心していた。
「なるほどなー。凄いんだなー」
「そうねー」
そして会話は止まった。
五分ほどで、沈黙に耐え切れなくなり、プランが尋ねた。
「んで、どうして弓の話したの?」
「ああ。大したことじゃないんだけどな、どうして弓を兵士に使わせないのかなと思って。物々交換ならセドリの人達も喜んで交換してくれるだろ?」
確かに。とプランは思った。
だけど、一月経つのに兵士達が弓を持っている姿を一度も見ていない。
きっと何か理由があるのだろう。
「そうね。私には軍事とかさっぱりだし、帰ってリオとリカルドに聞いてみましょうか」
「そうだな」
そんな会話をしながら、二人は自分達の館に戻っていった。
帰ってきた時にその答えがわかった。
リオはセドリの村人が弓矢を作れるという事実を知らなかっただけだった。
リカルドも説明を忘れていたらしく、申し訳なさそうにしていた。
「まあ、そういうことならいくつか購入しておきましょう。今は練習の時間が足りないので既存の兵の方向転換は出来ません。なので次に来た兵士から弓兵としての訓練を行いましょう」
そういう話になり、リカルドがセドリの村の人達が交換してくれそうな物を調べるということで、この話は片がついた。
六日後、血走った目の兵士達が森の前で整列していた。
今日は収穫祭の前日。大量の肉を取らないといけない。
それは神からの試練。
それは今日までの練習の成果を見せる日。
そして何より、余分に取ったらその分食える。
若く、肉に飢えている兵士達の気力は十二分に蓄えられていた。
その後ろで、武器の様子を見たり、柔軟をする、ハルトとリオ、それと狩猟が得意な為借り出されたリカルド。
そしてオマケのそれを眺めるだけのプラン。
流石に何もしないのは悪いから、突入の合図をすることになった。
リカルドは、武官二人に提案をした。
「なあ、せっかくだから競争しないか?そっちは二人組で良いぞ」
その発言に、リオは微笑んだ。
「良いですね。狩猟勝負というのも騎士らしくはありますし、競争して結果が良くなるなら文句は無いです」
ハルトも部分的には同意らしい。いつもの獰猛な動物らしい笑い顔をした。
「良いぜ。ただし、勝負なら三人別々のチームだ。同じ条件にしないと面白くない」
ハルトの言葉にリオとリカルドはにやっと笑い頷いた。
リカルドは弓を置き、リオは自分の持ってきた上等な剣を置いて、三人は石の槍を持った。
「魔法使っても良いぞ。ハンデみたいなもんだ」
ハルトの挑発に、リカルドは不敵な笑みを返す。
「使わないさ。ダブルスコアついたらかわいそうだからだ」
ふふふと笑いながら、お互いを挑発する二人に、静かに闘志を燃やすリオ。
――男ってどうして勝負になるとこう我を忘れるのだろうか。
プランは微笑みながらそう思った。
全員の準備が終わり、プランに視線が集中した。
「そうね。三人の競争で一番だった人には、私が何かお願い聞きましょうか。夕飯一品追加とか、ちょっとしたお願い位しか叶えられないけど」
そんなプランの言葉に、リカルドの態度は一変した。
目に見えるほどの闘志に溢れ、赤い炎が背に見えそうなほどだった。
そんな様子のリカルドと、安易にそんなことを言い出すプランに、ハルトは苦笑していた。
「それじゃあ!突撃!皆がんばってね!」
その言葉と同時に、ハルト、リオ、リカルドが森林の奥に走りに行き、兵士達がその後ろを続いた。
六時間後、暗くなる前に様子を見に行ったら死屍累々の惨劇となっていた。
兵士達はやりきった男の顔になってぶっ倒れている。
リオは座って息を整えていて、リカルドは地面とキスをしたまま、一歩も動けなくなっていた。
そして、ハルトは、汗だくのままプランの元にふらふらと歩いて来た。
「よう。俺が勝ったぞ」
何となく、プランはそうなるような気がしていた。
「そっか、おめでとう。何して欲しい?」
その言葉にハルトはきょとんとした。
「あー。何も考えていなかったな。そうだな。とりあえず、水が飲みたい」
プランは微笑んだ後、館に戻り、ヨルンとミハイルに協力を頼み、全員分の水を用意した。
その最初の一杯をハルトはプランから受け取り、一気に飲み干した。
ありがとうございました。




