表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/138

1話 なりたくなかった辺境領主

 

 葬儀から数日経ち、遺言と委任状が公開される日となった。

 領主の館の広場に、領主の配下全員が集まった。

 武官と文官。それに兵士。

 全員あわせて二十人もいなかった。百人を超えた武官と兵士のほとんどは、領主と同じ所に逝ってしまったからだ。

 それと館の世話をするメイド総勢十人。

 それとプラン。

 全員がその場で待機していた。

 遺言状を読むのは文官の代表の一人だ。

 その人物は領主からの信用も厚かった為、誰も反対はしなかった。


 わかっていることだ。

 プランにとってこれは一種の死刑宣告である。

 プランが不幸になる結婚が決まるだけの時間だからだ。


 委任状と遺言を持った文官、ヨルン・アイスがプランの後ろに立ち、小さく耳打ちした。

「まだ間に合いますよ?」

 ヨルンは父が最も尊敬した文官だった。

 年は二十と若く、実績も少ないが、その能力は誰よりも高かった。

 政治的なことになれば、父はあまり頼りにならず、兄も優れているとは言えなかった。

 リフレスト領の中で唯一、政治の絶妙なバランス感覚を理解しているのがヨルンだった。

 また同時に、年が近いからプランの兄とも仲が良く、兄と一緒に良くプランの面倒も見てくれた。

 言わば、ヨルンはプランにとって第二の兄の様な存在だった。


 そんなヨルンだからだろう。

 ハルトと共謀し、プランだけは何とか逃がす計画を立ててくれたとプランは理解した。

「逆に聞くけど、あなたは新しい職場があったら、ここを捨ててそっちに行く?」

 ヨルンはこっちを見て軽く微笑んだ後、ゆっくり歩いて雛壇の上に立った。


 ヨルンは、皆に見える様に委任状を取り出した。厳重に封がされている委任状を、ゆっくり、丁寧に開けていく――。

 プランは、緩やかに近づく死刑宣告の音に、ただ恐怖することしか出来なかった。

 だけど、逃げる気はもうなかった。


 委任状の中身を手に持ち、それを広げ、読み上げようとした瞬間にヨルンは噴出(ふきだ)した。

「ぶへっ。は、はぁ!?」

 ヨルンは滅多に感情を出さない。

 それは為政者として、文官として生きる為にポーカーフェイスは必要なものだと思っているからだ。

 そしてそれこそがヨルンにとっての強い自負になっていた。


 そんなヨルンがこれほど驚くということは、よほどの事である。

 どんな時であれ公式の場ではヨルンは汗すら見せないからこそ、この場にいる多くの者が驚いた。

 周囲からざわめきが聞こえ、その音は徐々に大きくなっていく。

 ヨルンがわざとらしい咳払いをするまで、全員ただおろおろと騒いでいるだけだった。


「失礼しました。委任状を読ませていただきます」

 ヨルンの言葉に沈黙が返る。そして、主、ダードリーからの残した言葉が告げられる。


『領主ダードリー・リフレスト、ならびに、領主補佐、ミハイル・リフレスト。両名は次代の領主として、プラン・リフレストを指定する』

 ヨルンが読み終えても、沈黙は続いた。

 誰一人、委任状の内容が理解出来なかったのだ。

 普通に考えたら、懇切丁寧に教えた兄と、一切の指導を放棄した妹。

 どっちを後継者にするかなんてわかっている話だ。

 更に、その後継者に相応しい兄まで、妹を後継者に選んでいた。

 プランは、どうしてこんなことになったのかさっぱり理解が出来なかった。


 周りも時間が経ってようやく内容を飲み込めたようだ。

 さっきまでの何倍も大きなざわめきの声が聞こえだした。

 周囲を飲み込むほどの騒音に加え、強い複数の視線がプランに向けられた。

 誰もが理解出来ていなかった。そんなわけが無いと思った。


「静かに!」

 ヨルンの大きな声に、全員が静かになり、再びヨルンに注目した。

「次は公的な書類では無く、領主様の残した最後の言葉です」

 安いレターセットを取り出しヨルンは皆に見せた。

 少ない小遣いで買ったと思われるそのレターセットに、あまり綺麗じゃない字。

 領主ダードリーらしい、最後の手紙だった。


『これが読まれているということは、何かの理由で俺は死んだのだろう。だったら頼むことは一つだけだ。娘を頼む。領主としては俺以下の才能しか無く、変なことばかり得意な変わり者だ。だけど、誰よりも優しい子なんだ。頼む。俺は一足先に妻の元に行く。お前らは、後からゆっくりと来い。頼むから、生き急がないでくれ』


