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21.面接①

 その日、アニエスは朝から青い顔をして門前に待機していた。

「大丈夫ですか?」

「・・・はい」

 心配そうに横に立つジークには、力なく応じる。

 間もなく、会計士の面接に人がやって来る時間だ。

 採用枠一つに対して、最終的な応募総数は予想を遥かに裏切り、三十を超えてしまった。

 睡眠時間を削って千差万別の履歴書を一つ一つ読み込んではみたものの、書面で判断できることは思いのほか少なく、経歴の優劣もその真偽も社会経験の浅い身ではいまいち判断がつけられない。

 そこでアニエスはひとまず、《国家公認会計士》の資格を明記している人物を選び、呼んでみることにしたのである。

 二十年程前から、王国では試験によって会計士の能力と素性を保証する国家資格の制度を設けている。これは過去に自称会計士たちによる詐欺行為が各地で横行し、大きな社会問題となったことが原因だ。

 しかし、制度ができる以前から代々決まった主に仕えている、由緒正しい家柄の会計士の中には、特別この資格を持っていない者もある。資格がなければ仕事ができないというわけではなく、要は雇い主との信頼構築の問題であり、親の伝手などがないのであれば、資格を持っているほうが新規就職には有利というだけだ。ただし資格取得にはそれなりに金も手間もかかる。

 送られてきた履歴書の半数には資格についての記載がないか、あるいは曖昧だった。中には字の綴りが怪しいものもあり、おそらく相当数の詐欺まがいの応募が紛れていたと思われる。若い女の主であればなおのこと、カモと見なされやすいのだろう。

 本日面接に呼んだ残り半数の者の中にも、まだそういう輩が残っていないとも限らないが、それに関しての心配をアニエスはあまりしていない。

 荒野同然の領地を目の当たりにし、善人悪人の別なく逃げられるのではないかと、そのことだけが不安だった。

「結果的に一人も残らなかったら、すみません」

 緊張と憂鬱に耐え切れず、アニエスは先にジークに謝っておいた。

 相手からすれば謝られる筋合いなどない話だが、気の好い従士は余計な茶々を入れずに明るい顔だけを見せる。

「その時はその時です。なんとかなりますよ、きっと」

「・・・はい」

 気休めに同意したのと時を同じくして、ある程度の整備がなされた道を馬車がやって来た。

 普段、工事現場へ領民たちを輸送している多人数乗りの大型車である。平たく言えば幌付きの荷馬車だ。

 岩山のように巨大で頑丈な、世界一の馬力を誇るスヴァニル原産のシヴオン種が二頭で引いている。門前に停まれば、ただでさえぬるい周囲の空気が、馬の体温でさらに熱気を増したようだった。

「到着でーす!」

 御者台からクルツが飛び降り、後ろの幌に呼びかけると、ぞろぞろ人が降りてくる。志願者は男十二名、女三名、総勢十五名の予定だが、数えてみると男が五名減っていた。

 領境の見張り塔まで自力で来てもらうよう頼んだせいか、早くも脱落者が出たらしい。無断欠席、とはいえ、そもそも採用になるかどうかもわからない上で自腹を切って辺境まで来いと言っているのだから、アニエスは全員にすっぽかされる覚悟までしていた。それを考えれば上々の出席率である。

 塔からここまでの道のりは、さぞかし乗り心地が悪かったのだろう、腰を押さえ不満を零している者が多数。

 そして目聡い何名かは、馬車を降りるやアニエスに気づき、見事な笑顔を作り上げた。

「おはようございます」

 中でも特に素早い男がおり、一人で真っ先にアニエスのもとに跪いた。

「この度はお招きいただき感謝いたします、辺境伯閣下」

 これには思わずアニエスも鼻白んでしまった。

 男は前のボタンをすべて留めた灰色のフロックコートを着て、同じ色のスラックスと、ロングブーツを穿いた良家の子弟のような出で立ちだった。夏も終わりに近づいた季節とはいえ、少々暑苦しい格好である。

 しかし相変わらず全身黒ずくめのアニエスに言えた義理ではない。

「よ・・・ようこそ、お越しくださいました」

 出だしから躓きつつ、アニエスは馬車を降りた全員に向けて言った。

 夏の影のように黒く佇むものが領主であったことに、遅れて気づいた者たちは、一様に失態を犯した顔で拝礼する。

(何か、罠に嵌めたみたいになってしまった)

 こんなことを判断材料に入れるつもりはないのだが、そう伝えるのもかえってわざとらしく思え、迷ったアニエスはまず話を進めることにした。

「改めまして、私がエインタート辺境伯のアニエス・スヴァニルです。遠いところをご足労いただき、こちらこそ感謝の念に堪えません。どうぞ皆さん、お立ちになってください」

