33.お供選抜
姉の結婚式は八日後に迫る。
アニエスは当初の予定より少々早めに王都入りをすることにした。エリノアの指令と、それから魔乳の販路に関することで用事ができたためである。
そこでさっそく夕方に食堂へ降り、予定の変更をジークへ伝達した。
「――承知いたしました。護衛の人数はいかがいたしましょう?」
人のひしめく食堂の隅で、サンドイッチを立ち食いしていたジークは、アニエスが来るとすぐに、指先のパン屑を拭い姿勢を正した。
「護衛は、そうですね。一人というのもなんですから、二人ほど連れて行っても問題ないでしょうか」
世間に存在をほとんど忘れられていた王女時代はともかく、領主となりさらにメディアに注目を浴びている今では、さすがに王都を一人で動くわけにもいかない。数人の護衛は必要である。
よって、その調整を警備主任であるジークと相談せねばならなかった。
「それはもう、アニエス様のお考えの通りに。むしろ二人だけでよろしいのですか?」
「大勢を連れて行ける金銭的余裕がないので。それと、ジークさんには留守番をお願いします」
本来、護衛ならば従士のジークを連れて行くべきであり、しかも王城の兵士だった彼はまさに適任であったが、そうなるとエインタートで警備を管轄する者がいなくなる。セリムらにまかせるには少々心許ない。
事務はレーヴェ、その他の警備・作業監督はジークと、分担して留守番をしてもらうほうがアニエスとしては安心できた。
その辺りはジークのほうもよく心得ている。
「はい、おまかせください。護衛の人選はどのようになさいますか?」
「えっと・・・」
一つ一つアニエスの要望を汲んでくれることが彼の助かるところだが、正直に言えば、ジークを除いてしまうと誰を連れて行くべきなのかよくわからない。
現在、害獣駆除や巡回等を行っているセリムらのうちから選ぶことにはなるが、おもに立ち居振る舞いという点において誰を選んでも不安がある。
「誰が良いでしょうか」
結局、ジークに決定を委ねた。
「ファニとネリーはいかがでしょう」
すかさず提案されたのは、意外にも血眼狼の紅二点である。
ファニは疲労困憊のセリムに鹿の睾丸を食べさせようとしており気づかなかったが、近くの席にいたネリーはアニエスらのほうを見た。
害獣駆除業務で罠の設置などを担当している、まだ十六歳の少女である。
「あの二人は目が良い。警護に向いていると思います。それにアニエス様も同性のほうがあちこちに連れて歩きやすいのではないかと」
「そう、ですね」
「新聞屋には広く人材を登用していることが宣伝になるかもしれませんよ」
言われてアニエスは想像してみた。
褐色の肌を持つ異民族のファニと、年若いネリーを連れ歩く女領主は、いかにも新時代らしい。ニーナら婦人誌の記者が喜びそうなネタである。
同時に、常に敵を探している旧時代の人間たちにも喜んでもらえるだろう。
「では、そのように調整をお願いします」
「かしこまりました。――ということで、良いかい? ネリー」
すぐさまジークは少女へ振った。ファニはひとまず後回しである。
スプーンを咥えていたネリーは、深緑色の瞳を瞬いた。
「兄さんたちでなく、私で良いんですか?」
特攻隊のハンネスとリーンを見る。
ジークは大いに頷いた。
「理由は今の話の通りだ。兄さんたちも頼りにはなるが、お行儀よくしていなければならない場所は苦手だろう。君のほうが適任だ」
「確かに」
妹はあっさり納得した。
未だに工兵ギルドの連中とちょっかいをかけ合っている二人の兄は堪え性がない。その点、少女のほうが落ちついている。
するとテーブルの向かいで、次男のリーンが肉を齧りつつ文句を垂れた。
「だったらファニ連れてくのはおかしくねえっすか? さすがにあれよりはお行儀よくできますけど?」
「いや、お前ら大差ないぞ」
「うそー?」
ジークの評定に素で驚く弟の横で、長男のハンネスは気難しそうに腕を組む。