 手紙が閉じてから、どこからかすすり泣く声が聞こえた。

 気付いたら大勢の人が泣いていた。

 武官も、文官も、兵士もメイド達も、皆が泣いていた。

 なんで泣いているのかプランには良くわからなかった。

 大きな泣き声が聞こえる。

 その声は一番大きく、とても煩い。

 その一番大きな声で泣いているのが自分だと気付いた時、プランは皆が泣いている理由に気づいた。


 ――私が泣いているからだ。だから皆泣いてるんだ。

 最初に泣いたのはプラン。自分自身だった。皆はそれに釣られただけだった。

 唯一、泣いていないのがヨルンだけである。

 彼だけは人前で絶対に泣かない。

 ヨルンは常に鉄面皮でいて、政治の度にそれで父を助け続けた。

 そのポーカーフェイスこそが、父とヨルンの絆だった。


 プランは父が亡くなって、初めて涙を流すことが出来た。


 泣き喚く人しかいなくなり、何の話も出来なくなった為この場は解散となった。

 プランも部屋に戻り、改めて泣いた。

 その涙には、明日への希望も混じっていた。


 一時間も泣いたら、さすがに飽きたらしく、プランは遺書への文句を考えていた。

 才能無いのはわかっている。それは良い。

 だけど、変なとか、変わり者ってどういうことだ。

 父から見た自分がそう見えていたと思うと、腹立たしい。

 もし生きていたら、あのはげ頭を全力で叩いてやりたかった。

 スリッパで。


 遺書公開から二時間ほど経った後、プランの部屋に丁寧なノックが響いた。

「はいはい。どぞー」

 プランの軽い声の後、ヨルンとハルトの二人がプランの部屋に入って来た。二人とも目が赤く充血していた。

「ん?兎さんが二羽かな?目が赤いでちゅよ?」

 プランの言葉に、二人はむっとなった。

「俺は寝不足だよ。寝苦しい日々が続いてな」

 びっくりするほどありきたりな強がりを言うハルトにプランは軽く笑った。

「大丈夫ですよ。一番赤い人は目の前にいるので」

 そう言いながらヨルンはプランをじっと見ていた。


 プランはその言葉を聞き、慌てて手鏡で自分の顔を見る。

 そこには二人以上に目が赤く充血している少女の姿が写っていた。

 プランは頭の上に両手を当てて、兎の真似をした。

「え、えへへ。私は兎だから良いんだぴょん。なんちゃって」

 短い沈黙が流れ、その後にハルトが思いっきり指を差して笑い出した。

 ヨルンは笑っていない。だけど、思いっきり口を閉じ、ぷるぷると震えていた。

 そんな二人を見て、プランも自分の馬鹿さ加減に笑えてきて、思いっきり笑った。

 ようやく、日常が少しだけ、帰ってきた様な気がした。


「さて、予想外の事態ですが、実は良いことばかりというわけではありません」

 ヨルンの言葉に、ハルトが尋ねた。

「なんでだ? あの遺書通りならプランは領主になれるし、結婚もしなくて良い。悪い結果じゃないだろ?」

「そうですね。それだけがメリットです」

 回りくどい言い方を好むヨルンに、率直な物言いのハルトはあまり相性が良くない。

「良くわからん。もっとはっきり言ってくれ。馬鹿な俺にもわかる様にな」

 ハルトの嫌味の混ぜた言葉だが、ヨルンの顔は何の変化も示さない。

 いや、むしろハルトに同情しているようにも見えた。


「では説明しましょう。今回の事により、正式にプランさんが領主に決まるでしょう。拒否しませんよね?」

