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男爵令嬢の辺境領主生活  作者: あらまき


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4-5話 遊牧民の土地奪還計画4


 動かなくなった異形の亡骸を見ながらアインは呟くような声でリオに尋ねた。

「ねぇ。こんな見た目でも……彼も人なんだよね?」

 その言葉にリオはしっかりと頷いた。

「はい。私達と同じ、普通の人類です」

「そうよね。じゃあ……殺さずに済む方法なかったの?」

 リオとトーチャーは戦う前から既にお互いわかりあっているような雰囲気があった。

 おそらく、お互いがこの結果になる事を理解していたのだろう。


 そうであるならば……きっと皆助かる方法もあったはずである。

 甘い考えだとわかっていても、アインはそう思わずにはいられなかった。


 だが、そんなアインに告げるリオの言葉は――明確は否定だった。

「ありません。彼らに戦いから逃げるという選択肢はありませんから」

「じゃあ……私達が逃げるというのは?」

「力ある者から同情されて逃がされるというのは、彼らの誇りを傷つけます。それだけはしてはならない事ですね」

「死ぬよりマシじゃない」

「ええ。私もそう思います。ですが、彼らはそうは絶対に思いません。強者に見逃される屈辱というのは、ディオスガルズにとって死よりも辛い辱めに匹敵します」

「……どうして死ななくても良い命を落とすような事をするのかしら」

「そうしなければ伝えられないものがあったんですよ……きっと」

 リオを責めるのはお門違いである事に気づいたアインは言葉を紡ぐのを止め、辛そうな表情で亡骸を見た。

 トーチャーと名乗った男の遺体はどう見ても異形の化け物である。

 それでも……その遺体は自分達と同じ赤い血を流していた。




 その数十分後、バンカーの指示で村中央に全員が集合した。

 欠員はなし……どころか怪我人すら一人もいなかった。


 部隊での情報共有の結果、リオとアインは第三位の戦果を稼いでいる事が判明した。

 それは二人が特別な事をしたわけでもトーチャーの身分が特別高かったからでもなく、単純に、バンカーが敵兵のほとんどを一人で処理したからだった。


 戦果を稼ぎたいなら俺の前に出ろという言葉は比喩でも自慢でもなく、ただの事実でしかなかった。


「ここにいるのは敵のみで、しかもたった三十人程度か……」

 そう二十人以上を一人で殺しきったバンカーは小さく呟いた。

「隊長、ここに拠点を設置して第二陣を待ちますか?」

 部隊の一人がそう声をかけると、バンカーは腕を組んで考え、そして首を横に振った。

「いや。近くに本格的な拠点がある。今第二陣にこの場所を伝えると敵にも乗り込んだ事がバレてしまう。この場所は忘れて次に行こう」

「隊長。一体どのような根拠があってそのような鋭い推測をしたのでしょうか?」

「ただの勘だ」

 バンカーは自信満々に言い放った。

 だが、残念な事に野生的でかつ直情的なバンカーの勘は、下手な蘊蓄や推測よりもよほど信頼出来てしまう。

 今ならバンカーが虎か何かの生まれ変わりだと言われても信じてしまいそうな程だ。


「それじゃ五分後に出発な。ああそうそう、当然だがここから何か物をパクろうとした奴は俺に報告しろよー。――俺がきっちり苦しまずに殺してやるから」

 バンカーはにこやかにそう言い放った。

 ノスガルドの軍規では略奪はご法度である。

 これはただの綺麗事という訳ではなく、戦争を行っても国の経済が傾かない程度には余裕があるという事実に加え、自分達を正義であるという建前を持っているからだ。

 この軍規と誇りを持つ事を徹底している武官という制度があるからこそ、ノスガルドは領主に強い権限と自由があっても国として纏まり崩壊せずに巨大な大国を維持出来ていた。


 反対に自分達を悪とし魔族を称するディオスガルズ軍は当たり前の様に略奪を行う。

 強き者は弱き者から搾取し、弱き者は強くなり強き者から逆に奪い取る。

 そんな弱肉強食の生存競争をディオスガルズは推奨しているからである。


 代わりに、ディオスガルズは無抵抗の一般人といった弱者には、よほどの事がない限り直接手を下せない。

 弱者を一方的に痛めつけるのは恥ずべき事の一つだからである。

 これも彼らが弱肉強食の社会を作っている故の一つの弱点とも言えた。


