19話 六神教について
夜になると、プランはそっと妖精石を持ち、ワイスに出てくる様、念じた。
「あらこんばんは。何か用かしら?」
ワイスはふわふわとプランの回りを飛びながら、プランにそう尋ねた。
「ううん。何も用は無いけど、お話したくて」
せっかく妖精さんが来てくれたのだ。お話ししないのはもったいない。
そうプランは思ったからだ。
「うーん。私は嬉しいけど、魔力溜まらないわよ?」
一緒に食事と取って溜めた魔力をさっそく使うプランに、苦笑いするワイス。
「えー。良いじゃない。この後一緒に寝ても溜まるんでしょ?お話ししましょ?」
駄々を捏ねるプランに、ワイスは渋々と言った態度で了承した。
「仕方無いわね。じゃあ、お話ししましょ?ただし、あなたの役に立つことからね」
そして、プランの日課にゴーレム講義が加わった。
思っていたファンシーな感じとは違い、相当頭の使う話だったが、それはそれで楽しかった。
そんな、何でも無い日常が続き、一月が経過した。
特に日常に変化は無く、何時もの変わらない日々だった。
領主としての勉強に悲鳴をあげながら、文官の過労死を避ける為に無い知恵を絞り、少ない兵士を使って武官が出来ることを考える。
本当に何時もの日々。あまり役に立ってはいないが、それでも程ほどの領主としてがんばっている日々。
現状維持で手一杯だが、これからはすることは増える一方だ。
その中でも一番重要なのは、冬の準備を考えないといけないことだ。
今は十月。二月後には雪が降り、獲物は冬眠し作物も育たなくなる。
特に、新しく出来たセドリの村には防寒具も足りないだろう。
きっちりと足りない物を調べ、準備しないといけない。
するべきことは、まだまだ山の様にあった。
この一月の夜の会話で、プランはゴーレムの初歩を学んだ。
うまく一体でも試作機が出来たら、ワイスの事を教えてくれるという約束により、プランは必死に研究を進めた。
ミハイルは、リハビリも兼ねて文官の仕事の手伝いをした。
元々有能なミハイルは、リハビリ段階でもプラン五十人分程度の仕事はこなした。
リカルドは良くわからないことを兵士と共にしているらしい。
食事に繋がる努力らしいから、声をかけられるまでは黙っておく。
がんばってくれと、プランは心の中で必死に応援した。
そんな、変わらない日常。
だけど、プランには何よりも素敵な日常だった。
いつもの様に、領主として覚えるべきことをヨルンはプランに教えていた。
「さて、マナーの講義はいくらやっても覚えが悪いので、今日は宗教の講義をしましょう」
冷たい目をプランに向けながら、ヨルンは話を続けた。
「ということで、今日は特別講師としてメーリア司祭に来ていただきました。失礼の無い様、お願いしますね」
ヨルンはそう言うと、メーリアがノックをし、丁寧に礼をして部屋に入って来た。
「こんにちはプランさん。今日はよろしくお願いします」
にこにこと嬉しそうに入って来たメーリアに、プランも笑顔で答える。
「おー!よろしくメーリア!今日は色々教えてね?」
メーリアは笑顔で頷いた。
ヨルンは、プランに無礼の言葉の意味を教えるべきか、本気で悩んだ。
「さて、この前四神のお話はしたということらしいので、まずは四神の事を軽く流しますね」
そう言いながら、メーリアはプランの横に座り、紙に文字を書き出した。
地上を創った【創造神クリア】
獣を狩る力を人に授けた【狩猟神カーラ】
名誉ある戦いを人に授けた【闘争神グリン】
人に自然の恵みを授けた【豊穣神ルイン】
「ここまではよろしいですか?」
メーリアは頷いた。
「クリア神以外の名前って初めて見たわ。こんな名前なのね」
「はい。他に説明したいことも沢山ありますが、とりあえず今回は浅く広くということで、残り二神の説明をしますね」
そう良いながら、メーリアは紙に二柱の神の名前を書き足した。
妖精世界の主【妖精神ベル】
愛されなかった者に救いを願った【月光神シャール】
「最初の四神に二神を足して、この世界唯一の宗教で【六神教】と言われています。もう少し詳しく話しますね」
メーリアは、二神の説明の続きを語りだした。
四神の手により世界は誕生し、安息の日々を送った。
しかしある時、神が定めていない生き物が生まれた。
善性の存在であるにもかかわらず、人を困らせる彼らを、人は【妖精】と名づけた。
神も人も妖精の扱いに困りはてた。
そして、困った神と人の願いより、妖精神が誕生した。
妖精神は四神を度量の小さい神と罵り、妖精の世界を作り上げ、そこで全ての妖精を収容した。