 ヨルンの質問にプランは頷いた。元から断るつもりは無い。何も出来ないが、出来ないなりに何か出来ることを探そうと思っている。

「ということで、領主がプランさんになった後の事を考えましょう。まず、主だった武官は全滅しました」

 今、武官と呼べる存在は目の前の若いハルト一人になっていた。

「兵士もごそっと減りました。十五人でしたかね。兵士の総数」

 元は五倍くらいはいたはずだ。

「文官は三人です。元から三人ですが、文官の仕事をしていた領主様と領主補佐様がいないので、実質二人へっています」

 そろそろ、ヨルンの言いたいことがわかってきた。


「うん。ヤバイのはわかった。もっとはっきりと言ってくれ。出来たら対処方法とかも教えてくれたらなお良いんだが」

 ハルトの言葉に、メガネをくいっと欠けなおし、ヨルンは呟いた。

「三年です。それですべてが終わるでしょう」

「ほぅ。三年で荒れ果てた領地を戻すというのか」

 ハルトはにやっとして笑うが、ヨルンは首を横に振った。

「いいえ。このままだと三年程度で私が過労死します。ついでに言いますと、ハルトさん。あなたは武官一人しかいないのでもっとやばいと思います」

 その言葉は冗談には聞こえず、ハルトもプランも笑うことが出来なかった。


「というわけで人材が枯渇しています。亡くなったのが過半数という最悪の状況で、私達経験の足りない若手が立ちあがって動かないといけません。更に言いますと、遠征に使ったので資材や武器防具類も足りませんし、同時に金銭も食料も足りていません。悲惨という言葉では表せないほどの大惨事となっております」


「拝啓、お父様、領主に付くのを諦めて、村に住もうと思います。不出来な娘をお許し下さい」

 天に祈るポーズを取りながら、そう呟くプランに、二人は肩を掴んだ。

「一緒にがんばりましょう領主様」

 にっこりと満面の、ただし能面の笑みを浮かべるヨルン。

「お前なら出来るさ。な、領主様」

 ハルトもにっこりと笑う。ヨルンと違い、人相が悪い為非常に凶悪な笑顔になっているが。

 ニコニコして励ましてくる二人だが、プランには別の言葉が聞こえていた。

『俺達だけが地獄を味わうのは嫌だ。お前も一緒に苦しめ』

 威圧的な笑顔に、プランは「はい」ということしか出来なかった。



「でもさ、私何したら良いの? 領地運営とかまーったく教えてもらってないんだけど」

 プランの言葉にヨルンが答える。

「ある程度はこちらでサポートします。緊急で覚えて欲しいのは礼儀作法ですね」

「ふむふむ。社交界とかそういうのに出るの?」

 ヨルンはまた、にっこりと笑った。その時点でとても嫌な予感がした。

「近いうちに偉い人が来るので、それまでに礼儀作法をマスターしないといけないんですよ」

「はい先生! 近いうちにっていつですか?」

「いい質問ですね。明後日です」

「はい先生! 逃げたら駄目ですか?」

「悪い質問ですね。ちなみに元領主様にお悔やみの言葉をかけると同時に、見舞いに何か持ってきてくれる人がいらっしゃいます。なので断ったら予算不足で領地破綻するでしょうね」


 メイド協力の元、プラン地獄のマナー講座が始まり、終わった時にはプランだけで無く、メイドもヨルンも燃え尽きた様に真っ白になっていた。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