 そしてきっちり五分後、全員が揃ったのを確認したバンカーは怪しそうだと思う辺りに、勘の赴くまま馬を走らせ、後続はそれに続いた。

 宛もない敵地での移動のはずなのに、バンカーのおかげで馬の足は非常に軽やかだった。


 そして数十分ほど馬を走らせていると、リオはふと急に違和感を覚えた。

「……。これは……速度が落ちてますね」

「さっき急に旋回をしてからね」

 アインがそれに同意するように付け足すとほぼ同時に、二人の前にいる人が後ろを振り向いた。


「隊長から魔法が使える奴は前に来いってさ。後ろに伝えてくれ」

 前の同僚にそう言われ、リオとアインは頷いて同じように後ろの人に伝言を伝えた。

 しばらくすると部隊から魔法が使えると思われる数人の武官が横に離脱して先頭に移動し、それからしばらくすると部隊は完全に停止した。


「よーしお前ら、良いニュースと悪いニュースがあるぞ。まず良いニュースだ。お前ら全員山ほど戦果を持ち帰れるぞ。やったな!」

 そんなどこが良いニュースなのかわからない事をバンカーは言い出した。

「それで悪いニュースだが、敵に見つかった。ここで待っているとあっちの拠点が要塞化する恐れがある。だから……今から特攻をかける。さあ行こう」

 それだけ言ってさっさと馬を飛ばそうとするバンカーを武官の一人で慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 詳しい作戦とか戦い方とか」

「最初に言っただろ? 俺はそんな事しないって。逆に俺が立てた作戦に命が賭けられるか?」

 そう言われ、皆が押し黙った。


 そのカリスマと強さには敬意を表するが……策略や頭脳という意味では全く期待出来ない。

 雰囲気と行動からどうしてもそう思わざるを得なかった。


「じゃ、じゃあさっきの魔法使いを集めたのは」

「ああ。魔法使いだけで部隊編制して後は放置だ。俺は何も命令せんぞ。適当に味方に当たらないよう援護することだけお願いしたからたぶんそれっぽい事をしてくれるだろう。もうないな? じゃ行くぞ」

 そう言ってバンカーは今度こそ馬を走らせた。




 ――あ、死んだ。

 その光景を見た者は大体そのような感想を抱くだろう。


 バンカーの後に付いて馬を走らせた部隊が見たものは……正面奥から走ってきているのは異形の怪物、ディオスガルズ兵である。

 その速度は馬ほどではないが、それでも相当早い。

 鎧を着ていない武官よりも少し早いくらいだろう。


 それはつまり、相当な脅威である証明でもあった。

 重鎧相当を装備している存在が、そんな速度でこちらに迫ってきているのだ。

 恐ろしい存在ではないわけがなかった。

 しかも……その数は二桁では絶対に足りないほどである。

 最低でも二百人はいるだろう。

 地響きを立てながらフル装備でこちらに突き進むディオスガルズ兵。

 弓や槍などは当然として、妖精石を埋め込んだ杖や剣を持っている者もいた。

 それは絶望と呼ぶに相応しい状況だろう。


「おー。思ったよりも多いな。おーい、逃げたい奴は好きに逃げろー。敗走は罪にしないからなー」

 そう言ってバンカーは最初の時と同じように、一人で敵陣ど真ん中に突っ込んでいった。

 百を超える相手に一切の怯えも見せずに突っ込むその姿は部隊長としてみれば落第以下の最低評価だが、特攻隊長という意味で見ればまさに理想的な背中だった。


「……リオ。これ逃げた方が良い? それとも無理にでも戦った方が良い?」

 アインのが不安そうな声を出すとリオは微笑んだ。

「あくまで私の推測ですが、逃げるほどではないと思います。ただ、作戦遂行は難しいかもしれません」

「どういう事?」

「どっちかに天秤が傾くのに時間がかかりそうだなという事です」

「でも、これだけ戦力比が激しいのは……」

「あちらの大半はどうやら下位魔族、つまりこちらで言えば兵士相当のようです。ですので数で負けていても何とかなるでしょう」

「でもこちらが有利というわけでもないと」

 その言葉にリオは頷いた。

 下位魔族と言われていてもその身体能力は通常よりもはるかに高い。

 武官相当でないからと言って油断して良い相手ではなかった。


「それに加えてこちらには明らかに格の違う隊長が付いていますが……それでも隊長は一人しかいません。ですので隊長はきっと数の暴力で押し込まれ動きを封鎖されるでしょう。そう考え戦力比は均衡を保っていると私は考えました」

