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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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10話 領の為、集落の為、人の為、誰の為

 

 力任せに剣を振り下ろすハルトの攻撃に、リカルドは一歩も動かずニヤニヤと見ている。

 それでもハルトは攻撃を止めずに、振り下ろす。すると剣は何も無い空間に弾かれた。

 パリンとガラスの割れる様な音の後、ハルトの両手に小さな切り傷が幾つか生まれていた。

「お前、やっぱり妖精使いか」

 ハルトの声にリカルドは、答える代わりにニヒルな笑みを浮かべた。


 妖精使い。それは魔法使いの異名である。

 この世界の人間は魔法を使う魔力を持っていない。

 その為、どこからか魔力を用意しないといけない。


 それで最も人間と相性が良いのが妖精である。

 妖精石と呼ばれる結晶を持ち、神に祈りを捧げると、自分の相棒の妖精が現れ、妖精石と一体化する。

 その後、妖精石がゲートの役割を果たし、石と妖精の世界が繋がり、石に魔力が補給される様になる。


 ただし、代償はある。妖精達の機嫌を取らないと妖精石に魔力は溜まらない。または減りだす。

 といっても、妖精の代償はよほどで無い限り軽い。甘い果汁をスプーン一杯だったり、水をコップに入れて夜置いてほしいだったり。

 消費する魔力量によってはきつい要求もあるが、基本的に子供のお駄賃より安い程度の代償である。

 妖精達と持ちつ持たれつの関係になる。それが妖精使いの基本だった。


「さて、今度は俺のショータイムの番だな」

 そう言いながらリカルドは、背中に隠し持っていた弓を取り出す。

「燃えろ!」

 その一言と同時に、リカルドの手に赤く煌く矢が生成され、それをハルトに向けて撃ってきた。

 斜め後ろに、逃げる様に跳びながら回避するハルト。

 地面に矢が刺さり、その部分が燃えていた。

 リカルドは再度炎の矢を生成して、繰り返し矢を連続して放ってきた。一発ずつではあるが、しばらく矢切れにはなりそうにない。

「降参は認めるぜ?」

 上から目線で見下しながら、リカルドはハルトに言い放ちながら、矢を放つ。



 話しながらだからだろう。

 一瞬生まれた隙をハルトは見抜き、避けるのでは無く立ち向かう方向にシフトした。

 赤い矢をハルトは剣で叩き落とし、そのまま剣を軸の様に体を支え、リカルドに右足で蹴り込んだ。

 肉体能力だけのごり押しの蹴りだが、ダメージは十分だろう。弓は折れ、リカルドは後ろに吹き飛んでいた。


「降参は認めるぜ、だったか?」

 ハルトは倒れているリカルトにそう言い放った。


「……今のは俺が悪かったな。もう油断しない」

 リカルドはよろよろと立ち上がり、両手にダガーを持ってハルトと対峙した。

「剣での勝負がお好みだろう?」

 リカルドの言葉に、ハルトは獣の様に牙を見せ、威圧する様に笑った。


 そして今度はリカルドがハルトに攻撃をしかけた。

 ダガーの一閃、横に、縦に、縦横無尽にダガーをしかける。

 異常な程の身のこなしで、長剣のメリットはほとんど生かされない。

