20話 予想外と予定外の末に生まれた子だけど、文官達の救世主だった
メーリアは複雑そうな顔で自分の家に戻り、プランとヨルンは二人っきりになった。
また、ワイスも気付いたら妖精石の中に戻っていた。
「さて、宗教についてはこれで終わりです。次の講義に入りましょう」
ヨルンの言葉に、プランはうんざりとした表情を浮かべた。
「もう聞くの飽きたんだけどー」
その様子にヨルンは微笑みながら言葉を返す。
「では、次の講義は、プランさんに説明をお願いしましょうか」
「へ?」
ぽかーんとするプランを立たせたまま、ヨルンは椅子に座ってプランの様子を見ていた。
「へ?」
良くわからないまま、呆然とするプランに、ヨルンはゴーレムの説明を求めた。
ぽんと手を叩き、プランは偉そうに、ワイスから習ったことの説明を始めた。
ゴーレム。
魔法と、錬金術と、科学の結晶である奇跡の存在。
主の意思のままに稼動する事も出来るが、命令に従事させることも出来る。
製作には高度な知識と技術、そして様々な資質が必要となるが、一度作るとメンテナンスや維持は非常に簡単だ。
故に、製作出来た場合、非常に優秀な兵士、労働力となる。
単純作業なら、どの様な用途でも使い道が残る。
「というわけで、ゴーレムについてわかる初歩の初歩の説明をしまーす」
プランの言葉に、ヨルンは小さな拍手で答えた。
「えー。ゴーレムを作るのに必要なのは【ボディコア】と【ボディ】になります。また、ゴーレムに命令を下す場合は【オーダーコア】も必要となります」
「各自の詳しい説明もお願い出来ますか?」
ヨルンはメモを取りながらそう尋ねた。
プランは頷き、一つずつ、説明を始めた。
ボディコア。
ゴーレムの本体。これ自体は土でも鉄でも良い。
どんな素材でも構わないが、魔力で加工する為、作るのに条件があり、また時間がかかる。
ボディ。
コア以外のゴーレムの全て。
魔力で加工するも必要なく、素材の形さえ整えたら良い。
ただし、ボディコアと同じ素材で無いとならない。
オーダーコア。
ゴーレムへの命令を書き込む平たく丸い硬貨の様な形状のパーツ。
これに、命令を書き込むことでゴーレムの自動操作が可能になる。
素材は焼き粘土から鉄、金など。焼き粘土なら量産も出来てコスパに優れる。
「ふむふむ。しかし、この程度の条件でゴーレムを作れるなら、量産出来そうなものですが、他に製作の条件とか無いのですか?」
ヨルンの言葉に、溜息を吐きながらプランは答えた。
「沢山あります。その中でも、特に親和性だけは、努力でもどうにもならないので、ゴーレムが普及しない理由だと思う」
ゴーレムの製作には、製作者の資質に大きく影響する。
魔力や知識はもちろん、技術や生き方ですら、大きく影響を受ける。
それを過去の製作者は親和性と表現した。
具体的に言えば、【本人が長いこと関わってきた素材関連のゴーレムしか、素材には出来ない】
この条件の所為で、鉄のゴーレムは石のゴーレム以上に普及出来なかった。
そして、石のゴーレムは脆く、使い捨て前提の為、メリットが薄い。
更に問題なのは、オーダーコアの方だ。
親和性のある命令しか、オーダーコアに書き込めない。
つまり、【本人が得意な事と関係する命令以外、書き込めない】
多少は融通が聞くが、それでもかなり厳しい条件だった。
もし、戦闘用のゴーレムを作るのなら、鉄に長いこと触れていて、戦闘が得意なゴーレムの才能がある魔法使いが必要になってくる。
もちろん、そんな人はいても極わずかだ。国中探しても五人もいないだろう。
故に、戦闘では全くゴーレムは普及していないし、労働力としてもあまり話題にあがらない。
単純に数が少なく知名度が低いのだ。
「もう一つ。【オーダーコアは魔導言語でしか書き込めない】っていう条件あるけど、これは私なら無視出来るから」
魔導言語とは、魔法使い達の間で作られた、魔法専用の言語だ。
非常にややこしく、読みにくく、使いにくいが、魔力を込めやすい。
「魔導言語なんて複雑な物、当主様にご理解出来たのですか?」
ヨルンはそう言いながら、わざとらしく驚いた。
もちろん、そんなことは信じていない。
「……ワイスが妖精言語使えるから手伝ってもらうのよ。妖精言語で代用出来るから」
ヨルンはなるほどと、小さく呟いた。
「そうなると、もうしばらくゴーレムの製作は無理そうですね。急がなくて構いませんので、焦らず色々試してみて下さい」
そういうヨルンに、プランは破顔しながらピースサインを見せた。
「実は今日、試運転の日です!」
ワイスの指導は、本当に最小限だけだった。
つまり、重要な部分でも、製作出来るなら省略を繰り返し、代用を繰り返しの、入門の更に下の説明しかしていない。
だからこそ、最短でテストゴーレムの製作が可能になった。
例えば、本来間接部は歯車の構造体を内蔵させないとまともに動かないことや、粘土や土など軟体のゴーレムには独自の制御がいること。
その辺りの説明を省いた。
そして、安定した世界を崩した妖精神の作った妖精言語を使用すると、ゴーレムに遊びの部分が生まれ、設計段階ではありえないことを起こすなども、プランは知りもしなかった。
ヨルンは無表情になった。
ゴーレムが出来たと言って、待っていると、日常で良く見る物が持ってこられたからだ。
