14話 父親3
「大丈夫か?」
背中をプランに向け庇いながら、心配するハルト。
「う、うん……」
それだけ言ってプランは、しゃがみこんで背中のリュックから聖水を取り出した。
「大丈夫。これで良いんだよね?」
プランは震える手で、聖水を持ってぎこちなく微笑んだ。
「おうよ!失敗しても安心しろ。倒すだけなら俺らでも何とかなる!」
なるだけ笑顔で、プランを勇気付ける様に笑うハルト。
もし失敗しても、多少の小言は言われるだろうが、レイスが避けたということにしたらお咎めも無いだろう。
そもそも聖水が無くても、レイス程度の下級のアンデッドなら何とかなる。
実際、ハルトとヨルンは最初、聖水無しで方を付けるつもりだった。
当主様を連れてきました。でも、聖水は避けられました。だから武官で倒しました。
そうやって、プランを連れてこないで、内々で処理するつもりで考えていたが、プランに見つかってしまった。
全く……ままならないものだな。ハルトは内心で愚痴りながら、レイスの傍まで走った。
「ほいっと。魔力が剣に残るのは三分くらいだから、それを過ぎたら戻って来い」
リカルドは、通りかかるハルトの剣の鞘に触り、ハルトの剣に魔力を込めた。
「おいおい。三分もあればお釣りが来るだろ」
「そうだな。じゃあ余った時間でキャンプファイアーでもするか」
リカルドはそう言いながら、炎の矢でレイスを狙い撃った。
レイスはふわふわと浮いているだけで、特に回避行動も取らない。
そのまま炎の矢はレイスに直撃し、矢の周囲が燃え上がり、レイスはうごうごと苦しそうに蠢く。
そんなことは関係無いとばかりに、ハルトは剣でレイスを横に切り裂いた。
気体の体なので、見た目に変化は無いが、ハルトには確かに何かを切った手ごたえを感じた。
炎の矢と、剣で一方的に攻撃されるレイス。
何故かわからないが、全く反撃する様子が無かった。
「おかしいな」
リカルドが矢を飛ばしながらそう呟いた。
「あ?レイスが攻撃してこないことか?」
ハルトは剣で切りながら、そう叫んだ。
「いや。それもだが、明らかにタフすぎる。当てた矢は十を超え、斬撃を二十は受けているのに、弱る気配が見えない」
本来レイスとは、ダメージを受ける度に薄くなる性質がある。
だがこのレイスは、薄くなる気配は無い。
苦しそうにはするものの、弱った様子は無く、平然としていた。
ハルトに気付いて遠慮しているとか、プランとの感動の再会とか、そんな感じでも無い。
むしろ、攻撃を含め、こちらに全く気付いていない様だった。
「良くわからないが、動かないし、このまま聖水をかけて終わらせよう」
ハルトは剣を鞘に収め、プランの方を見た。
プランは頷き、レイスの傍に寄る。
震える手で聖水の蓋を取り、レイスにかけようとしたその時、うごうごとしていただけのレイスが突然動きだした。
プランの方にでは無く、何も無い空間に、ゆっくり浮遊しながら移動するレイス。
「プラン。さっさと終わらせてしまえ」
ハルトが早く聖水をかける様に急かすが、プランは首を横に振り聖水の蓋を閉めた。
「どうした?やっぱり辛いか?」
心配そうに尋ねるリカルド。
プランはそれも、首を横に振った。
「ううん。ただ、レイスは一体どこに行こうとしているのか、気になって」
そんなことを、とは、二人は言えなかった。
レイスが動く時は、人を襲う魔物としての本能と、執着した何かに関することだけだ。
人を襲う気配を見せなかったレイスが突然動き出したということは、その執着の元がそこにあるとプランは考えた。
プランはどうしても、確認したかった。
家を滅ぼし、残された領を消しかけて、全てを台無しにしてまで、一体何に執着したのかを。
のろのろと浮遊するレイスの後を三人は追った。
何も無いかもしれない。
または、金貨でも大切に守っていたら、死ぬほど惨めな気持ちになるだろう。
たとえそうでも、どんなに下らない物だとしても、プランは父の最期が知りたかった。
父は最後に、一体何に執着してしまったのか。
一時間かけて移動した先に、洞窟の入り口があった。
レイスはそのまま洞窟に入っていく。
リカルドは指先に魔法で灯りを灯し、二人を先導した。
洞窟の行き止まりまでついて、レイスは足を止めた。
そこにいたのは、ボロボロになっている兄の姿だった。
ミハイル・リフレスト。
プランの兄で、プランと違い優秀な為政者だった。
父よりも政治のバランス感覚に優れ、父の補助役として常に父の傍にいた。
一言で言うと真面目な堅物。
だけど、妹にはとても優しかった。
プランに対してはいつも優しく、プランがわがままを言うと、少し困った顔で、何でも叶えようとしてくれた。
そんな兄が、見るも無残な姿で、目の前にいた。
プランはもちろん、リカルドも、ハルトも言葉を失った。
