13話 父親2
今回は中央からの依頼という形になる為、移動手段として馬車を用意してもらえた。
同時に、通行の許可なども中央が取ってくれた。
これは、期待されているというよりも、リフレスト領に領主不在になるのを嫌ったから中央も協力的になっているとヨルンは言っていた。
リフレスト領から馬車で北に移動し、西に移動し四つほどの領を越える。
そして、目的の領、マフィット辺境伯領に到着した。
同じ辺境でも、リフレストとは比べ物にならない位重要で、その意味も規模も全く違う。
ここ、マフィット辺境伯領は、ディオスガルズとの境界を面している。
その為、ここが戦場になる可能性は高い。現に、先代はここのディオスガルズとの国境付近で死亡したのだから。
それを維持する辺境伯という身分には、優れた武力と王の信頼が約束されている。
馬車の馭者は帰り、ここにいるのは、ハルトとプラン、リカルドの三人だけになった。
見張りの兵士もいなければ、防衛の兵士すらいない。
「とりあえず、マフィット辺境伯は俺達が用事を終えるまではここに誰も近寄らせないでいてくれるってさ。その間に片付けるぞ」
ハルトの言葉に、プランは尋ねた。
「国境なんじゃないの?空けて大丈夫なの?」
「ああ。先代の亡くなった後、マフィット辺境伯が前線押し上げたってさ。だから国境はもっと先になったって」
よくわかってないプランは「ふーん」とだけ返しておいた。
「それじゃあ、重要な話するから、良く聞いとけよ?」
ハルトの言葉にプランは固唾を呑んで頷いた。
「今回討伐するのはアンデッドの中でも肉体の無い『レイス』という魔物だ。肉体が無いから剣とかは全く効かない」
「え?それじゃあハルト役立たずじゃん」
プランのぽろっと出た言葉に、ハルトは、プランの頭をこつんと軽く叩いた。
「あいたっ」
「そこで、重要になるのがリカルドだ」
ハルトの言葉に、ピースをして自慢げにしているリカルド。
「リカルドの魔法と、魔法を俺の剣にかけてもらって戦う。それで動きが鈍ったところを、わかるな?」
プランは頷いた。預けられた聖水。それをかけることで、アンデッドは浄化できるらしい。
背中のリュックに入った聖水が、酷く重く感じる。
そう、父では無い。先代では無いのだ。今から倒すのは、アンデッド。レイスという名前の魔物なんだ。
プランは自分にそう言い聞かせる。
「にしても、広いわね」
プランは周囲を見回しながら呟いた。
見渡す限り何も無い。広い草原となだらかな丘があるだけだった。
「見渡しが良いから、良くここで小競り合いがあったらしいぞ」
ハルトの言葉に、なるほどとプランは納得した。
見晴らしの良い何も無い草原を、ただ歩き回る三人。天気も良く、半ばピクニックの様だった。
「ご当主様って、普通に歩けてるな。貴族の人ってもっと運動出来ないイメージなんだが違うのか?」
数キロほど歩き回った時に、リカルドがそう尋ねてきた。
「普通はそうかもしれないけど、私は運動得意だからね」
プランは笑顔でそう返した。
「そうだな。運動に数字が無いから得意だもんな」
ハルトはおちょくる様にプランにそう言った。
「ま、まあ日常に困らないから」
領主生活には困るが、プランはそう言って誤魔化すことにした。
「まあそういう欠点もかわいいもんだと……って、話している暇ないな。敵来たぞ」
リカルドの一言に、ハルトはプランを庇う様に臨戦態勢を取った。
その方向にいたのは、妙に大きなバッファローだった。
「ねえ。あのバッファロー。おっきくない?」
プランの言葉にハルトが答える。高さだけで、大の大人と同じ位ある。大きな角も、プランの腕の何倍も太い。
「魔物だからな」
ハルトはそう吐き捨てる様に言った。
「バッファローの魔物だと何て名前なの?」
「俺が知っている様に見えるか?」
ハルトの言葉に、プランは首を横に振り、納得した。
この場で知ってそうなのはリカルドだが、リカルドも首を横に振っていた。
「すまん。俺庶民の出だし頭悪いんだわ」
「まずったわね。ここにいるの、馬鹿ばっかりになってしまったわ」
そんなアホな会話をしているうちに、バッファローはじわじわと接近してくる。
相当気が立っている様で、鼻息荒くこちらを見ていた。
「何か知っていること無いの?」
プランの言葉に、リカルドが答える。
「草食ってことくらいしか」
その後、ハルトが答えた。
「脂身が少なく、めっちゃ肉が固いけど、美味いぞ」
その言葉に、プランは意思を固めた。
「よし。食べよう!リカルド、魔法で火って使える?」
リカルドは苦笑しつつ頷いた。
「おいプラン。味つけはどうするんだ?」
妙な心配をするハルトに、プランは自信満々に答える。
「塩と胡椒持ってる!」
「よし来た!リカルド。プランの事を任せた!」
そのまま嬉しそうに、ハルトはバッファローを襲いに行った。
食は全てに優先される。これはリフレスト領の鉄則だった。
「何かさ、逃亡暮らしの俺らの方が良い物食ってた様な気がするぞ」
何度か共に食事をしたリカルドの言葉に、プランは悲しそうに呟く。
「貧乏が、みんな貧乏が悪いんや……」
遠くを見てると、特に苦戦することなく、ハルトがバッファローの首を切り落していた。
