11話 騒動の終わり
「紹介しましょう。魔法使いのリカルドさんです。食客という形で、しばらくこの館に滞在してもらう様にお話させていただいています」
邪悪な笑みを浮かべながらヨルンはそう説明した。
それを聞いてソファに座っていたリカルドは立ち上がり、プランに丁寧にお辞儀をする。
「こんにちは。紹介預かったリカルドです。主に戦闘に便利な魔法数点と狩猟を得意にしています。これからよろしくお願いいたしますご当主様」
まるで別人の様に礼儀正しく挨拶するリカルド。
前の気障っぽいのもつらかったが、これはこれでなんだか怖い。
プランはヨルンを睨みながら尋ねる。
「事情。説明してくれませんかね?」
ヨルンは上から目線でメガネをかけなおし、微笑を浮かべながらプランを見ていた。
「大した事はしていませんよ。ただ、リカルドさんに取引を持ちかけただけですよ」
「取引?」
プランの質問に、ヨルンは頷いた。
「はい。食客としてしばらく滞在するなら、処刑を短い農役に変えましょうって」
「は?」
呆然とするプランに、リカルドは笑いながら呟く。
「お前凄まじいほど腹黒いよな。ちょっと感動したよ」
「リカルド。ヨルンに何言われたか教えてくれる?」
プランの言葉に、リカルドは丁寧に一礼して答える。
「私が言われたのは、助けて欲しかったら雇われろ。報酬は毎日の食事代な。みたいな内容でした」
リカルドの言葉にヨルンは即座に否定した。
「私がそんな乱暴な言葉遣いするわけ無いじゃないですか」
つまり、内容は否定しないのですね……。
「それで、どうやったの?」
決まった罪を、一体どうやって軽くしたのか。プランは心配になって尋ねた。
「彼は、奴隷商に攫われた人を助けに行った役人『だった』だけですよ?」
プランは何を言っているのか良くわからず、リカルドを見た。
リカルドの方も両手を広げ首を横に振っていた。
「どういうこと?」
プランの質問に、やれやれと溜息を吐きながら、ヨルンが一言で説明した。
「書類偽装しました」
プランは頭を抱えだした。
「それ大丈夫なの?重罪じゃないの!?」
その一言に、ヨルンは堂々と言い返した。
「これが文官の仕事です。安心して下さい。絶対に見つからないので」
逆にそのことが心配になったが、プランは何も言えなかった。
ヨルンが大丈夫と言ったら、それは絶対に大丈夫なことだ。
それも一種の信頼だった。それはそれとして、とても不安ではあったが。
実際に問題は無かった。
明らかな凶悪犯罪者を庇ったとかなら兎も角、犯罪者を殺した場合は、国も普通に見逃してくれる。
書類の偽装は、中央もわかっていてそのまま書類を通した。
代償としてヨルンの懐がそれなりに痛んだが、そのことは誰にも言わなかった。
文官としてのちょっとした意地でもあり、手段をあまり公にしてはならないという文官の極意でもあった。
こんなことをするから、腹黒いと言われるのだが、ヨルンはそれはそれで嫌では無かった。
代わりに、リカルドは使い潰す勢いで、酷使する予定だった。
「リカルド、本当に良いの?私の方からもう少し条件良くしたり、何ならこの腹黒狐から開放しようか?」
プランの言葉に、今まで笑っていたヨルンが驚き真顔になった。
「いえ、恩があるのも確かですし、こちらもわがままを聞いてもらったので問題無いですよ」
リカルドの言葉に、ヨルンは安堵の溜息を吐く。
「それでわがままって?」
プランの質問に、リカルドは嬉しそうに答えた。
「セドリの村に月に十日まで帰って良いってことになってます」
「なんだろうか。凄く家庭的な事情だった」
プランはそんなわがままを言ったリカルドが、少しだけ素敵に見えた。
セドリの村の人にとってリカルドは命の恩人だ。
今この時でもセドリの村ではリカルドを死んだと思い、悔やんでいる人も多い。
そんな人が村に戻れるのは、とても素晴らしいことだだろう。
「そっか。まあ本人が良いなら良いね。正直うちに魔法使い雇える予算無いし」
プランの言葉に、腹黒狐が何度も頷いていた。
「じゃあ、リカルド。これからよろしくね」
「はい。ご当主様」
そう言って、二人は握手をした。
「ところで、二つほど言いたいことあるんだけど良い?」
プランの言葉に、手を胸にあて執事風に受け答えするリカルド。
「何なりと」
「うん。まずそれ。敬語もいらないし敬うのもいらない。普通に接して。一人称も何時もみたいので良いよ」
プランは公式の場以外で敬語を使われるのはあまり好きでは無かった。
相手との距離が遠く感じるからだ。
ただし腹黒狐は除く。アレはいつも敬語だし何を言っても変わらない。
「そうですか。いや。わかった。じゃあそうさせてもらうわ」
ルカルドも口調を崩し、微笑みながら了承した。
「おっけおっけ。素のままの方がまだとっつきやすいわ。それともう一つ。私を狙って気障っぽくなってたけど、もう止めた感じ?」
冗談なのか本気なのか、普通に告白されて焦っていたが、こっちの屋敷だとそんな態度を一切示してこないリカルド。
別にどっちだって良かった。正直恋愛対象に見て無いし。
だけど、突然の変化の理由が知りたかった。
「ん。ああ。それは気障なの嫌そうだったし。止めたわけじゃないよ。本気だからこそ、時間をかけてじっくり好きになってもらおうかなと思ってさ」
微笑を浮かべながらのリカルドに、プランは少しだけドキッとした。
最初からその態度で告白されていたら、普通にときめいたかもしれない。
「はいはい。そういう冗談は良いから」
プランはそう言いながら、手を振って自分の部屋に戻った。
もちろん、リカルドが本気なのは見てわかる。笑っていたが目は真剣だった。
それに耐え切れず、その場を去ったのだから。
だけど、別に逃げた訳では無い。
うん。逃げた訳では無いんだから。
自分にそう言い聞かせながらプランは自分の部屋で何とも言えない気持ちになっていた。
今ですら、リカルドは恋愛対象には全く見れない。
だけど、告白されたことすら無かったプランには、色々な意味でもやもやした。
ありがとうございました。
区切り的な問題ですが、短くなってしまい申し訳ありません。




