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39.式本番

 結婚式の当日となった。

 スヴァニル王国では婚姻を結ぶ時、その土地の長の前で誓いを立てることになっている。地方であれば領主、王都で結婚するのならば王の御前だ。ただし通常は村長や町長など代行官がその役目を委任されている。

 しかしこの度のグレーテとノルベルトとの結婚式は、身内ということもありカイザーが直々に取り仕切る。

 参列者はある程度絞った上で二百人弱。兄弟もファルコ以外は出席している。たとえ当人は不在でも、彼の贈り物の金箔を漉き込んだ造花は、会場を豪華に彩っていた。

 他にも花や針金で精霊を象った像やら布に描いた絵やら、新郎新婦の作品がぎっしりと中庭に面した会場を埋め尽くす。結婚式なのか展示会なのかもはや定かでない。

 渡り廊下を抜け会場にやって来たアニエスは、庭に立っていた鱗に覆われた巨人の像と真っ先に目が合ってしまった。

(魔王みたいなものがいる)

 作風からしておそらく姉の作品だろうと思われた。その良し悪しは凡人に判別つけがたいが、インパクトだけは一級品だ。

 アニエスは会場に入る前に、黒いベールの下でもう一度心を整える。それから従者三人を振り返った。

「式の間、皆さんは基本的に私の傍に待機していてください」

「はい!」

 ルーやネリーが元気よく応じる。

「記者は私が対応します。皆さんは私が何かお願いした時に動いてくだされば結構です」

「ファニたちなんもしなくていいってことか?」

「基本的には」

 言ってから、アニエスは少し悩むような間をあけ、付け足した。

「・・・レギナルト兄様がこちらに来そうな時だけ教えてください」

「アニエスサマいじめるニイサマなっ。まかせろっ」

 取り上げられた銃のかわりに拳を固めるファニ。不安を感じたネリーが主のかわりに釘を刺す。

「一応言っとくけど殴っちゃだめだからね」

「アニエスサマ守るが仕事だろ?」

「ここにいるのは全員殴っちゃいけない人たちなのっ。要するに、私たちは適度に壁になってお邪魔すればいいのよ」

「壁な。わかった」

 少女に言い聞かせられ、ファニは素直に頷いた。

 近頃、アニエスは部下たちのうち未成年組のほうが成人組より実は頼りになるような気が徐々にしてきている。

「では、行きます」

 転ばぬよう、黒いドレスの裾に気をつけ入場する。

 会場にはすでに臣下含めた招待客が大勢詰めていた。一階に席はなく、後でダンスができるよう中央が広くあけられ、庭も解放されている。

 アニエスら王族の席は二階にあり、式の間はそこで催し物を見物するのだが、最初に庭で婚姻の儀が執り行われるため、まずは一階にいなければならなかった。

 記者たちが自由に取材できる最大のチャンスもこの時だ。よって入場したアニエスのもとに、彼らはさっそく磁石で吸い寄せられるかのように集まってしまった。

「姉君のご結婚まことにおめでとうございます。また遅ればせながら辺境伯へのご就任も」

 飛行船の発着場にいた記者たちはよりは幾分か物腰柔らかに、完璧な微笑みを貼りつけ、取り囲む。相手は八人で、男女ともにいる。

「ありがとうございます」

 入り口で固まっていては後がつかえるため、アニエスは庭のほうへ向かいながら取材に応じた。

「花婿のノルベルト氏とはもともと面識はおありで?」

 業界重鎮のアトリック誌はじめ、王都で有名な新聞社と雑誌社がそれぞれ名乗り、まずは式の主役の二人のこと、エインタートからはどうやって、いつ来たのか、いつまでいるのかなど、当たり障りのない話題を振る。

 いずれも記事に失礼千万なことを書き立てておきながら、まるでそのことを忘れたかのような顔をし、世間話でターゲットの緊張をある程度解してから、少しずつ本題へと移行する。