本来なら横になっているそれが、縦になり、手足が生えている。
そう、それは紛うことなき、パンだった。
「プランさん。このゴーレムの名前は?」
「パンゴーレム」
「プランさん。このゴーレムの材料は?」
「小麦粉オンリー。村の人にお願いして取引してもらった。かなりの出費となりました。余りのパンは夕飯に出るのでお楽しみに」
「プランさん。このゴーレムの戦闘能力や身体能力は?」
「え?パン程度?」
ヨルンは頭を抱えた。
百歩譲って、小麦粉を水に溶いたゴーレムならまだわかる。
粘土に似た素材だし、きっと体に優しいゴーレムになっただろう。
「プランさん。何故、何故焼いたのですか?」
「え?だって、パンだから……」
その言葉に、ゴーレムは自慢げに胸を張った。胸といっても、切り込みのつけられた長いパンだからどこが胸かわからないが。
ヨルンは、まじまじとそのパン的構造物を見つめた。
胴体の大きさは大体四十センチくらい。横幅十センチくらい。
つまり、普通の長く硬いパンだ。
それに、妙に長細いパンが手足としてくっついている。
ぐねぐねと稼動し、微妙に怖い。
「それで、このゴーレムは何が出来ます?」
ヨルンの言葉に、プランは何もかかれていないオーダーコアを取り出した。
本体にあわせて作ったからとても小さく、親指の先位の大きさのオーダーコアには、あまり文字をかけそうにない。
「えっとね、私の出来ることだから、まずパンが捏ねられます」
地味に凄い。ただ、この体格でどう役に立つのだろうか。
というより、パンがパンを捏ねるなよ。
「他には?」
「えっとね。パンが焼けます!」
普通に凄い。目の前のパンも再度胸を貼り、自己主張していた。
だが、パンがパンを焼くなよ。なんだ、己の分身を量産する気か。
「あとねあとね、お腹が空いたら食べることが出来ます」
「なるほど。せっかくのゴーレムを歩く食材とするのですか。とてももったいない使い道ですね」
「大丈夫!手足が無くなった位なら時間かけたら生えるから!」
「はい。それはもうゴーレムの技術では無いですね。というか、どんな不思議生命体ですかこれは」
ヨルンは疲労感から溜息が出てきた。
「うーん。凄いけどあまり使い道無かったね。私のペット代わりにしようかな」
とことことテーブルの上を走り回るパンゴーレム君。
プランはどんな名前をつけようか考えていた。
「そうですね。実用性は次のゴーレムに期待しましょう」
「そうだね。あとは、製粉できる位だもんねー」
そう小さくプランが呟いたのを、ヨルンは聞き逃さなかった。
ファストラの村に、どうして水車があるのか。
それは、製粉の為だけに先々代が用意したからだ。
石臼で製粉することの大変さを知っていたからこそ、優先的に水車を建設した。
今、リフレスト領は大きな問題をいくつも抱えている。
その一つは製粉だ。
当たり前なのだが、水車一つでは数が足りない。
元々足りてなかった所に、村が増えて人口は単純に倍になったからだ。
主食のライ麦はもちろん、小麦自体もファストラでも作っている。
ただ、資金の為に他所に売っていただけだ。今年はそうはいかないだろうが。
餓死者を出さない為に、小麦を領内に配る必要があった。
ただ、文官達は製粉するのをどうすべきか悩んでいた。
いっそ兵士全員に石臼を持たせようという意見すらあったくらいだ。
もし、小麦だけでも自動で製粉してくれるような存在があるとしたら、それは間違いなく領内の救世主となる。
「当主様。少々おまち下さい」
そう言ってヨルンは、全力で館を駆け回り、小麦を一束持ってきた。
「これを製粉してもらえませんか?」
ヨルンの急な行動に、若干驚きつつ、プランは頷いた。
ワイスを召喚し、ワイスの指示どおりに、オーダーコアを削り妖精文字を書き込んでいく。
そして、オーダーコアを背中に装着し、製粉専用パンゴーレム君が誕生した。
ゴーレムは小麦の束を手に取ると、綺麗に実だけを分け、両手ですりつぶした。
そして、白い紙の上に真っ白い綺麗な小麦粉を出し、その脇に、土や石、麦わらを分けて出した。
一目見て、ヨルンはその恐ろしい性能を理解した。本来行う精選を短縮し、その上で普通に製粉するよりも質の高い状態となっている。
「プランさん。ライ麦のゴーレムって作れます?」
ヨルンの質問に、プランは答える。
「出来るよ?ライ麦と親和性が高いからそのオマケで小麦粉と親和性ある状態だし、もっと出来の良いゴーレムになるんじゃないかな。ただ、今の私だとゴーレム二体保有が限界だけど」
「じゃあ、ゴーレムの連続稼動時間ってどの位ですか?」
「私が未熟だから大体二日くらいかな。ただ、二日に一回、私が傍に寄って魔力補給できるなら半永久」
ヨルンはプランの肩を叩いて、腹黒そうな邪悪な笑みを浮かべて呟いた。
「当主様。あなたは歴代でも最高の当主です」
あまりに酷い顔だった為、なれているプランですら、若干の鳥肌が立った。
次の日、水車の中にゴーレムが設置された。
『小麦粉の製粉、承ります』
と書かれた看板を背に乗せ、ゴーレムは正座して待機していた。
ありがとうございました。
実は隠れた能力が二つありますが、いつか話せたら良いなと思います(話すとは言っていない)