「なるほど。それで、ジリ貧になりそうというか速攻が決まらない時点であんまり良い結果が想像出来ないんだけど、こっちに理想的な終着点てある?」

「ありますよ。均等でも何でも良いので少しでも早く相手の数を減らします。そうすると隊長の影響力が相対的に上がり、最終的には隊長が突破出来るかと。というよりも、今までそうやって戦って来たのでしょう」

 そんな人任せな作戦とも言えないような展開だが、これくらいしか無茶をしながら作戦を遂行するという条件を達成する方法はなかった。


「……なんか、どっちが化け物がわからなくなってきたわ」

 アインは遠目でもわかるほど暴れているバンカーを見ながらそう呟いた。

「聞かなかった事にしておきます」

 リオはそう返しながら苦笑いを浮かべた。


「お前ら、出来るだけ広く隊列を組め! 後ろにいる魔法支援組に魔族共を近づけるな!」

 そんな知らない武官からの怒声がどこからか響き渡り、リオとアインは敵の人数を利用した横に広い陣形の端を狙うよう、側面方向に馬を走らせた。

 


 二人は移動をしているうちに着々と周囲は接敵を果たし戦闘が開始されていく気配を感じた。

 飛び交う矢と怒声、鳴り響く剣戟と悲鳴。

 そんな中、相手奥側からは一メートルほどの大きさをした黒い火の球が飛んできていた。

 放射線状に跳んできているその火の玉は、速度こそ大した事はないが――非常に禍々しかった。


「リオあの不気味な火の玉は何? 呪いとかそんな当たるとやばい感じ?」

「いえ、見掛け倒しのただの火の球です。ただし、高温の塊な上に接触すると爆発するので危険ではありますが」

「了解。ただの火の玉なら何とかなるでしょ」

 そう言いながらアインは小さな弓を取り出し、軽い力で連射していった。

 最高速で走る馬の上でバランスを取りながら矢を放つという曲芸じみた動きでありながらも、その矢は全て火の玉に命中し、アインはこちら側に飛来してくる火の玉を四つほど破裂させた。

「お見事」

 嫌味でも何でもなく、純粋にリオはそう呟いた。

「ありがと。それでも……気休め程度ねコレ。相手味方への誤爆が怖くないのかしら」

 そう呟きながらアインは空を見た。

 空にはまだ火の玉が十以上こちらに襲ってきており、更に追加で増え続けている。

 当然その火の玉には味方を識別する機能はない。

 だからこちら側の魔法使いは相手の後方にしか攻撃魔法を撃たず、強化や弱体化などの支援を中心に行動していた。

「私達は当たるとほぼ瀕死、敵側は鎧で多少は防火作用があるのでしょう」

「あー。そう言う事か。なるほどこちらが真似できない作戦という事か。そう言う事ならこんな気休めでも多少はマシにはなるでしょ」

 そう呟きながら、移動の片手間にアインは矢で火の玉を撃ち落し続けた。


「騎士アイン。端に到着しましたがどうしましょうか?」

「そうね……。リオ、相手の火の玉を使う魔法使いはどう対処すれば良い?」

「模擬戦でのリカルドと同じ対応で良いかと」

「……シンプルね。いえ、他に方法がないとも言えるか」

 要するに、接近して、叩きのめす。

 それだけである。

 遠距離魔法への対応が接近あるのみだからこそ、接近戦の強い魔法使いというのは非常に重宝され武官としても冒険者としても優遇される。


「んでどっちが行く?」

 アインは敵数部隊の更に奥にいる五人の護衛と一人の火の玉を放っている魔法使いの集団を見ながらそう声をかけた。

「恥ずかしながら私は馬上戦が苦手でして。私は降りて戦うので機動力が高い騎士アインに任せて宜しいでしょうか?」

 リオがそう言うとアインは親指を立てて見せ、そのまま一目散の敵の奥に突っ込んでいった。

 分厚い鎧を着た相手や、足が早くかき乱してくる相手を無視してその奥、五人の護衛と魔法使い一人の集団に一直線で突撃する。

 それを妨害しようと魔法使いは火の玉の魔法を放ち――直後にそれは破裂した。

 魔法使いの手が離れた瞬間という零距離爆破に魔法使いとその周りにいた五人は一斉に炎を身に宿している。

 アインがちらっと後方を見ると、弓を放った直後のリオの姿があった。

 ――おーお見事!

 そう思いながら、炎に苦しみもがく魔法使いに細身の剣を突き立て、そのままUターンしてリオの元に戻っていった。


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