「ところで、本日のお召し物は喪服でしょうか」

 アニエスは質問をしてきた男の記者のほうへ視線をやった。

「他のご兄弟はどなたも喪服をお召しではございませんが、閣下は姉君のご成婚の日にもお一人で先王の死を悼まれているということでしょうか」

 微笑みの下に悪意が見え隠れてしている。

 アニエスは彼らにはじめから嫌われている。特段動揺することもない。どう答えても批判されるのであれば、どう答えても良いのだ。

「父を偲ぶことはあっても、悼むことはありません」

 いっそ素っ気なく聞こえるほどに、アニエスは淡々と用意してきた言葉を口にする。

「私が喪服を着るのは結婚式に限ったことではありません。常に着ているため今日も着ているに過ぎません」

「常にお召しになっているのはなぜですか?」

「私が知らぬ間に亡くなってしまった祖父や母、そしてエインタートの領民たちを忘れぬためです。意味はそれだけです。姉の結婚を祝う気持ちは大いにあります」

「母君は病で亡くなられたのでしたね。当時、ローレン領の避難所で熱病が流行していたそうですね。よって母君はあなた様を王城へお預けになったと」

「はい」

「ご自分の御子だけを避難させたということですね。そしてあなた様に領主の責を負わせぬよう出自をお隠しになった。それについてはいかがお感じでしょうか」

「・・・私にとっては慈悲深い選択でした。しかし領民に対しては無責任だったのでしょう」

「母君は無責任であったと」

 背後でルーが息を呑む音がしたが、アニエスは表情一つ変えない。

「いいえ。彼女は彼女の責をでき得るところまで果たしました。その後の責はすべてを知った私の負うものです」

「女の身で叙爵することをおこがましくは思われなかった?」

 質問はさらに鋭く、突き刺すものとなっていく。それらを甘んじて受け入れながら、アニエスは丁寧に返した。

「性別にかかわらず、本来の私には過ぎたる身分であると思います。ですがエインタートの復興に必要なものであれば、どんなものでも利用しなければなりません。・・・もちろん、あなた方のことも」

 ここで少しだけ反撃に出た。

「私のことはいかようにでもお書きください。できることなら、なるべく派手にお願いします。今はエインタートへ興味を持つ人を一人でも増やしたいのです。我が領では性別も年齢も人種も問わず、力をお貸しいただける方を常時募集しております」

 頭にエリノアを思い浮かべ、彼女よりはだいぶ控えめに挑発してみせる。実際あまり下手なことを書かれても困るのだが、幸いにも記者たちには少しだけ受けた。

「ではアナグマ姫とお呼びしても構わないので?」

 微笑みとは異なる半笑いで訊いてくる。

 すでに許可なく書き立てているだろうと思いつつ、アニエスはおくびにも出さない。

「構いません。その名はレギナルト兄様が書庫に籠るばかりの私にくださったものですが、今も私はアナグマのようにエインタートに巣を作っておりますので」

「巣?」

「アナグマは自ら仲間と棲むための巣を掘ります。同じようにエインタートでは多方面から力を借りて、魔物の脅威を晴らし、家や畑を着実に蘇らせつつあります。いずれは他領に散ってしまった領民たちを呼び戻し、また新しい人々も迎え入れたいと思っています。アナグマの巣穴には、よく他の動物も棲みつくものですから」

「人を呼ぶための施策は何か?」

「一つ言えるのは、現状、領民は無税であることです。工事の労働には報酬を出しています。それから宣伝です。アスター誌には日頃から格別の助力を得ていますが、あなた方の力もお貸しいただければ幸いです」

 なお件の雑誌社のニーナは結婚式の場にいない。まだ創刊から日が浅く信用がないのか、記者の入場を制限している王城の審査から弾かれてしまったらしい。かわりに式の後にアニエスはインタビューに応じる約束となっている。

「おそらく、我々はすでに一役買っておりますよ」

 記者の一人が軽薄に言ったことにも、アニエスは首肯した。

「そうでしたね。では引き続きよろしくお願いします。よろしければ噂を集めるだけでなく、一度エインタートにもいらしてください。いつでも歓迎いたしますので」

 口先で言いつつ、

(本当に来られても困るけど)

 内心では来客を歓迎する余裕などない。家も畑もやっとまともに着工できたばかりなのだ。記者たちにお披露目するのはもっと後が良い。それでも何か景気の良さそうなことを言っておかねば、格好がつかなかった。

「しかし無税ではいつか先王の遺産も尽きましょう。何か対策は?」

 質問はなおも続くが、ちょうど会場のざわめきが大きくなってきた。

 見やれば会場に花嫁たちの姿が現れていた。

「準備していることはあります。時が来ましたら皆様にお知らせいたします」

 ネリーらと目配せし、それではと記者たちの囲いを脱する。

 だが最後の質問をした一人が付いて来た。

「閣下! アナグマは畑を荒らす害獣ですが、御自らはそうならぬ自信がおありですか?」

 なかなかの大声で呼び止めたため、幾人かそちらを振り返った。

 兄や姉も注目しているかもしれない。

 アニエスは足を止め、ベール越しにその記者の顔を確認する。社会に出る女性らを親の仇のように憎む、アトリック誌のウェルナーと名乗った男だ。

 王の目も届かぬ辺境で、地位と土地と莫大な金を得た娘が堕落せずにいられるものなのかと、つまり彼はそう問うている。

「――『君主とは常に正しく在るもの』」

 アニエスは咄嗟に浮かんだある文章を口に出した。

「『正しく在るためには、まず過失を知らねばならない。それを当事者に自覚せしめ、世間に隈なく公表することにこそ新聞の存在意義がある』」

 アトリック誌の記者は目を丸くしている。なぜなら、己が以前に記事に書いた言葉をそっくり返されたのだから。

「もし私が害獣になった時は、あなたが暴き、皆が駆除してくれることでしょう。――今後も、良い記事を期待しております」

 涼しい顔で言い捨て、案内係に呼ばれ庭へ移動する。

 そこでどっと汗が噴き出した。

(やめてくれ。本気でやめてくれ)

