12話 父親1
リカルドが来た翌日、プランは館の中を歩いていると何やら話し声が聞こえた。
どこから聞こえるか探してみると、ヨルンの部屋中でハルトとヨルンが小さい声で話し合っていた。
男同士での話だし、聞いたら不味いと思って立ち去ろうと思ったプランさん。
まあ、男同士だし……。そういうことを話し合う時もあるよねうん。
だけど、『先代』という単語が聞こえ、立ち止まり、申し訳無いと思いながらも、立ち聞きした。
『先代』『アンデッド』『処理』
ヨルンのぼそぼそ声で聞こえる不穏な単語群。
プランは我慢出来ず、その扉を開け放った。
「どういう事!?」
ヨルンとハルトは、しまったという顔をしたまま、顔を手で覆った。
アンデッド。
人の未練や生前の強い思により、死体から復活した存在のこと。
復活といっても元の通りでは無い。
肉体があれば腐り朽ちていて、肉体が無ければ魂だけの存在となる。
そして、知性も劣化し、基本的に生きた者を襲う化物と成り下がる。
本来なら、葬儀を開き、死体を浄化すればアンデッドになることは無い。
葬儀とは、親族が集まる場で、神が直接魂に語りかける行事だからだ。
『良くがんばったね。後は任せてね』
そう、神は言いながら、優しく手をさし伸ばしてくれる。
自分の家族の見守られる中で、神の御許にゆける。
それが葬儀という行事だ。
つまり葬儀をした上でアンデッドになったということは、神の手を払いのけてまで、生に執着した証だった。
強い我欲や執着心。それは最も醜い者と称される行為。
特に、創造神クリアにとってアンデッドは最大のタブーの一つだ。
葬儀後にアンデッド化した者は、全て魔物認定され、今までの功績や記録、その全てが無かったことにされる。
「ということで、その通告が我々に届きました」
ヨルンの一言に、プランは顔が青くなり、絶望の中に飲まれた。
実の父親がアンデッド。
これだけで最悪なのに、場合によってはこの領自体没収の可能性すらありえる。
元領主がアンデッドというのは、それだけ大きな事態だった。
そこまでして、一体父は何に執着したのだろうか。
「ねぇ。先代の、父の死んだ時のこと、そろそろ教えて」
プランはヨルンにそう頼んだ。
「そうですね。本当はもう少し、もっと成長してから話したかったですが、状況が悪い方に変わりすぎました」
ヨルンはそう言った後、溜息を吐いて、生き残った兵士から聞いた、遠征の時の様子を話し出した。
遠征任務の内容は、ディオスガルズとの戦争の前線の一部を担うこと。
大して期待されていないリフレスト軍は、最右翼陣営の一つ後ろ。所謂数合わせだ。
その遠征は非常に多くの領地の者が参加していて、五十以上の部隊が入り乱れた大規模部隊だった。
ただ、これは戦争目的では無く、ただの威圧兼偵察任務だった。
戦う訳では無い。相手より多い数で威圧しつつ、相手陣営の確認。それだけだった。
そんな時、ディオスガルズ軍の一部隊が、こちらを騎兵で攻撃してきた。
冷静になって考えたら、相手はただこちらにちょっかいをかけただけ、油断さえしなければ何も起きない。
たった一部隊、だけど戦争になれていないリフレスト陣営はそれに反応し、情けなくおろおろとしだした。
そして、その後相手の本命が到着した。
相手はスタンピードの情報を持っていて、それに合わせてこちらを撤退しにくくしていた。
バッファロー型の魔物が無数、離れた場所から襲い掛かってきた。
その数は千や二千では無く、遠くから見ると茶色の絨毯の様になっていた。
ディオスガルズ軍は、突撃してきた騎兵ごと、いつの間にか撤退していた。
ノスガルド軍は全軍に即座に撤退の指示を出す。
だけど、半ばパニックになっていたリフレスト軍は反応が遅れ、取り残される様に魔物の群れに襲われた。
「つまり、うちは勝手に自滅してスタンピードに巻き込まれたということ?」
プランの言葉に、ヨルンは申し訳無さそうに頷いた。
そんな死に様の後、出てきた父は、軍に逆恨みしたのか、それともくだらない死に方すぎて死に切れなかったのだろうか。
凄い人では無かったが、尊敬出来る父だった。
そんな父の最期が、情けない執着からのアンデッド化というのは、プランの人生観を崩壊させるには十分な悲劇だった。
「その上アレでしょ?アンデッドを出した家が領主になるのはどうかなって話になってるんでしょ?」
プランの言葉に、ヨルンは再度頷く。
他の領の人達や、土地の無い騎士の人達が、この地を自分達の物にする為、リフレストを引きずりおろそうとする。
それ位は、プランでも理解出来た。
「なので、汚名を払拭するために、私達が先代を浄化する役目を中央より授かりました」
その為に、アンデッド化した父は今も浄化されずに残っているのだろう。
中央に従うのかという踏み絵の意味もあるのだろうなと、プランは考えた。
「違うでしょ?私達じゃなくて、当主の私に、そうする様に命令が来たんじゃないの?」
プランの言葉に、ヨルンは黙り込む。その沈黙は正解を示していると思って良いだろう。
ヨルンもハルトも長い付き合いだ。気を使って自分達で終わらせようとした事位は予想が付く。
だけど、これは他の誰でも無い。現当主の仕事だ。
「私が、アンデッドを浄化するわ。それが一番良いのでしょ?」
プランは顔を青くしながらもそうはっきり言った。
ヨルンもハルトも何も言えなかった。
確かに、それが一番良い解決策だ。
だけど、アンデッドと言っても、実の父をプランに殺させたく無かった。
無かったが、プランはもう何を言っても意見を変えないだろう。
二人にはそのことが頼もしく、そして悲しかった。
「それで、どうしたら良いの?」
プランの言葉に、ヨルンが答えた。
「数日後に、中央から馬車が来るのでそれにハルトとリカルドをつれて行って下さい。後の事はハルトとリカルドが何とかします」
プランは頷きながら尋ねた。
「じゃあ、私のすることは?」
プランの質問に、ハルトは聖水を渡した。
「中央からもらった奴だ。これで最後のトドメをさせ」
ハルトの言葉を聞き、手に持った聖水を見つめる。
重たい。小さい小瓶なのに、これからすべきことを考えると、とても重たく感じる。
「大丈夫か?」
ハルトの言葉に、プランは笑いながら頷く。
「大丈夫だよ」
震えながらの声だったが、二人は何も言わなかった。
ありがとうございました。