 片方は剣で防げるが、二撃目は間に合わず、ぎりぎりに避けるしか無い。

 魔法で足を強化しているらしく、フットワークだけでハルトは追い詰められていった。

 何とか致命傷は防げているが、ハルトの体は小さな無数の傷で血に染まっていた。


 少し距離を取り、リカルドはハルトを挑発しだした。

「遠距離しか使えない。魔法しか使えないって思った?剣の腕も割とある方なんだよね、俺」

 にやにやしながらそういうリカルドに、ハルトは何も言わない。


 この時、リカルドの内心はハルトの心を折ろうと必死だった。

 既に自分の方が上だと思っていた。だけど、殺さずに勝てる相手とも思っていなかった。

 ハルトを殺せば印象も悪いし、何も無いのに人を殺そうと思うほどリカルドは悪人でも無いからだ。

 何よりも、あの子の前で人を殺した自分を見られたくなかったからだ。


 だが、当たり前なことに、ハルトの心が折れることは無い。

 領主の命を預かり、武官として領に在する誇りを、ハルトは忘れていない。

 無言のまま睨みつけるハルトに、リカルドは焦りつつ、挑発を繰り返す。

 運良く、相手を怒らせ平常心が失わせられたら、隙が増え気絶を狙えるからだ。


「まだやるの?そんなに弱いのに」

 弱いなんて思っていない。未だに蹴られた腹は痛いままだ。

 ハルトは動かず、何も言わずにこちらを見据えるだけだった。


「何なら一本で戦ってあげようか?良い勝負になると思えないけど」

 ナイフをチラつかせながらのリカルド。

 それでも、ハルトは何も言わずにこちらを見据えるだけだった。


「はぁ。じゃあ、ソードダンサーとして、お相手願いましょうかね」

 ため息を吐きながら、両手で広げ、やれやれと言ったポーズをとるリカルド。


 ある意味彼の望みは叶った。

 ハルトの一番の地雷をリカルドは踏み抜き、平常心を失ったハルトと対峙した。

「『ソードダンサー』……お前が、お前程度がその名前を語るな!」


 咆哮の様な叫びを上げ、ハルトはそのまま剣を捨て拳で殴りかかった。


 ソードダンサー。あらゆる攻撃を避け、蝶の様に舞い、蜂の様に刺すを実行する本物の剣の達人。

 その呼び名は一種の名誉であり、そしてハルトにとっては、越えられない大きな壁だった。


 リカルドは、突然の変化に驚きつつも、チャンス到来に喜んだ。

 冷静さを失ったなら、気絶させるのも容易いだろう。

 そう思っていた。それが間違いだと気付いたのはすぐだった。


 こちらに突っ込んでくるハルトを、リカルドは止める方法が無かった。

 魔法で強化した自分より早いとはリカルドも予想していなかった。

 何も考えず、異常な速度で突っ込んでくるハルトは、まるで野獣か何かだった。


 思いっきりこちらを殴りつけようとしてくるハルトを止める方法は無く、動きを止める為に、殴りつけてくるハルトの右腕に、リカルドはダガーを突き立てた。

 人を刺す、不快な感触。

 こんなことをする自分が醜い存在の様に思えてくる為、リカルドは刃物が嫌いだった。

 そんなことを考えながら、リカルドの意識は闇に飲まれた。


 腕を刺した程度では、ハルトの拳は止まらず、リカルドの顔面に拳がめり込み、リカルドはきりもみ回転しながらふっ跳んだ。

 ずしゃっ!