 儀式が始まる間際によけいな注目を浴びてしまった。下手な対応をすれば兄姉たちに迷惑がかかるところだ。そのことに、遅れて心臓が早鐘のように鳴り出す。

「お疲れー。かっこよかったよ」

 隣に並んだ暢気なフィーネに、首を横に振る。やはり兄弟たちは遠巻きに傍観していたようだ。

 アニエスはいったん気を落ち着けるため、大きく息を吐く。

 すると、背後でいかにも何かを我慢するように小さく小さく唸っていたルーに気づいてしまった。

「・・・どうしました?」

 おそるおそる声をかければ、彼女は耳を赤くして訴える。

「あの人たちっ、なんであんな嫌な言い方するんでしょうっ。アニエス様がどれだけ一生懸命やってくださっているかっ、アネット様のことだって知りもしないくせにっ」

 できる限り声を潜めているが、それでも抑えきれないほどルーは怒っているらしい。彼女は記者といえばニーナしか知らず、アニエスのことを褒めちぎり天まで持ち上げるような扱いしか見たことがないため、驚いたのだろう。

 しかし本来は先ほどの記者らのような態度が世間の多数を占める。それをどう伝えたものか、アニエスはやや困ってしまった。

「・・・彼らは、わざとああいうふうに尋ね、情報を引き出すことが仕事なのです。今のはかなり優しいほうだったと思います。姉様や兄様方はもっと厳しい言い方をされていますから」

「でもっ、あんなの失礼過ぎませんか?」

「それが彼らの使命なので。国王でさえ滅多なことで彼らを罰することはありません。誰も何も言えなくなることのほうが、よほど恐ろしい世になることを歴史から学んでいるためです」

 でも、とルーは未だ納得できない。エインタート民の心の支えともなっているアネットのことにまで批判が及んでは、なかなか許すことができないのだ。

 アニエスはどうしたものか迷いつつ、泣く子をなだめるようにルーの背をなでてやった。

「すみません、情けない思いをさせてしまい・・・いつか彼らにも認めてもらえるよう、エインタートの復興に尽力して参りますので、どうか、今は許してもらえませんか」

「っ、そんな、アニエス様が悪いわけじゃっ」

 言いかけたその頭を、今度はファニが撫でまわす。おかげで櫛を通した髪が乱れてしまった。

「ファニの故郷くにじゃあ、自分の好きな物を嫌いな奴は百万人いるって言うぞ。全部相手にしてたら死ぬぞ。それより花嫁来たぞっ」

 グレーテとノルベルトが、参列者の作る道を通り、先で待つカイザーの元へ向かう。そのわずかな道程を参列者たちは守り、見届ける。

 儀式を外で行うのは、自然の中にいる精霊たちにも見守ってもらうためだ。

 カイザーは青緑色の石を先端に嵌めた父の形見の杖を携えていた。花嫁と花婿が目の前に来ると、祝詞を唱え、二人の婚姻に許しを出す。

「――汝らの生きる大地がどこまでも続くよう、渇きの日には柔らかな雨が降り注ぐよう、暗澹たる日には雲散らす風が吹き渡るよう、そして終ぞ竈より火が絶えぬよう、精霊の加護のあらんことを」

 決まった言葉の次には、自由な言葉を添えて良い。カイザーは最後に改めて、二人の前途を寿いだ。

「父にかわり、お前たちの新たな門出を祝おう。永久に、幸いの灯のもとで暮らしなさい。おめでとうノルベルト、グレーテ」

 それを合図に、参列者たちが歓声と花びらをまき散らす。

「おめでとう!」

 同時に、誰かが空に色とりどりの泡を出現させ、あまつ爆発させたため、ついで悲鳴が上がった。

 あたかも花火のようだ。おそらくレギナルトあたりが紋章術を使っているのだろう、と思ったアニエスは素早く兄の所在を確認する。

 問題の六男はグレーテらに近い場所にいる。葬式の時のような礼服ではなく、彼の趣味のひらひらチャラチャラした格好で、頭は四日前の黄緑から変化し赤と白に半分ずつ染まっている。

 今は九番目の妹の祝いに夢中なのか、アニエスのほうには見向きもしない。

 結局からまれることはないまま婚姻の儀が終了し、二階の席へ移動した。

(とりあえず、乗り切れた)

 序盤でほぼ気力を使い果たし、やがて披露宴の催し物が始まってもアニエスはしばらくうつむいていた。

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