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0話 マイナスから始まる未来

最初は何か暗いですが、基本的に軽い話になる予定です。

よろしければお付き合い下さい。

 

 いつまでも変わらず、幸せな日々が続くと思っていた。

 プラン・リフレストにとって、楽しい日常とは当然の事だったからだ。


 父の名前はダードリー・リフレスト。

 ダードリー・リフレスト男爵。

 リフレスト領の領主。つまりプランは男爵令嬢ということになる。

 といっても、首都からかなり離れた辺境の地で、その上未開に等しい何もない場所である。

 更に領地も大して広いわけでも資源があるわけでもない。

 領地の中にあるのは小さな村が一つ。

 あとは、大きな山がいくつかと、とても大きい湖が一つ。

 小さい規模の辺境領主。

 王から忘れられないか心配になる位の立ち位置。

 それでも、プランにとっては理想の世界だった。

 温かい家族に優しい村人。

 そこには掛け替えの無い幸せが詰まっていた。


 プランには兄がいる。

 名前はミハイル・リフレスト。

 優しくて恰好良くて、プランの自慢の兄である。

 領地運営といった才能は全て兄に取られたのでは無いかとプランは考えているほど兄は優秀だった。

 なので父からの扱いも全然違う。

 兄は父の仕事を手伝いながら、領地運営の勉強をさせられていた。

 一方プランは、まーったく領主の仕事に関わっていない。勉強すら他の事をしていた。

 父曰く『お前にそんなことをさせるくらいなら、文官に全部丸投げするわ』

 実の父にそれほど言わせてしまうほど、プランの領主としての才能は無かった。

 ただし、愛情がなかったわけではない。

 父も兄も、プランには自由に生きて欲しかったのだろう。

 何一つ強要せず、領主の娘としてでなく、ただの娘として扱い、とても大切にしてくれた。


 プランは自由な時間で、領地内で唯一の村に遊びに行った。

 村人は誰一人、領主の娘として扱わず敬意など一切感じさせず、ただの町娘として扱ってくれた。

 それがプランには何よりも嬉しかった。

 村人達と、全く壁が無かったのだ。

 誰も特別扱いせず、他の皆と同じ様に仲良くしてくれた。

 そんな村の皆が、プランは大好きだった。


 いつか、父が引退し、兄が後を継ぐ。そうしたら、自分は貴族としていらない子なので間違いなく邪魔になる。

 その時は、地位を捨て、一般人になってあの村で一生を過ごす。

 十五歳のプランは、そんな未来図を夢見ていた。


 プランは貴族的な事にも一切関わっていない。

 だから、その仕事が何なのかは知らなかった。

 大切なのは、父と、兄と、何人もの武官と兵士が行かないといけない仕事だったということだ。


 仕事は終わったが、兄は帰ってこなかった。

 行方不明扱いだが、戦場で行方不明ということがどういうことかは、プランも理解していた。

 父は帰ってきてくれた。

 ただし、冷たい棺桶から出られない躯として――。


 いつまでも変わらず、幸せな日々が続くと思っていた。

 そんなことは夢物語で、家族がいなくなったという悲しい現実しかプランには残されていなかった。




 当たり前だが、落ち込んだままという訳にはいかない。

 十五歳と言えども、領主の娘である。

 すべきことがあるのだ。領地運営から跡継ぎの問題など、今から考えないといけない事は山のようにある。

 リフレスト家に爵位を授け、領地を任せた国。

 ノスガルド王国。

 この国には、とても面倒な法律が一つあった。


『領主の後継者は、一人しか指名してはならない』

 これの所為で、プランが領主を継ぐことは許されなかった。


 父は間違いなく兄を指名する。

 そうでないと兄に指導し、領地運営を任せていた理由がない。

 だとしたら、行方不明、というよりも死亡判定になった兄、ミハイルはその権利を失う。

 こうなった場合、プランが選ばないといけない選択肢は二択のうちどちらかである。


 一つは、爵位のある貴族を婿に貰うこと。

 もう一つは、国が指定した相手を婿に貰うことだ。

 これは当然、どちらも断ることが出来ない。

 王の決めた法は絶対である。


 今まで兄と父に全てを押し付けてきた罰が当たったんだ。

 だからこんなことになったんだ。

 プランはそう考えた。

 