妖精神が誕生したことにより、安定した世界の太陽に変化が生じた。
今まで常に昼だった世界に、朝と夜が生まれた。
更に、太陽の機嫌の良し悪しが出てきて、夏と冬が生まれた。
安定した世界が変質した太陽により崩れ、神に愛されない生き物や、神に愛されない人達が生まれだした。
神に愛されない人達は願いを捧げた。
――神様よ。私達をお許し下さい。
しかし、四神は彼らを愛さず、妖精神は妖精の事で手一杯だった。
そんな願いより、夜に月が生まれた。
――太陽の世界に愛されない者達を、他の神の代わりに私が愛そう。
こうして、月光神が誕生し、六神教となった。
「という感じです!」
そう、メーリアは楽しそうに語った。
「ちなみに、神に愛されない人達ってのは、盗賊とか、あー……。うん、ちゃんとした職業で認められている方々のことですよ」
勝手に人を襲う盗賊では無く、シーフギルドに参加している。ルールを守っている盗賊のことらしい。
「メーリア様。当主様は領地運営を学ばないといけませんので、子供扱いせずにはぐらかさないでお話して結構ですよ」
ヨルンの一言に、メーリアは難しい顔をしながら、言葉をぼかさずに、詳しい説明を始めた。
「月光神シャールの主な信者は娼婦の方々です。人に下賎と蔑まれた嘆きより、月光神は誕生しました」
月光神の祝福の中には、性病にならない。妊娠の確率をゼロに出来る。と言ったそういう専用の物がある。
ただし、月光神の信者になる為には、特別な条件があった。
『人の嫌がる職業に、なりたい者、ならねばならぬと自分で思った者』
それだけである。
娼婦になりたくない者を、無理やり娼婦にする為に月光神の信者にする。
などと言ったことは出来ない様になっていた。
「なので、出来る限り娼館などは月光神とかかわりのある施設にすることをオススメします。質もですが、無理やり働かされる人は月光神信者にはなれませんから」
メーリアの真剣な言い方は、逆の場合の悲劇を知っているかの様な言い草だった。
プランは素直に頷いた。恥ずかしいし、避けたい話題だが、避けて良い話題では無いと、プランは知っていた。
「といっても、そんな所にまで予算回せるのは当分先ですけどね」
楽しそうに言うプランに、ヨルンは苦笑していた。
「あはは。教会もまだですもんね」
メーリアは冗談のつもりだったが、その発言はプランとヨルンの罪悪感を酷く刺激した。
「申し訳ありません」
二人は声をハモらせながら、心から謝罪した。
「最後に、短く纏めた資料を用意しましたので、これを渡しておきます。忘れたらまた見て下さいね」
メーリアはそう言いながら、一枚の紙をプランに渡した。
宗教形態:六神教
創造神クリア(クリアフィール):原初の神。
狩猟神カーラ(カーライル):人に、狩猟の力を授けた。
闘争神グリン(グリン・ド):戦いに名誉を定め、人の争いを制限した。
豊穣神ルイン(ルインズ):人に、大地の恵みを分け与えた。
妖精神ベル(ティニア):妖精の世界を創り、この世界の太陽を活性化させた。
月光神シャール(無し):愛されない者を愛する約束をした。魔物以外の全ての動物を愛している。
祝福:各神によって異なる利点。クリア教の場合は、聖水など水に関する祝福が多い。
プラン達が普段使う少し色みの付いた白い紙とは違い、純白の高級な紙に、そう書き記されていた。
「これ、部屋の壁に貼っておくわ」
覚えられる自信の無いプランは、メーリアにそう言った。メーリアは苦笑いをしていた。
「ところで、一つお願いがあるのですが、良いでしょうか?」
メーリアがちらちらとプランを見ながらそう尋ねてきた。
「ん?なになに?」
「えっとですね、ワイスさんに妖精神の話をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
その言葉に、プランは頷き、即座にワイスを召喚した。
「はいはーい。ベル様の何が聞きたいの?」
白い小さな妖精は、メーリアの回りをふわふわ飛びながらそう尋ねた。
「何でも良いです。ただの好奇心なので。強いて言えばあまり有名じゃないことだと嬉しいですね」
わくわくした様子を隠し切れない様で、そわそわしながらメーリアはそう言った。
「うーん。そうだね。あ、貧乳を気にしてることとかは?『巨乳滅びろ』とか言っていたよ」
沈黙と同時に、気まずい空気が流れた。
「あー。とても気が合いそうな気がしてきたわ」
プランはそうぼそっと呟いた。
「私は何も聞いていません。全ては気のせいだったのです」
顔を背けながら、胸の大きなメーリアはそう呟いた。
ありがとうございました。