 話の間、ずっと整備不良の地面の上に跪かせるのはさすがに気が咎め、早急に楽な姿勢になってもらう。

 それも罠かと警戒する志願者たちに信じてもらうためには、三度促す必要があった。

 すでに疲れを覚えつつ、アニエスはバインダーに挟んだ説明メモを見る。

「えー・・・本来であれば、館で少々お休みいただいてから面接に、といたすところでしたが、諸事情から現在、館の中は立ち入り禁止となっております」

「何かあられたのですか?」

 最初に挨拶をしてきた貴族風の男が、再びアニエスに話しかけた。護衛として主の傍に控えるジークはこっそり苦笑する。

 アニエスとしてはあまり大っぴらにしたくなかったが、仕方なしに説明しようとした時、まるで狙い澄ましたかのように館の二階が吹き飛んだ。

 爆発の轟音と、この世ならざる者の咆哮が地を揺らす。

 アニエスは転びかけたところをジークに支えられ、館のほうを見上げれば、二階の一角が崩壊し青天井となっていた。

(これでしばらく執務室と寝室が使えない)

 しかし落ち込む暇もなく、崩壊した場所から黒い影が翼を広げ、アニエスらのもとへやって来る。

 門柱に立ち、魔王は地面に転がる人間たちを物珍しげに見下ろしていた。

「なんだ? 討伐隊か?」

「違います」

 ギギが交戦意欲を出す前に、アニエスは素早く魔人と志願者たちとの間に入る。目を開けているギギと向かい合うのはおよそ二十日ぶりである。

 自分の研究に熱中していたリンケから、思い出したようにそろそろ《あくび》が発動する頃合いと聞かされ、ここ二、三日のアニエスらは書類や家具等の避難に忙しかった。

 面接も日を改めるべきかと思ったが、結局、連絡が間に合いそうになかったのと、《あくび》の効果範囲はさほど広くないということだったため強行してしまった。結果、最悪のタイミングで魔人という存在を志願者たちにお披露目することになった。

 だがある意味では、最適のタイミングと言えなくもない。

「新しく雇い入れる方に、領地の説明をしているところです。この中に魔王様に盾突く者は一人もございません」

「なんだ、つまらん」

 本当につまらなそうに言い放ち、空へ去る。やっと森へ帰るのだろう。

 アニエスが心の内で安堵する一方で、志願者たちはその多くがまだ地に転がり恐怖で固まっていた。

 その見開かれた眼差しがアニエスに説明を求めている。

「・・・今のが、北の森で魔物たちを統治している魔王です。彼女はこうして時々、館のほうにも姿を見せ、他意なく破壊行為に及び、菓子や寝床を要求してきます。そのかわり、他の魔物が森から出ないようにしてくれています。・・・ええと、我々は魔王を調伏したのではなく、同盟関係を結んでいるつもりで接しています。雑誌に書かれていたことには多少、誇張が含まれています。実際、我々に彼女を従わせる力はありません。同盟関係も彼女の気まぐれの範疇です」

 これは雑誌社への営業妨害にもなりかねなかったが、そうは言ってもアニエスには雇用主としての説明責任がある。

 すると一人の女が、立ち上がって挙手をした。

 冴えない眼鏡をかけた若い女である。性格の荒んだ野良猫のような、暗褐色の鋭い目つきが特徴的だ。

 何か文句を言われるのかと、アニエスは少し身構えた。

「なんでしょうか」

「あちらの破壊痕に見えるものも魔王の仕業ですか。それとも自然のものですか」

 彼女が指すのは、門から十数メートル離れた場所にあるクレーターである。その声音も抑揚がなく、怒りを抑えているかのように固かった。

「いえ、あちらは先日、異界の門から落ちてきた生物によってできたものです。エインタートは比較的頻繁に異界の門が開き、異世界生物がやって来ます。この間のものはとても大きな魚のような生物で、今は領地西方の入江に移動し、棲みついてしまいました。よって、港の設置や舟の出入りも難しい状況となっています」

 嘘もごまかしもはったりも、アニエスはひどく不得手だ。どんなに自分で間抜けに思えようが、事実を伝えるやり方しか知らないのだった。

「よくわかりました。お答えいただき感謝いたします」

 眼鏡の女は案外にあっさり引き下がった。

 アニエスは他に質問者がないことを目で確認し、話を続けた。

「本日は、皆さんを会計士の面接試験ということでお呼び立てしましたが、実質は皆さんのほうが面接官になられることと思われます」

 どんな面接試験をしようか、考えた末にアニエスが思いついた方法は、やはりこれまでの自分通りの、受け身のものだった。

「これから皆さんに領地をご案内いたします。内情を見た上で、ここで働いてゆけるかを、まずはご自身で判断されてください」

 とは言ってみたものの、人外生物による派手な歓迎を受け、怯え切った志願者たちの顔を見る限り、アニエスは残念な結果がもう手元にあるように思えていた。

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