17話 妖精について
妖精石がプランの元に来た時から、プランの本日の予定は全てキャンセルされ、魔法について学ぶことになった。
講師は、現役魔法使いのリカルド。
といっても、リカルドも詳しい知識があるわけでは無く、契約までの初歩の説明位しか出来ないらしいが。
二人だけの講義。
ロマンス?
正直そんなものは無い。
早く使える様になれという強いプレッシャーが、どこからとも無く感じることが出来てしまう。
魔法によってもたらされる恵みに、皆が期待していた。
「といってもリカルドー。私に魔法の才能無かったらどうするの?」
プランは心配そうに尋ねた。
流石に、形見の品を売ることは避けたいが、プランに魔法の才能が無ければ宝の持ち腐れになる。
他に誰か使える人がいたら良いのだが、それもわからない。最悪倉庫行きだ。
だけど、リカルドは使えないという心配は、全くしていなかった。
「安心しろ。最悪、契約だけは可能だ」
「ん?どうしてそう言いきれるの?」
自信なさげなプランを慰める様に、リカルドは説明をしだした。
「妖精ってのはな、まっすぐで、元気で、明るい子が好きなんだよ。妖精が見える俺が保証する。領主様を気にしている妖精、結構見かけたぜ?」
リカルドはそう言った。
「え?妖精って見えるの?」
「ああ。契約したら見えるぞ。大体がふわふわ浮いている光る毛玉みたいだけど」
そう聞くと、俄然やる気になってくるプラン。
だって妖精が見えるとか、凄く楽しそうじゃん!
「さあ、早く次の説明して!」
さっきまでの不安もどこに行ったのか。プランはばんばんとテーブルを叩いてリカルドを急かした。
「今回覚えてもらうのは、五つの言葉だ。『魔法』『妖精石』『妖精』『契約』『対価』それが終わったら、実際に契約だな」
リカルドの言葉に、プランはそわそわしながら次の言葉を待った。
自分が何かを言えば余計遅くなる。
プランはそれがわかるから、普段ではありえないほど静かになっていた。
といっても、黙っていられるプランでは無いが。
「まずは魔法についてだ。魔法とは、妖精石に貯められた魔力を使って魔法を使うことを意味する」
そう言いながら、リカルドは人差し指の先から炎を出した。
「おー!でも、館の中で火は危ないよ?」
プランの言葉に、リカルドはその炎を反対の手で触った。
「この炎は見た目だけだ。全く熱くないから何も焼かないさ。ほら」
そう言いながら、リカルドはプランの傍に炎を近づけてきた。
おずおずとその火に手を伸ばすプラン。
うっすらと何かに触れた感覚はあるが、確かにその火は熱くなかった。
「魔法ってのはこういう事も出来る。というかイタズラっぽい物の方が多いな。たぶん。妖精の魔力だからだろう。続きの講義をしていいか?」
プランはそっと頷いた。
「魔法には二種類ある。一つは俺が使っている炎の矢とか風とか、さっきの偽物の炎とか。つまりは直接術者が行使する魔法だ。『魔法』という言葉ならこっちを意図すると思って良い」
「ってことは、別の魔法があるの?」
プランの質問に、リカルドは頷いた。
「ああ。もう一つはなんとか魔法とかなんとか魔導って呼ばれる。魔法の道具を作ったりする場合はこっちだ」
リカルドの質問はいまいち要領がつかめなかった。
「ごめん。悪いんだけど、もう少し詳しく言ってくれない?」
リカルドは後頭部を掻きながら、改めて説明しだした。
「あー。錬金術とか、魔法の武器作成とかに魔法を使うことだな。錬金術なら「錬金魔法」武器作成なら『魔法武器』ゴーレム術なら『魔導ゴーレム』と主に学者さんとかが使う魔法だ。悪いが俺には使えないし知識も才能も無いからこっちの説明は苦手でな」
つまり、『魔法』には二種類あって、術者が直接使うのと、それ以外を分けているということだろう。
そして、後者は前者に比べて、難易度が高いと見て良いだろう。
「良くわからないけど、実際に魔法を使う時にまた考えるね。次お願いしていい?」
リカルドは頷いた。
「じゃあ次。妖精石だな。主な用途は二つだ。妖精の契約の媒体。それと、魔力を貯める器だ」
そう言いながら、リカルドはペンダントとして首にぶら下げている、自分の妖精石を見せた。
プランが今持っている物よりも一回り小さい。その代わり、白い宝石の内側から赤い光を放っていた。
「契約した場合。妖精の色が妖精石に移る。俺の場合は赤い妖精だったからこんな色だ」
リカルドは、石を仕舞いながら話を続けた。
「これが無いと魔法は使えないが、実は無くす心配も壊れる心配もいらない」
「えっ。どうして?」
驚くプランに、微笑みながらリカルドは説明を続けた。
「契約した時点で、妖精石と自分は繋がるんだ。だから無くしても必ず傍に戻ってくるし、壊してもしばらくしたら何事も無かったかのように戻ってくる。理屈は知らないがな」
「おおー。妖精さんってやっぱり凄いんだね」
プランのテンションと期待は、少しずつ高まっていった。
聞いているだけで、楽しそうである。