 受身も取らず、地面に落ちるリカルド。

 そのまま地面に倒れこむリカルドに、ハルトは追撃しようと襲い掛かる。

「ハルト。ステイ!」

 プランの声に、ハルトはようやく我に返った。

 我に返った瞬間、二の腕に刺さったダガーに気付き、痛みで絶叫を上げた。




「良かった。目が覚めたのね」

 リカルドが最初に目を覚まして聞いたのは、プランの安堵の声だった。

 あの倒れる様子を見たプランは、もしかして目を覚まさないかも、そう心配していた。


「俺は……痛っ。……ああ、負けたのか」

 体に走った激痛から、何が起きたかを思い出したリカルドはそう呟いた。

「いいや。俺の暴走みたいなもんだったし引き分けでも良いぞ」

 そう良いながらリカルドを見下ろしたのはハルトだった。


「引き分けだったらどうなるんだ?」

 リカルドの質問に、ハルトは笑いながら答えた。

「そりゃ、もう一回最初からだろ」

「……降参する」

 リカルドは素直にそう言うしか無かった。

 ハルトの体の切り傷はほとんど治っていて、それなりに深く刺したはずの腕すら、大きなかさぶたになって塞がっている。

 それに比べてこっちは、未だに起き上がれない状態だ。

「お前は化物か」

 リカルドはため息を吐きながら呟くが、ハルトには良くわかっていない。

「残念ながら人間よ。私も偶に信じられなくなるけどね」


 その声の方向に、リカルドは無理やり首を回し頭を向けた。

「ああ麗しの君よ。惨めな姿を見せることをお許し下さい」

「そんな状態でもそんなこと言うのだけは、素直に尊敬してあげるわ」

 プランはジト目でそう呟いた。


 これで彼らの生殺与奪権を手にしたプラン。

 特に、リカルドは自分で商人殺しを訴えている。どうあっても彼だけは救えないだろう。

 だけどプランには彼が悪人には見えなかった。


 リカルドが倒れた時、村の子供達が必死駆け寄ってリカルドの傍に着いた。

 そして、小さな子供達が泣きそうな目でこちらを睨んできたのだ。

 大人ならともかく、子供がそこまで心配する人物が、悪人だとはプランは思いたく無かった。


「とりあえず、好きにしていいのよね?」

 プランの言葉に、リカルドが頷いた。

「出来たら、集落の、特に女性や子供には良くして欲しい。何も悪いことはしていないんだ」

 プランは頷きながら、リカルドに尋ねた。

「そうね。じゃあ、商人殺しの事とか、他の皆の犯罪の事とか、全部嘘偽り無く教えて」


 そして、リカルドはここに来るまでの事を話し出した。

 三年前、奴隷商に攫われた村人を助けようと奴隷商の屋敷に潜入した。

 しかし途中で見つかり、つい奴隷商を殺してしまった。もちろんそんな気は無く、本当に偶然だった。

 その後、村人を出来る限り助け、他に捕まっていた人も出来るだけ助けた。


 その後はずっと逃亡生活。

 途中で盗賊や、流民を吸収しながらここにたどり着き、こっそりとここに住み着いた。

 一年ここで暮らして、見つからなかった為、ここを終の拠点にしようと思った。


「ねぇハルト、人攫いをする奴隷商殺しって、どうなる?」

 明らかに相手に過失があるけど、商人殺しは重罪だ。

「知らん。知っている奴に投げろ」

 その言葉に頷き、後はヨルンに丸投げすることにした。


「とりあえず、悪いことしたことある人は私についてきて。それ以外の人はこのまま生活してて良いよ。また落ち着いたら、ここを正式に村にするから」


「じゃあ、もう逃げなくても良いんですか?」

 それを聞いていた、お腹の大きな女性が一人、そう尋ねてきた。

「もちろん。そうね。でもそれだけじゃあ駄目よね。今度、産婆の経験ある人を連れてきてあげるわ」

 女性は、泣きそうな顔で何度も頷いた。


 連れて行くのはリカルドを含めて合計十人。村の男の半数だ。

 それを子供達は、悔しそうに見ていた。

 女性達の中には、この中に旦那がいる人もいるのだろう。

 不安げに、縄で繋がれた彼らを見ていた。


「大多数の人は、近いうちに帰ってこられると思います」

 プランはそれだけ言って、逃げる様にそこから離れた。

 ハルトは手に縄をかけた男達を連れて、プランの後ろについていった。



 屋敷に戻り、連れてきた男達はハルトと兵士達に任せ、すぐにヨルンに事情を話し、相談した。