「護衛任務は良いとしても、王都だろ? そんな都会にネリーだけで大丈夫なのか・・・」
「いやネリーだけじゃないが」
「悪い虫でも付いたら」
「いや仕事だから兄さん。遊びに行くわけじゃないから」
「そういう野郎はどこにだっているんだよ!」
急に激したハンネスがテーブルを叩く。こういうところが彼の選ばれない理由である。
「アニエス様、俺も行きます!」
(えぇ・・・)
そんな宣言をされても困った。
「こらこら、護衛する相手はアニエス様だぞ?」
ジークがハンネスをたしなめる。
なりふり構わぬ身内の言動にネリーのほうは顔を赤くし、憤慨していた。
「恥ずかしいまねしないで! 大丈夫よ!」
「だってお前、若い娘が」
「うるさい!」
「なっ、それが兄貴に向かって利く口か!」
「なあジークさん、俺とファニを交代させてくれよ。そしたらネリーもアニエス様もまとめて面倒みれるしよぉ」
兄妹喧嘩のどさくさにまぎれてリーンも立候補してくる。だがネリーを連れて行くなとは言わないあたり、自分も王都へ行きたいのかもしれない。あるいは妹に経験を積ませてやりたいのか。
面接でアニエスが聞いたところでは、この三兄弟は早くに親を亡くしているらしい。
両親ともギルドの人間だっため、ヨハンなど彼らの世話をしてくれる大人が周囲におり、路頭に迷うことはなかったが、長男のハンネスには家長の責任感が根付いたようである。
特に十も年が離れているネリーには過保護となるようだ。その傾向はリーンのほうにも見受けられる。末っ子のネリーは両親の顔を覚えてなくとも、兄たちの愛情をよく受けて育ってきた。
微笑ましくも激しい兄妹の言い争いを眺め、アニエスは己もこんな心配をされたことがあっただろうかと振り返る。
(あったような、なかったような)
男であれ女であれ、あまり人と深く交流してこなかったアニエスは、時折寄って来る出世目当ての輩も物理的にかわしながら生きてきた。
おそらく、父にも兄にもその辺りの心配はあまりされていなかっただろう。カイザーなどにはむしろ、この妹も結婚しないものかと、逆の心配をされていそうではある。
ハンネスらの説得はジークにまかせることとし、アニエスは先ほどから連れて行ってほしそうに視界をうろつくクルツに謝り、鍋の前でこちらを気にしていたルーに声をかけた。
「ルーさんも付いて来てもらえますか?」
「え!? わ、わたしも良いんですか?」
動揺し過ぎて言葉をつかえさせる彼女に、頷く。
「あちらでの着替えなどを手伝っていただきたいのです。さすがに侍女を一人も連れて行かないわけには、いかないので」
王城には昔アニエスの侍女だった者がいるが、すでに城の外の人間となった身で気軽に彼女らを使うことはできない。
また、それをあてにして誰も連れて行かないのでは、辺境伯としてあまりにみっともない。
ルーはメイドで、特に侍女としての作法や教養など身に付いているわけではないが、どうせ結婚式前後の数日、留まるだけの話である。
侍女のような役割の者がいればそれで良かった。
「キッチンはヨハンさんにお願いして、その他のことはクルツさんとトリーネさんにまかせます」
「え~?」
「お願いします」
あからさまな不満を訴えるクルツには再度念を押す。少年のあしらい方をアニエスはだんだん心得てきた。
「そういうことでルーさん、大丈夫でしょうか」
「――はい! もちろんです!」
満面の笑みで少女は応じ、続けて勝ち誇った顔をクルツへ向けた。
これまでどちらかと言えば、アニエスの外出の際に供になることが多いのはクルツのほうで、ルーはいつも留守番ばかりまかされていたため、鬱憤が溜まっていたようだ。
生まれてから一度も辺境を出たことのない少女に、王都見物は良い経験になるだろう。
期待に膨らむ瞳の輝きにあてられてか、アニエスもほんの少し、出張が楽しみなような気がしてきた。