「次に妖精だな。何かピカピカ光る別世界の住民らしい。いたずら好きな個体が多く、偶に変なことをする」
「変なことって?」
リカルドは靴を脱ぎ、自分の両足の靴下を見せた。
右は白で、左は黒の靴下になっていた。
「出かけた時は、両足白の靴下だったんだ」
それを見て、プランは堪えきれずに噴出した。
「ふふっ。それは困った妖精ね」
「ああ。俺は才能無いからイタズラをされっぱなしだけど、領主様くらい妖精に好かれているならその心配は無いと思うぞ」
「あら。それはそれで残念ね」
プランは割と本気でそう思った。
妖精のいたずらの対象になるのも、それはそれで楽しそうだ。
「さて、次が本番の契約だ。教会で六神の誰かに祈りを捧げ、妖精石を用意すると、契約して欲しい妖精が妖精の世界から一匹来て、それと心を通わせたら契約が終わる。簡単だろ?」
「うん。でも、教会なんて無い場合は?」
「たぶん、司祭様がいたら大丈夫。いるんだろ?」
リカルドの質問に、プランは頷いた。
「ちなみに、契約したがる妖精が複数来た場合は、どの妖精と契約するのかこっちが選べる。困ったら直感で選んで良いぞ」
「うん。わかった」
プランの返事を確認して、リカルドは最後の解説に入った。
「んで、最後。対価。妖精と契約したら、何となく妖精の欲しい物がわかるんだ。それを妖精に差し出すと、魔力が溜まる。妖精石が一杯になるまではガンガン妖精の願いを聞いた方が得だな」
「願いが叶えられない場合は?」
「その時は妖精が遠慮して別の願いを探してくれる。妖精はイタズラ好きだが主人思いだ。願いが叶えられないからって無碍にされることは無い」
「なるほどねー。妖精との生活かー。夢が広がるね!」
嬉しそうなプランに、リカルドは難しい顔をした。
「あー。対価についてなんだが、実はもう一つ言わないといけないことがある。どうしても困った時、頼めば妖精は主人をどんな危険からでも助けてくれるんだ。ただし、これは絶対に使うな」
リカルドが放つ強い口調の言葉に、プランは何となくその意味を理解した。
「重たい対価があるんだね?」
リカルドは頷いた。
「助けた対価として、腕や足を持ってかれるのはマシな方だ。最悪は、死ねない体にされたり、妖精の世界に連れて行かれる。妖精は基本善性の生き物だ。だけど、妖精の善意と人の善意は異なるのを理解しておいて欲しい」
「わかったわ。妖精へのお願いは避けた方が良いのね?」
「ああ。それだけわかってくれたら問題ない。今までの事で、何か質問はあるか?」
リカルドの問いに、プランは少し悩み尋ねた。
「例えば、炎が得意な妖精と契約したら、他の魔法は使えないの?」
「いや。妖精はあくまで補助だ。魔法が使えるかどうかは完全に本人の才能に依存する。もし、才能がゼロならそれが得意な妖精が来ても使えないな。強いて言えば、炎が得意な妖精なら炎の魔法の魔力消費が抑えられる」
リカルドの答えに、プランは納得した。
「さて、他に質問が無いならさっそく契約しに行こうか」
待ってましたとばかりに、プランは椅子からガタッと激しく立ち上がり、リカルドを期待の眼差して見つめた。
プランはリカルドを掴み、引っ張る様にして走り、ファストラの村に到着した。
そのまま、司祭のメーリアに事情を説明し、妖精との契約をお願いした。
快く引き受けてもらったが、流石にただというのも申し訳が無いとプランは考え、ダーさん製のクリア神の木像を渡すことにした。
メーリアは嬉しそうに部屋の隅に飾った。
基本ニコニコ顔だが、今は特に嬉しそうに見える。嬉しいのはお世辞では無さそうだ。
「それでは、妖精の契約を行います。妖精石を祭壇……テーブルの真ん中に置いてください」
本来なら、雰囲気ある祭壇とか厳かな場所とかでするのだろう……。あいにく今はただの小さな一軒屋。少々申し訳なく思う。
プランは言われた通り、自分の妖精石をテーブルの中央に置き、メーリアはその妖精石に祈りを捧げた。
「我らが創造神よ。妖精との契約に基づき、ゲートを開きたまえ……」
メーリアの言葉と同時に、妖精石が宙に浮き、魔法陣の様な模様を展開しだした。
その魔法陣は徐々に大きくなり、直径で二メートル近くに拡大した。
「妙に大きいな」
リカルドが不安になることを呟いた。
そして魔法陣は光りだし、その中から何かがこちらに出てきた。
出てきたのは美しい女性だった。
その人は女性で、背はプランより少し高く、百六十後半位だろうか。
美しい金髪のロングヘアーに、幼さが残る整った顔立ち。
人と違う点として、背中に大きく半透明な羽が付いていた。
蝶の様に四枚の羽で、羽ばたかずに宙に浮いていた。
「はぁい。呼ばれたから来ちゃった」
ちょっとそこまで行くね。位の軽い口調で、何か凄そうな妖精が来た。
当然、これが普通では無いらしい。リカルドもメーリアも呆然としている。
そんな事は気にもせず、妖精らしき人はプランに、ニコニコしながら手を振っていた。
ありがとうございました。