「そうですね。今回の場合は、殺す前にアクションが取れたらよかったのですが、……普通なら処刑、良くて一生飼い殺しですね……」

 しかし、帰ってきた答えは望むべき答えでは無かった。

 何となくわかっていた。商人殺しは重罪だと、プランですら知っていることだからだ。

 例外は無いのだろう。


「そうだよね。うん。せめて、後の人は少しでも早く帰せる様に手配してあげて」

「了解しました。全力で」

 それだけ言って、プランはヨルンの部屋を退出した。


「さて、それでは重罪人の所に話を聞きに行きましょうか」

 ヨルンは含み笑いをしながら、リカルドを探しに行った。



 二日後、連れてきた全員を回収しにブラウン子爵の兵達が来た。

 ヨルンが色々手を尽くしてくれたらしく、一月後にリカルド以外の全員はこちらに戻れるらしい。


 ただ、リカルドだけはやはり重たい罪を背負う事になりそうだ。

「ごめんなさい。あなたを助けられなくて」

 プランはリカルドにそう話しかけた。

 悪いことをしていないのはわかっているのに、領主としては逃がすことが出来ない。

 法に背けば、それだけ他の国民を苦しめることになる。


「何を言いますが、本来なら皆殺しでもおかしくないのに、私の命だけで皆を救ってくださったのです。感謝以外の言葉はありませんよ」

 リカルドはプランと顔を合わせず、それだけ言ってプランから距離を取った。


 何となく、リカルドの気持ちもわかった。

 話したいけど、話したらいけない。そんなリカルドの気持ちが伝わってくる。

 未だに本気なのか冗談なのかわからない。だけど、せめて彼の残したもの位は、面倒見る義務があるはずだ。

「後の事は何とかするから。領主の名前にかけて」

 プランはそれだけ言って、リカルドから距離を取った。


「もう、よろしいですか?」

 ブラウン子爵の兵がそう尋ね、プランは頷いた。

 そして、そのまま、彼らは歩いて去っていった。


「さて、これから忙しくなるわよ」

 プランはハルトとヨルン、リオにそう言った。

 めでたいことに、リフレスト領に新しい村が生まれたのだ。

 その為、するべきことは沢山ある。

 村の名前を決め、村人に名前を尋ね、村として正式に登録する。

 その上で、彼らの不満を出来る限り解消する。

 最大限、村人の幸福を考慮する。プランには、リカルドに託された未来を守る義務があった。


 ブラウン子爵に預けた人達が帰ってくるまでの間に、プランは出来るだけの事をした。

 実際にしたのはヨルンだが。


 村の測量と住民の登録は終わり、村の名前も決まった。

『セドリ』それが村の名前になった。

 正式にセドリ村として決まり、戻ってくる人の分も含めて、全員リフレスト領の領民に認定された。


 そして一月後、彼らは帰ってきて、村に戻った。

 一名を除いて、村の生活は元の生活に戻り、そしてこれからはより良くなると希望に溢れていた。

 ただし、村人の笑顔は少なかった。心の柱を失ったからだ。


 やるせない気持ちのまま、部屋にいるプランの元に、ヨルンが現れた。

「すいません。ちょっと相談よろしいでしょうか?」

「ん。何何?」

 プランは何気ない様振る舞い、ヨルンの話を聞いた。

「いえ。うちに仕事を求めて来た人がいるのですが、その人貴族階級持ってないんですよ」

「ふむふむ。それで?」

「ですが見る限りかなり有能なので食客扱いとしてこの館に滞在してもらおうと思うですが、どうでしょうか?」

 ヨルンが有能という事は、よほどの人物なのだろう。

 というか、ヨルンが良いと思った人材なら、プランに文句は一つも無い。この腹黒男の面接は相当厳しいからだ。


「もちろん良いよ。いつから住むの?」

「はい。既に下の客間にいらっしゃるので、領主として挨拶をしていただけませんか?」

 プランは了承し、一階の客間に足を運んだ。


 そこにいたのは、緑色の目をした魔法使いだった。

「は?」

 呆然とするプランの横のヨルンは、すこぶる悪巧みしそうな邪悪な笑顔で、プランを見ていた。



ありがとうございました。


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