プランは、久しぶりに大量の肉を食べることが出来た。
男二人より量を食べているプランに、二人は何も言えなかった。
その、とても幸せそうに食べる表情を、邪魔する気にはなれなかった。
食べ終わった残りの骨を深くに埋め、探索を再開する三人。
それでも、レイスは見つからなかった。
「アンデッドってさ、昼でも出てくるの?」
プランの質問に、ハルトは頷いた。
「ああ。幽霊じゃなくて、それっぽい魔物だからな。霊体じゃなくて、気体状のエネルギーって話だし」
「ふーん。まあこんな広い中で一体の魔物を探すのだから大変なのは当然か」
プランは必死に、一体の魔物と思い込む。
平然としているが、内情はそんなわけが無い。
お供の二人もわかってはいるが、かける言葉が無いから気付かないフリをしていた。
「って言ってたら出たぞ」
リカルドの叫び声に、ハルトがプランの前に立ち、待ち構える。
丘の上からひょこっと、バッファローが顔を出した。
「またかい!ああそうか。スタンピードの後この辺りで暮らす様になったのかな」
プランはそう予想した。
「そうかもな。で、どうする?」
ハルトの質問に、プランは質問で返した?」
「どうするって?倒すんじゃないの?」
「別にがんばればいけるけど、まじでやるのか?」
ハルトの面倒そうな言い方にプランは疑問を持った。
だが、その疑問はすぐに解消された。
ひょこ、ひょこ、ひょこ。
次々に顔を出すバッファロー達。合わせて五匹ほど。
「倒せないことは無いが、どうする?」
つまり苦戦すると言うことだ。
「逃げよう」
迷わずプランはそう決めた。
プランの一言に、二人は頷き、全力で走り去った。
幸い、バッファロー達は襲ってこなかった。
そこが縄張りだったのだろう。
ぜひー。かひゅー。ごっほごっほ。
プランは横になって震えながらむせていた。
「流石に運動神経に優れた当主様でも俺達に合わせた全力疾走はしんどかったか」
リカルドは地面に横たわりうごうごしているプランを見て、そう呟いた。
「いんや。こいつ俺の全力より早いしタフだぞ」
軽く汗を掻きながらハルトはそう言った。
「じゃあ、当主様はなんでこんなに疲弊しているんだ?」
リカルドの質問に、ハルトはプランを足で小突き出した。
「ほら。何でつらいか言ってみ?」
げしげし足で小突くハルト。
腹立たしいが、自業自得だからプランは何の仕返しも出来なかった。
「ごめんなさい。お肉、食べ過ぎて……わき腹が痛いんです……」
山ほど食べた後に急激な運動で、横っ腹が悲鳴をあげました。
ぽんぽんいたい……。ぐえぇ。
それを見たリカルドは、ぽかーんとした後、大笑いしだした。
「うう……私女の子なのに扱い酷くね?」
それに同情する人はここにはいなかった。
「ご迷惑おかけしました」
十分ほど経ったのちに、回復を果たしたプラン。
謎の羞恥を感じながら、赤面しながら二人に謝った。
「いつものことだから、気にするなよ」
にやにやしながら答えるハルト。
いつもこんな印象なのか。プランはむしろその方が傷ついた。
「あはは。リカルドも幻滅したでしょ。私いつもこんな感じだから」
頭を掻きながら、プランはそう言うと、リカルドは優しい笑みを浮かべながら首を横に振った。
「いいや。むしろ、より好きになったよ」
優しい笑みに静かな口調のリカルド。それは冗談では無いとプランすら理解出来た。
おそろしい羞恥攻撃だった。自分のことながら、酷く赤面しているのがわかる。
プランは顔を赤くしながら、リカルドに近づいた。
「ん?どうした?」
不思議に思うリカルドを無視して、プランはリカルドの頬を軽く叩いた。
ぺしっ。
痛くない程度の優しい感じでプランは叩く。
じゃれてるのかと思い、リカルドは笑いながら受け入れた。
ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。
ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。
赤面を誤魔化す為、何度も叩くプラン。
ハルトが止めるまで叩き続け、リカルドの頬はちょっとだけ赤くなっていた。
「叩いてごめん!でも恥ずかしいこと言うの禁止!」
どう謝れば良いかわからないプランは、リカルドにそう言い放った。
リカルドは答えず、また優しい笑みを浮かべた。
時刻は夕暮れに近づき、少しずつ周囲が赤く染まりだした頃、それは何でもない事の様に、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
真っ白く光る雲の様な何か。
ふわふわとゆっくりこちらに移動してくる。
ハルトがプランを庇う様に構え、リカルドは弓を取り出す。
その白い何かが、レイスだと三人はすぐにわかった。
ただの白い雲の塊が、すっと形を変え、壮年の男性の姿になったからだ。
頭と胴体部分だけの再現だが、その姿を見間違えることは絶対にありえない。
たくましい体に精悍な面構え。一本も無い髪にふさふさな口ひげ。
見た目はとても強そうなのに、あまり強くないとプランはいつもその人物を笑っていた。
そんな、ダードリー・リフレストにそっくりだった。
ありがとうございました。