 どっちの選択を選んでも、もうプランが幸せになるという可能性は、ない。


 父と兄を失って数日経過した。

 父だけで無く、兄の事も諦め、同時に葬儀を開くこととなった。

 幸か不幸か、プランは何もしなくても良かった。

 文官の人達が全て仕切ってくれたからだ。

 亡くなった人の数が多すぎて、領主代表の合同葬儀になったから個人で仕切るのは無理な規模になっていたのも理由の一つである。

 遠征に行った人のほとんどが、一緒に殉職していた。

 父も色んな人と一緒に葬儀に出られて幸せだっただろう。

 父はそういう人だからだ。


 そこから数日。プランは部屋でぼーっとするだけの日々を過ごしていた。

 領主の館の中のプランの部屋。

 女性らしい色のベッドカバーとシーツ。可愛らしい物が好きと言ったプランに、父が渡したプレゼント。

 小さな花が活けてある花瓶。

 花と花瓶は、兄が悩みながら誕生日にプレゼントしてくれた物だ。

 今その花は――枯れきっていた。


 過去も、未来も、同時にプランに襲い掛かり何かをするという気力を奪い続けている。

 明日には、父の遺書が公開される。

 そこで父が選んだ後継者が兄と決まり、兄がいないということで、この領は国預かりとなり、プランは会った事もない人と結婚することになる。

 ――もう、何もしたくなかった。


 コンコンと、乱雑なノックが響いた。

「はい、どうぞ」

 その声に反応し、一人の男が部屋の中に入って来た。

 ハルト・ゲイル。

 今回の遠征に行かなかった武官であり、そして、今現在この領唯一の武官である。ほとんどの武官は殉職し、残った武官も怪我から引退になっていた。

「よ。邪魔するぞ」

 敬意の全く感じない挨拶。

 だが、それはいつものことだった。

 プランはむしろ敬語とかそういった物が苦手だった。

 何だか冷たい感じがするからだ。


 黒いオールバックに鋭い目つき。

 口が悪く暴言を吐くが、基本的に乱暴はしないから別に怖くは無い。

 例えるなら、目つきが悪く吼え癖のある子犬である。

 プランは二つほど上のハルトに、そんな変な印象を持っていた。

「何か用?」

 普段ならこんなぶっきらぼうな対応はしない。だけど、今はもう何もする気が起きなかった。

「うっわきしょくわる。元気の無いお前ってすげえ怖いわ。ほれ」

 喧嘩を売っているとしか思えない事を言った後、ハルトはプランの方に大きなトランクを投げてきた。

 がたんと大きな音を立て、プランの前にトランクが投げ込まれた。


「これ何?」

「良いから空けてみろ。見たらすぐにわかる」

 投げられたトランクを開けるプラン。中に入っていたのは女性物の服だった。

 これで社交界にでも行けということだろうか。

 プランはその服装をまじまじと見た。

 ドレスじゃなくて普通のスカートタイプのワンピース。とても地味で、貴族の服には相応しくないだろう。プラン的にはとても好みの格好だが。

 どう見ても町娘にしか見えない格好だ。それと同時に、トランクの底に書類があった。

 書かれている名前はプラン。苗字は無い。この村にいる一人娘で、ずっと村に住んでいたらしい。


「これ、どういうこと?」

「まず、それに着替える。次に、その書類を俺に渡す。俺が文官に渡す。それで町娘プランが誕生する。まあ偽装書類だけどな。だけど絶対にばれないから安心しろ」

 笑いながら言うハルトに、プランは怒鳴った。

「どういうことよ! 私に全部捨てて逃げろって言うの!?」

「当たり前だろうが!」

 ハルトはプランの声に被せる様に怒鳴った。


「あの人が残した人をな! 不幸になることを望んでいる奴なんてこの館の中、いや、この領地の中にいるわけないだろ!」

 必死の形相で叫ぶハルトを見て、当たり前の事に気付いた。辛いのは自分だけではない。

 そんな当たり前のことすら気付けないほど、プランは周りが見えていなかった。


 プランは父の偉大さと、失った物の大きさを再確認した。

 だけど、まだ全部が失われた訳では無い。

 人に逃げろ逃げろと言うハルトだが、間違い無くここから離れない。

 領主が変わっても、扱いが悪くなっても、ここを守る為にこの領地に居座り続けるだろう。

 他の人達もそうだ。

 後が無くても、リフレストの名前がなくなっても、きっとここを守る為に離れないだろう。

 何故なら、それだけ父が偉大だったからだ。


 別に父は為政者として優れていたわけでは無い。むしろ、領主としてみたら微妙と言っても良いほどだ。

 むしろ、兄の方が優秀だったくらいだ。

 それでも、父は偉大だったのだ。

 誰もが父を偉大と認めていた。


 そんな、皆を愛した父の娘の自分が、一人で逃げて良いのだろうか?

 答えは決まっていた。

 プランは服だけ取って、トランクを閉じてハルトに返した。

「これはいらない。服は好みだから貰っとくね。誰のセンスか知らないけど」

「良いのか?」

 心配そうなハルトに、プランは頷いて答えた。

「逆に聞くわ。あなたをとても良い条件で引き抜こうとする領主がいました。そこに行く?」

 ハルトは鼻で笑った。

「はっ。行くわけ無いわ。そうだよな。わりぃ。邪魔した」

 そう言ってハルトは部屋を出ようとするのを、プランは呼び止めた。

「待って!」

 ドアの前、くるっと振り向くハルト。

「あん? 何か用事あるか?」

「えっとね。色々ありがとう。本当に感謝してるわ」

 プランのその言葉に、後ろを向いたまま、手だけ振ってハルトは部屋から出て行った。


 頑張れるなんて、ただのやせ我慢だ。

 本当は当然、逃げ出したい。

 自由になりたい。

 知らない人と結婚なんてしたくない。

 それでも、そうしないと……父の残した領地を守れない。


 父が残し、ハルト達父の家臣が生きるこの領地を守ること。

 それが、プランの考える最後の親孝行だった。


ありがとうございました。

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