骨同然のガリガリになって、目元に包帯を巻いている。包帯は赤くそまっている。
頬は凹んでいて手足は本来曲がらない方向に折れ曲がっている。
そして、右手は真っ白になっていた。
青白くとかでは無く、文字通り真っ白だ。
陶磁器の様に綺麗な色で、触ると割れてしまいそう。そんな色になっていた。
その理由は、すぐにわかった。
レイスが、ミハイルの右手を握っていた。
右手が白くなるほど、ずっと、長い事握り続けていたのだろう。
次の瞬間、ミハイルはぴくっと小さく体が揺れた。
「まさか……生きているのか……」
ハルトの呟きに、プランは走ってミハイルの傍に向かった。
「すまない……誰かいるのか……」
蚊の鳴く様な小さな声で、ミハイルが呟く。
「兄さん!ここにいるよ!私がいるよ!」
プランが力の限り叫ぶ。だが、ミハイルには届いてないらしい。
「すまない。誰かいるなら、助けて欲しい。私と、父、せめて父だけでも……」
うわ言の様に、ミハイルは繰り返し父という言葉を呟いた。
「父が傍にいるのです。目が見えなくなった私に、食べ物を持ってきてくれて、ずっと手を握って励ましてくれた父が……」
ハルトは、無言でミハイルを抱き抱えた。
プランはレイスの方を見た。
その時、気のせいだろうが、プランは父と目があった様な気がした。
レイスはそのまま、煙の様に消え、消滅した。
「そうだよね。父さんが、名誉とか金とか、そんな下らない未練もつわけ無いよね」
父が執着することなんて、考えたらすぐにわかる。簡単なことだった。
父が自分よりも大切にしているものなんて、三つしかない。
領地と、私と、兄だけだ。
「私ね、神様が認めなくても、国が認めなくても、ううん。誰も認めなくても、お父さんは世界一立派でカッコイイ父だって思い続けるよ」
プランの言葉に、リカルドが頷いた。
「外部の人間の俺でもわかる。君の父さんは、世界で一番、カッコイイ男だった」
プランはその言葉に、「うん」としか言えなかった。涙で、何の言葉も出なかった。
「あはは。私最近泣いてばっかりだな。本当、弱いなぁ……」
情け無い。自分の事ながら本当に情け無い。領主なのにな……。
ハルトは、プランの頭に自分の手をぽんと置いた。
「お前は誰よりも強いさ。俺達が良く知っている」
プランはボロボロと涙を零しながら、そっと頷いた。
泣いても、落ち込んでも、それでもプランは一歩も足を止めなかった。
近くの町に向かうと、ヨルンが待っていた。
やはり心配だったらしい。
事情を話し、後の事はヨルンに任せ、プランはそのまま倒れこんだ。
リカルトとハルトに慌てて抱きとめられたのを確認したプランは、そのまま目を閉じた。
目が覚めたプランは、傍にいたハルトに飛びかかるようにしがみつき、叫ぶように尋ねた。
「兄さんは!?」
ハルトは飛びかかってきたプランをベッドに戻し、優しく言った。
「大丈夫。命には別状は無い」
その言葉に、ようやく生きた心地がし、安心したプラン。
そこでようやく、リフレスト領に戻っていることに気付いた。
あれから丸二日ほど寝ていたらしい。
大して疲れてないと思っていたが、そうでもなかったらしい。
医者曰く、ストレスからの疲労だと言われたそうだ。
問題は無いが、もう数日ベッドの中で生活した方が良いと言われた。
なので、こちらから行かずヨルンに来てもらい、あの後の事を尋ねた。
中央には『聖水を使うのも惜しい下賎な存在だったので、武官が訓練代わりに嬲っていたら勝手に消えた』
と報告することにした。
このおかげで、領は安泰だし、ついでに聖水はそのままもらえることになった。
そして、今回のレイス討伐の報酬として安くないお金がもらえたが、これはそのまま消滅した。
原因は兄だ。
レイスの影響を受けた兄が、レイスに生かされていた。
これが知られたらまた領地没収の危機になる。
だから表ざたに出来ず、裏側、つまり闇医者に頼むしか無かった。
なぜヨルンが闇医者を知っていたかは置いておこう。
重要なのは、その闇医者、腕は確かだが金にガメツイということだ。
ということで、報酬は全て奪われた。
その変わり、兄は眼も耳も手足も健康体そのものになったらしい。
闇医者って凄いんだな。プランはあの様子の兄が健康体になったと言うことだけで奇跡だし何よりも素晴らしい報酬だから文句は無かった。
ただし、右手が白くなったのは治らなかったらしい。
それでも良かった。
プランは失ったと思っていた兄に再び出会えたことが何よりも嬉しかった。
そして、その奇跡を繋いでくれた父に、心から感謝した。
ありがとうございました。
土日が忙しいので、更新はちょっとわかりません。
土日のうちに一回は更新したいかなと考えていますが、遅れたらすいません。




